人にも地球にも「ヘルシー」な食生活とは?
栄養が十分に取れて地球環境の脅威にならないこと。私たちが目指さねばならない食生活のことだ。「最適な食物」を地域ごとに見定めるための研究が、世界各国で行われている。
拡大するILLUSTRATION BY PAWEŁ JOŃCA
Nature ダイジェスト Vol. 19 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2022.220328
原文:Nature (2021-12-02) | doi: 10.1038/d41586-021-03565-5 | What humanity should eat to stay healthy and save the planet
ケニア・モンバサ北方のキリフィ付近の海沿いには、いくつかの漁村が点在する。その海には、ブダイ類やタコをはじめとする食用の魚介類が生息している。しかし、その海辺に住んでいながら、村々の子どもたちは海産物を口にすることがほとんどない。現地の主食はトウモロコシ粉を水で溶いて作ったウガリ。栄養の大部分は植物由来だ。子どもたちは半数近くが発育不良となっている。ケニア全土の2倍の水準だ。
2020年、ワシントン大学(米国ミズーリ州セントルイス)で公衆衛生学を研究するLora Iannottiは、ケニア人の研究者と共同で村民たちを対象に行っている調査で、親がおしなべて漁業をなりわいにしているのになぜ子どもたちが海産物を食べていないかを調べた。魚類をはじめとする動物由来の食料で成長が促進されることは明らかになっている1。その親たちによれば、経済合理性の観点から、捕った魚は食べるよりも売った方が良いということだった。
そこで現在、Iannottiらは比較試験を行っている。漁民たちに、未成魚が逃げられるように小さな開口を設けた仕掛けを提供した。これにより、Iannottiによれば、外洋やサンゴ礁の乱獲海域で魚の放卵や健康状態が改善されていき、ゆくゆくは収入が増えるはずだという。その上で、半数の家庭を対象に、地域保健従事者が家庭訪問と調理実演を行い、子どもたちにもっと魚を食べさせるように、特に「タフィ(Siganus canaliculatus;シモフリアイゴ)」やタコなど、成長が速く大量に捕れる地元の種を多く与えるようにという勧告を行っている。そして、勧告を受けていない家庭よりも子どもたちの食生活が改善され、身長が高くなるかどうかを追跡する計画だ。
この試験の目的は、「私たちが選べるどの海産物が生態系にやさしく、そして食生活としても健康的なのか」を明らかにすることだと、Iannottiは説明する。そして、彼らに勧める食生活には、文化的に受け入れ可能であって価格が手ごろであることも求められるという。
Iannottiが取り組んでいる問題は、人にも地球にもやさしい食生活を探す研究者、国連、国際的資金提供者、そして多くの国にとっても、大きな関心事となっている。20億人を超える人々が過体重や肥満の状態にあり、その大多数は西側世界に存在する。その一方で、8億1100万人はカロリーや栄養が不足しており、その大多数は低・中所得国に存在する(2021年12月号「食料システム:飢餓を終わらせ、地球を守るための7つの優先課題」「東京栄養サミット2021で『日本の栄養』を世界へ!」参照)。健康的でない食生活は、2017年には世界的に、喫煙などを抑えて死因の第1位だった2。世界の人口が増え続け、西洋風の食事を取り入れる人が多くなっていることから、国連食糧農業機関(FAO;イタリア・ローマ)によれば、肉類や乳製品、卵の生産量は、2050年までに約44%増やす必要があるという。
それは、保健衛生上の課題であると共に、環境的な問題も突き付ける。現在の産業化されたフードシステム(食料の生産から消費までの流れ全体)が排出する温室効果ガスは、世界全体の排出量の約4分の1を占め、淡水使用量では70%、土地利用面積では40%を占める。そして、食料生産を支える肥料は、窒素とリンの循環を破壊し、河川や沿岸で多くの汚染を引き起こしている3。
2019年、栄養学者や生態学者を含む16カ国、37人の専門家による「食料、地球、健康に関するEAT–Lancet委員会(EAT–Lancet Commission on Food, Planet, Health)」というコンソーシアムは報告書4を発表し、栄養と環境の両方を考慮に入れて食生活を幅広く見直すことを求めた。EAT–Lancet委員会が示した「標準食」に従えば、多くの日に植物を食べてたまに少しだけ肉か魚を食べる「フレキシタリアン(flexitarian)」になるだろう。
同委員会の報告書により、持続可能な食生活に対する注目がどっと増えた一方、一部にはそれが万人にとって現実的なのかという批判も出た。現在、一部の科学者は、環境的に持続可能とみられる食生活を地域の状況に応じて探り、評価するための試験を行おうとしている。例えば、住民の栄養を損なったり、生計に害を与えたりしないかを調べる。
