Editorial

セックスとジェンダーの研究が絶対必要な理由

2023年、米国テキサス州で、子どもがトランスジェンダーであることを証明したいと希望した場合に保護者に通知するという新政策に対し、学生らが抗議した。 Credit: Houston Chronicle/Hearst Newspapers via Getty Images/Contributor/Hearst Newspapers/Getty

Natureは、研究におけるセックス(生物学的な性)とジェンダー(社会的・文化的な性)に関する意見を表明する数々の論文や記事の掲載を2024年5月2日号から開始し、その後も数カ月間、そうした論文と記事の掲載を続けている。このテーマは、これまでの研究が極めて不十分で、世界中で議論の焦点となることが増えているが、その議論は健全とも建設的とも言えないことが多い。この論文と記事のシリーズでは、このテーマで研究を行うことの必要性と諸課題を浮き彫りにする。

一部の科学者は、同僚から性差の研究に関わらないようにと警告されている。既にセックスやジェンダーに関連したテーマに取り組んでいるが、自分の見解を発表することをためらっている研究者もいる。こうした恐怖と沈黙の風潮は、誰のためにもならない。前へ進む道を見つけるために必要なのは、知識を増やすことであって、減らすことではない。

このシリーズには、神経科学、心理学、免疫学、がんなどさまざまな分野の研究者20名近くが寄稿しており、セックスとジェンダーを研究する学者らの足並みがそろっている分野とそうでない分野を垣間見ることができる。この論文と記事のコレクションが、今後の研究を形作る一助となり、議論が過激になることが多い論争に折り合いをつけるための参照点となることを願っている。

実際、セックスとジェンダーは異なる意味を持つ言葉として使われている。しかし、動物の研究者は、通常、さまざまな解剖学的特徴やその他の生物学的特徴によって定義される雄と雌の個体を意味する用語として「セックス」を用いている(Nature 2024年5月2日号37ページ参照)。また、人間が関係する研究では、研究参加者は、通常、自分のセックスとジェンダーの区分の一方または両方を明示することを求められる。ここでいうジェンダーは、社会的要因と環境的要因(ジェンダーの役割、ジェンダーへの期待、ジェンダーの同一性など)を包含しているのが通例だ(同34ページ参照)。

科学研究の歴史上、男性あるいは雄の動物が主な研究対象だった。生物科学の10分野を対象とした総説によると、2009年の時点でさえ、動物を用いた研究のうち、雌と雄の両方の個体を用いた研究は26%にすぎなかった1。この偏りは、深刻な結果をもたらした。例えば、1997年から2000年までの間に、8点の処方薬の米国市場での販売承認が取り消された。服用後に健康上の問題が発生するリスクが女性の方が高いことが臨床試験で明らかにされていなかったことが理由だった。

しかし、風向きが変わりつつある。ネイチャーポートフォリオジャーナルを含む多くの学術誌や、米国立衛生研究所(NIH)などの研究資金助成機関は、科学者が研究においてセックスを考慮し、必要に応じてジェンダーを考慮に入れることを奨励するガイドラインと要件を策定したのだ。

こうした努力は実を結びつつある2。例えば、心血管疾患やがんなど一般的な死因の多くで、当人のセックスあるいはジェンダーあるいはその両方が病気のリスクや生存の可能性に影響を及ぼす場合があることが、研究によって明らかになりつつある。

それにもかかわらず、多くの研究者は、セックスとジェンダーに関する情報を含めることが自分たちの分野において重要である点に納得していない。また、既にそうしている研究者らも、自分たちの研究がどのように受け止められ、どのように誤解、誤用される可能性があるのかという点を危惧しているとNatureに語っている。

セックスとジェンダーの影響を探究している研究者の出身分野は多岐にわたるため、研究者間で意見の相違が表面化することもあるだろう。例えば、動物の雌と雄あるいは男性と女性の応答を比較する研究においてセックスとジェンダーの一方、または両方が二元的な分類法に当てはまらない動物や人間が除外されてしまうという懸念や、同性の個体差の方が、異性間の差異よりも重要かもしれないという懸念が頻繁に提起されている。いずれももっともな懸念だ。

こうした論争では、時には理性を失った議論になることがある。「セックス」という用語は、数多くの相互作用する因子を意味しており、それらの因子の一つ一つが十分に理解されているとは言えない。しかし、そのことで、「セックス」という概念の有用性は失われない3。また、一部の人々が、特に人間の脳との関連で、その性差に関する研究知見を誤って解釈し、誤用しているが、そのために性差の存在が否定されてはならない。

論争を落ち着かせる

しかし、現在提起されている疑問の多くは、提起されるべき重要な疑問だ。特に、人間のグループ間に存在する生物学的差異を調べる最善の方法に関して数々の懸念が表明されていることや、規範が狭く定義されているためにこの規範に自らの性同一性あるいはジェンダー同一性あるいはその両方が当てはまらない人々の社会的疎外が続いており、それが悪化している地域もあることを考慮すると、そう言えるのだ。多くの場合、科学研究を通じて、こうした疑問や懸念に取り組むことができる。例えば、どれほど貧血症になりやすいかを予測する場合に、本人が男性か女性かということよりも本人と同じ性別の人々における食事や体重の個人差の方が重要な予測因子であることが、研究によって明らかになるかもしれない。

科学は、意見の相違を検証し、厳密に調べるために存在しており、議論することが必然となる。ということは、議論すること以外にも問題があるということになる。それが、ジェンダー同一性に関する意見を分裂させるために論争(そしてセックスとジェンダーに関する研究一般)が利用されているという問題だ。2023年9月に米国テキサス州で、18歳未満の人々に対してジェンダーを肯定する医療を実施することを禁止する法律が施行されたが、カリフォルニア大学ロサンゼルス校(UCLA、米国)の生物学者Arthur Arnoldらは、この法律が、全ての人々が2つのジェンダーグループのいずれかに属しており、この現実は科学によって決着しているという主張を根拠にしていると述べている(同37ページ)。しかし、決着はついていない。科学者はセックスとジェンダーを研究することに消極的なのだ。その原因は、研究の複雑さや費用に対する懸念だけでなく、現存する種々の緊張関係にもあるのだ。

学者の研究分野にとってセックスとジェンダーの分析が意味を持つものであれば、学者がセックスとジェンダーの影響の考察を避けないことが非常に重要だ。知識が充実すれば、懸念の解消に役立ち、可能であれば学問的コンセンサスが得られるだろう。そして、意見の相違が残る分野で、男性(雄個体)が全体を代表しているという前提に立ち戻るという選択肢がもはや存在しないことを他の研究者に納得させるために必要なツールとして、Natureの論文と記事のコレクションが研究者の役に立つことを願っている。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 21 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2024.240805

原文

Why it’s essential to study sex and gender, even as tensions rise
  • Nature (2024-05-01) | DOI: 10.1038/d41586-024-01207-0

参考文献

  1. Beery, A. K. & Zucker, I. Neurosci. Biobehav. Rev. 35, 565–572 (2011).
  2. Tannenbaum, C., Ellis, R. P., Eyssel, F., Zou, J. & Schiebinger, L. Nature 575, 137–146 (2019).
  3. Velocci, B. Cell 187, 1343–1346 (2024).