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論文撤回を改革して透明性を高めよ

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 8 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200818

原文:Nature (2020-06-08) | doi: 10.1038/d41586-020-01694-x | Reform retractions to make them more transparent

Quan-Hoang Vuong

科学コミュニティーは、学術誌などに掲載された論文を撤回する際、提供すべき必須の情報について合意する必要がある。

QUAN-HOANG VUONG | 拡大する

2020年6月、The New England Journal of MedicineLancet は、COVID-19の治療法について試験した、異論の多い研究についての論文を撤回した。両誌共、公衆からの批判が果たした役割には言及していない。今回のCOVID-19パンデミックに関連する論文やプレプリントに関しては、これらの他にも撤回されたものがいくつもあり、その多くは理由を十分に説明していない。ブログ「Retraction Watch」は、COVID-19関連論文の撤回について集計を始めている。

論文撤回は、科学文献の信頼性を保つために不可欠であるが、撤回の公告に共通のフォーマットはなく、多くの場合、そこから得られる情報は乏しい。そのため、人々は論文や戦略を評価して公正さを推進することができない。それどころか、誠実に行われた研究における誤りに対して汚名をきせることにもなる。撤回公告に、より多くの情報を含めることが助けになるはずだ。

2019年、私は、Retraction Watchに記載された撤回公告あるいは大手の出版社が掲載した撤回公告2万件以上から、2000以上を選別して分析した(Q.-H. Vuong Learn. Publ. 33, 119–130; 2020)。半分余りは、誰が撤回を発案したかを記述していなかった。また約10%は、理由を全く挙げていなかった。単に「この論文は撤回された」としか書かれていないものもあった。

これまでに、撤回にまつわるこうした問題を改善しようと、多くの提案がなされてきた。例えば、撤回する代わりに、論文を出版後に修正する方法だ。他にも、正誤表をつける、訂正する、自己撤回する、部分的に撤回する、撤回して別の論文と差し替える、反論する、削除するなど、上述の問題に対処するための複雑な分類が提案されている。撤回率は過去数年間に世界中で増加しているが、こうしたアイデアはどれも普及していない。

より手をつけやすい(おそらく中間的な)ステップは、どの撤回においても提供されるべき4つの情報について概説することだろう。具体的には、1)誰が撤回を発案したか、2)原因は何か(重大な誤り、盗用または不正行為など)、3)撤回について編集者と著者が合意しているか、4)出版後査読(PubPeer上でのコメントなど)は関係していたか、である。私は、これらのステップにより、研究者や研究機関は、正当と思われる場合には積極的に論文の撤回を進めるようになるだろうと考える。

現在のところ、研究者たちは自分の誤りを認めたがらない。不名誉だと感じるためだ。しかし、誤りを修正する行動を取った研究者は、不名誉を被るというよりむしろ称賛されることが過去の複数の事例から分かっている。2018年にノーベル化学賞を受賞したFrances Arnoldは、2020年1月に化学合成に酵素を使用したことに関する論文を撤回した。その行動に対する反応を紹介しよう。その撤回公告には原因と発案者が明記されていたため、それを読んだ者たちは、世界的に著名な科学者チームの誠実さと自己修正の精神をたたえることができた。そのような透明性が日常的になるのなら、撤回することの痛みは緩和され、科学がどのように機能しているかについて、一般の人々の理解が高まることだろう。

撤回の際にはもっと情報提供をすべき、という正式な声明が出されたのは10年以上前である。2009年に出版倫理委員会(COPE)は、とりわけ、論文を撤回した者とその理由について出版社が明確にすることを推奨するガイドラインを発表した。Retraction Watchは2015年に、同様の希望事項を発表した。私は、1975〜2019年の撤回公告を調べたが、COPEのガイドライン発表後に実際どんな変化が起きたかを検出することはできなかった。私が調べた撤回公告は約97%が2009年以降のものだったからだ。しかし、出版社は理想に到達していないと述べても差し支えないだろう。出版社が最も採用しやすいのは、おそらくシンプルなフォーマットなのだ。

そうだとしても、上記の4つの情報を含む撤回公告は実行が難しいだろう。中でも2番目の「理由を述べること」は最も慎重を要すると思われる。論文を撤回するかどうかの最終決定を下すのは編集者だが、不正行為があったかどうかを調査するのは通常、研究所である。こうした調査には時間がかかるが結論が出ないことが多く、このため学術誌はしばしば、「誤り」「データの欠如」「再現の失敗」といったより安全で穏便な言葉で代用する。この解決には、2020年1月にNature に掲載された出版公正性チェックリストが役立つかもしれない(A. Grey et al. Nature 577, 167–169; 2020)。このチェックリストは、例えば、ある研究が、記述されているように実施できる可能性が高いかどうか、そして不正行為の正式な宣言がなくても問題点を突き止めるのに使用できるかどうかなどの一連の質問からなる。

撤回公告の3番目の情報については、編集者と著者が、最終的な文言に同意しなければならないのではなく、異なる撤回理由を提示できることを明確にしている。

4番目の情報は、研究を利用する人々が文献の保護に果たす役割を強調しており、この過程を正当に評価している。問題を指摘した人々は、自身が望むなら匿名のままでいることができ、そして編集者や研究機関はそうした人々がどのように調査したかを説明するべきである。

私は、撤回処理における改革が最良慣行を促すと考える。こうした4つの情報からなる撤回公告は、特に新興経済国に対して、出版基準を提供することになるだろう。そして、透明性があれば、研究者と編集者は世界のどこにいても、撤回が正当化されるような誤りと不正行為、そして意見の相違のグレーゾーンについて知ることができる。

さらに学術誌は、その論文の限界について記述したセクションを設け、要約と同様に無料で閲覧可能にすることを義務付けるべきだ。論文の短所を正式に記述することによって、著者や一般の人々も研究の主張を大げさに述べることがなくなる。しかし、私が分析した論文のうち、そのようなセクションがあったのは9%未満だった。こうした情報の開示を義務付けることで、後に不名誉を被ることが防がれるだけではない。何より、研究結果が「決定的」「明確」であるように見えることの方が、透明性のある研究ストーリーよりも重要だという考え方を改める助けになると期待できるのだ。

撤回は、研究の欠陥や、ことによると不正行為を暴露するが、誤りを検出する機構がうまく働いていることを証明するものでもある。このことを理解した上で、私たちは撤回という言葉の意味の名誉を回復させなければならない。撤回は本質的には悪いものではない。撤回は、人間が犯しがちな誤りを修正して、科学事業を強化するための実用的な方法である。

(翻訳:古川奈々子)

Quan-Hoang Vuongは、フェニカー大学(ベトナム・ハノイ)の学際的社会研究センター長。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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