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有用な二次元材料の汎用的な作製法

ルビーの原石。不純物としてクロムが微量に含まれていることで鮮やかな赤色を呈する。 Credit: mirecca/iStock/Getty Images Plus/Getty

現代の材料科学は、結晶固体中での規則的な原子配列の乱れである「欠陥」の深い理解に基づいている。欠陥という言葉は欠点や傷を連想させるが、結晶においては欠陥の存在によって材料の有用性が増すことが多い。例えば、酸化アルミニウム(Al2O3)の結晶からなる鉱物である鋼玉(コランダム)は、純粋であれば無色透明だが、不純物として微量のクロム(Cr)や鉄(Fe)などを含むと鮮やかな色を呈するルビーやサファイアになる。また、ケイ素(Si;シリコン)結晶に不純物を添加すると物性の制御が可能になり、これがコンピューティングやロボット工学の飛躍的な発展につながった。今回、北京航空航天大学(中国)のZhiguo Duら1は、意図的に不純物を添加した有用な二次元(2D)材料を作製する汎用的な方法を開発し、Nature 2020年1月23日号492ページで報告した。この方法を利用すれば、次世代デバイスの製造上の問題を解決できる可能性がある。

遷移金属カルコゲニド(TMC)は、電池やフレキシブルエレクトロニクスからバイオセンサーや浄水システムまで、幅広い応用に極めて有望な新材料である。TMCは、モリブデン(Mo)、タングステン(W)、イットリウム(Y)などの遷移金属と、硫黄(S)、セレン(Se)、テルル(Te)などのカルコゲン元素(周期表の第16族元素)からなる層状化合物で、単層のTMCでは金属元素を変える(例えば、別の金属を少量添加する)と特性が大幅に変化する。つまり、単層TMCは金属の組成を変えることで、金属から半導体へと変化したり、超伝導体にまで変わり得るのだ。

材料科学研究ではここ数年、化学気相成長法を用い、複数の異なる単層TMCを組み合わせて単一のヘテロ構造を作製することで、既存のシリコン系デバイスよりも優れた特性を持つ極薄電子デバイスを作製する、という試みに重点が置かれてきた2–4。また、単一シート内に特性の異なる領域(金属相と半導体相など)が共存するTMCを用いた機能性デバイスも作製されている5。しかし、こうした手法は実験室スケールの試作品の作製には適しているものの、実世界の応用にはまだまだ不十分だ。

単層TMCを機能性デバイスに組み込む上で長年問題となっているのは、周囲条件下で1カ月以上安定な金属相の単層TMCがほとんどないことである6。Duらは今回、意図的に不純物を添加する「ドーピング」という手法に基づく技術を用いることで、周囲条件下で約1年間にわたり安定に存在し得る、金属相を含む単層TMCを作製し、この問題を克服した。

20世紀後半に始まった、エレクトロニクスのアナログからデジタルへの大規模な移行である「デジタル革命」は、このドーピングによって形作られた。今から80年前7、純粋なシリコンにホウ素(B)やリン(P)といった不純物(ドーパント)原子を添加することで、それぞれp型半導体とn型半導体が作製された。p型半導体とn型半導体をつないだp–n接合は、コンピューティングの基礎となっている。その後もドーピング技術の有用性は変わらず、実際、我々の周りの日常的な電子機器に広く用いられている。同様に、今回Duらが開発した新たな2D材料ドーピング技術も、長期にわたってこの分野に影響を及ぼすと予想される。

Duらの単層TMC作製法は、3つの工程からなる(図1)。彼らはまず、2種類の遷移金属(例えばWとY;Yはドーパント原子となる)、周期表の第13族元素または第14族元素、炭素からなる結晶を作製した。次に、この結晶をカルコゲン含有気体とP蒸気の存在下で、高温(873~1373 K)で4時間加熱した。この反応では、カルコゲン含有気体からカルコゲン原子が、P蒸気からP原子が供給され、Y原子とP原子を共ドープしたTMC結晶が生成する。最後に、Duらは液体剝離と呼ばれる方法でTMC結晶を単層TMCへと変換し、液体インク形態の単層TMCを得た。

図1 空気中で安定な遷移金属カルコゲニド(TMC)の作製法
Duら1は、3つの工程からなる単層TMC材料の作製技術を実証し、得られた材料が周囲条件下で約1年間にわたり安定であることを示した。彼らはまず、2種類の遷移金属、周期表の第13族元素または第14族元素、炭素からなる結晶を作製した。次に、作製した結晶を容器に収めて炉内に入れ、2種類の気体を含んだ雰囲気中で4時間加熱した。この二成分気体は、カルコゲン(周期表の第16族元素)含有気体と、炉内の別の容器でリン粉末を加熱することによって生成したリン蒸気からなる。そして、この反応過程で生成したTMC結晶を、液体剝離というプロセスを用いて単層TMCに変換することで、液体インク形態の単層TMCを得た。

