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「妊娠させた」雄ラットの研究が中国で倫理的論争に火を付けた

Nature ダイジェスト Vol. 18 No. 10 | doi : 10.1038/ndigest.2021.211013

原文:Nature (2021-07-09) | doi: 10.1038/d41586-021-01885-0 | ‘Pregnant’ male rat study kindles bioethical debate in China

Smriti Mallapaty

雄と雌のラットをつなぎ合わせる実験の価値に、研究者たちは疑問を投げ掛けている。

実験用ラット。この研究では、去勢された雄に雌ラットが結合された状態で、妊娠を試みている。 | 拡大する

Olena Kurashova/iStock/Getty

海軍軍医大学(中国・上海)の2人の研究者が、雌ラットにつなぎ合わせた雄のラットを妊娠させる実験を行った。中国では、この研究の倫理に関する議論が巻き起こっている。

この実験は非常に不自然で、動物に不必要な苦痛を与えており、出生時に男性に割り当てられた人々の妊娠の可能性についての洞察はほとんど提供されないと、科学者たちは述べている。何か分かったことがあったとしたら、この実験における妊娠成功率の低さから、このような目標達成の見込みは非常に薄いという示唆が得られただけだ。

しかし、一部の科学者は、このラットモデルは将来、出産を希望するあらゆる性別の人々で妊娠を維持するのに必要とされ得るものを解明するために使用できる可能性があると言う。この研究は、2021年6月10日にbioRxivにオンライン投稿されたプレプリント(R. Zhang and Y. Liu Preprint at bioRxiv https://doi.org/gnnz; 2021)で詳しく説明されている。

「この実験には社会的価値はなく、納税者の金を無駄にしただけです」と、中国社会科学院アカデミー(北京)の生命倫理学者Qiu Renzong(邱仁宗)は言う。

この論文は最近、中国のソーシャルメディアプラットフォームである微博(ウェイボー)で最も注目を集めた話題の1つとなった。中国の研究者の中には、無謀な生物学的実験が国の評判を傷つける可能性があると危惧する人もいる。

倫理的問題

中国の科学者たちは、この研究のような物議を醸す研究によって、「既に汚されている中国の科学研究のイメージ」がさらに悪化する可能性があると懸念していると、ケント大学(英国カンタベリー)の社会学者Joy Zhang(張悦悦)は言う。Zhangは何年にもわたって、中国で研究を指揮してきた。中国の研究者たちは自国の研究文化はこうあるべきだというイメージを持っているが、近年、その「イメージをゆがめている」と感じる研究がいくつかあり、この研究もその中の1つだと彼女は言う。

2018年には、ある中国人研究者がゲノム編集された最初の赤ん坊の誕生を発表し、注目を集めたが、非倫理的だとして批判が高まった(2019年6月号「遺伝子編集ベビー問題に本腰を入れるWHO」参照)。この件がきっかけとなって、研究倫理について政府に助言する委員会が設立されるなど、倫理的ガバナンスを強化する努力に拍車が掛かった。

「その根底にある『PRを介する科学』というトレンド、つまり、奇抜な目的で実験することは世間の注目を集める近道だという考え方が、科学を真面目で責任ある学術的取り組みではなく、ある種のエンターテインメントに変えてしまっているのではないかと危惧しています」とZhangは述べる。

実験動物を使った実験は、公的資金で行われるものは全て、独立した倫理委員会によって承認されなければならないが、この実験が承認を受けていたかどうかは明らかではないと、北京協和医科大学(中国)の生命倫理学者Zhang Xinqing(張新清)は言う。Zhangは、もし自分に決定権があれば、この実験を承認することに投票しなかっただろうと付け加えた。

著者らはこの研究について、Nature からの質問にコメントすることを拒否した。彼らは論文で、この研究が「生殖生物学に甚大な影響を与える」可能性があると述べているが、その理由は明確に記していない。出版後論文査読のウェブサイトであるPubPeerの公式声明の中で、著者の1人であるZhang Rongjia(張荣佳)は、この研究は「私たちの個人的な興味と好奇心のために」行われ、使用する動物の数を減らして、苦痛を最小限に抑えるための努力をしたと述べている。

雄の妊娠は自然界では非常に稀であり、タツノオトシゴやヨウジウオなどの魚類の一部でのみ観察される。哺乳類で雄を妊娠させる可能性を研究するために、この中国人研究者たちは、去勢した雄と雌のラットのペアの肘、膝、皮膚を縫合して両者の血流を合体させた。パラビオント(並体結合)として知られるこの結合モデルは、動物が血液を共有することを可能にする(2017年6月号「脳機能を若返らせる臍帯血成分」参照)。

パラビオーシスは、動物個体をつなぎ合わせて、血液を一方の個体から他方に注入した場合の影響を研究するために確立された外科的手法である。例えば、老齢マウスから若齢マウスに血液を流して、老化のプロセスを研究したりする。

去勢と手術の6週間後、雄ラットのテストステロンレベルは低下したが、エストロゲンとプロゲステロンのレベルは雌ラットと同レベルになっていた。

手術から8週間後、研究者たちは雄ラットに子宮を移植し、さらに8週間後に雄と雌の両方のラットに胚を移植した。胚発生から3週間後、つまり、通常のラットの妊娠の終わり近くに、帝王切開で仔を出産させた。

46ペアの結合ラットに導入された842個の胚のうち、雌ラットに移植した胚の3分の1、雄ラットに移植した胚の10分の1が生存可能な胎児に発達した。雄ラットの体内で妊娠させた仔のうち、成体になるまで生き残ったのは10匹のみだった。それは雄ラットに移植した280個の胚の約4%に当たる。その後、成体のラットを分離したところ、全ての雄はさらに3カ月間、安楽死させるまで生存した。

著者らは、この結果は妊娠した雌からの血液供給が重要であることを示していると述べている。妊娠していない雌に結合した雄ラットでは胚が成熟しなかったからだ。血液供給が重要であることと出生率の低さから、「ヒトの男性の妊娠は現段階では実行不可能である」ことが示唆されると、Zhang RongjiaはPubPeerに書いている。さらに「もしこの結果が正しいなら、ヒトの男性の妊娠はほぼ絶望的だと考えられる」と付け加えている。

科学的洞察は限定的

しかし、他の研究者たちは、母親の内分泌系の重要性は既に知られていたと言う。

この研究から得られる洞察は限られていると、以前にシドニー大学(オーストラリア)で妊娠生物学の研究を行い、現在は引退しているChris O’Neillは言う。このモデルは事実上、雌の妊娠のex vivoモデルにすぎず、つまりは去勢された雄の体内に雌の子宮と血液供給があったということだ、と彼は言い足す。「少なくとも去勢されている場合、雄の体内環境が胎児を育てることを根本的に拒絶することはない、ということだけは明らかになった」と彼は言う。

モナッシュ大学(オーストラリア・メルボルン)の生命倫理学者Catherine Millsは、このような行き過ぎた外科的介入自体も、ヒトへの適用に向いていないと言う。「これはヒトの研究にはほとんど意味を成しません。ある意味、動物モデルとも言えません。単なる動物実験です」と彼女は言う。

Zhang Rongjiaは、研究の価値に対する批判についてコメントすることを拒否し、Nature への電子メールで、「私たち著者は、学術論文を正式に発表することによって外部からの批判に対応したいと考えている」と述べた。

O’Neillは、この研究は、妊娠を成功させるために重要な母体血中の栄養素またはホルモンを特定するための新しい実験モデルを提供する可能性があると述べている。

(翻訳:古川奈々子)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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