微生物感染がアルツハイマー病の引き金に?
微生物と認知症の発症とを結び付ける考え方は、数十年前からあったが、主流から外れるとされた。しかし今、研究者たちは、この関係を探り始めている。
拡大するKaren Kasmauski/The Image Bank Unreleased/Getty
Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 2 | doi : 10.1038/ndigest.2021.210216
原文:Nature (2020-11-05) | doi: 10.1038/d41586-020-03084-9 | Are infections seeding some cases of Alzheimer’s disease?
2018年、免疫学者で医学出版企業家のLeslie Norinsは、アルツハイマー病が微生物によって引き起こされると立証できた科学者に、自らのポケットマネーで100万ドル(約1億円)の賞金を出すと発表した。
感染がアルツハイマー病性認知症を引き起こすかもしれないという説については、過去数十年にわたり神経科学の主流から外れた場所で細々と研究が続けられていた。アルツハイマー病研究者の大部分は、大量の証拠を後ろ盾に、主犯は感染ではなくアミロイドと呼ばれる粘着性の分子であり、これが脳の中で凝集してアミロイド斑を形成し、炎症を引き起こして、ニューロンを殺すと考えている。
Norinsは、感染説をより説得力があるものにする研究に報酬を与えたいと考えた。彼はアミロイド仮説について、「受け入れることのできる裏付け可能な揺るぎない通念」になってしまったと言う。「微生物原因説について研究し、論文を発表した先駆者もわずかにいましたが、嘲笑されるか、無視されるかのどちらかでした」。
これは感染説を唱えた初期の研究者が、感染症説をアミロイド仮説に代わるものと考えたことが主な理由だった。しかし、いくつかの最近の研究で、この2つの仮説がうまくかみ合う可能性を示唆する興味深い結果が出ている。感染がアミロイド斑の産生を引き起こし、それが一部のアルツハイマー病の発症につながっているかもしれないというのだ。
このデータは、アミロイドがニューロンにおいて根本的な役割を持つことを示唆している。アミロイドは単なる有害廃棄物ではなく、感染から脳を保護するのを助けるという重要な仕事を持つのかもしれない。しかし、加齢や遺伝的要因によってこのシステムの抑制と均衡が崩れると、アミロイドは保護者から悪人に変わってしまうのだ。
そして、その考えは、新しい治療法の可能性を探索する道を示す。この仮説をさらに検証するために、科学者たちは現在、より緊密にアルツハイマー病を模擬する動物モデルを開発している。「私たちはこの考え方を真剣に受け止めています」と、ロンドン大学英国認知症研究所の所長である神経科学者Bart de Strooperは言う。
凝集塊でニューロンが死ぬ
アミロイド仮説では、アルツハイマー病は、ねばねばした可溶性タンパク質(アミロイドβペプチドと呼ばれる)が脳細胞間のスペースに蓄積することにより起こるとされている。アミロイドβペプチドは、ニューロンの膜に埋め込まれた別のタンパク質から切断されることにより生じる。アミロイドβペプチドはいったん自由に浮遊するようになると、集まってより大きい構造をとるようになり、特別な酵素によって十分効率的に除去されない場合は、凝集してアミロイド斑となる。するとこのアミロイド斑は、致命的なカスケードの引き金となる。神経炎症が誘発され、繊維化した異常タンパク質が蓄積する神経原線維変化(タウ病理)が起こり、こうした障害の連続により、ニューロンは死ぬ。
アミロイド仮説を批判する人々は、アルツハイマー病にかかっていない多くの人々の脳にも死後解剖で多くのアミロイド斑が見られると主張する。さらにアミロイド斑を溶解させるように設計された治療の臨床試験の多くが失敗しており、アルツハイマー病の進行を抑えたものは1つもないとも指摘する。一方、アミロイド仮説支持者は、アミロイド斑の密度は個人によって大いに異なるが、アミロイド斑が引き金となる神経原線維変化の密度はアルツハイマー病の重症度と緊密に相関していると反論する。そして、臨床試験の失敗は、おそらく病気が進行し過ぎている時期に治療を始めたせいだろうと言う。
また彼らは、仮説を裏付ける有力な証拠を持っている。早期(30~60歳代)に発症する進行の速い稀なタイプの家族性アルツハイマー病は、脳でのアミロイド産生過程と炎症を支配する遺伝子の変異が原因で起こる。他にも多数の遺伝子がより一般的な後期発症型のアルツハイマー病のリスクと関連付けられている。いくつかの遺伝子はアミロイドカスケードの要素を構成するタンパク質をコードし、そしていくつかは自然免疫に関わっている。自然免疫とは、素早く活性化して体内での病原体の広がりを防ぐ複数の機構が合わさったもので、これが炎症を引き起こす。
