二足歩行の進化の手掛かりを示す新種の化石類人猿
少なくとも4個体のDanuvius guggenmosiに由来する骨の化石が、ドイツ・バイエルン州の粘土採掘場で発見された。 Credit: Christoph Jackle
二足歩行については現在、「約700万年前に現生人類の祖先が進化させた移動様式で、後肢のみでの歩行に適応した骨格はヒト族(現代人を含む分類群)を定義付ける固有の特徴である」という考え方が広く受け入れられている。ところが今回、この通念に疑問を呈する新種の類人猿化石がドイツで発見された。Danuvius guggenmosiと命名されたこの化石類人猿は、年代が1162万年前と古く、木の枝からぶら下がるのに適した長い前肢を持つ一方、後肢で体を支えながら足裏全体を着地させて歩行することもできたと考えられるという。この新たな類人猿とその独特な移動様式の発見は、Nature 2019年11月21日号489ページで報告された1。ただし、この新種が類人猿の系統樹のどこに位置付けられるかはまだ明らかになっていない。
D. guggenmosiが二足歩行の能力を持っていたとする今回の結論にはまだ異論もあるが、今後この考えが広く受け入れられるようになれば、謎に包まれている二足歩行進化の経緯と年代に関して、何らかの手掛かりが得られる可能性がある。現時点では、アルディピテクス・ラミダス(Ardipithecus ramidus)という約440万年前のヒト族が明らかに二足歩行をしていたことと2、約600万年前のサヘラントロプス・チャデンシス(Sahelanthropus tchadensis)3や700万〜600万年前のオロリン・トゥゲネンシス(Orrorin tugenensis)4というヒト科動物に二足歩行の兆候が見られることしか分かっていないのだ。これに対し今回のD. guggenmosiは、二足歩行が、系統樹上でヒト族が現生のチンパンジーやボノボを含む枝から分岐したとされる年代(約700万年前)のはるか前に進化したことを示唆しているように思われる。
「事態がここまで複雑になっているのは、『習慣的な二足歩行』以外に何をもってヒト族を定義付けるのか定まっていないからです」と、今回の研究の中心人物の1人であるエバーハルト・カール大学チュービンゲン(ドイツ)の古人類学者Madelaine Böhmeは語る。「我々の論文は、ヒト族の定義についてジレンマを生むかもしれません」。
樹上性の二足歩行動物
Böhmeは今回、トロント大学(カナダ)の古人類学者David Begunらと共に、ドイツ・バイエルン州の粘土採掘場で少なくとも4個体に由来するとみられるD. guggenmosiの骨を発見した。一連の化石標本は保存状態が良好で、大腿骨、脛骨、尺骨の他、複数の椎骨や手足の骨が含まれる。
D. guggenmosiの椎骨と脚の骨には、二足歩行を示唆する特徴がいくつも見られるという。例えば、一部の椎骨の形状は腰部が長く柔軟だったことを示唆しているが、これは現生人類に見られる特徴で、直立歩行時に胴体の重みを股関節の上へと引き寄せてバランスを保つのを可能にする。体重を支える同様の適応は、膝と足首にも複数認められた。また、大腿骨および脛骨の形状は股関節と膝が伸展していたことを示唆しており、これら一連の特徴は、この類人猿が後肢で日常的に全体重を支えて歩行していたとすれば筋が通る。
一方、D. guggenmosiの腕は長く、強靭で伸展しており、この特徴は現生のボノボなど懸垂型の類人猿に似ているが、手だけでなく足も枝をしっかりとつかむのに適していたと考えられる点は現生の類人猿とは異なる。Böhmeらはこれらを総合し、D. guggenmosiがおそらくは樹上性の類人猿で、後肢での歩行と前肢での懸垂とを組み合わせた独特な方法で動き回っていたと結論付け、この新たな移動様式を「四肢伸展型よじ登り(extended limb clambering)」と名付けた。
「この結論は理にかなっています。二足歩行に必要な要素が全てそろっていますから」と評価するのは、今回の論文の査読者の1人でもある、ダートマス大学(米国ニューハンプシャー州ハノーバー)の人類学者Jeremy DeSilvaだ。「これは、とても興味深い形で議論を巻き起こすでしょう。この論文に触発されて多くの研究が行われるはずです」。
だが、懐疑的な研究者もいる。ニューヨーク大学(米国)の古人類学者Scott Williamsは、D. guggenmosiの腰部が長くて柔軟だったと言い切るには、今回見つかった脊椎だけでは不十分だと話す。
また、アメリカ自然史博物館(ニューヨーク)の古人類学者Sergio Almécijaは、骨の形状から類人猿の動き方を明らかにするのは難しいと指摘する。実際、Almécijaらの研究チームは2018年、「ナックル(指背)歩行」と呼ばれる特徴的な四足歩行を行うとされてきたマウンテンゴリラで、指の背以外の手の部位を地面に着けて体を支えるという予想外の歩行様式を複数発見している5。「現生の動物でさえこうした発見があるのですから、断片的で変形した化石が相手では、問題はずっと難しいでしょう」とAlmécijaは語る。
祖先も二足歩行していた?
今回の論文が発表される数週間前には、Begunが参加した別の研究チームによって、ハンガリーで見つかった約1000万年前の化石類人猿Rudapithecus hungaricusの骨盤の解析結果が報告されており、その特徴から、R. hungaricusも腰部が長くて柔軟で、同じく樹上性の二足歩行動物だった可能性が示唆されている6。とすれば、ナックル歩行を行う現在のチンパンジーやゴリラが二足歩行をする祖先から進化した可能性、ひいては現生人類がD. guggenmosiのような類人猿から直接二足歩行を受け継いだ可能性も出てくる。
しかし、カタルーニャ古生物学研究所(スペイン・バルセロナ)の古生物学者David Albaは、D. guggenmosiの移動様式を人類の歩行様式の先駆けと考えることに警鐘を鳴らす。「あまりにも特殊な考えです。拡大解釈ではないでしょうか」と彼は言う。今回の研究では系統発生学的な解析は行われておらず、D. guggenmosiとヒト族との類縁関係がまだ明らかになっていないことを考えれば、なおさらだ。
DeSilvaは、D. guggenmosiは既知最古のヒト族化石よりもはるかに古いため、それらが直系の祖先–子孫関係にあると想定するのは軽率だろうと話す。とはいえ、今回のD. guggenmosi発見の重要性は、それがヒト族の二足歩行進化の中継地点を示す存在ではなかったとしても変わらないという。なぜなら、それは類人猿が二足歩行を複数回進化させたことを示唆することになるからだ。その場合、D. guggenmosiは、類人猿に二足歩行を促した条件や環境についての手掛かりをもたらす貴重な存在になるだろう。
翻訳:小林盛方
Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 1
DOI: 10.1038/ndigest.2020.200127
原文
Ancient ape offers clues to evolution of two-legged walking- Nature (2019-11-06) | DOI: 10.1038/d41586-019-03418-2
- Colin Barras
参考文献
- Böhme, M. et al. Nature 575, 489–493 (2019).
- Lovejoy, C. O., Suwa, G., Spurlock, L., Asfaw, B. & White, T. D. Science 326, 71 (2009).
- Senut, B. et al. C. R. Acad. Sci. IIa 332, 137–144 (2001).
- Brunet, M. et al. Nature 418, 145–151 (2002).
- Thompson, N. E. et al. Am. J. Phys. Anthropol. 166, 84–94 (2018).
- Ward, C. V., Hammond, A. S., Plavcan, J. M. & Begun, D. R. J. Hum. Evol. https://doi.org/10.1016/j.jhevol.2019.102645 (2019).
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