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ウイルス種の命名法の標準化を巡る議論

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2020.201108

原文:Nature (2020-07-30) | doi: 10.1038/d41586-020-02243-2 | Should virus-naming rules change during a pandemic? The question divides virologists

Smriti Mallapaty

国際ウイルス分類委員会が提案した新ルールが賛否を呼ぶ中、今は議論をしている状況ではないとの声も少なくない。

天然痘ウイルスの透過型電子顕微鏡(TEM)画像。 | 拡大する

Callista Images/Image Source/Getty

ウイルスの分類において最も基本的な単位である「種」には、現在いくつかの命名法がある。発見地域や宿主動物、引き起こす疾患に基づいて名前が付けられることが多いものの、統一はされていない。こうした標準化された命名法の欠如は、特に新種を頻繁に発見している研究者たちにとっては頭痛の種だという。加えて、天然痘ウイルスのように、英語の一般名と種名が同じ場合(一般名は「variola virus」、種名は「Variola virus」と表記)は、また別の混乱が生じる。

こうした状況を受け、ウイルスの分類と命名を担う組織である「国際ウイルス分類委員会(ICTV)」は、2019年12月3日付でArchives of Virologyに新たな命名法を提案し、ウイルス学者たちから意見を募ってきた(S. G. Siddell et al. Arch. Virol. 165, 519–525;2020)。2020年10月5〜7日に開催される実行委員会でこの方法が採択されれば、6500種を超える既知のウイルスのほぼ全てに関して、名前の付け方が変わる可能性がある。

「ウイルスの分類体系と命名法の標準化は、明らかに必要です。現在は全くの混乱状態で、私たちのように、新種を頻繁に発見している研究者にとっては本当に頭が痛いのです」。そう語るのは、シドニー大学(オーストラリア)のウイルス学者Edward Holmesだ。ただ、こうした取り組みも「パンデミックに比べれば、緊急性は低いでしょう」と彼は続ける。

一方で、今が絶好のタイミングだと考える研究者もいる。カリフォルニア大学サンフランシスコ校(米国)のウイルス学者Eric Delwartによれば、ゲノム塩基配列解読技術の発展に伴い、発見される新種の数はこの15年間で飛躍的に増大したという。「今はまさにウイルス発見の黄金時代です。ウイルスゲノムの整理を始めるには、ちょうど良い時期でしょう」とDelwartは言う。

タイミングの問題

同じ頃、別のウイルス命名問題も起きていた。新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の拡大に伴い、その原因ウイルスである重症急性呼吸器症候群コロナウイルス2(SARS-CoV-2)のゲノム塩基配列解読が世界各地で進められ、何万例ものウイルスゲノムが得られていたが、それらをどう分類すべきかが問題となっていたのだ。同一の種に属する進化的に近縁なウイルス群は「系統」として扱われ、ウイルス系統の追跡は、感染力や危険性を高めるような変異体が出現した際に重要になる。しかし、ICTVが取り仕切っているのは種までで、系統の命名法に決まりはない。この問題を解決しようと、Holmesらは2020年7月15日付のNature Microbiologyで、SARS-CoV-2系統の命名法をICTVとは独立に提案した(A. Rambaut et al. Nature Microbiol. http://doi.org/gg47xd; 2020)。

現在、ICTVがウイルス種名の命名法として定めているのは、斜体での表記(固有名詞以外は1語目の頭文字のみ大文字)、種を特定できる明瞭な名称、単語数は可能な限り少なく、ということだけだ。とはいえ、実際にはトマト黄化葉巻ウイルス(Tomato yellow leaf curl Indonesia virus)のように単語数の多い種名も存在する。

これに対し、同委員会が2019年12月に提案した新たな命名法では、「二名法」が採用されている。1語目は、同じ特徴を複数共有する種の集合である「属」の名称を用い、末尾は「-virus」とする。続く2語目(種小名)については、3つの案が提示されている。1つ目は生物の学名と同様に、例えばヒト(Homo sapiens)のように必ずラテン語を用いるというもの。2つ目は数字または文字に限定するというもので、ちょうどアルファコロナウイルス1(Alphacoronavirus 1)などがその典型例となる。そして3つ目は、あらゆる語が使用可能で文字の組み合わせも自由というもの。つまり、既存の複数単語からなる長い名称は、ラテン語に書き換えられたり、英数字に置き換えられたりして1語の種小名にまとめられるというわけだ。

