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植物が過酸化水素シグナルを感知する仕組み

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 6 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200636

原文:Nature (2020-02-27) | doi: 10.1038/d41586-020-00403-y | How plant cells sense the outside world through hydrogen peroxide

Christine H. Foyer

細胞表面で過酸化水素を検知するセンサーが発見され、植物細胞が環境ストレスを感知して応答する機構についての手掛かりが得られた。

シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)。 | 拡大する

dra_schwartz/iStock / Getty Images Plus/Getty

活性酸素種(ROS)と呼ばれる、酸素を含んだ化学反応性を持つ分子は、細胞の機能の中心的な役割を担っている。植物細胞は、過酸化水素(H2O2)など、さまざまなROSを産生しており、ROSは細胞のシグナル伝達に重要な役割を果たしている。ROSは、ストレス要因、アブシジン酸などの植物ホルモン、細胞外の物理的あるいは化学的な変化など、さまざまな要因に応答して、細胞膜と細胞壁の間の細胞外間隙(アポプラストと呼ばれる)で産生される1。しかし、この細胞外H2O2(eH2O2)が細胞表面で感知されるかどうか、またどのように感知されるかは分かっていない。このほどデューク大学(米国ノースカロライナ州ダーラム)および深圳大学(中国広東省)、佛山科学技術学院(同)、杭州師範大学(中国浙江省)のFeihua Wuら2は、植物の細胞表面のH2O2受容体を初めて特定し、Nature 2020年2月27日号577ページで報告した。

アポプラストと細胞壁は、植物細胞と外界との間の動的な界面として機能するので、脅威にさらされたり、問題が生じたり、有利な状況があったり、あらゆることが起こる。一部のH2O2は、このアポプラストからアクアポリン3と呼ばれるチャネルタンパク質を介して細胞質に移動する。しかし、アポプラストには酸化作用を減弱させる分子が細胞質よりかなり少なく1、そのためH2O2を含むROSは、細胞質中よりもアポプラストで長く存続できる。これが、アポプラストにはeH2O2センサーがあると考えざるを得ない理由である。

eH2O2の最初の標的についてはほとんど分かっていないが、eH2O2産生によって生じる現象は非常によく定義されている4。eH2O2は細胞内へのカルシウムイオン(Ca2+)の流入を引き起こし、それが細胞間のシグナルの波として全域に伝わり、植物体全体としての病原体抵抗性あるいはストレスへの順応5などの過程を活性化する。さらに、eH2O2シグナルは、花粉管や根毛の極性成長を調節し6、気孔(葉の外層にある孔で、2つの孔辺細胞によって形成されている)の開閉を制御する3。気孔は、開いたときには二酸化炭素や酸素などの分子が自由に植物体内に入り、閉じると植物体からの水分の喪失を防ぐことができる。

Wuらは「順」遺伝学的スクリーニングの手法を用いて、Ca2+シグナル伝達を開始させるeH2O2の細胞表面受容体の特定を試みた。シロイヌナズナ(Arabidopsis thaliana)の種子を、DNA変異を誘導する化合物で処理し、生じた変異体をスクリーニングして、H2O2に応答したCa2+流入が低下した変異体を特定した。これらの変異体は、hpca1hydrogen-peroxide-induced Ca2+ increase 1)と名付けられた。

次にWuらは、HPCA1タンパク質を特定し、HPCA1がロイシンリッチリピート(LRR)受容体キナーゼとして知られるタンパク質ファミリーの膜貫通酵素であると報告している。また、HPCA1がその細胞外ドメインに2つの特定のシステイン(Cys)残基対を持つことも示している。Cys残基のチオール基は、H2O2による酸化の標的であることが知られている7。孔辺細胞では、eH2O2の存在がHPCA1の細胞外Cys残基の酸化につながることが分かった。この修飾によってHPCA1の細胞内キナーゼが活性化され、Ca2+チャネル活性化やCa2+流入が開始し、気孔が閉じる(図1)。

図1 HPCA1タンパク質
Wuら2は、植物の過酸化水素(H2O2)の細胞外センサーHPCA1を特定した。HPCA1は、細胞内にキナーゼ酵素ドメイン、アポプラスト(植物細胞の細胞膜と細胞壁の間の区画)に突出した細胞外ドメインを持つ。Wuらは、H2O2がHPCA1にある2つの特別なシステイン残基のチオール基を酸化し、スルフェン酸やジスルフィド結合が形成されることを示した。これによって構造が変化してキナーゼが活性化され、Ca2+チャネルの開口(機構は分かっていない)と細胞へのCa2+流入につながり、固有の植物体全体へのシグナル伝達経路が開始する。 | 拡大する