感染源
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感染仮説を検証したいと考えている研究者たちは、アルツハイマー病患者の数千の死後脳で微生物を探し始めている。そして、そうした脳の多くで微生物が発見されている。「しかし、これらの研究は、相関関係を示しているにすぎず、アルツハイマー病発症メカニズムとは関係ないと説明できる可能性が高いのです」と、de Strooperは言う。
1990年代にアルツハイマー病患者の死後脳でヘルペスウイルス1型(HSV1)を観察したと報告1したマンチェスター大学(英国)の生物物理学者Ruth Itzhakiは、そのような批判は承服しかねると言う。彼女は、脳に微生物が存在するということは、それらの微生物が何かに関与していることを示しているはずだと考える。そして、彼女や他の研究者は、ウイルスがアルツハイマー病の基軸だという強力な証拠をつかんでいると考える。「私たちのほとんどは、アミロイドがアルツハイマー病の非常に重要な特徴であると常に認めてきました。ただ、それは原因ではない、というだけのことなのです」と、彼女は言う。
いくつかの微生物はこれまで、アルツハイマー病の引き金ではないかと示唆されてきた。例えば、3種のヒトヘルペスウイルスと3種の細菌(肺炎を引き起こすクラミジア・ニューモニエ、ライム病の原因となるボレリア・ブルグドル、そしてごく最近に関係が示唆された、歯周病菌フェリポルフィロモナス・ジンジバリス)である。理論上、脳に侵入できるどんな病原体も、引き金の役割を果たすことができるはずだが、COVID-19の原因ウイルスであるSARS-CoV-2にこの能力があるという有力な証拠は、全くない。
この分野のほとんどの研究チームには、それぞれ研究テーマとしている微生物がある。そして、注目度の高かった2018年の2編の論文では、ヘルペスウイルスの役割が調べられた。マウント・サイナイ医科大学アイカーン医学系大学院(米国ニューヨーク市)のJoel Dudleyらによる論文では、さまざまなデータベースで利用可能なおよそ1000個の死後脳から得られた、遺伝子、タンパク質、および組織構造に関する巨大なデータを分析した。チームは脳組織においてウイルスを示すシグネチャー(ヘルペスに特異的な遺伝子やタンパク質の断片)を探した。その結果、アルツハイマー病患者では、対照群に比べて、ヒトヘルペスウイルス6A型と7型のレベルが高いと報告した2。
しかし、1000以上の死後脳試料を研究したチームを率いた国立神経疾患・脳卒中研究所(米国メリーランド州ベセスダ)のウイルス学者Steven Jacobsonをはじめ、他の研究者も分析を行ったが、Dudleyの結果は再現されていない3。
Dudleyの研究で調べられた脳の数は確かに印象的であった。しかし、その結果は相関的なものである。データ源も気に掛かると、ドイツ神経変性疾患センター(ボン)のMichael Henekaは言う。アルツハイマー病患者の脳は死亡前から状態が悪く、組織は剖検の前にさらに破壊される。微生物は死亡の数日前から、あるいは死後に容易に脳内に侵入できるだろう。「経過が約30年間にわたる病気の原因について、死後試料からはあまり多くの仮定を引き出すことはできません」と彼は言う。
Dudleyの論文は、台湾で行われた10年間にわたる研究の直後に発表された。台湾の論文では、単純ヘルペスウイルス感染症と診断された8000人以上を追跡し、同感染症との診断を受けていなかった2万5000人の対照群と比較した。ヘルペスを保有する集団は、アルツハイマー病を発症するリスクが2.5倍高かったが、そのリスク上昇は積極的な薬物療法を受けた人ではほとんど見られなかった4。
最近になってこの仮説は脚光を浴び始めるようになったが、それ以前にも、感染が何らかの形でアルツハイマー病を引き起こす可能性があるという考え方には十分な説得力があり、臨床試験を始める研究者たちもいた。2017年に、コロンビア大学(米国ニューヨーク市)の研究チームは、単純ヘルペスウイルス抗原陽性と判定されていた軽度のアルツハイマー病患者を対象に、抗ウイルス剤バラシクロビルが、認知機能低下とアミロイド斑形成を遅らせることができるかどうかを試験し始めた。結果は2022年に出る予定である。
立証責任
