COVIDワクチン接種開始から半年、ワクチンについて分かったこと
2020年12月8日の午前6時30分、集団予防接種の枠組みで新型コロナウイルス感染症(COVID-19)ワクチンの接種を世界で初めて受けたのは、Margaret Keenanという90歳の英国人女性であった。以来、世界中の何億もの人々が、彼女の後に続こうと急いだ。
彼女が接種したのは、ワクチンを安全かつ記録的な速さで開発するための熱烈な努力の集大成だった。その日から半年で、接種は17億回以上に及び、2021年6月末には30億回まで進んだ。400万人もの命を奪った新型コロナウイルスのパンデミック(世界的大流行)を収束させる方法について未解決の疑問を解決するために、研究者たちはデータを分析している。
タフツ大学医学部・タフツ小児病院(米国マサチューセッツ州ボストン)の小児感染症専門医であるCody Meissnerは、「こんなに短い期間のうちに接種が実現したのは、全くもって驚くべきことで、私に言わせれば人類が月面に降り立ったのと同じくらいの偉業です。今後のワクチン学に変革をもたらすでしょう」と話す。
COVID-19ワクチンの接種開始から半年の間に得られた教訓と未解決の疑問に、Nature は注目している。全体的にはワクチン接種の効果は極めて有望で、多くの人が期待していた以上のものでさえあった。だが、新たに出現している変異株や、免疫応答が減衰する可能性について、研究者たちは懸念している。
実社会でのワクチンの有効性は?
ファイザー社(Pfizer;本社は米国ニューヨーク)とビオンテック社(BioNTech;ドイツ・マインツ)が共同開発したワクチンをデンマークで最初に接種したのは、医療従事者や長期介護施設の入居者たちであった。2021年2月、こうした人々へのワクチンの効果を初めて目の当たりにした疫学者Ida Moustsen-Helmsは興奮した。COVID-19の発症を防ぐワクチンの有効性が95%であることは、4万人以上を対象とした臨床試験で既に分かっていた1。しかし、臨床試験では基礎疾患のある人や免疫抑制作用のある薬を服用している人は対象から除外される可能性がある。臨床試験以外の方法でワクチンの有効性を検証した最初の研究者の1人が、国立血清研究所(デンマーク・コペンハーゲン)に勤務するMoustsen-Helmsだった。
Moustsen-Helmsらの研究で、医療従事者では90%、年齢中央値84歳の長期介護施設入居者では64%の有効性が確認された2。一般に高齢者では免疫応答が弱くなることを考えると、この結果は良いニュースだという印象を彼女は持った。ただ、高齢者への有効性が比較的低いことに失望する政治家もいた。「『こんなことってあるのか?』と言っていましたね」とMoustsen-Helmsは話す。「臨床試験の結果を見るとき、試験の参加者と実社会の人たちは大きく異なっているということを忘れている人がよくいます」。
それ以来、いくつかの国から実社会でのデータが発表されてきた。そして、一般の人々に対するワクチンの有効性について、多くのニュースが肯定的に報じている。イスラエルで行われた全国的なワクチン接種キャンペーンでは、ファイザー社/ビオンテック社のワクチンが、2回目の接種から7日以上経過した時点で重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)感染に対して95%の予防効果があることが分かった3。ガマレヤ記念国立疫学・微生物学研究センター(ロシア・モスクワ)とロシア直接投資基金は、同センターで開発されたワクチンであるスプートニクVが、約400万人のロシア人に97%の効果があったと発表した。また、2021年5月には、ロンドンに拠点を置く英国公衆衛生局が、ファイザー社/ビオンテック社のワクチン、およびオックスフォード大学/アストラゼネカ社のワクチンは共に、2回接種後の発症予防効果が85~90%であると報告した4。ただし、オックスフォード大学(英国)とアストラゼネカ社(AstraZeneca;英国ケンブリッジ)が共同開発したワクチンの接種効果については、統計的な信頼性が低いと注意を促している。
