結核ワクチンの効果的な接種経路は?
ほぼ1世紀前から使われているこのワクチンは、通常は皮内接種されている。このたびDarrahら1はサルを用いた実験で、静脈内接種すると効果が大きく改善されるという結果を得た。 Credit: FPG/Archive Photos/Getty
結核は人類にとって最も重大な感染症であり、2018年だけで150万人が死亡している(go.nature.com/2kbuiq)。原因菌である結核菌(Mycobacterium tuberculosis)に有効なワクチンの接種が、この疾患を制御するための最も効果的な方法であることは広く受け入れられている。しかし、ワクチン接種によって誘発される免疫応答に耐性を示す結核菌がしばしば見られる。そのため、従来のワクチンで結核に対する殺菌免疫を付与することが果たして可能なのかどうか、という疑問が提起されていた。殺菌免疫とは、ワクチン接種によって付与される理想的な免疫状態のことで、多くの場合、有効な感染が成立する前に病原体を完全に排除し、疾患を予防できる。このほど、この疑問に対する明快な答えを、国立アレルギー・感染症研究所(米国メリーランド州ベセスダ)のPatricia A. Darrahら1がNature 2020年1月2日号95ページで報告している。100年前から使われているこのワクチンの接種経路を変えるだけで、結核菌の感染をほぼ完全に予防できることを実証したのだ。
結核に対するワクチンとして現在認可されている唯一のものは、関連病原体のウシ型結核菌(Mycobacterium bovis)を、1908〜1921年に実験室で弱毒化して作製した生ワクチンである。BCG(カルメット・ゲラン桿菌)ワクチンとして知られるこのワクチンは、それ以来10億人以上もの人に接種されている(go.nature.com/2cxwew6)。
BCGワクチンは、幼児期の致死的な結核の予防には非常に効果的だ。しかし、成人が主にかかる伝染性の肺結核に対しては、予防効果は完全なものではない2。一部の国の一部の集団には恩恵を与えるが、結核が広く流行している国で活動性結核の患者数を減らすには、効果が不十分なのだ。こうした限界があるにもかかわらず、結核の予防に有効な唯一のワクチンはBCGワクチンであることが、大規模臨床試験3で分かっている。その有効性がどのようにして決まるのかという問題は、非常に興味深いトピックだ。
BCGワクチンは通常、表皮のすぐ下にある真皮組織へ注射して接種される。この部位への接種は容易であり、またそこには、免疫応答を刺激する特殊な細胞が存在する。しかし、侵入した病原体が感染できる組織の免疫細胞をワクチンで活性化させる方が、病原体の破壊により効果的だろう。従って、現在の免疫学的な考え方では、インフルエンザや結核などの呼吸器感染症の予防には、ワクチンを肺や上気道に直接接種する方法が適しているであろうとされている。そこでDarrahらは、BCGワクチンの接種経路を変えることで肺結核に対する予防効果を改善できるかどうかを検討した。
Darrahらは、アカゲザルを使って検討を行った。サルの結核菌感染症は、ヒトの結核と非常によく似ているからだ。彼らは5つのBCGワクチン接種法を比較した。(1)標準用量の皮内接種、(2)高用量の皮内接種、(3)エアロゾルの吸入による肺内接種、(4)高用量の皮内接種とエアロゾル吸入の併用、(5)静脈内接種だ。ワクチン接種から6カ月後にアカゲザルを結核菌に曝露させて疾患の進行を追跡し、ワクチンの接種経路と接種量が感染予防効果にどのように影響するかを評価した。
皮内接種やエアロゾル吸入によるワクチン接種では、肺結核の予防効果がそれほど大きくなかった。対照的に、静脈内接種によるワクチン接種では、ほぼ完全に疾患を予防することができた。特に静脈内接種を受けた10頭のうち6頭は、病原体が全く検出されず、感染が予防されたか、もしくは感染した病原体が排除されたことを示していた。残る4頭のうち3頭でも高いレベルの予防効果が認められた。このように、BCGワクチンの接種経路は明らかに免疫に影響を与え、群を抜いて最も強力な結核予防効果があるのは、静脈内接種である。
BCGワクチンの静脈内接種は、なぜこれほど効果的なのだろうか? この研究で、疾患予防の免疫学的相関(免疫が付与されたことを示す特性)を明らかにすることはできない。BCGワクチンを静脈内接種された10頭のサルのうち、疾患を予防できなかったのは1頭のみであり、予防できたサルと予防できなかったサルを適切に比較することは難しいからだ。そこでDarrahらは、基盤にあるメカニズムを理解するために、異なる経路でワクチンを接種されたサルの免疫応答を比較した。