ヒトでの研究から分かるのが相関関係だけの場合、研究者は原因を見つけるために動物実験に目を向けることが多い。しかし、アルツハイマー病の動物モデルは完全でない。例えばマウスでは、遺伝的改変を行わない限り、加齢によってアルツハイマー病の顕著な特徴であるアミロイド斑が発生することはない。広く使用されている5xFADトランスジェニックマウスは、アミロイド前駆体タンパク質とそれを切断してアミロイドβにする酵素の1つをコードする遺伝子において5つの関連変異を発現する。これらのマウスは超高レベルでこれらの遺伝子を発現し、わずか2カ月齢でアミロイド斑が生じ始める。
マサチューセッツ総合病院(米国チャールズタウン)の神経遺伝学者Rudolph Tanziらは5xFADマウスモデルを使用して、大博打的なアイデアを試すことにした。そのアイデアは、2008年のある金曜日の午後に開かれた、彼らの科で伝統の「ビールアワー」(スタッフや学生たちは「気分転換の時間」とも呼んでいる)の際に思い付いたものだった。
Tanziは、いくつかの新しいヒトゲノム解析データでアルツハイマー病のリスク遺伝子を探し続けていた。その候補として、自然免疫で広く発現されるタンパク質であるCD33の遺伝子が現れたことに当惑していた。そこで、隣の部屋の同僚で友人でもあるRob Moirの所に行って、「自然免疫反応がアルツハイマー病の候補遺伝子を発現しているかもしれないという奇妙な考えについてどう思うか」と尋ねた。
神経科学者であるMoirは、一般的な生命科学文献で新しく分かったことについて熱心に調べていて、多くの自然免疫経路で見つかる抗微生物ペプチドに関する、ある論文を見つけていた。「おい、これを見てくれ」と、彼はTanziに言った。Moirのコンピューターの画面にはペプチドの表が示されていた。それらのペプチドは全てアミロイドβと同様の長さで、いくつか類似する特性を備えていた。「アミロイドβが抗微生物ペプチドだという可能性はあると思うかい?」とMoirは尋ねた。Tanziは即座に答えた。「よし、検証してみよう!」。
Moirはその考えにしゃにむに取り組んだ。「Moirはスリッパをくわえた犬のように、それを絶対に放そうとしなかったんです」とTanziは回想する。
その時点では、アミロイドβ自体に特有の役割があるかどうかについて真剣に考える人はいなかった。アミロイドβがさまざまな種で非常によく保存されているという事実にもかかわらずだ。それは生物学的有用性を強く示す指標なのだが。アミロイドβの塩基配列は少なくとも4億年前のもので、全ての脊椎動物の約3分の2で保存されている。2人は、アミロイドβはおそらく、ただの悪者というわけではないだろうと推測した。きっと良い機能も持っていて、それは例えば、脳に侵入する道を見つけた微生物を捕らえて、病気を引き起こすのを防いでいるのかもしれない。脳が加齢によって効率的にアミロイドを除去する能力を失ってしまうと、このシステムは支障を来すのだろう。
微生物学を以前専攻していたTanziは、アミロイドβが、肺炎レンサ球菌や大腸菌など、8種類のよく見られる病原性微生物を試験管内で殺すことができるかどうかを緊急に調べてくれと、大学院生のStephanie Sosciaに頼んだ。Sosciaは、アミロイドβは、少なくとも抗微生物ペプチドと同じくらいの効率でそうできることを発見した。
彼らは2010年にその事実を急いで発表し5、その後数年間、Moirは、現在では抗微生物保護仮説と呼ばれている説を検証するために一連のより徹底的な実験を統括した。彼らは、アミロイド斑を作る5xFADマウスの脳に直接ネズミチフス菌を注入する実験を行い、5xFADマウスは、遺伝的改変がなされていないアミロイド斑を作らないマウスよりも長期間生存することを明らかにした。また線虫でも、病原性真菌カンジダ・アルビカンスを使用して同様の結果を得た。どちらの場合も、アミロイドは粘っこいネットを形成し、それが病原体を取り込んで無害化した6(図「微生物がアミロイド斑の原因となる仕組み」を参照)。
アルツハイマー病の顕著な特徴である粘着性タンパク質の塊の蓄積が、感染によって引き起こされる可能性を示す証拠が増えている。1つの仮説では、微生物がミクログリアと呼ばれる脳細胞を刺激することで免疫反応を起動し、アミロイド斑の構成成分であるアミロイドタンパク質の産生を助ける酵素のレベルを上昇させるとしている。アミロイドは防御機構として働き、微生物を取り囲んで無害化する可能性がある。しかし、アミロイド除去がうまくいかない場合、炎症が促進され、有毒なフィードバックループが作られる。 | 拡大する
SOURCES: REF. 9; NATURE 559, S4–S7 (2018).
