細菌の外膜を標的とする新しい抗生物質
多剤耐性グラム陰性菌として問題になっている緑膿菌。 Credit: Callista Images/Image Source/Getty
抗生物質抵抗性は世界的に大きな公衆衛生問題になっている1。特に、グラム陰性細菌と呼ばれる細菌群に感染した場合は治療が難しい。グラム陰性細菌細胞を守る二重の細胞膜が、抗生物質の侵入を阻む手強い障壁となっているからだ2。また、グラム陰性細菌は抗生物質が細胞膜を透過すると、排出ポンプを用いて薬剤を除去することが多い3,4。このほど、グラム陰性細菌の外膜に不可欠なタンパク質を直接あるいは間接的に標的とすることで障壁を克服する抗生物質が特定され、3つの論文で報告された(Nature に2報5,6およびProceedings of the National Academy of Sciences USA に1報7)。
グラム陰性細菌の外膜は、外膜の外葉にリポ多糖(LPS)分子を含み、外膜タンパク質(OMP)が外膜を貫通している8。OMPは、BAM(β-barrel assembly machine)と呼ばれるタンパク質複合体によって膜内で折りたたまれる。BAMの中心的な構成要素であるBamA自体がOMPであり(図1)、BamA は細胞外の環境に露出しているので、細菌を守る機構のアキレス腱になり得る。BamAに接近する阻害剤ならば、細胞内に入る必要がないかもしれないからだ。実際に概念実証研究9では、この手法によってOMPの折りたたみが阻害され、膜の完全性が障害されることが示されている(ただし、その機構はまだ分かっていない)。
図1 二重の膜からなる障壁の克服
グラム陰性細菌は内膜と外膜によって保護されている。外膜には、外層のリポ多糖(LPS)分子と外膜タンパク質(OMP)が含まれている。これらのタンパク質は、細菌細胞の細胞質で合成されて、輸送装置(濃青色)によって2つの膜の間隙に輸送される。ここからタンパク質は、BAMタンパク質複合体によって捕捉され、外膜に挿入されて、折りたたまれる(赤い矢印)。BamAはBAMの中心的な構成要素であり、細菌の表面から接近可能である。3つの研究5–7から、BamAを標的として、細菌の生存に必要なOMPの正常な折りたたみを妨げると考えられる新しい抗生物質が報告された。
今回の3つの研究はそれぞれ異なる手法により、グラム陰性細菌に対する抗生物質を開発した。ノースイースタン大学(米国マサチューセッツ州ボストン)の今井優ら5は、線虫の腸に共生するグラム陰性細菌が、競合細菌(他のグラム陰性細菌の種を含む)の成長を防ぐ抗生物質を分泌できることに着目した研究をNature 2019年12月19/26日号459ページで報告している。今井らは、これらの共生細菌のうちの22種について分泌物をスクリーニングし、グラム陰性細菌を標的とする抗生物質を特定して、ダロバクチン(darobactin)と名付けた。
ダロバクチンは、in vitroでも感染マウスでも、ポリミキシン抵抗性の緑膿菌やβ-ラクタム抵抗性の肺炎桿菌、大腸菌などの薬剤抵抗性ヒト病原菌を含む複数のグラム陰性細菌に対して抗生物質活性を示した。またダロバクチンは、抗生物質として有効な濃度において、ヒト細胞に対する毒性を示さない。
次に今井らは、ダロバクチンがどの細菌分子を標的とするかを調べた。ダロバクチンに抵抗性を示す大腸菌3株を進化実験で得た今井らは、その各株がbamA 遺伝子に変異を持つことを突き止めた。3株で変化していたアミノ酸残基はどれも、BamAのタンパク質構造上で同じ領域だったことから、ダロバクチンが細胞外の環境からBamAに接近できる所に結合部位があると推定された。
そして今井らは、等温滴定熱量測定(分子間の物理的相互作用に伴う熱変化を測定する)という技術を用いて、ダロバクチンとBamAが互いに直接結合することを示す証拠を得た。核磁気共鳴(NMR)分光実験の結果でも直接結合が示されたことから、ダロバクチンはBamAを不活性と考えられるコンホメーションにて安定化すると考えられた。
さらに、ダロバクチンがin vitroにおいて、単離されたBAM複合体のOMPを折りたたむ機能を阻害することも示した。これは、BamAを直接標的とすることを裏付ける結果だ。しかし、抵抗性を示す変異型BamAについてこの実験を行ったところ、ダロバクチンによる折りたたみ機能阻害の低下が見られたのは1株のみであった。今後、bamA変異株ではダロバクチンとの結合が障害されていることが明らかになれば、BamAがダロバクチンの分子標的であることを確認できるかもしれない。
