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喫煙と糖尿病を結ぶ経路が明らかに

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 1 | doi : 10.1038/ndigest.2020.200135

原文:Nature (2019-10-17) | doi: 10.1038/d41586-019-02975-w | Brain-to-pancreas signalling axis links nicotine and diabetes

Giuseppe Bruschetta & Sabrina Diano

脳内でのニコチンに対する反応と膵臓での糖代謝をつなぐシグナル伝達経路が発見された。これは、喫煙により糖尿病発症リスクが高まる理由を解明する手掛かりとなる。

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Luis Diaz Devesa/Moment/GETTY

喫煙には多くの弊害があるが、その1つは糖尿病のリスクを高めることだ。摂取されたニコチンがグルコースの代謝を抑制し、血糖値が上昇するからである1–4。脳の内側手綱(mHb)領域には、ニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)を発現しているニューロン集団が存在する5。このニューロン集団はニコチンによって活性化され、ニコチンに対する嫌悪反応を引き起こす。しかし、喫煙が糖尿病のリスクを高める作用にもこれらのニューロンが関係しているかどうか、また、もしそうであるとしたら、どのように関係しているかについては、これまで分かっていなかった。このほど、マウントサイナイ・アイカーン医科大学(米国ニューヨーク)のAlexander Duncanら6は、nAChR発現ニューロンと血糖調節とを結び付けるシグナル伝達経路を特定したことをNature 2019年10月17日号372ページで報告した。その経路には糖尿病関連転写因子TCF7L2が関与している。

TCF7L2は、グルカゴン様ペプチド1(GLP-1)と呼ばれるホルモンの産生と分泌を調節するシグナル伝達経路に関わっていることが知られている7。GLP-1は膵臓からのインスリン分泌を促進し、分泌されたインスリンは血糖の脂肪組織への取り込みを亢進させる。従って、TCF7L2の発現または活性の変化は、グルコース代謝に影響を及ぼす可能性がある(ただし、GLP-1によるGLP-1受容体の活性化自体がTCF7L2を活性化させ、フィードバックループを形成しているため7、シグナル伝達経路は複雑であることに注意が必要だ)。

Duncanらは、TCF7L2がmHbで発現していることを見いだした。mHbがニコチンに対する嫌悪反応に関係しているという知見を踏まえ、彼らはこの領域におけるTCF7L2の発現が、ニコチンによって引き起こされるグルコース代謝の抑制に関与している可能性を検討することにした。まず、2系統のマウスを作製した。一方の系統は全ての組織でTCF7L2の機能が欠損しており、他方の系統ではウイルスを用いて短鎖RNAを導入することで、mHbにおけるTCF7L2の発現を阻害することができる。マウスがレバーを押してニコチン溶液の点滴を自由に受けられるようにしたところ、どちらの系統のマウスも対照マウスと比較してニコチン摂取量が多かった。

ニコチンによる刺激を長期間にわたって受けると、nAChR発現ニューロンが脱感作されてニコチンに反応しなくなる8。変異体マウスを用いた詳細な検討により、TCF7L2はnAChR発現ニューロンを脱感作から回復しやすくし、従って、おそらくニコチンに対する嫌悪反応を促進することが分かった。TCF7L2のこの機能は、多くの細胞内シグナル伝達に関与しているサイクリックAMPを介したシグナル伝達の促進によるもののようだ9

Duncanらは次に、TCF7L2がニコチンの血糖値上昇効果を仲介していることを実証した。TCF7L2またはGLP-1受容体を阻害すると、ニコチンによる血糖値上昇効果は認められなくなった。一方、GLP-1受容体を刺激する薬物には逆の効果が見られた。さらに、野生型マウスにニコチンを投与した後に離脱状態としたところ、グルコース、グルカゴン、インスリンの血中レベル上昇が認められた。この結果は、グルコース代謝を適切に調節できていないことを示している。変異体マウスでは離脱状態の影響は少なかった。これらの結果を総合すると、TCF7L2の活性はニコチンへの依存性を減少させるが、逆に、グルコース代謝に対するニコチンの有害作用を防ぐために体に備わった防御機構を阻害してしまうことが示唆される。

関連している神経回路を調べるために、Duncanらは蛍光標識した逆行性ウイルスを野生型マウスの膵臓に注射した。このウイルスは注射した部位に接続しているニューロンを伝わって「逆行性」に(脳に向かって)移動する。その結果、mHbを含む脳内のいくつかの領域でウイルスが検出され、mHbから他の脳領域を経由して膵臓に至る神経シグナル伝達経路の存在が確認された。このようにして、ニコチンはTCF7L2を介してmHbのニューロンを刺激することにより、膵臓への神経シグナル伝達に関与し、血糖値を上昇させることが明らかになった。

2011年の報告書によれば、禁煙に成功する喫煙者は年間およそ6%にすぎない10。また、糖尿病の患者はそうでない人よりも禁煙が難しいというデータがある11。Duncanらはマウスにスクロース(ショ糖)を6週間にわたって毎日与え、それによる血糖値の上昇が、TCF7L2の発現レベルの低下と、ニコチンによるnAChR発現ニューロン活性化の減弱につながることを示した。この観察結果は、糖尿病患者の禁煙が難しい理由を説明できるフィードバック機構の存在を示唆している(図1)。