次に研究チームは、ヘルペスウイルスに注目した。ヘルペスウイルスは最も頻繁にアルツハイマー病にリンクされてきたヒト病原体だった。彼らは若い5xFADマウスと正常なマウスの脳にHSV1を注入した。3週間以内に、5xFADマウスの脳にはアミロイド斑が点々と現れた。致死量のHSV1で実験を繰り返すと、5xFADマウスは対照群のマウスより長期間生存し、アミロイド斑はなんと2日以内に5xFADマウスの脳に現れた7。「観察結果には本当に驚かされました」と、Tanziは言う。
HSV1は非常に広範囲に見られ、世界の人々の半数以上の体内に存在している。しかし、Moirはヒトヘルペスウイルス6型(HHV-6)の影響についても調べたいと考えた。HHV-6は最高10%の健康な脳に低レベルながら存在し、その影響については分かっていない。マウスはHHV-6感染に抵抗力を持つので、Moirのチームはアルツハイマー病のいくつかの側面をモデル化するヒト神経系細胞の3D培養(オルガノイドと呼ばれる)を使って、ウイルスの影響を調べた。通常、このミニ脳オルガノイドは培養6週間でアミロイド斑と神経原線維変性を蓄積し始める。しかし、マウスで観察されたように、アミロイド斑はウイルスを注入してからわずか2日後に現れたのである7。
MoirとTanziはさらに、オルガノイドにおける神経原線維変性の形成に対するヘルペスウイルスの影響と、神経原線維変性がニューロンに沿ったウイルスの波及を妨げるかどうかを調べ始めた。Moirは2019年12月に短期間の闘病後に亡くなったが、Tanziは自分の研究チームは今もこの方向の研究を続けていると言う。
Tanziは、自身の概念の証明実験について、ここまでの結果は「アミロイドβを作っているなら、感染に対する抵抗力は強くなる」ことを示していると言う。しかし、彼は、実際の証拠、つまり感染がアミロイドカスケードの引き金となってアルツハイマー病を引き起こすという証拠が得られるのは、まだまだ先だと認める。「私たちは明白な証拠をまだ得ていません」。そして、アミロイドβの抗微生物作用が実際に正常な生理的過程の一部としてヒトに備わっているのかどうか、あるいは脳の防御機構の一般的な装備の中でアミロイドβがどれほど重要なのかは、全く分かっていないと彼は言う。感染は、ちょうど稀な遺伝子変異がそうであるように、アルツハイマー病に火を付けるためにマッチを擦る方法の1つである可能性がある。
アルツハイマー病を発症させるマッチを擦るものが何であれ、人が死ぬ時までには、それはもう見えなくなっている。Tanziの研究室はそれを踏まえて、アミロイド斑の中に捕らえられた微生物の痕跡を調べるために、アミロイド斑を単離、分析するための技術を開発中である。考古学における遺跡発掘のようなものだと、Tanziは言う。
研究を裏付ける
Tanziの研究は、まだ独立した研究によって再現されていないが、他の実験から抗微生物保護仮説を支持する間接的証拠が得られている。例えば、バイオテクノロジー企業ジェネンテック社(Genentech;米国カリフォルニア州サウスサンフランシスコ)の科学者たちは、さまざまな免疫細胞で発現しているPILRAと呼ばれる遺伝子で見つかったある変異が、アルツハイマー病のリスク低下に関連していることを示した8。この遺伝子は、ヘルペスなどのウイルスがニューロンに入るのを助けるタンパク質をコードしており、研究者たちはその変異によって、ウイルスの侵入が防がれている可能性があると言う。
そして、非常に興味をそそられることに、スローン・ケタリング記念がんセンター(米国ニューヨーク州)の化学生物学者Yue-Ming Liの研究室から発表された2020年の論文9で、神経炎症をアミロイドβ産生に結び付ける可能性のあるメカニズムが示されたのだ。Liのチームは、ウイルスが脳に入るとIFITM3と呼ばれるタンパク質が活性化されることを見いだした。このタンパク質は、アミロイドを作る酵素の1つであるγセクレターゼに結合して、アミロイド産生を増加させる。
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Liらの研究チームは、脳バンクの試料を調べ、IFITM3遺伝子の発現が加齢とともに上昇することを発見した。また、アルツハイマー病患者の脳では、対照群の脳よりも、この遺伝子の発現が高いことも分かった。その上、培養された脳細胞の実験で、炎症を促進するインターフェロンと呼ばれるサイトカインが、IFITM3とアミロイドβの両方のレベルを上昇させることも突き止めた(ヒト脳試料でも、IFITM3が多い場合には必ずインターフェロンも多いことを彼らは明らかにしている)。研究チームは、これらの結果は全て、このタンパク質が炎症とアミロイド産生過程の仲介役として働いている可能性があることを示唆していると述べる。
