血液の化学組成予想図
Barらは、個人の食事や腸内微生物が血中の化学物質の組成を決定する重要な要因であることを示した。 Credit: Science Photo Library - SCIEPRO/Brand X Pictures/Getty
ヒトの血液は、酸素や二酸化炭素以外にも、多くの化学物質を輸送している。これらの分子の中には、健康状態の指標として有用なものがあり、実際、このようなバイオマーカーの測定は臨床の血液検査で一般的に行われている。その他、ホルモンや薬剤など、血中に存在するさまざまな分子は、代謝や免疫応答などの過程を調節することによって健康に直接影響を及ぼす。このほどワイツマン科学研究所(イスラエル・レホボト)のNoam Barら1は、ヒトの血液に含まれる化学物質の組成に影響を及ぼす要因を明らかにし、Nature 2020年12月3日号135ページで報告している。
血液中のほとんどの分子は、その起源や、個人で濃度が異なっている理由について分かっていない。考えられる調節因子のリストは膨大で、何らかの分子、食事、薬剤、健康状態や病歴、遺伝的バリアント、腸内微生物など、これら全てが関係している可能性がある。その上、これらの要因は相互作用している可能性がある。例えばトリメチルアミンオキシドは、動脈狭窄症であるアテローム性動脈硬化症のリスクを高めるが、赤肉に豊富に含まれる特定の食事由来化合物が腸内細菌とその宿主である人間の両方に代謝されて生成される2。このような健康に直接影響を及ぼす分子については、その代謝調節を理解することで、新しい臨床治療の開発に役立つ可能性がある。
Barらは、血液中の分子を支配する要因は何かという課題について研究し、その成果を報告している。この研究では、関与の可能性がある多くの変数の測定だけでなく、変数間の相互作用など、複雑性を捉えることができる解析方法を使用する必要があり、さらには、今回の研究対象集団以外の人に対しても有効な予測ができることを確認しなければならない。
Barらは、健康な491人からなるコホートの血液試料を非常に詳細に特徴付けることから始め、血清(凝固に必要なタンパク質を除去した後に残る血液の液体成分)中の分子の定量を行った。また、詳細な健康状態、食事や生活様式について、研究の参加者を問診した。さらに、糞便試料も提出してもらい、そのDNA塩基配列解読を行って、腸に存在する腸内微生物の遺伝的シグネチャー(マイクロバイオームとしても知られている)を決定した。
Barらが認めているように、今回の研究は、遺伝子と疾患の間に関連を見つけ出そうとするゲノムワイド関連解析の基準からみれば、小規模な研究コホートを用いている。また、血清中の分子を遺伝的変動やマイクロバイオームに結び付けようとしたのは、Barらが最初ではない3,4。しかしBarらの解析は、血清中の分子の組成を調べるために、この研究コホートの一人一人から、多岐にわたるタイプのデータを系統的に収集しており、そのデータタイプは類を見ない数である。
次にBarらは、機械学習の手法を用いて、ヒトの遺伝学やマイクロバイオーム情報などの要因を血液中の分子に結び付けた。データの各種サブセットを除いて多くの解析を行った結果、食事、マイクロバイオーム、処方薬の服用や血圧などの臨床変数が、血清中の分子と最も関連があることが分かった。一方、いくつかの遺伝的関連も見いだし、これまでに報告された遺伝子と代謝物の関連を46確認した。だが、そのような関連に及ぼす遺伝的要因の影響は、食事、臨床変数、マイクロバイオームの影響よりも小さいと結論付けた。こうした各種タイプのデータは正確には比較できないが、Barらの遺伝的影響の推定値はこれまでの研究の結果と一致しており、食事とマイクロバイオームが、血清中の分子の組成に、遺伝的要因よりも大きく、より広範囲に影響を及ぼすという結論が裏付けられた。
食事がマイクロバイオームの組成に影響を及ぼし得ることからも予想されるように、血清中の分子の中には食事とマイクロバイオームのデータから同じくらいの精度で予測できるものがある。一方で、今回のデータタイプからは、両者が独立して血清中の分子と関連しているケースがあることも示されている。例えば、食事の情報から柑橘類の消費に関連する特定の代謝物が血中に存在することが、マイクロバイオームとは独立して予測され、また、ラクノスピラ科に属する腸内微生物の存在によって、食事とは関係なく、インドキシル硫酸の存在が強力に予測された。インドキシル硫酸はアミノ酸であるトリプトファンの細菌による分解産物で、これまでに腎臓や血管系の疾患との関連が示されている5。
Barらは、血液試料に存在する分子の濃度について予測するために、複雑な相互作用を捕捉できる勾配ブースティング決定木(GBDT)と呼ばれる機械学習手法を用いた。決定木は、予測を行うための単純な「if-then」ルールを学習する(図1)。この方法では、個々の決定木を階層化し、古いモデルの予測誤差を減らすことに特に焦点を当てて新しいモデルを訓練することで、継続的に決定木を改良している。
図1 血液中の分子の組成を予測する方法
Barら1はヒトの血液試料を得て、血中に存在する多くの分子を特定した。また、食事や腸内微生物など、特定した分子に影響を及ぼす可能性のあるさまざまな要因に関する情報も収集した。Barらは、勾配ブースティング決定木(GBDT)と呼ばれる計算手法を用いて、個人の血液中の分子の組成を予測した。
a この仮説の例では、y軸はある個人の分子Xの濃度(任意の単位a.u.)として、x軸はあるタイプの腸内細菌Yの相対量として、データをプロットしている。
b このモデルでは「if-then」分類を用いて、細菌の量とXの濃度の関係を予測している(黒色の水平線)。この場合の予測値は、細菌の量が0.1を超えるならXの濃度は2であり、細菌の量が0.1未満ならXの濃度は0.1である。点線は予測誤差を示す。