環境変化による健康への影響を調べている世界的コンソーシアム「プラネタリー・ヘルス・アライアンス(Planetary Health Alliance;米国マサチューセッツ州ボストン)」を率いるSam Myersは、「環境フットプリントが劇的に低減された食物を食べる方向に進まなければなりません。さもなければ、数十年もすると、生物多様性や土地利用などのさまざまな方面で、世界的な崩壊が表れてくるでしょう」と話す。
「お品書き」の排出量
食料生産により、極めて大規模な温室効果ガス汚染が発生している5。今のままでは、各国が食料生産以外で排出する温室効果ガスをゼロにしても、気温の上昇をパリ協定の気候目標である1.5℃にとどめることができないとみられている。フードシステム由来の温室効果ガス排出量の内訳を見ると、家畜のサプライチェーンが大きな割合(ある推定によれば30~50%)を占めている。それは、動物が飼料を食料に変換する効率が低いことが原因だ。
2014年、ミネソタ大学(米国セントポール)の生態学者David Tilmanとオックスフォード大学(英国)のフードシステム科学者Michael Clarkは、2010〜2050年の世界の都市化と人口成長の変化が、食料関連の放出量を80%増加させると推定した6(2021年12月号「世界人口はどこまで増える?」参照)。
しかし、全ての人が平均して植物由来の食物を多く食べるようになり、他の全部門からの放出が止まれば、世界で1.5℃の気候変動目標が達成される可能性は50%あるという5。また、廃棄物の削減などフードシステムのさらに広範な変化と併せて食生活の改善が行われれば、目標達成の可能性は67%に高まる。
そうした知見は食肉産業で評判が悪い。例えば、2015年に米国農務省が5年ごとの食生活指針改定を行っていたとき、研究者たちが諮問委員会に働き掛けると、環境への配慮が一時検討された。しかし、伝えられるところでは、業界からの圧力を受けて、その意見は退けられた。こう話すのは、そのロビー活動に加わっていたタフツ大学(米国マサチューセッツ州ボストン)のフードシステム科学者Timothy Griffinだ7。それでも、その試みは耳目を引いた。「最大の成果は、持続可能性の問題に対する関心を多く集めたことです」とGriffinは語る。
英国を拠点とする慈善団体のウェルカムから資金を受けていたEAT–Lancet委員会は、さらに強力に論証を推進した。未加工食物からなる「健康に良い基本的な食事」を練り上げるための資料を、栄養学者たちの研究チームが見直したのだ。研究チームは次に、その「健康的な食事」に環境的限界値を設定した。具体的には、炭素放出量や生物多様性低下、そして淡水や陸地、窒素、リンの使用量に関する限界値が盛り込まれている。そうした環境的限界値を超えれば、地球は人類が住めない場所になりかねない8。
最終的には、主として植物に基づく多様な食事プランに行き着いた(「健康的な食事」を参照)。平均的な体重の30歳が1日2500カロリーの食物で1週間に許される赤肉の量は最大で100g、つまり1人前だ。これは、典型的な米国人が食べている量の4分の1よりも少ない。ソフトドリンクや冷凍食品、成形肉などの超加工食品、そして糖質や脂質は、この食事プランにはほとんど含まれていない。
SOURCES: RISKS, REF. 6; ENVIRONMENTAL COSTS, M. SPRINGMANN ET AL. NATURE 562, 519–525 (2018)
SOURCES: INTAKES, REF. 4; COSTS, REF. 12
このプランに沿った食生活で毎年約1100万人の命を救うことができると、委員会は推定する4。「生態系をこれ以上破壊することなく100億人を健康的に食べさせることは可能です」。こう語るTim Langは、ロンドン大学シティ校の食料政策研究者で、EAT–Lancet報告書の執筆チームの一員だ。「畜産や酪農の業界の強硬論者は、好むと好まざるとにかかわらず、実は分が悪いのです。もはや変化は避けられません」。
多くの科学者からすれば、EAT–Lancet食は、豊かな国々にとっては素晴らしいものだ。というのも、豊かな国々の平均的な人は現在、低所得国の人の2.6倍の肉を食べ、彼らの食習慣は持続可能なものになっていないからだ。一方、資源の乏しい環境にある人々がEAT–Lancet食で十分な栄養が取れるかどうか、疑問視する声もある。米国ワシントンD.C.在住で「栄養改善のためのグローバルアライアンス(GAIN)」に参画する科学者Ty Bealは、EAT–Lancet食を分析し、25歳以上の人の場合、亜鉛では推奨摂取量の78%、カルシウムでは86%を得られるが、生殖年齢の女性の場合、必要な鉄分の55%しか得られないことを、未発表の計算の中で明らかにしている。
こうした批判にもかかわらず、EAT–Lancet食は環境問題を注目の的にした。「EAT–Lancetが食事プランを提案するまで、政策立案者の頭の中には、食生活の変化に関するこの世界規模の対話に持続可能性を組み込むべきという考えはなかったと思います」。ミシガン大学アナーバー校(米国)のフードシステム科学者Anne Elise Strattonはこう語る。