イスラエルでファイザー社/ビオンテック社のワクチンの接種を受けた85歳以上の高齢者では、SARS-CoV-2感染に対して94%の予防効果が確認されている3。この年齢層でこの値は驚くべき高さであり、Moustsen-Helmsらによる64%という結果を大幅に上回っている。おそらく、長期介護施設の入居者は健康状態が悪い傾向にあることが一因だろう。同様に、英国で行われた研究では、ファイザー社/ビオンテック社とオックスフォード大学/アストラゼネカ社のワクチンは共に、70歳以上の高齢者のCOVID-19による入院を予防する効果が80%であった5。種類の異なるワクチンを組み合わせて接種することで、ワクチンの効果をさらに高めることができるかどうかを調べる研究が進められているが、初期の結果は有望だ(2021年7月号「COVID-19ワクチンの組み合わせ接種は強力な免疫応答を誘導する」参照)。しかし、今回使われているワクチンは、異例の大規模な臨床試験で安全性が徹底的に検証されたにもかかわらず短期間で開発されたことや、新しいアプローチが採用されたことを考えれば、既に期待以上の成果を上げているとMeissnerは指摘する。何年もかけて開発されたワクチンでも、これほど高い感染防御効果を示すことはめったにない。「これらのワクチンの有効性は本当に驚くべきものです」とMeissnerは言う。一方、ファイザー社/ビオンテック社とモデルナ社(Moderna;米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)は、最近、思春期の子どもを対象としたワクチンの臨床試験を終了したが、12~15歳では100%6、12~17歳では93%の感染防御効果が認められた。ただし、実社会でのデータはまだない。ワクチンに関して米国食品医薬品局(FDA;メリーランド州ホワイトオーク)の外部アドバイザーを務めるMeissnerは、12歳未満の子どもへの接種に関して、緊急使用許可による接種には疑問を呈していて、規制当局の正式な承認を得た上で接種の実施に至る必要があるのではないかと述べる。
変異株に対するワクチンの効果は?
Keenanに対する最初の接種が成功して間もなく、世界は新たな心配の種を抱えることになった。英国で最初に確認されたSARS-CoV-2の変異株が、異常な速さで拡がりつつあるらしかった。南アフリカ共和国で最初に確認された別の変異株は、ウイルスのスパイクタンパク質に気掛かりな変異があった。現在使われているCOVID-19ワクチンのほとんどが、このタンパク質を標的としている。
それ以来、ウイルスの拡散を促進したり、COVID-19ワクチンの効果を低下させたりする可能性のある変異を持つ「懸念される変異株(Variant of Concern;VOC)」が次々と出現している。国際ワクチン研究所(韓国ソウル)の所長Jerome Kimは、「制御不能な感染爆発は変異株を生み出します」と言う。
南アフリカ共和国で最初に確認されたB.1.351変異株(ベータ株)に対して、ファイザー社/ビオンテック社のワクチンで作られた抗体の効果は低いことが初期の実験で示唆されたが、それが感染防御効果にどのような影響を与えるかは不明だった。2021年5月にはカタールの研究者が、ファイザー社/ビオンテック社のワクチンを2回接種済みの人は、ベータ株に感染してCOVID-19を発症する可能性が75%低く、重症化もほぼ完全に防ぐことができるという心強いデータを発表した7。論文の著者の1人でワイル・コーネル医科大学カタール校(ドーハ)の感染症疫学者であるLaith Jamal Abu-Raddadは、「目下最大の関心事は、他の変異株の出現によって状況がさらに変わるかどうかです」と話す。「毎日状況を見守っていますが、最悪の状況はおそらくもう既に見てしまったのではないかと、楽観的に考えています」。
別の試験ではあるが、オックスフォード大学/アストラゼネカ社のワクチンは同等の効果を示さなかった。南アフリカ共和国で行われた小規模な臨床試験の結果、その時点で同国のSARS-CoV-2のほとんどを占めていたベータ株に対し、感染を防ぐ効果はほとんどないことが示唆された8。この結果を受けて同国政府は、オックスフォード大学/アストラゼネカ社のワクチンを売却して別のワクチンが入手できるのを待つという苦渋の決断を下した。現在はジョンソン・エンド・ジョンソン社(Johnson & Johnson;米国ニュージャージー州ニューブランズウィック)が製造したワクチンを使用している。このワクチンは、ベータ株が94%以上を占めていた南アフリカ共和国で行われた臨床試験では、中等症および重症のCOVID-19を予防する効果は64%だった9。また、まだ緊急使用許可は下りていないが、ノババックス社(Novavax;米国メリーランド州ゲイザースバーグ)が製造したワクチンは、HIVに感染していない南アフリカ共和国の参加者のCOVID-19発症を予防する効果が51%だった10。