この論文は数年にわたる開かれた協議の産物であり、ICTVはその中で、2020年10月の審議に先立ち、同6月30日までに同委員会のウェブサイトに意見を寄せるよう求めていた。審議で出された結論はその後、全会員による投票にかけられる。

学界の懸念

ところが、一部のウイルス学者から、COVID-19への対応に追われてICTVの論文に気付かなかった、という声が上がる。「理想を言えば、誰もがこれらの学術誌に注意を払っているべきなのですが、目を通しておかねばならない論文の数が爆発的に増えて手が回らないのです」と、ミシガン大学(米国アナーバー)のウイルス学者Katherine Spindlerは説明する。彼女は、世界約20カ国に3000人以上の会員を擁する世界最大級のウイルス研究者団体「米国ウイルス学会(ASV)」の会計幹事でもある。「私の研究には分類学はほとんど関係ありません。論文を書くときに必要になるだけです」。SpindlerがICTVの意見募集を知ったのは、期限である6月30日を過ぎてからだった。7月9日、彼女はASVの他の実行委員らと共同で、同学会員にはこの問題について十分に検討する時間がなかったとICTVに申し立てた。

オーストラリアとニュージーランドに約700人の会員を擁する「オーストラレーシア・ウイルス学会(AVS)」も、次のような書簡を7月4日付でICTVに送っている。「COVID-19の年である2020年は、ウイルス種の命名法の大幅な変更を行うのに適切なタイミングではないと我々は考えます。本会の会員たちは他の業務に追われて限界に達しており、多くがこの問題を検討する時間を満足に持てませんでした」。

こうした懸念に対し、ICTVの委員長を務めるグラスゴー大学(英国)のウイルス学者Andrew Davisonは、今回の提案の内容は2年近くにわたりICTVの議題に上っていたものだと指摘する。ただし、10月の実行委員会では諸般の事情に鑑みて審議が行われるだろうと語り、「今が特殊な時期だというのはもっともです」と理解を示した。

ASVとAVSはまた、それぞれの書簡で、ラテン語名に統一する案にも反対している。ウイルス学者がラテン語の文法を学ぶ必要が出てきて、作業が煩雑になるというのがその理由だ。両学会は、任意の語が使用可能という3つ目の案がより望ましいとしているが、AVSは現状維持が最善だろうと述べている。AVSの会長であるバーネット研究所(オーストラリア・メルボルン)のウイルス学者Gilda Tachedjianは、「システムを全て見直す必要はないのです」と話す。

しかし、ICTVの実行委員である米国立アレルギー・感染症研究所(NIAID)統合研究施設(IRF;メリーランド州フォートデトリック)のウイルス学者Jens Kuhnは、種名でラテン語を使うとしても、適切な接尾辞さえ知っていれば十分だろうと指摘する。また、ラテン語の名称は汎用的なため、英語以外の言語で発表される論文でも翻訳の必要がない、とKuhnは言う。

SARS-CoV-2の多様性

一方、膨大な数のSARS-CoV-2ゲノムの系統発生学的な分類と体系的な命名が緊急に求められている点については、ウイルス学者たちの間で意見がほぼ一致している。系統の名前は現在、場当たり的に付けられているからだ。「SARS-CoV-2の全ゲノム塩基配列の数は、確実に10万例を超えるでしょう。これだけの多様性をしっかり分類するために、単純で合理的な体系を考案し、広く行き渡らせることは間違いなく重要です」とHolmesは説明する。

ウイルス系統の命名法を定めている公的機関は存在しない。「だから、代わりにやることにしたのです。受け入れられるかどうかはまた別の問題で、あくまで利用者次第です」と彼は言う。

Holmesらが提案したのは、感染症のエピデミック(大流行)を引き起こした系統を優先的に命名する動的な方法だ。この方法では、ウイルス系統は単離された時期、つまりその系統が活発に伝播していた時期に基づいて、1カ月以内のものは「活発(active)」、1〜3カ月のものは「確認されない(unobserved)」、3カ月経過したものは「不活発(inactive)」に分類される。活発な系統については、それがまだ伝播中かどうかを定期的に確認し、情報を更新していく。Holmesらはまた、新たに解読された塩基配列の分類を自動化できるソフトウエアやオンラインツールの開発も推奨し、実例を示している(https://github.com/cov-lineages/pangolin)。

ICTVのデータ責任者であるアラバマ大学バーミンガム校(米国)のウイルス学者Elliot Lefkowitzは、「そうしたシステムがあれば、特殊な病原特性を持つ系統が出現した際に監視がしやすくなるかもしれません」と話す。

(翻訳:小林盛方)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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