c 次に、赤肉を食べる(赤色)、あるいは食べない(青色)など、別の要因を考慮してモデルを改良する。
d この食事要因を含む別の「if-then」分類を行った後では、Xの予測濃度と食事要因および細菌要因が結び付けられるため、モデルはより小さい誤差で改良された予測値が示される(赤色と青色の水平線)。
Barらは、特徴量寄与分析法(SHAP:ある特徴が予測の精度の向上にどのくらい寄与したかを分析する方法)を用いて、これらのモデルを解釈した。これにより、マイクロバイオーム、食物、遺伝的バリアントなど、個々の要因が血液中の分子の組成にどのように影響を及ぼすかについて、特定の仮説が立てられた。モデルがより複雑になると、「過学習」、つまりノイズや無関係な変数に基づく誤った予測を行う傾向がある。従ってBarらは、モデルを複雑にしないで適合させて評価した。重要なのは、2つの大規模な独立した研究コホートにおいて、マイクロバイオームから予測された代謝物との関連性の多くを確認できたことである。さらにBarらは、より小規模な研究で1セットの予測を検討することで、全粒粉パンの摂食に関連する分子としてシトシンとベタインを特定し、続いて、実際に全粒粉パンを食べるように無作為に割り当てた人でシトシンとベタインが予想通りに変化したことを示した。
この研究は包括的であるが、今後の研究の余地は十分残っている。Barらは、非常によく検証された標準的なメタボロン(代謝酵素複合体)のプラットフォームを用いて血清中の代謝物を測定したが、このようなメタボロミクス解析法では、血中の化合物の全ての種類が含まれているわけではない。従って、血中脂質など特定のタイプの分子は、他の分子より低く測定されている可能性がある。これは、検出された代謝物との関連のほとんどが、腸内で最も豊富な腸内細菌系統2つのうちの1つだけとの間に見られた理由の説明になるかもしれない6,7。一方でメタボロミクス解析法は、分子量の他に特性が不明な分子を検出できる。実際にBarらは、そのような未知の代謝物との関連をいくつか報告している。これらは、生物学のこれまで知られていなかった一面を示しているかもしれないが(例えば、興味深いことに、ある関連は参加者の年齢に関連していた)、代謝物が特定されなければ、限られた結論しか導き出せない。
今回のマイクロバイオームデータから、糞便抽出物に存在する全てのゲノムのDNA情報が得られた。しかしBarらは、これらのデータを、酵母や原生生物などの非細菌を除いて細菌種が多数を占めるレベルまで絞って解析した。種レベルに解析を限定すると、同じ細菌種の株でも有する遺伝子が異なる可能性がある、という事実が目立たなくなってしまう。例えば、腸内細菌の一種Eggerthella lentaがin vivoで薬剤ジゴキシンを代謝するには、特定の株にしか存在しない1つの遺伝子が必要である8。その上Barらは、血清中の代謝物をその生成に関与する特定の細菌酵素に結び付けることができていない。このような関連が分かれば、代謝物と細菌の関連の基礎となる分子機構を明らかにするのに役立つと考えられる。
これらの限界によって、今回の論文の最も有用な面が損なわれるわけではない。Barらは、完全なデータセットを他の研究者も利用可能にして、今後の計算方法を開発できるようにしている。それにより、こうした限界の一部が解消され、新しい課題の解決方法が生み出される可能性がある。Barらのデータは、食事、マイクロバイオーム、遺伝学的性質が、ヒトの生化学的および生理学的な性質に影響を及ぼす機構に興味のある研究者にとって、豊富で貴重な情報源になるだろう。
翻訳:三谷祐貴子
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2021.210343
原文
Building a chemical blueprint for human blood- Nature (2020-12-03) | DOI: 10.1038/d41586-020-03122-6
- Patrick H. Bradley & Katherine S. Pollard
- Patrick H. Bradley & Katherine S. Pollardは、Patrick H. Bradleyはオハイオ州立大学(米国コロンバス)に所属、Katherine S. Pollardはカリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)およびチャン・ザッカーバーグ・バイオハブ(米国カリフォルニア州サンフランシスコ)に所属。
参考文献
- Bar, N. et al. Nature 588, 135–140 (2020).
- Koeth, R. A. et al. Nature Med. 19, 576–585 (2013).
- Visconti, A. et al. Nature Commun. 10, 4505 (2019).
- Shin, S.-Y. et al. Nature Genet. 46, 543–550 (2014).
- Hung, S.-C., Kuo, K.-L., Wu, C.-C. & Tarng, D.-C. J. Am. Heart Assoc. 6, e005022 (2017).
- Nemati, R. et al. J. Lipid Res. 58, 1999–2007 (2017).
- Farrokhi, V. et al. Clin. Transl. Immunol. 2, e8 (2013).
- Koppel, N., Bisanz, J. E., Pandelia, M.-E., Turnbaugh, P. J. & Balskus, E. P. eLife 7, e33953 (2018).
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