しかし、ウィットウォーターズランド大学(南アフリカ共和国ヨハネスブルク)の免疫学者で、南アフリカ共和国で実施されるワクチン臨床試験の責任者であるShabir Madhiは、オックスフォード大学/アストラゼネカ社のワクチンを使用しないという政府の決定に同意しなかった。重症化のリスクが低い若年者を中心に登録された臨床試験では検証されなかったが、重症化や死亡を防ぐことができる可能性はあったと、Madhiは考えている。ハムスターを使ったその後の研究11で、オックスフォード大学/アストラゼネカ社のワクチンがベータ株による疾患の発症を予防することが示されたとMadhiは指摘する。
SARS-CoV-2は、研究者たちが当初考えていたよりもはるかに変異しやすく、新しい変異株が次々に出現していることが知られている。インドで初めて確認されたB.1.617.2変異株(デルタ株)は、英国で急速に感染が拡大しており、感染力が非常に強い可能性が懸念されている。英国公衆衛生局は、ファイザー社/ビオンテック社またはオックスフォード大学/アストラゼネカ社のワクチンを2回接種することで、この変異株による疾患の発症をそれぞれ88%、60%防ぐことができると推定している12。
予防効果はどのくらい続くのか?
半年という期間は、ワクチンの効果がどのくらい続くかを判断するためのデータを集めるには期間は短過ぎるが、2020年7月に初回接種を受けた臨床試験参加者のデータが間もなく出てくるだろう。
一方で、自然感染によって獲得した免疫の持続性について検討している研究者もいる。2万5000人以上の医療従事者を対象とした英国の研究では、SARS-CoV-2に感染すると、少なくとも7カ月の間、再感染のリスクが84%減少することが分かった13。また、Abu-Raddadによれば、カタールで行われた未発表の研究では、SARS-CoV-2に感染してから1年後でも、再感染に対して約90%の予防効果があることが分かっているという。「このウイルスに対する免疫はとても強いようです」と彼は言う。「ワクチンによる免疫は数カ月以上、ひょっとしたら1年以上も続くのではないかと、私は楽観的に考えています」。
一方、エモリー大学(米国ジョージア州アトランタ)のウイルス免疫学者Mehul Sutharは、ワクチンによって誘起された免疫は、自然感染による免疫ほど長くは続かないのではないかと懸念している。Sutharらの研究によれば、SARS-CoV-2に感染した人よりもモデルナ社のワクチンの接種を受けた人の方が、抗体レベルの低下が早かったのだという。免疫には抗体だけが寄与しているわけではないが、この結果を見て心配になったと彼は言う。「長く続く抗体応答を引き起こすほどの効力がワクチンになかったのではないかと少し心配しています」とSutharは話す。「変異のことも考慮するならば、ブースター(追加免疫)接種が必要になってくることは明らかだと私は考えます」。
どのくらいの期間でブースター接種が必要になるかは、抗体レベルの低下速度にもよるだろう。抗体レベルは急激にゼロ近くまで低下することもあり得るし、比較的低いレベルが長く続くことも考えられる。あるモデル研究では、抗体レベルが低くても重症化を防ぐには十分だと評価している14。しかし、ファイザー社の最高経営責任者であるAlbert Bourlaは、ファイザー社/ビオンテック社のワクチンは、2回目の接種から8~12カ月程度でブースター接種が必要になると予想される、と述べている。
2021年5月19日、英国政府は初回ワクチンの2回目の接種から少なくとも10~12週間空けて、7種類のCOVID-19ワクチンをブースター接種する研究に資金供与したと発表した。初期の研究結果は9月に発表される予定だが、これは最も感染に弱い集団を冬季に保護することを目的としたブースター接種プログラムに間に合わせるためだ。国立衛生研究所(NIH;米国メリーランド州ベセスダ)でも、2020年3月に始まった初期の臨床試験でワクチンの初回接種を受けた試験参加者の一部を対象に、ブースター接種の試験を行っている。
ワクチン開発企業は現在、変異株に特化したブースター接種の試験も実施している。ベータ株のスパイクタンパク質をコードする塩基配列を用いたブースターワクチンが、SARS-CoV-2、特にベータ株を中和する抗体のレベルを上昇させたという予備的な結果が、モデルナ社から発表されている15。
たとえ免疫が期待よりも早く減衰したとしても、完全に消失することはないとAbu-Raddadは楽観視している。「今ここで賭けても構いませんが、感染を防ぐ免疫力が失われ始めたとしても、重症化を防ぐ免疫力までなくなることはないでしょう」と彼は言う。
ワクチンはウイルスの伝播をどれだけ防げるのか?