Liは、現在、抗炎症剤療法またはγセクレターゼを標的とする薬の臨床試験の参加者になり得る患者を決める際に、IFITM3がそれを助けるマーカーとなる可能性があるかどうかを調べている。また、このタンパク質が創薬のための有用な標的になり得るかどうかも検討中である。
de Strooperは、それらの結果は「大きな前進だ」と言う。がんなどの多くの複雑な病気を特徴付ける類のカスケードを明らかにしているからだ。この過程は「炎症を誘発するアミロイド増加を引き起こす家族性アルツハイマー病の原因となる変異、あるいはアミロイドペプチド産生過剰を引き起こす炎症の原因となる感染のどちらかにより、引き金が引かれ得る」と彼は言う。
もしそれが本当なら、アルツハイマー病治療に重要な意味を持つだろうと彼は言う。アミロイドβの産生を妨げると、突然、感染が脳へのより大きな脅威をもたらすことになるかもしれないからだ。「しかし、これは完全に推論でしかなく、アミロイドβが脳の全体的な防御においてどれほど重要な役目を果たしているかが判明しないことには、何とも言えないでしょう」とde Strooperは話す。
一部の研究者は、感染がアルツハイマー病に主要な役割を持つという考え方にいまだに懐疑的だ。de Strooperらと共にアルツハイマー研究で2018年度ブレインプライズ(Brain Prize)を共同受賞したロンドン大学ユニバーシティカレッジ(英国)の神経科学者John Hardyは、抗微生物保護仮説に「500ポンドを賭ける気にはなりませんが、5ポンドなら賭けてもいいですよ。しかし私は、それを証明することはできないと思うし、アルツハイマー病に関して遺伝学以外に説明されるべきものはそれほど多く残されてはいないと考えます」と言う。そして、エディンバラ大学(英国)の神経科学者Tara Spires-Jonesは、これまでのデータで、感染が炎症を引き起こすことがアルツハイマー病のいくつかの症例の原因となっている可能性は残されているが、加齢の正常な過程もまた、1つの説明となるかもしれないと言う。彼女は、加齢はアルツハイマー病の最大リスク要因だと指摘する。「私の個人的な見解では、加齢に伴う脳での全般的な炎症が原因となっている可能性が高いと思います」。
しかし、何人かの科学者は、適切なモデルがあれば、感染仮説は証明可能であるかもしれないと考えている。ただ、どれくらいの割合のアルツハイマー病症例が微生物によって引き起こされているかを示すことは難しいかもしれない。Jacobsonは、新しい可能性に魅了されており、感染仮説を検証するためのマーモセットモデルを開発したいと考えている。この小型霊長類は他のモデルよりも、ヒトのアルツハイマー病の病理をより正確に模倣するからだ。Tanziは、アミロイド遺伝子がヒトの遺伝子と入れ替えられているマウス(従って、正常な生理的濃度でヒトアミロイドβを発現する)を使う計画を立てている。もう1つの重要なステップは、別の研究室が独立に既存の研究結果を再現することだろう。
Norinsの賞については、これまでのところ、結果が発表される2021年3月に賞金を獲得するべく40人の応募者が研究成果を提出している。Norinsは、この課題が途方もないことを認識している。彼は、微生物がアルツハイマー病を引き起こすことを証明する証拠は「提出が最も難しい証拠」だろうと述べる。
(翻訳:古川奈々子)
Alison Abbottは、ミュンヘン(ドイツ)に拠点を置くライター。
参考文献
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- Soscia, S. J. et al. PLoS ONE 5, e9505 (2010).
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- Eimer, W. A. et al. Neuron 100, 1527–1532 (2018).
- Rathore, N. et al. PLoS Genet. 14, e1007427 (2018).
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