図1 ニコチンをニコチン依存症と糖尿病に結びつける経路
脳の内側手綱(mHb)領域には、ニコチン性アセチルコリン受容体(nAChR)を発現しているニューロン集団が存在する。このニューロン集団はニコチンによって活性化され、ニコチンに対する嫌悪反応を引き起こす。
a Duncanら6は、nAChRの活性化が膵臓からのグルカゴンおよびインスリンの放出を増加させることをマウスで報告している。それによる血糖値の上昇が、ヒトでは糖尿病のリスクの増加に関与していると考えられる。
b 血糖値の上昇が、TCF7L2の発現レベルの低下およびnAChR発現ニューロンの活性の減弱を引き起こし、フィードバックループを形成していることを彼らは見いだした。
c フィードバックの結果、ニコチンに対する嫌悪反応が引き起こされなくなり、ニコチン依存症が生じることになる。この回路全体はTCF7L2タンパク質によって調節されている。TCF7L2はcAMPと呼ばれるセカンドメッセンジャー分子を介して作用し、ニコチンに対するnAChR発現ニューロンの感受性を調節している。 | 拡大する

Duncanらの研究は、グルコース代謝の調節におけるニコチンの役割に新たな光を当てるものだ。ただし、注意しなければならない点もいくつかある。TCF7L2はmHbだけでなく、それ以外のいくつかの脳領域でも発現している12。さらに、膵臓、脂肪組織、腸(全てグルコース代謝に関与している組織である)でもTCF7L2は発現している。これらの組織がニコチンによって引き起こされるグルコース代謝の抑制に及ぼし得る寄与もまた、考慮の上で評価されなければならないだろう。

加えて、ニコチンはストレスホルモンの放出を促進する視床下部–下垂体–副腎(HPA)系の強力な活性化因子でもある13。mHbの機能はストレスによって変化し、ストレスホルモンは血糖値の変化を誘発する13。従って、Duncanらが報告したmHbに対するニコチンの効果には、直接的な効果だけでなく、HPA系の活性化による間接的な効果も含まれていると考えられる。

グルカゴン様ペプチド1(GLP-1)は、膵臓のランゲルハンス島(写真)からのインスリン分泌を促進し、分泌されたインスリンは血糖の脂肪組織への取り込みを亢進させる。TCF7L2は、このGLP-1の産生と分泌を調節するシグナル伝達経路に関わっていることが知られている。 | 拡大する

STEVE GSCHMEISSNER/SPL/GETTY

mHb–膵臓経路に対するニコチンの効果が、男性と女性で異なっているのかどうかは興味深いところである。喫煙率は男性の方が女性よりも高いが、喫煙女性が糖尿病を発症するリスクは、喫煙男性の場合にも増して、非喫煙者と比較してはるかに高い4。また、ニコチン離脱によって生じる体重増加は、男性よりも女性の方が大きいのだ14

さらに、マウスではなく、ヒトにおけるmHb–膵臓経路の役割を今後の研究によって検証する必要がある。タバコ嗜癖は薬理学的、遺伝学的、社会的、環境的な要因の相互作用によって生じる。従って、糖尿病の発症に対するニコチンの寄与は、たった1つの経路だけで説明できるものではない可能性が高い。最後に、この研究は、ニコチン依存症や糖尿病の治療標的としてTCF7L2を利用することができるかどうか、できるとすればどのように利用できるか、という課題を提起している。非常に興味深いテーマではあるが、その実現のためにはマウスおよびヒトでの研究をさらに積み重ねていく必要があるだろう。

(翻訳:藤山与一)

Giuseppe Bruschetta & Sabrina Dianoは、エール大学医学系大学院(米国コネチカット州ニューヘイブン)に所属。

参考文献

  1. Chiolero, A., Faeh, D., Paccaud, F. & Cornuz, J. Am. J. Clin. Nutr. 87, 801–809 (2008).
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  6. Duncan, A. et al. Nature 574, 372–377 (2019).
  7. Liu, Z. & Habener, J. F. J. Biol. Chem. 283, 8723–8735 (2008).
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  9. Khiroug, L., Sokolova, E., Giniatullin, R., Afzalov, R. & Nistri, A.J. Neurosci. 18, 2458–2466 (1998).
  10. Centers for Disease Control and Prevention. MMWR Morbid. Mortal. Wkly Rep. 60, 1513–1519 (2011).
  11. Solberg, L. I., Desai, J. R., O’Connor, P. J., Bishop, D. B. & Devlin, H. M. Ann. Fam. Med. 2, 26–32 (2004).
  12. Lee, S., Lee, C. E., Elias, C. F. & Elmquist, J. K. J. Comp. Neurol. 517, 925–939 (2009).
  13. Tweed, J. O., Hsia, S. H., Lutfy, K. & Friedman, T. C. Trends Endocrinol. Metab. 23, 334–342 (2012).
  14. Pirie, P. L., Murray, D. M. & Luepker, R. V. Am. J. Public Health 81, 324–327 (1991).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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