eH2O2が存在しない場合、hpca1と野生型の実生に差異は見られなかった。しかし、hpca1実生の孔辺細胞は野生型実生の孔辺細胞よりもeH2O2への感受性が低く、eH2O2に応答したCa2+流入のレベルが野生型よりも低下していることが示された。従って、HPCA1はeH2O2シグナルを生理的な応答に変換するのに必要である。さらに、孔辺細胞によるアブシジン酸依存的なeH2O2の産生はhpca1変異体で低下していた。注目すべきは、eH2O2シグナル伝達におけるHPCA1の機能が孔辺細胞に限定されないことである。Wuらは、eH2O2シグナル伝達が、さまざまなタイプの細胞の核に環境シグナルを伝達して、遺伝子発現を調節するのに役立っているという証拠を示しているのだ。

H2O2によるCysの酸化は、酸化-還元(レドックス)シグナル伝達の中心であるスルフェン酸(SOH)の形成につながる。スルフェン酸はやや不安定な中間体であり、さらに酸化されてスルフィン酸(SO2H)やスルホン酸(SO3H)になったり、あるいは「交換反応」によってジスルフィド結合が形成されたりする。HPCA1がeH2O2受容体として適切に機能するためには、Cys酸化過程で可逆的な反応も容易に起こる必要があり、再び酸化可能なチオール基が再び形成されなければならない。しかし、酸化されたHPCA1の還元を仲介する因子群は分かっていない。1つの候補は、アポプラストの抗酸化分子アスコルビン酸の酸化型を還元する系8など、膜結合型電子伝達系である。このような膜結合型タンパク質に加え、チオレドキシンがタンパク質の酸化されたCys残基のよく知られた還元剤であることを考えると、アポプラストのチオレドキシン様タンパク質も候補になると考えられる。

Wuらは、受容体キナーゼが仲介するeH2O2感知機構を明らかにした。この機構は、他の生物で報告されているeH2O2の既知の受容体やセンサーには類似していない。それでもHPCA1は、植物がROSシグナルを介して環境の変化を認識し応答するために用いるセンサーの、より幅広いポートフォリオの一部である可能性がある。このような受容体の特定は、特に有望な候補が非常に大規模なタンパク質ファミリーに属しているため難しいことが分かっている。今回Wuらが用いたような精巧なスクリーニング系は、ROSを感知する役割やROSシグナルを伝達する役割を持つファミリーの分子を探し出すのに必要だと考えられる。このようなセンサーが特定されると、その特性を操作して、例えば、環境のH2O2シグナルに対する感受性を増強あるいは減弱させたモデル植物やモデル作物を比較的容易に作製できるので、環境の脅威に対する抵抗性の変化を明らかにできる。

気孔の閉鎖は、H2O2だけが調節しているのではなく、大気中のCO2レベルの上昇にも応答している3,9。HPCA1などのタンパク質が酸化還元シグナル伝達ネットワークで機能する仕組みは、CO2レベルの高い将来の世界で植物が生存するための備えになる可能性があり、解明することは興味深いと考えられる。CO2レベルが高いと、光合成が促進されて光呼吸が抑制されるので、光合成と呼吸の比が変化し、細胞の酸化還元のバランスに広範な影響が及ぶ。というのも、光合成の過程で細胞小器官の葉緑体での同化によって生じる酸素1分子に対して、別の細胞小器官であるペルオキシソームでの光呼吸によってH2O21分子が生じるからだ。おそらく他のH2O2センサーがHPCA1と共に機能して、細胞小器官特異的な酸化還元メッセージと、細胞膜の外からのメッセージを共に核に伝えていると考えられる。

(翻訳:三谷祐貴子)

Christine H. Foyerは、バーミンガム大学(英国)に所属。

参考文献

  1. Foyer, C. H. & Noctor, G. Plant Cell Environ. 39, 951–964 (2016).
  2. Wu, F. et al. Nature 578, 577–581 (2020).
  3. Rodrigues, O. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 114, 9200–9205 (2017).
  4. Smirnoff, N. & Arnaud, D. New Phytol. 221, 1197–1214 (2019).
  5. Choi, W. et al. Plant J. 90, 698–707 (2017).
  6. Mangano, S. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 114, 5289–5294 (2017).
  7. Paulsen, C. E. & Carroll, K. S. Chem. Rev. 113, 4633–4679 (2013).
  8. Foyer, C. H., Kyndt, T. & Hancock, R. D. Antioxid. Redox Signal. https://doi.org/10.1089/ars.2019.7819 (2020).
  9. Melotto, M., Zhang, L., Oblessuc, P. R. & He, S. Y. Plant Physiol. 174, 561–571 (2017).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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