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CAR-T細胞療法実施から10年、白血病の再発がない患者の転帰

Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220515

原文:Nature (2022-02-02) | doi: 10.1038/d41586-022-00241-0 | Last-resort cancer therapy holds back disease for more than a decade

Heidi Ledford

CAR-T細胞療法を受けた最初の2人の白血病患者は、10年以上が経過した今でも寛解状態を保っている。

がん細胞(青色)を攻撃するT細胞(橙色)。 | 拡大する

ROGER HARRIS/SCIENCE PHOTO LIBRARY/Science Photo Library/Getty

免疫細胞を変身させて、がん細胞を仕留めるハンターにする。この実験的な治療を受けた数週間後、Doug Olsonは主治医から治療の結果について説明を受けた。「おめでとう、Doug。がん細胞は1個も見つからなかったよ」。彼はその瞬間を振り返り、「がんに打ち勝つことができたんだと、はっきり確信しました」と話す。だが、治療に当たった医師たちは、まだ油断はできないと考えていた。

Olsonは、キメラ抗原受容体発現T細胞(CAR-T細胞)療法と呼ばれる新しい治療を2010年に受けた、最初の慢性リンパ性白血病患者の1人である。ペンシルベニア大学(米国フィラデルフィア)のCarl JuneとDavid Porterを中心とする担当医たちは、Olsonが参加した臨床試験のプロトコルを作成した当初、輸注した遺伝子改変T細胞が患者の体内で、せめて1カ月は生きていてくれればと願っていた。

ところがうれしい誤算というべきか、臨床試験から10年以上たった今でも、CAR-T細胞はOlsonの血中でパトロールを続け、寛解状態が保たれている。Juneもやがて、Olsonの最初の直感が正しかったのだと認めるようになった。Nature 2022年2月2日号に掲載された論文(J. J. Melenhorst et al. Nature https://doi.org/hfr8; 2022)についての記者発表会で、Juneは「CAR-T細胞療法で白血病患者を治癒できることが実証されました」と述べた。

がん細胞を破壊する免疫細胞

CAR-T細胞療法では、血液腫瘍の患者からT細胞と呼ばれる免疫細胞をまず採取し、がん細胞を認識するキメラ抗原受容体(CAR)というタンパク質を発現するように遺伝子操作を加えてから増殖させ、患者に再び輸注する。輸注したCAR-T細胞は、体内のがん細胞を見つけ出して破壊する(2015年3月号「自己T細胞移入療法でがん患者の生存期間が延長」参照)。

Olsonが治療を受けてから、新たに5種類のCAR-T細胞療法が、白血病、リンパ腫、骨髄腫の治療法として米国食品医薬品局(FDA)の承認を受けた。Juneの推定によれば、CAR-T細胞療法を受けた患者は既に数万人にも上る(2020年10月号「老化細胞を標的とするように設計されたT細胞」、同年12月号「エイズを発症しない人々のHIVゲノムは深い眠りについている」参照)。

しかし、CAR-T細胞療法は高額の治療費がかかり、リスクを伴い、高度な技術を必要とする。そのため現時点では、他の治療法が全て失敗した場合に限って試みられる「最終手段」として位置付けられている。また、Olsonの治療は幸いにも成功したが、治療を受けた全員が長く続く寛解を達成できるわけではない。Porterによれば、CAR-T細胞療法を受けた慢性リンパ性白血病患者のうち、完全寛解を達成できたのは当初は25~35%程度にすぎなかったという。プロトコルの改良によって寛解率は上がってきているとはいえ、一時的には寛解を達成できても、やがて再発を起こす患者はいまだ少なくない。CAR-T細胞療法の効果を長期的に追跡すれば、寛解の持続に重要な要因を知る手掛かりが得られるかもしれない。

そこでPorterらは、2010年に治療を受けたOlsonともう1人の患者のCAR-T細胞を10年以上にわたって経時的に分析し、細胞の進化を追跡するとともに、治療の安全性についての懸念が出現する兆候を監視した。

その結果、CAR-T細胞は存在し続けるが、その集団の特徴が時間と共に変化することが分かった。輸注直後には、CD8+ T細胞と呼ばれるT細胞集団の顕著な増加が認められた。この細胞は細胞傷害性T細胞、あるいはキラーT細胞と呼ばれるように、がん細胞やウイルスに感染した細胞など、異常なタンパク質を発現している細胞を認識して破壊する。

しかし、数年のうちに、別のタイプのCAR-T細胞が優勢になった。CD4+ T細胞と呼ばれるこの細胞には、さまざまな働きがあるが、白血病細胞を殺傷する能力があることが示されたCD4+ T細胞が、いずれの患者にも認められた。

CAR-T治療を受けて寛解した患者2人について、10年にわたり血液試料を採取・分析した結果が報告された。治療開始初期には、CD8+ CAR-T細胞の増殖が観察され、一方の患者ではγδCAR-T細胞の増殖も観察された。18カ月後には2人ともに、活性化され持続的に増殖しているとみられるCD4+ CAR-T細胞が観察され、以降、CAR-T細胞集団の大部分を占めるようになった。このCD4+ CAR-T細胞は、細胞傷害性の特性を有していた。 | 拡大する

出典:Marcela V. Maus Nature Cancer 3, 270–271 (2022).

とてつもなく大きなインパクト

今のところ、Olsonともう1人の患者に白血病再発の兆候は認められていない。全ての白血病細胞が輸注直後のCAR-T細胞によって殺滅されたのか、それとも白血病細胞が検出可能な数まで増加する前に、長期にわたって存在しているCAR-T細胞によって破壊されているのかは、分かっていない。

国立がん研究所(米国メリーランド州ベセスダ)の小児血液専門医Nirali Shahは、「CAR-T細胞療法の潜在的なインパクトは、とてつもなく大きなものです」と話す。「輸注したT細胞を体内に定着させる治療法の安全性が、この研究で証明されたことになります」。

2人の慢性リンパ性白血病患者から得られた知見が、その他の疾患に対してどの程度まで当てはまるかはまだ分からないと、Shahは付け加えて言う。現在、前立腺がんや脳腫瘍の一種である膠芽腫のような固形がんの治療に、CAR-T細胞療法を利用する試みが進められている。2022年1月には、瘢痕化した心筋組織をCAR-T細胞を用いて破壊することに成功したという報告がなされた(J. G. Rurik et al. Science 375, 91–96; 2022)。

治療を終えたOlsonは、元の医療診断の仕事に復帰した。健康の維持に役立つことは何でもするように心掛けている。息子からハーフマラソンの大会に出てはどうかと勧められたりもしたが、「がんに打ち勝って、心臓発作で死んではつまらないですからね」とOlsonは言う。やがて彼は、自分が完治した経緯を世の中に発信し、がんを患っている人たちの相談相手になろうと心に決めた。

がんを患っている人たちに希望を与えたいのだとOlsonは語る。「その人のがんを完治させられる治療法が今はまだなかったとしても、もうすぐ見つかる可能性だって十分にあるんですから」。

(翻訳:藤山与一)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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