EAT–Lancetの中心的なモデリングチームの一員だったオックスフォード大学の食品科学者Marco Springmannは、提案した「お品書き」は万人にお勧めできる食事とは言えないと強調する。
そのため、世界各国の公衆衛生科学者たちは報告書の発表以来、過体重の成人か栄養不良の小児かを問わず、EAT–Lancet食が世界中の人々にとって現実的な食事となるための方法を研究している。
ぜいたくな食事
栄養学の研究者たちは、食生活指針に従っていない消費者が極めて多いことを知っている。そのため、健康的で持続可能な食生活を人々に取り入れさせる方法が模索されている。スウェーデンでは、カロリンスカ研究所(ストックホルム)の栄養科学者Patricia Eustachio Colomboらが、ある「持続可能な食事」を学校で秘密裏に試験提供している。彼女らの調査は、スカンディナビアの国々で始まった「ニュー・ノルディック・ダイエット(北欧の新しい食生活)」という社会運動に便乗している。それは、旬の野菜や放し飼い動物の肉などの持続可能な伝統食品の消費を喚起する運動だ。
Eustachio Colomboらは、児童数約2000人の小学校で出されていた給食をコンピューターアルゴリズムで解析した。その結果、よく出るシチューでは肉を減らして豆や野菜を増やすなど、栄養価が高く地球温暖化にも配慮した給食にする方法が示唆された。児童と保護者は給食が改善中であることを知らされていたが、詳細は伏せられていたという。児童の大多数は気付いておらず、食べ残しは増えてはいなかった9。現在、同じ調査が2800人の児童で繰り返されている。「学校給食は、持続可能な食習慣を培うためのまたとない機会です。子どもの頃に身に付いた食習慣は、大人になってもやめられないことが多いのです」とEustachio Colomboは話す。
ただし、その給食の内容はEAT–Lancetが提案したものとは全く異なると彼女は言う。安価で、スウェーデンの主食であるジャガイモなど、デンプン質の食料を多く含んでいる。そして、栄養価と文化的受容性も高いという。「このことは、それぞれの国や、場合によっては国内の地方ごとの実情に合わせて、EAT–Lancet食を改変することの重要性を示しています」とEustachio Colombo。
大西洋の反対側では大学と外食業が手を組み、低所得者層の人々にEAT–Lancet食を試してもらっている。米国メリーランド州ボルティモアにおいて、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)パンデミックで休業を余儀なくされたケータリング企業とレストランが共同で寄付を募り、栄養がある食料が手ごろな価格では入手できない「食の砂漠」と呼ばれる地域に住む家庭に対し、EAT–Lancet食に基づく食事の無料提供を開始した。ある1食はサーモンケーキで、さまざまな旬の野菜、イスラエルのクスクス、そしてクリーミーバジルソースが使われていた。
ジョンズホプキンス大学医学系大学院(米国ボルティモア)の研究チームがその食事を食べてみた500人に尋ねたところ、完答した242人の93%が「とても気に入った」または「気に入った」と答えていた10。では、欠点はないのか? 寄付で賄われたこの食事は、1食当たり10ドル(約1100円)だった。米国のフードスタンプ(食料切符;低所得者のための食料費補助)制度で提供されている食事の価格の5倍である。
「当たり前のことですが、食生活を大きく変えれば、環境への影響を改善することはできるでしょうが、それには文化的な障壁と経済的な障壁があるのです」とGriffinは語る。
続けるのが難しい
一部の低・中所得国における今後の食生活を探る研究者にとって、そもそも人々が何を食べているかを知ること自体が障壁になっている。「目下、それは私にとって文字通りブラックボックスのようなものです」。インドの食生活を研究してきた国際食料政策研究所(インド・デリー)のPurnima Menonはこう話す。人々が食べているものに関するデータは、2011年のものだという。
その情報を得ることは極めて重要だ。というのも、インドは世界飢餓指数(Global Hunger Index)で116カ国中101位にランクされており、身長に対して体重が不足している小児の数が最大となっているためだ。
手に入るものを利用して、インド工科大学カーンプル校のフードシステム科学者Abhishek Chaudhary(EAT–Lancetチームのメンバー)とチューリヒ工科大学(スイス・バーセル)の共同研究者Vaibhav Krishnaは、水や、温室効果ガス排出量、土地利用、およびリンと窒素の使用量に関する地域の環境データを用い、インド全州の食生活をコンピュータープログラムでデザインした。その結果、栄養の必要量を満たし、食料関連の温室効果ガス排出量を35%削減し、他の環境資源を圧迫しない食生活が示唆された。しかし、必要な量の食料を生産するには、今よりも35%広い土地(過密なインドには非現実的)または収量の改善が必要となる。そして、食料のコストは50%上昇する11。