一方、ポリフォー社(スイス)のAnatol Lutherら6は、既存の抗生物質であるムレパバジン10の類似体に着目した研究をNature 2019年12月19/26日号452ページで報告している。この物質は、外膜においてLPSの組み立てに関与するLptDと呼ばれる表面露出タンパク質8を標的としている。ムレパバジンは緑膿菌に対して強力であるが、有効な細菌の範囲が狭い10 。そこでLutherらは、ムレパバジン類似体が他のグラム陰性細菌種に対して抗生物質活性を有するかどうかをスクリーニングした。
Lutherらは、このスクリーニングで特定した化合物を、LPSに直接結合する別の抗生物質であるポリミキシンB11の一部に化学的に結合させた。完全なポリミキシン類は、細菌の膜を効率的に破壊して細菌細胞を死滅させるが、人体への毒性も高い12。Lutherらは、ポリミキシンBのLPS結合部分のみを結合させれば、特定したムレパバジン類似体の膜へのターゲッティングを増加させられるのではないかと考えていた。実際、この戦略によって、in vitroおよびグラム陰性細菌(肺炎桿菌、緑膿菌、大腸菌など)の薬剤耐性株に感染したマウスの両方で強力な活性を示すキメラ抗生物質がいくつか開発された。この戦略で作り出されたキメラ抗生物質は、マウスにおいて毒性が低かったことは重要である。
これらのキメラ抗生物質の標的はLptDではないかと考えられていたが、Lutherらが相互作用相手の分子について検討したところ、BamAを標的としている証拠が見つかった。Lutherらはキメラ抗生物質に抵抗性を示した肺炎桿菌株を解析し、抵抗性株にはbamA やLPSの修飾を担う遺伝子などのいくつかの遺伝子に変異があることを見いだした。抵抗性株に野生型bamA遺伝子を再導入すると、キメラ抗生物質に対する感受性の上昇につながったことから、BamAは抗生物質の作用機構において役割を担っていることが示された。
このキメラ抗生物質ファミリーとBamAの直接結合は、in vitroの手法で確認された。この手法では、蛍光標識したキメラ抗生物質がBamAなどの大きなタンパク質に結合すると蛍光強度が変化するため、それを追跡する。NMR実験からは、ダロバクチンと同様に、キメラ抗生物質がBamAに結合すると、BamAは不活性と考えられるコンホメーションで安定化されることが示唆された。この結果は、BamAを直接標的としていることと一致する。しかし、このキメラ抗生物質を細菌に直接投与すると、外膜と内膜の両方において透過性が急速に上昇した。これは、キメラ抗生物質が膜に直接作用する可能性を示唆している。これらの結果から、このキメラ抗生物質ファミリーは、BamAに結合するため膜へのターゲッティングが増強されている上、ポリミキシン類と同様の方法で作用する可能性が高まった。
3つ目の研究では、プリンストン大学(米国ニュージャージー州)のElizabeth M Hartら7が、野生型大腸菌および外膜の完全性と排出機構に異常のある変異型大腸菌の両方に対して、同様の抗生物質活性を有する化合物MRL-494を特定したことを報告している。この結果から、MRL-494は活性を発揮するために細胞に浸透する必要がないと考えられる。MRL-494は、in vitroでは肺炎桿菌や緑膿菌などのグラム陰性病原菌に対して中程度の有効性を示したが、動物モデルでの有効性はまだ調べられていない。
Hartらは、大腸菌にMRL-494を投与すると外膜のOMPの量が減少することを示した。このことはMRL-494の標的がBamAである可能性を示している。Hartらはさらに、大腸菌にMRL-494に対する抵抗性をもたらすbamA の変異を1つ特定し、この可能性を裏付けている。MRL-494は、野生型bamAを発現する大腸菌細胞においてモデルOMPの正常な折りたたみを阻害するが、抵抗性細胞ではその阻害活性の影響が少ないことが分かった。またMRL-494 は、大腸菌細胞での熱誘導によるタンパク質凝集に対してはBamA を安定化することが分かり、MRL-494とBamAの間に相互作用があると考えられた(MRL-494に抵抗性を示すbamA変異体においても、MRL-494はBamAを同程度に安定化した)。その上MRL-494は、BamAを持たないグラム陽性細菌に対しても殺菌作用を示す。従ってグラム陰性細菌では、MRL-494はBamAを直接阻害する、あるいは外膜を標的としてBamA 機能に間接的に影響を及ぼす可能性がある。