現在承認されているワクチンの主要な臨床試験では、接種によって発症を安全に防ぐことができるかどうかが評価されている。だが、パンデミックを収束させるためにはウイルスの伝播を防ぐことも重要だ。これまで行われてきた臨床試験のほとんどは、ウイルスの感染拡大を促進する可能性のある無症候性感染を追跡していない。
研究者たちはこのギャップを埋めようとしており、今のところ有望なデータが得られているようだ。ジョンソン・エンド・ジョンソン社が発表した臨床試験の結果によると、同社のワクチンは無症候性感染に対して74%の予防効果があるという。また、ファイザー社/ビオンテック社のワクチンの展開を研究しているイスラエルの研究者たちは、ワクチンの接種により感染者の体内から見つかるウイルスの量が4.5分の1まで減少すると報告している16。体内のウイルス量が減れば、体外にウイルスを排出して他人に感染させる可能性も低くなる。
また、英国公衆衛生局の研究では、ファイザー社/ビオンテック社またはオックスフォード大学/アストラゼネカ社のワクチンを1回接種するだけで、感染者から家族への感染が50%減少することが分かった17。ケンブリッジ大学(英国)のウイルス免疫学者Michael Weekesは、「どのワクチンにも似たような効果があると思われます。総合的に考えて、かなり楽観視してよい状況でしょう」と話す。
しかし、カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国)の感染症専門医であるSusan Littleは、これらの研究はデータが不完全なため、例えばウイルス量の低下が感染の減少につながると仮定するなど、結論を導き出すために推測に頼らなければならないことが多いと指摘する。米国では30以上の高等教育機関が共同で、ワクチン接種を受けた人がどれくらいの頻度で他人に感染させるかを調べる大規模試験を実施しており、Littleもこれに参加している。この試験では、モデルナ社のワクチンの接種を受ける群と、接種を4カ月後まで遅らせる群とに学生を無作為に割り付ける。その後、参加者は感染の有無を毎日検査され、濃厚接触者も週に2回SARS-CoV-2の検査を受ける。
Littleらは、将来的に重要な決断を下さなければならないときの参考になるような質の高いデータを求めている。「人々が職場に戻り始めたとき、通勤や通学に公共交通機関を利用するための条件として政策レベルでワクチン接種を義務付けるべきでしょうか? 接種を済ませた人は、マスクをしたり、ソーシャルディスタンスを確保したりする必要があるのでしょうか?」と彼女は問い掛ける。2021年5月13日、米国疾病管理予防センター(CDC;ジョージア州アトランタ)はマスク着用に関するガイドラインを改訂し、所定回数のワクチン接種を済ませた人は一部の公共の場ではマスクをしなくてもよいとした(2021年7月号「マスク着用義務の解除について、科学の視点で考えてみる」参照)。
Littleによれば、米国ではワクチン接種が既に広く行われているため、研究では参加者の登録に苦労しているとのことだ。ウイルスの変異株が広がることで状況はさらに複雑になる可能性があるとKimは言う。変異株に感染した人のウイルス量を減少させるワクチンの効力が弱ければ、ウイルスの伝播を防ぐ効力も弱くなるかもしれないと彼は注意を促す。「ウイルスの伝播は実に難しい問題です。そこでの未知の変数は、変異株がどのような影響を与えるかということです」。
安全性について科学者たちは何を学んだか?
