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日本が致死性ウイルスを輸入した理由

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200122

原文:Nature (2019-10-14) | doi: 10.1038/d41586-019-03103-4 | Why Japan imported Ebola ahead of the 2020 Olympics

Mark Zastrow

オリンピックに備える日本は、感染した場合に致死率の高いエボラ出血熱ウイルスなどの致死率の高い5種の病原体を輸入した。検査体制を強化するのが目的だ。

バイオセーフティーレベルが最高水準であるBSL-4の実験室では防護服を着用しなければならない。 | 拡大する

ANNA SCHROLL/UIG/GETTY

日本では、2020年のオリンピック開催に向けて、何万人もの訪日客受け入れの準備だけでなく、招かれざる外来性病原体への対応策も含めた準備が進められている。

「東京オリンピック・パラリンピック競技大会2020」会期中の感染症のアウトブレイク(集団発生)の可能性に備えて、日本は、致死率の高い病原性ウイルス5種(エボラ出血熱、マールブルグ病、ラッサ熱、南米出血熱、クリミア・コンゴ出血熱)の輸入を決めた。開発中の診断検査を検証するには、こうしたウイルスを含む試料を実際に使う必要があると、日本の厚生労働省は説明する。

これらのウイルスは最も危険な病原体に分類され、バイオセーフティーレベル4(BSL-4)と呼ばれる最高水準の実験室でしか扱うことができない。BSL-4施設を持つ国立感染症研究所(感染研;東京都武蔵村山市)は2019年9月、エボラウイルスをはじめとする5種類の致死性ウイルスを輸入し、その保管を開始したことを発表した。こうした病原体が実際に日本に搬入されたのは初めてであり、感染研は、日本で唯一のBSL-4施設として稼働することになった。

日本の医学界は今回の措置を歓迎している。感染症の専門家らは、オリンピック会期中に感染症の発生リスクがそれほど高まることはないだろうと考えているが、生きたウイルスを使えることは、感染症が集団発生してしまった場合の対応力を強化し、バイオテロ攻撃への備えともなる。

感染研では、1981年にBSL-4施設が建設されたが、住民の反対運動により何十年間にもわたってBSL-3施設として運用されてきた。2015年に厚生労働省と武蔵村山市長はBSL-4施設として稼働させることで合意に達したが、5種類のウイルスを輸入する最終決定が下されたのは2019年7月だった。

最も危険な病原体に関する日本の研究体制は、他の先進国に後れを取っている。米国と欧州で稼働中または建設中のBSL-4施設の数はいずれも二桁に上る。中国は現在、少なくとも5つのBSL-4施設のネットワークを構築中で、1つはすでに中国湖北省の武漢市で稼働している。

感染研にとって「これは記念すべき画期的な出来事です」と、出血熱ウイルスの責任部門の西條政幸部長は言う。

だが、ウイルスの輸入を誰もが歓迎しているというわけではない。一部の地域住民は日本のメディアに対し、科学者や政府が病原体を輸入する口実としてオリンピックを利用していると語った。また、ラトガース大学ピスカタウェイ校(米国ニュージャージー州)の分子生物学者でバイオセキュリティーの専門家であるRichard Ebrightは、危険な病原体を事前に輸入しなくてもBSL-4施設で感染症の発生に備えることはできると言う。逆に、安全基準の高い実験室であっても、危険なウイルスを保管しておくことで偶発的または意図的な漏出のリスクは高くなると彼は話す。

どれだけのリスクがあるのか?

西條によれば、感染研では、生きたウイルスを含む試料を使って開発中の検査を検証する予定だという。この検査は、ウイルスを保有している人がまだ感染力を有しているかどうかを判断することを目的としていて、対象のウイルスを中和できる抗体を患者が産生しているかどうかを測定する。抗体が産生されていれば、患者はすでに回復しており、他人にウイルスを伝染させることはない。西條は、ウイルスを保有している人がオリンピック会期中に見つかった場合、そのような検査により、患者を退院させてよいかどうかを判断するための有用な情報が得られると言う。

こうした検査方法の開発により、オリンピックのみならず、バイオテロ攻撃に対する日本の準備体制が強化されるだろう、と西條は話す。これまでのオリンピック開催国では、開催前から自国のBSL-4施設に病原体が保管されていたため、ウイルスを特別に輸入する必要はなかった。感染研は、大会終了後も試料を使って研究を続け、より高感度でより正確な検査方法の開発を進める予定だ。西條は、地域住民からの反対は理解できるが、感染症に対する備えをする上で、生きたウイルスは日本の研究者に重要な恩恵を与えてくれると話す。

ボストン大学(米国マサチューセッツ州)の微生物学者であるElke Mühlbergerは、エボラウイルスは空気感染しないため、オリンピック会期中に大規模な流行が起こることはあり得ないと考えている。だが、感染研の検査について、大会前に生きたウイルスで検証しておくという日本の計画は、特にコンゴ民主共和国でエボラ出血熱の流行が続いていることを考えれば、意味のあることだと彼女は言う。「専門的な緊急対応ができないと、エボラウイルス感染症がオリンピック会期中に集団発生したとき、破滅的な結果につながる恐れがあります」。

ただし、Mühlbergerは、患者の退院の可否を判断するための中和抗体検査の有用性については懐疑的だ。ウイルスを保有しているかどうかを判断するための最も簡単な方法は、体液中のウイルスRNAの量を調べることだと彼女は言う。「中和抗体が産生されているからという理由だけで患者を退院させる医師はいないと思いますよ」。

動物研究

感染研の研究者たちは、BSL-4病原体を扱えるようになったことで、その地域に出現する可能性のある他の危険なウイルスも研究できるようになると、Mühlbergerは言う。最新のゲノム塩基配列解読技術により、エボラウイルスに似たウイルスが以前考えられていたよりも広く存在していることが分かってきた。この1年間で、同じ科に属するウイルスが動物から3種発見されたのだ。中国のコウモリで見つかったメングラウイルスと、東シナ海の魚で見つかったエボラ様ウイルス2種である。「非常に危険な病原体と極めて近縁なウイルスに感染している動物の数は驚くほど多いのです」と彼女は話す。

これらのウイルスが人間に感染したり害を及ぼしたりする可能性があるかどうかは分かっていないが、その多様性は「とても恐ろしいことです。これらのウイルスはどこにでも存在するのですから」とMühlbergerは言う。

北海道大学(札幌市)のウイルス学者である高田礼人も、日本の動物のBSL-4病原体を研究できるようになったことを歓迎している1人である。これまでは混み合っている海外のBSL-4施設に利用を申請しなければならなかったからだ。

(翻訳:藤山与一)

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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