Where I Work

Najat Saliba

Credit: Nature by DIEGO IBARRA SÁNCHEZ

私が立っているのは、ベイルートから車で約40分の所にあるラス・アル・メトンという町の松林です。向こうに広がる丘の上にはまだ雪が残っていて、印象的な光景を作り出しています。

レバノンは絵のように美しい国ですが、大気汚染や水質汚染、都市計画の不備や人々の怠慢により、その美は脅かされています。この国は数々の深刻な問題を抱えています。他国と同様に新型コロナウイルス感染症(COVID-19)との闘いがあっただけでなく、財政破綻や政治的混乱も起きています。2020年にはベイルート港で爆発事故が起きました。化学物質の不適切な保管を原因とするこの爆発は、人が引き起こした核兵器以外の爆発事故としては史上最大級のものでした。

私は長年レバノンの大気汚染を研究し、政府を動かすためにデータを収集してきましたが、現実の成果にはつながりませんでした。ベイルートの粒子状汚染物質の濃度は、世界保健機関(WHO)の定める大気質指針の3.8倍です。

そんな惨憺(さんたん)たる状況を見てきた私は、大学のキャンパスの外に出て、地域コミュニティーと協力して変化を促さなければならないと決意し、2019年に環境アカデミー(Environment Academy)という団体を共同で設立しました。これは、自分の専門知識を生かしてレバノンに住む人々を支援したいという思いで結ばれた研究者の集まりで、研究者たちの専門分野は、廃水管理や廃水処理工学から土壌生物物理学まで多岐にわたっています。環境アカデミーが掲げる各種プロジェクトにコミュニティーからの問い合わせが来たら、その問題に応じた専門家を紹介しています。

私が写真の場所を訪れたのも、あるプロジェクトのためでした。ラス・アル・メトンとその周辺のコミュニティーから、(おそらく気候変動によって)近年増加している森林火災から森を守り、消失した森を再生させる方法について助言を求められたのです。私たちは彼らをレバノン森林再生イニシアチブという非政府組織に引き合わせました。この団体は彼らに、焼け跡に植えるべき植物の種類や、火災発生時に消防士が現地に入りやすいように小道を作っておくことなどを助言しています。

私たち研究者は、こうした直接的な活動を通じてコミュニティーに科学的プロセスを持ち込むことで、自分たちの研究が現実に影響を及ぼせることを実感することができるのです。

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 8

DOI: 10.1038/ndigest.2022.220852

原文

A grass-roots science movement to rebuild Lebanon
  • Nature (2022-04-11) | DOI: 10.1038/d41586-022-01000-x
  • Benjamin Plackett