COVID-19ワクチンの接種は各国で類を見ない速度で進められているが、ワクチンの安全性を監視するためのサーベイランスシステムの導入についても同じことが言える。
いくつかのワクチンの臨床試験には4万人以上の被験者が参加したが、接種部位の痛み、発熱、吐き気など、ワクチン接種後によく見られるもの以外の副反応はほとんど起こらなかった。「100%安全なワクチンはないとよく言われますが、これらのワクチンの安全性は特に注目に値します」とMeissnerは話す。
ファイザー社/ビオンテック社のワクチンの接種が始まった直後、一部の地域でアナフィラキシーと呼ばれる重篤なアレルギー反応の事例が報告された。しかし、その後の調査の結果、モデルナ社とファイザー社/ビオンテック社のワクチンは、アナフィラキシーのリスクが他のワクチンに比べてそれほど高いわけではないことが分かったと、Meissnerは言う。アナフィラキシーが起きたとしても接種センターで治療することができる。ファイザー社/ビオンテック社のワクチンの場合、そのリスクは100万回の接種当たり約4.7件である18。一般的なワクチン接種によるアナフィラキシーのリスクは、100万回の接種当たり1.3件と推定されている。
アナフィラキシーよりも懸念されるのは、オックスフォード大学/アストラゼネカ社とジョンソン・エンド・ジョンソン社のワクチンの接種を受けた人に、ごく稀ではあるが血液凝固症候群が認められたことだ。欧州で初めて報告され、オックスフォード大学/アストラゼネカ社のワクチンとの関連が指摘されたこの症候群の特徴として、普通ではない場所(特に脳や腹部の血管)で血栓ができ、血栓形成を促進する血小板と呼ばれる細胞断片が枯渇する。血液凝固症候群で死に至ることもあり得るが、多くの人にとってCOVID-19がもたらすリスクは血液凝固症候群を発症するリスクよりも大きいと、当局は繰り返し判断している。欧州医薬品庁(EMA;オランダ・アムステルダム)は、ワクチン接種者10万人に1人程度の頻度で発症すると結論付けている。
ワクチンがどのようにしてこの症候群を引き起こすのか、研究者たちは今も研究を続けている。その後、米国でジョンソン・エンド・ジョンソン社のワクチンの接種を受けた人でも同様の症例が見つかったが、その頻度は100万人に3.5人程度でしかなかったことから、オックスフォード大学/アストラゼネカ社のワクチンで、SARS-CoV-2のスパイクタンパク質遺伝子を細胞内に送達するために利用されている無害化したアデノウイルスが、この症候群に関係しているのではないかと推測されている。
ワクチン接種に関連して血液凝固症候群を発症することが発見されて以来、英国では、40歳未満の人はSARS-CoV-2感染による合併症のリスクが非常に低いとして、別のワクチンの接種を受けるよう勧告している。米国では報道を受けてジョンソン・エンド・ジョンソン社のワクチンの接種を一時中断していたが、その後再開した。デンマークではオックスフォード大学/アストラゼネカ社のワクチンの接種が2021年4月に中止され、既に接種を1回受けた人の2回目の接種には、ファイザー社/ビオンテック社またはモデルナ社のmRNAワクチンを用いることが推奨されている。
これらのワクチンの安全性を巡る議論は、ワクチンに対する国民の信頼を損ねるのに十分だったという調査結果も出ている。「安全なワクチンとはいったい何なのでしょう?」とMeissnerは問う。「人によっては10万人に1人の確率であればとても安全だと思うかもしれません。でも、別の人はこう言うかもしれませんね。『100万人に1人の確率ですって? もしその1人が私だったらどうしましょう?』」。
イスラエル保健省は現在、ファイザー社/ビオンテック社のワクチンと、接種者で報告されている心筋炎・心膜炎との間に関連性があるかどうかを評価している。これまでのところ、症状が確認されたのは16~19歳の男性で、ほとんどの症例は軽症である。
ワクチンがパンデミックの進行に与えた影響は?
