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はしかにかかると免疫の記憶が消える

フィリピンの病院で麻疹の治療を受ける子どもたち。 Credit: Ezra Acayan/Getty Images

2件の新たな研究から、子どもが麻疹ウイルスに感染すると、麻疹以外の疾患に関する記憶が免疫系から消去されてしまう可能性があることが明らかになった1,2。麻疹から回復した子どもは、麻疹ウイルスに感染する前なら防御できたかもしれない他の病原体に感染する可能性があるということだ。これらの研究は、2019年10月31日にScience1Science Immunology2で発表された。

2019年前半の世界の麻疹患者の報告数は、2006年以来最多となっている(2019年10月号「ワクチン接種の義務付けは慎重に」参照)。

ハーバードT. H. チャン公衆衛生大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の感染症免疫学者で、Science の論文の筆頭著者Michael Minaは、これらの研究は麻疹ワクチン接種の重要性を強調するものだと言う。

麻疹ウイルスは伝染性が高く、肺炎などの合併症を起こしやすい。ブリガム・アンド・ウィメンズ病院(米国ボストン)の免疫学者Duane Wesemannによると、麻疹ウイルスが免疫系に記憶喪失を誘発することは、それまでの研究で示唆されていたという。感染症に罹患すると、免疫系は病原体を撃退するための抗体を作る。感染症が治ると、その病原体のことを記憶している体内の特殊な免疫細胞は、同じウイルスや細菌が再び侵入してきたときに、体がより迅速に防御できるようにする。

記憶喪失の誘発

麻疹ウイルスへの自然感染による免疫抑制を研究していたMinaらは今回、オランダで行われたコホート研究3の試料のうち、麻疹を発症した77人(平均年齢9歳)の試料をさらに分析した。このコホート研究では、3つの学校のワクチン未接種児童について2013年の麻疹流行の前と後に血液が採取された。加えてMinaらは、新三種混合ワクチン〔麻疹、流行性耳下腺炎(おたふくかぜ)、風疹〕の初回接種を受ける幼児33人についても、接種前と後の血液を採取した。そして、数千種類のウイルス性物質や細菌性物質に対する抗体の量と相互作用の強度を測定できる検査を利用して、抗体を分析した。

研究チームは麻疹を発症したワクチン未接種児童について、治癒から2カ月後の試料を調べた。すると、体内の他の細菌やウイルスに対する抗体の11〜73%が消えていた。大きなばらつきがある理由は不明だが、麻疹ウイルスが免疫記憶を変化させることを示しているとMinaは言う。新三種混合ワクチンの接種を受けた子どもでは、これらの抗体の減少は見られなかった。

Minaらはマカク属サルを麻疹ウイルスに感染させて、他の病原体に対する抗体を5カ月にわたってモニターした。サルたちは過去に遭遇した病原体に対する抗体の40〜60%を失った。これは、麻疹ウイルスが骨髄の長期生存形質細胞(数十年にわたって病原体特異的な抗体を産生する細胞)を破壊することを示唆しているとMinaは言う。

Science Immunology に論文を発表した別の独立のチームによると、麻疹は特定の細菌やウイルスに遭遇したことを「記憶」する免疫細胞も一掃してしまうようである。Scienceの研究と同じワクチン未接種児童集団の血液試料を分析した研究者らは、麻疹ウイルスに感染した児童では、これらの「記憶」細胞が消滅していることを見いだした。

Science Immunology の研究を率いたウェルカム・サンガー研究所(英国ケンブリッジ州ヒンクストン)の免疫学者Velislava Petrovaは、今回の発見は、新三種混合ワクチンが麻疹以外の疾患も予防する仕組みを明確に示したと主張する。ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の遺伝学者で、Scienceの論文の共著者であるStephen Elledgeは、細菌やウイルスに再度曝露させれば、個々の病原体に対する抗体を再び獲得できると説明する。しかし、病原体への再度の曝露は、子どもによっては命に関わる可能性もある。

反ワクチン運動やインフラの問題によりワクチン接種率が低下している今、エール大学(米国コネチカット州ニューヘイブン)のウイルス免疫学者の岩崎明子は、今回の2つの研究がきっかけとなり、当局がより有効なワクチン政策に乗り出すことを期待している。「公立学校の子どもへのワクチン接種を義務化するべきだと思います」。

翻訳:三枝小夜子

Nature ダイジェスト Vol. 17 No. 1

DOI: 10.1038/ndigest.2020.200124

原文

Measles erases immune ‘memory’ for other diseases
  • Nature (2019-10-31) | DOI: 10.1038/d41586-019-03324-7
  • Giorgia Guglielmi

参考文献

  1. Mina, M. et al. Science 366, 599–606 (2019).
  2. Petrova, V. N. et al. Sci. Immunol. 4, eaay6125 (2019).
  3. Laksono, B. M. et al. Nature Communications 9, 4944 (2018).