ステロイド薬がCOVID-19による死亡を防ぐ
世界中で50万人以上もの人が新型コロナウイルス感染症(COVID-19)で亡くなっている(2020年7月時点)。そうした中、広く使われている安価なステロイド薬でCOVID-19の重症患者の命を救えることが、英国で行われたランダム化比較試験で分かった。デキサメタゾンと呼ばれるこの薬物は、人工呼吸器を使用しているCOVID-19患者の死亡率を約3分の1減らしたのである。COVID-19による死亡率を低下させることが証明された初めての治療薬だ。〔訂正:リード文と第一パラグラフに「3分の1に低下させた」とありましたが、正しくは「3分の1減らした」とすべきでした。訂正し、お詫び申し上げます(2020年8月7日)〕
「驚くべき結果です。世界中で大きな反響を呼び起こすことは間違いありません」と、RECOVERYと呼ばれるこの試験の運営委員を務めた英国エディンバラ大学の集中治療医Kenneth Baillieは話す。RECOVERY試験の研究者たちは、2020年6月16日にプレスリリースで結果を公表し、6月22日には論文をプレプリントサーバーに投稿した(P. Horby et al. Preprint at medRxiv http://doi.org/dz5x; 2020)。
RECOVERY試験は、COVID-19の治療に関する世界最大規模のランダム化比較試験の1つであり、2020年3月に開始された。デキサメタゾン群には2100人の患者が登録され、用量としてはそれほど多くない1日6mgのデキサメタゾンを10日間投与した。そして、COVID-19の標準治療を受けた約4300人の患者との間で転帰を比較した。
デキサメタゾンの効果は人工呼吸器を使用している患者で最も顕著だった。酸素投与を受けているが人工呼吸器は使用していない患者にも改善が見られ、死亡リスクは20%減少した。しかし、酸素投与も受けていない、より軽症の症例ではデキサメタゾンの効果は認められなかった。
結果の公表を受けて英国政府は、酸素投与や人工呼吸器を必要とするCOVID-19の入院患者に対するデキサメタゾンの使用を直ちに承認した。
「こうした効果的な治療法が見つかれば、COVID-19のパンデミックが世界中の人たちの生活や経済に与える影響も変わってくるでしょう」と、生物医学研究支援団体ウェルカム(英国ロンドン)のCOVID-19治療推進プロジェクトで責任者を務めるNick Cammackは語る。「この研究はデキサメタゾンが有効なのは重症例に限られることを示していますが、それでも世界中で数え切れないほどの命が救われることになるのです」。
厳格な試験
COVID-19のようなウイルス性呼吸器感染症の治療にステロイド薬を使用することには、これまでも賛否両論があったと、この試験の主任研究者であるオックスフォード大学(英国)の感染症専門医Peter Horbyは指摘する。関連するコロナウイルスによる重症急性呼吸器症候群(SARS)や中東呼吸器症候群(MERS)が流行した際にもステロイド薬の試験が行われたが、得られた結果は決定的なものではなかったと彼は言う。しかし、デキサメタゾンがどこでも入手可能であることと、過去の流行時に行われたステロイド薬の試験でいくらか有望な結果が得られていたことから、RECOVERY試験の研究者たちはこの治療法を厳格な試験で評価することが重要だと考えたのだと、Horbyは話す。
世界保健機関(WHO)や多くの国々の治療ガイドラインでは、コロナウイルスに感染した患者をステロイド薬で治療することに警告を発しており、一部の研究者はステロイド治療の事例報告が多数あることに懸念を示していた。この薬物は免疫系を抑制するので、COVID-19の重症例で時に見られる激しい免疫応答によって肺が傷害を受けている患者では、ある程度の回復を見込めるかもしれない。しかし、そのような患者がウイルス自体を撃退するためには、完全に機能する免疫系が必要になるだろう。
RECOVERY試験は、試験された用量では、ステロイド治療のメリットは潜在的なデメリットを上回ることを示している。研究者たちによれば、この研究では治療に伴う重大な有害事象は見られなかった。「この治療は大部分の患者に行うことができます」とHorbyは言う。
COVID-19の重症例に大きな効果があり、軽症例には効果がないという結果は、長期間続く重篤な感染症では激しい免疫応答が有害な作用をもたらしている可能性が高いという考え方とも整合していると、国立アレルギー・感染症研究所(NIAID;米国メリーランド州ベセスダ)の所長であるAnthony Fauciは言う。「人工呼吸器が必要になるほど進行している場合は、通常、異常に激しい炎症反応が起きており、それがウイルスの直接的な影響と同じくらい患者の予後に影響を及ぼしているのです」。
投与のしやすさ
これまで、COVID-19患者に対する効果が大規模ランダム化比較試験で証明された薬物は、抗ウイルス薬のレムデシビルのみだった。ただし、レムデシビルは患者の入院期間を短縮したが、死亡率を低下させる統計的に有意な効果は見られなかった(J. H. Beigel et al. N. Engl. J. Med. http://doi.org/dwkd; 2020)。
レムデシビルの供給が追いついていないことも問題だ。製造販売元のギリアド・サイエンシズ社(米国カリフォルニア州フォスターシティ)では増産に努めているが、今のところ、この薬物は世界中の限られた病院でしか使えない。また、レムデシビルの投与は面倒で、数日間にわたって注射を繰り返す必要がある。
それに対して、デキサメタゾンは世界中どこの薬局の棚にも並んでいる必須医薬品であり、錠剤として入手できる。医療へのアクセスが限られている国々でもCOVID-19が増加し続けているため、このことは重要なメリットとなる。「50ポンド(約6700円)以下のコストで、8人の患者を治療し、1人の命を救うことができるのです」と、RECOVERY試験のもう1人の主任研究者であるオックスフォード大学の疫学者Martin Landrayは言う。
翻訳:藤山与一
Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 8
DOI: 10.1038/ndigest.2020.200806
原文
Coronavirus breakthrough: dexamethasone is first drug shown to save lives- Nature (2020-06-16) | DOI: 10.1038/d41586-020-01824-5
- Heidi Ledford