Duらはまた、この3段階の二重ドーピング法において、1つ目の工程で2種類ではなく1種類の遷移金属を含む層状結晶を作製したり、2つ目の工程でP蒸気を外したりすることで、非ドープ単層TMCや単一原子をドープした単層TMCも得ている。こうした原料や条件の調節によって、彼らは最終的に、合計6種類のドープ単層TMCと7種類の非ドープ単層TMCを作製し、この2D材料作製法の汎用性を実証した。なお、これらの単層TMCは、走査型電子顕微鏡法をはじめとする複数の特性評価法によって、金属相を有することが確認された。

近年、インクジェット印刷に使える高品質な2D材料が注目されている。Duらが作製した今回の単層TMCは、液体インクの形で得られることから、印刷によるデバイスの製造に有望である。 Credit: koktaro/iStock/Getty Images Plus/Getty

今回の方法の主な長所の1つは、最終的な2D材料が液体インクの形で得られることである。この分野での関心は近年、エピタキシャル成長法や化学気相成長法などによる薄膜の作製よりも、商業用の高品質2D材料インクの製造の方に明らかにシフトしてきている8,9。エピタキシャル成長法などでの薄膜作製では、成長基板から膜を剝がす剝離プロセスが必要だが、このプロセスは材料の質を劣下させる上、さらなる処理を必要とする10,11。これに対し、単層TMCインクは、インクジェット印刷やスピンコーティングなどの手法で任意の基板上に簡単に塗布できるため、集積化による3Dシステムの形成も容易になる12,13

科学的観点からは、2D材料は、身の回りの環境で安定かつ使用可能でなければならない。その点では、Duらの今回の研究成果は、少量(1%未満)のドーパント原子の存在によって単層TMCが安定化することを示しており、この分野にとって有望といえる。この結果はまた、周囲条件下でわずか数時間もせずに劣化し得る2D材料を安定化させる試みで検討すべきは、単層システムを複雑化する恐れのある封止層ではなく、元素のドーピングの使用であることを示唆している。

次なるステップは、理論家にとっては単層TMCに適した「安定化ドーパント元素」を予測することであり、実験家にとっては地球上に豊富に存在する元素の使用を検討することだろう。一方、Yは比較的希少だが単層TMCの安定化に必要なYやPはごく少量なため、今回の手法を採用して、TMCの信頼できる精密な二重ドーピングを可能にする先進的な装置を製作することもできるはずだ。今回のDuらの研究は、どんな新材料が発見されたとしても、それらの原子レベルの欠陥を理解し、操作して、使えるようになることが引き続き重要であることを実証している。不必要な原子などなく、全ての原子には意味があるのだ。

翻訳:藤野正美

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 4

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200438

原文

Versatile strategy for making 2D materials
  • Nature (2020-01-23) | DOI: 10.1038/d41586-020-00094-5
  • Wei Sun Leong
  • Wei Sun Leongは、シンガポール国立大学に所属。

参考文献

  1. Du, Z. et al. Nature 577, 492–496 (2020).
  2. Sahoo, P. K., Memaran, S., Xin, Y., Balicas, L. & Gutiérrez, H. R. Nature 553, 63–67 (2018).
  3. Leong, W. S. et al. J. Am. Chem. Soc. 140, 12354–12358 (2018).
  4. Zhang, Z. et al. Science 357, 788–792 (2017).
  5. Kappera, R. et al. Nature Mater. 13, 1128–1134 (2014).
  6. Lin, H. et al. Nature Mater. 18, 602–607 (2019).
  7. Hey, T. & Pápay, G. in The Computing Universe: A Journey through a Revolution 123 (Cambridge Univ. Press, 2014).
  8. Lin, Z. et al. Nature 562, 254–258 (2018).
  9. Pan, K. et al. Nature Commun. 9, 5197 (2018).
  10. Shim, J. et al. Science 362, 665-670 (2018).
  11. Leong, W. S. et al. Nature Commun. 10, 867 (2019).
  12. McManus, D. et al. Nature Nanotechnol. 12, 343–350 (2017).
  13. Sivan, M. et al. Nature Commun. 10, 5201 (2019).