総合的にこの3つの研究は、治療が困難なグラム陰性細菌に対して有効な新しい抗生物質を報告している。化合物のサイズと化学的性質を考えると、これらの抗生物質は細胞表面で作用する可能性が高く、透過障壁を通過する必要性が回避される。今井らは、BamAがダロバクチンの標的であることを、推定の結合部位を含めて説得力のある証拠で示しており、抵抗性の変異型BamAへの結合が減少したことを実証して確認している。一方、Lutherらのキメラ抗生物質はBamAとLPSの両方に結合すると考えられる。しかし、それらの活性がBamAへの直接の影響によって引き起こされているかどうかを決定するにはさらなる実験が必要と考えられ、これはMRL-494についても同様である。
今後の研究で、これらの抗生物質のいずれについてもBamAとの特異的な結合部位を特定し、抗生物質のそれらの部位への結合がBamAの活性を低下させる機構を調べることが、抗生物質のさらなる開発のプラットフォームになると考えられる。現時点ではBAMがOMPの挿入や折りたたみを仲介する仕組みはほとんど解明されていないが、このような研究を行うことで、その仕組みを明らかにできる可能性がある。
ダロバクチンとMRL-494は最初のリード化合物であるため、医薬品化学の取り組みにより、より強力で有効な類似体が得られる可能性がある。また、これらの抗生物質の動物モデルでの毒性を決定することを目的とした前臨床研究も重要である。Lutherらのキメラ抗生物質は、強力なin vivo活性を持つことに加え、動物モデルで毒性、薬物動態、薬力学的性質が良好であることが示されているので、開発が一歩進んだ段階にある。今回新たに発見されたクラスの抗生物質は、将来有望だと考えられる。
翻訳:三谷祐貴子
Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2020.200342
原文
New antibiotics target the outer membrane of bacteria- Nature (2019-12-19) | DOI: 10.1038/d41586-019-03730-x
- Marcelo C. Sousa
- Marcelo C. Sousaは、コロラド大学(米国ボールダー)に所属。
参考文献
- World Health Organization. Global Priority List of Antibiotic-Resistant Bacteria to Guide Research, Discovery, and Development of New Antibiotics (WHO, 2017).
- Nikaido, H. Microbiol. Mol. Biol. Rev. 67, 593–656 (2003).
- Li, X.-Z. & Nikaido, H. Drugs 64, 159–204 (2004).
- Munita, J. M. & Arias, C. A. Microbiol. Spectr. 4, VMBF-0016-2015 (2016).
- Imai, Y. et al. Nature 576, 459–464 (2019).
- Luther, A. et al. Nature 576, 452–458 (2019).
- Hart, E. M. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 116, 21748–21757 (2019).
- Konovalova, A., Kahne, D. E. & Silhavy, T. J. Annu. Rev. Microbiol. 71, 539–556 (2017).
- Storek, K. M. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 115, 3692–3697 (2018).
- Srinivas, N. et al. Science 327, 1010–1013 (2010).
- Mares, J., Kumaran, S., Gobbo, M. & Zerbe, O. J. Biol. Chem. 284, 11498–11506 (2009).
- Li, J. et al. Lancet Infect. Dis. 6, 589–601 (2006).
関連記事
Advertisement