脳内の古い免疫細胞の置換が疾患の治療に有効かもしれない
マウスに注入したヒトの前駆細胞が、脳内で免疫細胞へと分化した。 Credit: M. M.-D. Madler et al./Nature
脳内をきれいに保つ免疫細胞を新たに供給することが、いずれは超希少な遺伝性疾患からアルツハイマー病のような身近な疾患に至るまで、さまざまな病態の治療に役立つ可能性がある。
ここ数カ月で、ミクログリア置換療法と呼ばれる手法の可能性を浮き彫りにし、その安全性と有効性を高める方法を模索した研究が相次いで報告された。「この手法はとても有望です」と、スタンフォード大学医学系大学院(米国カリフォルニア州)で遺伝子・細胞療法を研究するPasqualina Colellaは話す。「ただし、この手法に伴う毒性には注意しなければなりません」。
ミクログリアは、脳内をパトロールして、外来の侵入者や損傷した細胞、有害物質を貪食する免疫細胞である。ミクログリアはまた、発作や脳卒中時にニューロン(他の組織との間でメッセージを送受信する細胞)を保護するのを助けていて、正常な脳発達過程ではニューロン間の不要な結合を刈り込んでいる。
「ミクログリアは多くの重要な役割を担っています」と、フィラデルフィア小児病院(米国ペンシルベニア州)でミクログリアを研究する精神科医Chris Bennettは言う。「ですから、ミクログリアが多くの病因に関係していたとしても驚くには値しません」。
こうした疾患には、ミクログリアに直接影響を与える遺伝子変異によって引き起こされる一連の希少疾患が含まれる。復旦大学(中国・上海)の神経科学者、彭勃(Bo Peng)は、ミクログリアの機能不全は、アルツハイマー病やパーキンソン病といった複雑な原因を持つ、より一般的に見られる疾患や、加齢にも関与している可能性があると指摘する。
免疫細胞の置換
この発見を受けて研究者らは、魅力的な可能性を探求し始めている。すなわち、疾患を引き起こすミクログリアを新しいものに置換することで、一部の脳疾患を治療できるかもしれないという可能性である。しかし、ミクログリアの置換には特別な困難が伴う。患者の免疫細胞を置換する場合は通常、骨髄移植が行われる。これにより骨髄に常在して、数多くの免疫細胞を生み出す幹細胞が新たに供給される。しかしミクログリアは、ほぼ中枢神経系にのみ存在し、通常は骨髄の幹細胞によって補充されるのではなく、分裂によって自らを補充する。
骨髄移植は既に、X連鎖副腎白質ジストロフィーなどのミクログリアに影響を与える希少疾患の治療に用いられている。アルベルト・ルートヴィヒ大学フライブルク(ドイツ)の神経病理学者Marco Prinzによれば、この治療法は有効な場合もあるが、結果は一貫せず、通常は患者が元々持つミクログリアのごく一部しか置換されないという。
2025年7月、彭の研究チームはCAMP(CSF1R関連ミクログリア病)と呼ばれる致死性脳疾患によって生じる異常ミクログリアを、骨髄移植によって置換した結果を報告した。この治療法は、マウスでの実験と、この希少疾患の患者8人を対象にした小規模臨床試験の両方で成功を収めた。治療後2年間、8人の試験参加者全員に運動機能や認知機能の低下は見られなかった1。一方、治療を受けなかった対照群では両方の機能が低下した。
Bennettによれば、CAMPに対する試験が成功した一因は、疾患そのものの性質にあるという。CAMPの患者はミクログリアの産生量が比較的少ない傾向にあるため、移植された細胞が定着・増殖するスペースがあるのかもしれない。
煩わしい手順
新しいミクログリアのためのニッチを確保することは、ミクログリア置換療法における極めて重要なステップであると同時に懸念の種でもある。移植細胞のためのスペースを確保するためには、まず脳内の既存のミクログリアを可能な限り除去しなければならない。これには高用量の化学療法や高線量の放射線照射が必要となるが、いずれも治療中の感染リスクを高め、長期的ながん発症リスクを上昇させる。Colellaによれば、このため現時点ではミクログリア置換療法は毒性が高過ぎて、CAMPのような重篤かつ急速に進行する疾患以外には適用できないという。
2025年8月、Prinzの研究チームは、ニューロンを死滅させるザンドホフ病の一種を患うマウスに対し、ミクログリア置換療法を行った結果を報告した2。彼らがこの治療法を選択した背景には、ザンドホフ病を引き起こす変異が、ミクログリアとニューロンの間の正常なコミュニケーションを阻害するという発見があった。ザンドホフ病変異を持たないマウスからの骨髄を移植すると、疾患マウスの生存率と運動機能が改善されることが確認された。
同じく2025年8月に、スタンフォード大学医学系大学院の幹細胞生物学者Marius Wernigの研究チームが独立して、骨髄移植を伴わないミクログリア置換療法を用いてザンドホフ病の治療に成功した。Wernigらはまず、ミクログリアの前駆細胞となる特定の細胞集団を単離し、実験室で増殖させた。彼らは次に、その細胞をマウスの脳内に直接注入した3。この方法では、全身への放射線照射が不要で、研究チームはマウスの頭部のみに照射を行った。
この手法により、放射線全身照射に伴う副作用の一部を回避できるが、頭部への放射線照射には依然として安全性の懸念があると彭は指摘する。例えば、頭部への照射は、脳内で新しいニューロンを生み出す幹細胞を死滅させる恐れがあるという。
薬剤の運び屋
将来的には、より安全な技術が確立される可能性がある。2025年前半に報告された研究では、ミクログリアを死滅させる薬剤を3サイクル投与するだけで、移植細胞の定着スペースを確保できる可能性があることが示された4。
安全性の問題が解決されれば、ミクログリア置換療法は、アルツハイマー病のような複数の要因が絡む複雑な脳疾患の治療に用いられる可能性がある。またミクログリアは将来的に、多くの薬剤を遮断する保護バリアに囲まれた脳内へ分子を運ぶ手段として利用されるかもしれない。「ミクログリアは脳へ向けたトロイの木馬のような存在です」とColellaは言う。
しかし現時点では、これらの免疫細胞を直接標的とする遺伝性疾患に重点的に取り組むのが理にかなっているとPrinzは話す。「まずは手近な課題から着手することです。より複雑な疾患への応用は、将来的には大いに可能性があると期待しています」。
翻訳:藤山与一
Nature ダイジェスト Vol. 23 No. 1
DOI: 10.1038/ndigest.2026.260107
原文
Swapping old immune cells in the brain with fresh ones could treat disease- Nature (2025-09-25) | DOI: 10.1038/d41586-025-03008-5
- Heidi Ledford
参考文献
- Wu, J. et al. Science 389, eadr1015 (2025).
Frosch, M. et al. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-025-09477-y (2025).
Mader, M. M.-D. et al. Nature https://doi.org/10.1038/s41586-025-09461-6 (2025).
- Chen, D. et al. Sci. Trans. Med. 17, eads6111 (2025).
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