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1本の牙に刻まれた、あるケナガマンモスの長い旅の記録

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2021.211102

原文:Nature (2021-08-12) | doi: 10.1038/d41586-021-02206-1 | Mammoth’s epic travels preserved in tusk

Ariana Remmel

約1万7100年前のケナガマンモスの牙の化学分析によって、このマンモスの一生分の移動パターンが明らかになった。

ケナガマンモスは、最終氷期に北極圏の広い範囲を歩き回っていたようだ。 | 拡大する

ORLA/GETTY

ケナガマンモス(Mammuthus primigenius)の牙に保存されていた化学的な「GPSタグ」を用いて、その持ち主の地理的な移動パターンが詳細に描き出された。得られた結果は、この個体が28年の生涯で、現在のアラスカの広い範囲を歩き回っていたことを示しており、その総距離は地球2周分近くに達したと考えられる。最終氷期に生きた1頭のケナガマンモスの生と死を垣間見せてくれる今回の成果は、Science 2021年8月13日号で発表された1

ケナガマンモスの食餌や遺伝学、生態学については、これまでの研究で多くのことが明らかになっているが、個体レベルの生活史に関する知見は極めて少ない。

「過去に戻り、現代の生態学者のように直接観察して調べるのは無理ですが、化学の力で代理指標を見つけ出すことは可能です」と語るのは、東テネシー州立大学(米国ジョンソンシティー)の古生物学者Chris Widgaだ。

地球上のあらゆる場所にはそれぞれ、地質学的な相違に基づく特異な化学的特徴が存在する。ストロンチウムや酸素といった元素の、基盤岩や水におけるさまざまな同位体比によって、その場所に固有のプロファイルが生まれるのである。こうした特徴は数千年にわたってほぼ一定に保たれ、土壌や植物の同位体組成はそれを反映したものとなる。マンモスの牙は生涯にわたって成長を続け、植物の摂食を介して、その土地に特徴的な同位体組成をそのまま取り込んでいく。そのため牙には、その個体がいた場所に関する情報が、日単位の精度で消えない記録として刻まれることになる。

今回調べられた、ケナガマンモスの牙の断面のクローズアップ画像。青色の染色は成長線を見やすくするためで、試料はレーザーを使い中央の軸に沿って採取された。アラスカ大学フェアバンクス校のアラスカ安定同位体分析施設(ASIF)にて。 | 拡大する

J. R. Ancheta, University of Alaska Fairbanks

こうした場所特有の同位体組成を化学的なGPSタグとして用い、ゾウ類の移動パターンを調べた研究はこれまでにもあったが、牙の全長にわたって移動の詳細が分析されたのは今回が初めてだ。これはまさに、マンモスの一生涯の旅の記録である。今回の研究を率いた研究者の1人、アラスカ大学フェアバンクス校(米国)の古生態学者Matthew Woollerは、「この種の研究としては、これまでで最も大規模で最も包括的なものです」と語る。モデル化研究はオタワ大学(カナダ)の地球科学者Clement Batailleが主導し、彼も共同筆頭著者として名を連ねている。

今回、研究チームが調査対象として選んだのは、2010年に北極圏で発見された、保存状態の良好なケナガマンモスの牙だった。この標本は、放射性炭素年代測定から年代が約1万7100年前と推定され、遺伝子解析から雄であること、成長層の観察と同位体分析から死亡時の年齢が少なくとも28歳だったことが明らかになった。調査に当たり、研究チームはまず、この牙を縦方向に真っ二つに切り、根元の空洞(歯髄腔)を除く長さ約1.7mの象牙質部分から、レーザーを使い、中央軸に沿って約34万点の試料を採取した。次に、それら全ての同位体組成を調べ、得られたプロファイルを、彼らが以前作製したアラスカおよびカナダ北西部の同位体地図と照らし合わせた。そして、新たに開発したモデル化手法を用いて、このマンモスが歩いた可能性が最も高い経路を、遺骸が発見された場所からさかのぼって詳細に描き出した。

Woollerは、得られた生活史を「最期の日まで続く完全な連続ドラマ」と表現する。

この雄のケナガマンモスは、新生仔期と若年期の大半をユーコン川流域およびその周辺のアラスカ内陸部で過ごしていた。南北方向の季節的な移動と、遠く離れた地域間の稀な長距離移動という行動パターンは、現生のゾウの群れの動きと類似しており、このマンモスも、若い頃は群れと共に移動していたと考えられる。

だが、16歳ごろになるとそのパターンは大きく変化する。牙の同位体組成に見られる変動はより大きくなり、このマンモスが若年期よりも広範な地域をより不規則に移動するようになったことが示唆された。こうした行動の変化は、成熟した現生ゾウの雄で観察されており、このマンモスも成年期に達して群れを離れ、自由に歩き回るようになった可能性がある。このマンモスはその後約10年にわたって広範な地域を移動したが、若年期とは対照的に山岳地域を好んだようで、頻繁に訪れていた場所の中には、これまでに他のマンモスの遺骸が発見されている場所もあった。

一方、死ぬ前の1年半の間、このマンモスの行動範囲は大幅に狭まり、アラスカ北岸付近の1つの地域にとどまるようになっていた。牙の根元に残されていた特異な同位体組成のパターンは「哺乳類における飢餓の明らかな特徴」を示しており、おそらくこの個体も何らかの理由で摂食できなくなり、それが死につながったのだろうとWoollerは話す。このマンモスは、冬の終わりか春に死んだと見られる。

アバディーン大学(英国)の考古科学者Kate Brittonは、「今回の研究で、単一個体の『同位体一代記』が描かれたという事実が、何より素晴らしいです」と語る。「1万7000年以上も前にアラスカを歩き回っていた動物の行動について、その個体に独特な洞察が得られました。ストロンチウム同位体によって、その足跡をたどることが可能になったのです」。

ケナガマンモスが絶滅した正確な原因は分かっていないが、多くの科学者は気候変動が役割を担った可能性があると考えている。ケナガマンモスの絶滅の時期は、地球が温暖化して北極域がより高温多湿になり、森林が増えた時期と一致する。今回行動パターンが明らかになったこの雄と同様に、他のケナガマンモスも広い範囲を定期的に移動していたとすれば、生息域の喪失による悪影響が特に大きかった理由も説明できる、とWoollerは言う。

Brittonは、1頭の行動パターンを種全体の特徴と見なすべきではないとしつつも、牙の同位体組成から絶滅動物の一生分の情報が得られるのは素晴らしく、この技術のより広範な適用を期待していると語る。

Woollerらも、他のマンモスの牙を分析して生活史に関する情報を集めたいと考えているが、それには博物館の貴重な標本を部分的に破壊する必要がある。

カリフォルニア科学アカデミー(米国サンフランシスコ)の地質学コレクションマネージャーであるChristine Garciaは、この技術の破壊性を考慮することは重要だが、今回の研究によって「こうした標本が持つ、潜在的な価値が証明された」と語る。「自分が管理しているマンモスの牙や他の標本の同位体に、一体どんな物語が隠されているのか、思いを巡らさずにはいられません」。

(翻訳:小林盛方)

参考文献

  1. Wooller, M. J. et al. Science 373, 806–808 (2021).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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