MUNIR UZ ZAMAN/CONTRIBUTOR/AFP/GETTY
健康的で持続可能な食生活が高くつく場所は他にもある。EAT–Lancetが勧める多様な食物(ナッツ、魚類、鶏卵、乳製品など)に手が届かない人々は無数にいるとIannottiは言う。
実際、インドで平均的な人がEAT–Lancet食を実行した場合、2011年のデータ(入手可能な最新の食料価格データセット)に基づいた試算では、世界平均で1日当たり2.84ドル(約320円)がかかっていた。これは、栄養のある基本的な食事の価格に比べて平均で約1.6倍の高さだ12。
非現実的なことは他にもある。例として、肉の制限を考えてみよう。栄養が不足し、EAT–Lancet食が規定する食料が手に入らない地域では、動物由来の製品は植物と共に、体が利用しやすい栄養の重要な供給源になっていると、Iannottiは説明する。国際家畜研究所(ケニア・ナイロビ)の所長Jimmy Smithによれば、低所得国の多くの場所では、農業システムが小規模な上、耕作と畜産の両方が行われており、生産物が出荷されるのは、家庭がそうせねばならなくなったときだという。「エチオピアの高地で酪農を行う農家は裏庭で3~4頭の家畜を飼育していますが、1頭1頭が家族であって、それぞれ名前があるのです」とSmithは説明する。
Menonによれば、低・中所得地域の科学者の関心は、環境の保護よりも栄養の供給に向いているのが現状だという。Iannottiによれば、FAOは、EAT–Lancetの分析よりもさらに包括的な分析を行うために、委員会を立ち上げたという。その委員会のメンバーである彼女は、FAOの新たな分析は、食料安全保障や畜産部門の持続可能性といったテーマも扱い、よりグローバルなものになるだろうと話す。世界的なアセスメントの発表は、2024年に行われる予定だ。「そのエビデンスの見直しを行っています。委員会のメンバーは今時点で『全体的にバランスが取れていた』とか『包括的なものになっていた』とは思っていません」とIannotti。「作業を進めて、世界中から確実にエビデンスを集めますよ!」。
持たざる国で持続可能な食生活を見いだすには、キリフィで行ったように、地域社会や農民に寄り添って取り組むことだと、科学者らは言う。モデルに基づく予測によって世界規模で食生活の詳細を描き出したClarkは、今こそフードシステム科学者が、人々の食を改善するために地域的な調整法や修正法を見いださなければならないと考えている。
「食料の持続可能性に携わる人々は、地域社会に入り込み、『ねぇ、お薦めは何?』と聞く必要があります」とClarkは説く。「そして、見いだした基準線を前提に、それぞれの地域社会が興味を持つ結果を得るためには作業をどのように始めたらよいか、ということを考えるのです」。
(翻訳:小林盛方)
Gayathri Vaidyanathanは、バンガロール(インド)在住のフリーランス科学ライター。
参考文献
- Iannotti, L. L. et al. Pediatrics 140, e20163459 (2017).
- GBD 2017 Diet Collaborators. Lancet 393, 1958–1972 (2019).
- Springmann, M. et al. Lancet Planet. Health 2, e451–e461 (2018).
- Willett, W. et al. Lancet 393, 447–492 (2019).
- Clark, M. A. et al. Science 370, 705–708 (2020).
- Tilman, D. & Clark, M. Nature 515, 518–522 (2014).
- Merrigan, K. et al. Science 350, 165–166 (2015).
- Steffen, W. et al. Science 347, 1259855 (2015).
- Elinder, L. S., Eustachio Colombo, P., Patterson, E., Parlesak, A. & Lindroos, A. K. Sustainability 12, 8475 (2020).
- Semba, R. D., Ramsing, R., Rahman, N. & Bloem, M. J. Agric. Food Syst. Community Dev. 10, 205–213 (2020).
- Chaudhary, A. & Krishna, V. One Earth 4, 531–544 (2021).
- Hirvonen, K., Bai, Y., Headey, D. & Masters, W. A. Lancet Glob. Health 8, e59–e66 (2020).