皮内接種やエアロゾル吸入によるBCGワクチンの接種と比較して、静脈内接種では、T細胞と呼ばれる免疫細胞が肺に数多く動員されていた。T細胞数の増加は、接種から6カ月後にサルが結核菌に曝露された時点でもまだ持続していた。この増加は、静脈内接種で肺に高用量のBCGワクチンが送達されることによる可能性が高い。この仮説は、BCGワクチンを気管支内へ直接接種することで結核菌の感染を防止できる可能性を示した最近の研究4とも一致する。
Darrahらは次に、BCGワクチンの接種に応答して産生される抗原と呼ばれるタンパク質断片を、T細胞が認識することを示した。結核菌はBCGと極めて近縁の細菌なので、これらのT細胞は結核菌抗原もまた認識する。肺に動員されたT細胞は、遺伝子発現プロファイル、細胞表面のタンパク質、および機能に基づいた解析により、分化した「メモリー」T細胞と同定された。メモリーT細胞はワクチン接種の後、長く生き残り、結核菌感染時にその抗原を認識して急速に活性化し、侵入した結核菌と戦う多数の「エフェクター」T細胞に分化する。
この状況証拠は、結核菌に対する免疫にT細胞が関与していることを示唆する。しかしながら、BCGワクチンの静脈内接種が他の接種経路(これらもまたT細胞の応答を誘起する)よりもはるかに大きな予防効果を付与するという事実は、別の免疫機構も関与していることを示している。Darrahらが提示しているように、結核菌に対する抗体反応、感染により間接的に(結核菌抗原の特異的な認識を必要とせずに)活性化される自然免疫細胞、“innate training(自然免疫訓練:マクロファージなどの免疫細胞が、微生物に対してしばしば非特異的に強化された防御能を獲得する過程)”などが関わっている可能性がある。
Darrahらの発見は、BCGワクチンの静脈内接種により結核を制御できる可能性を提起している。研究に使用されたアカゲザルの小さなコホートでは、そのような介入の安全性が証明されている。その一方で、現在、ワクチンを低温で保管したり専門家が接種したりする必要性をなくすことで、ワクチンの使用を簡素化しようとする動きがある5。静脈内接種では、そのいずれも必須なのが問題だ。
臨床で使用できるBCGワクチンの静脈内接種製剤が開発されるかどうかにかかわらず、Darrahらの結果を踏まえた今後の研究により、静脈内接種による結核の予防機序についての理解が深まり、関連している因子をはっきりさせることができるだろう。さらに、BCGワクチンの静脈内接種によって殺菌免疫が付与されるメカニズムも解明されるだろう。うまくいけば、BCGワクチンの静脈内接種によって活性化されるのと同じ防御免疫機構を活性化するように設計されたワクチンの開発も、可能になるかもしれない。そのようなワクチンは、集団予防接種プログラムで利用できるように安全に接種できるものでなければならない。
翻訳:藤山与一
Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 4
DOI: 10.1038/ndigest.2020.200431
原文
Tuberculosis vaccine finds an improved route- Nature (2020-01-02) | DOI: 10.1038/d41586-019-03597-y
- Samuel M. Behar & Chris Sassetti
- Samuel M. Behar & Chris Sassettiは、マサチューセッツ大学医学系大学院(米国ウースター)に所属。
参考文献
- Darrah, P. A. et al. Nature 577, 95–102 (2020).
- Mangtani, P. et al. Clin. Infect. Dis. 58, 470–480 (2014).
- Colditz, G. A. et al. J. Am. Med. Assoc. 271, 698–702 (1994).
- Dijkman, K. et al. Nature Med. 25, 255–262 (2019).
- Preiss, S., Garçon, N. et el. Vaccine 34, 6665–6671 (2016).
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