イスラエルや英国などワクチン接種率の高いいくつかの国々では、COVID-19による死亡者数や入院者数が急激に減少してきている。英国公衆衛生局の推算によれば、ワクチンによって60歳以上の高齢者1万3000人の命が救われたという4。英国では全人口の3分の1以上が規定回数のワクチン接種を済ませている。
これらの国々ではソーシャルディスタンスを厳格に確保した上でワクチン接種キャンペーンを行ってきた。それとは対照的に、チリでは2021年の初頭にソーシャルディスタンス確保の要請を撤廃し、積極的なワクチン接種キャンペーンを展開した。チリは世界でも有数のワクチン接種率を誇ることになったが、それにもかかわらず、4月には集中治療室がCOVID-19の患者であふれ返るという結果を見た。
しかし、国民の多くがワクチン接種を済ませてしまえば、外出禁止令やソーシャルディスタンス確保の要請を緩和することができるかもしれない。例えば、イスラエルでは成人人口の約半数がワクチン接種を済ませてから徐々に制限を緩和していった結果、感染率は低く保たれている。米国でも、規定回数のワクチン接種を済ませた成人の割合が40%を超えたころから感染率は低下してきている(「国別の接種回数」参照)。
しかし、世界で最もワクチン接種率の高い国であるセーシェル(人口10万人未満)では、2021年5月上旬に成人のワクチン接種率が60%を超えたにもかかわらず、感染者が急増した。ただし死亡者は比較的少なかったようだ。
今のところ、感染爆発が起きる原因も、変異株が原因なのかどうかも、不明なのだとKimは話す。そのため、高いワクチン接種率を達成できた国であっても、制限は徐々に緩和していくのが得策だと彼は言う。「数字が下がってきたので安心して気を抜くと、必ずまた上がってくるものだということを肝に銘じておいた方がいいかもしれませんね。それが、得られた教訓です」。
世界の多くの地域、特に低・中所得国では、ワクチンの供給が限られているため、年内のパンデミックの進行にワクチンが影響を与えるようなことはほとんどないだろう。南アフリカ共和国でのワクチン接種の現状から考えて、現地で差し迫る第3波に対し、ワクチンはそれほど影響を及ぼさないとMadhiは言う。60歳以上の全ての人が初回接種を受けられる2021年6月末までには、急増している国内の感染者数はソーシャルディスタンスの確保などの方策によって既に減少に向かっているだろうと彼は予想している(編集部註:7月末時点で、南アフリカ共和国では接種が完了した人の割合は3%に届いていない。製造の遅れや接種の一時停止などで、高齢者への接種が遅れているためだ。同国は6月末に、警戒レベルを上から2番目の「4」に引き上げている)。インドでは、低いワクチン接種率、感染力の高い変異株、広範な社会的交流といった要因が相まって、悲惨で圧倒的なCOVID-19の感染爆発につながったと考えられている。
一部の富裕国は大量のワクチンを予約することができたが、多くの低・中所得国では少ない量でやりくりしなければならない。世界保健機関は2021年末までにこれらの国々の人口の20%にワクチンを接種することを目標としている。ロンドン大学衛生熱帯医学大学院(英国)の感染症数理モデル研究者であるMark Jitは、「年内は、ワクチンが彼らの重要な出口戦略となることはないでしょう。供給の制限が緩和されるであろう2022年になれば可能性はありますが」と話す。そのような国々では、ソーシャルディスタンスの確保、マスクの着用、検査と追跡調査に重点を置いた対策を取る必要があるだろう。
ワクチン接種率が高い国であっても、集団免疫(感染拡大を防ぐのに十分な免疫が集団中に存在する状態)の達成という、かつて言われていた輝かしい希望は薄れてきているとKimは言う(2021年5月号「COVIDの集団免疫が達成できないかもしれない理由」参照)。「変異株が蔓延して制御不能な感染爆発が続いている現在、集団免疫を達成できる可能性は低くなっていると思います」と彼は話す。「高所得国だけでなく低・中所得国でもワクチン接種が可能になるまで、パンデミックの影響は続くでしょう」(2021年4月号「COVIDワクチンの公平な配分を成功させなければならない理由」参照)。
翻訳:藤山与一
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 8
DOI: 10.1038/ndigest.2021.210818
原文
Six months of COVID vaccines: what 1.7 billion doses have taught scientists- Nature (2021-06-10) | DOI: 10.1038/d41586-021-01505-x
- Heidi Ledford
- Heidi Ledfordは、ロンドン在住のNature シニア・レポーター
参考文献
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