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ノックアウトよりもノックダウンの方が影響が出る訳

Credit: isoft/E+/Getty

従来の知識からは、コードされたタンパク質を不活化する遺伝子改変(遺伝子を「ノックアウトする」こと)は、単に遺伝子の発現レベルを低下させるよりも重度の影響を及ぼすと考えられていた。しかし、この逆の場合が多く確認されており、実際に、ある1つの遺伝子のノックアウトでは影響が認識可能な形で表れないことがある一方で、その遺伝子の発現を低下させる「ノックダウン」では、大きな異常が引き起こされることがある1。この事象は、遺伝子のノックダウンに用いた試薬のオフターゲット効果、あるいは毒性効果が原因と分かることもある2が、常にそれで説明できるわけではなく3、その他の原因については分かっていなかった。このほど、このパラドックスに対する興味深い解答が、独立した2つの研究チームによりNature 2019年4月11日号で報告された。1つは、マックス・プランク心肺研究所(ドイツ・バートナウハイム)のDidier Y. R. Stainierが率いた研究4193ページ)で、もう1つは、浙江大学(中国杭州市)のZhipeng Maら5259ページ)による研究である。

両グループは、不活化された遺伝子に関連する遺伝子の転写を活性化する分子機構を特定した。この機構は、遺伝子ノックアウトを補償する分子機構でもあることが分かった。このような遺伝的補償応答の存在は、以前より先行研究で示唆されていた。中でも最も特筆すべき研究はStainierらの2015年の報告3で、ゼブラフィッシュのegfl7遺伝子のノックアウトにより、egf17がコードするタンパク質と関連するタンパク質をコードする遺伝子群の発現が上昇するというものである。この発現上昇応答は、egf17の変異によってのみ開始し、egf17のノックダウンによっては開始しない。これは、ノックダウンが生物学的異常を引き起こしたのに対し、ノックアウトは生物学的異常をほとんど引き起こさなかった理由の説明になる。他の遺伝子3,6についても同様の観察がなされていることから、一般的な補償機構が存在すると考えられる。

補償機構はどのように機能するのだろうか? StainierらもMaらも、ゼブラフィッシュ胚においてさまざまな変異の影響を調べることで、補償遺伝子群の発現上昇は、未成熟終止コドン(premature termination codons;PTC)として知られる短いヌクレオチド配列を作り出す変異によって特異的に開始することを明らかにした。ナンセンスコドンとしても知られるこれらの配列は、メッセンジャーRNAのタンパク質への翻訳の早期停止を引き起こす合図となる。従って、この発現上昇応答は、ナンセンス変異誘導性転写補償(nonsense-induced transcriptional compensation;NITC)と名付けられた。

NITCにおけるPTCの役割には、ナンセンス変異依存RNA分解(nonsense-mediated RNA decay;NMD)と呼ばれるRNA分解経路が関与していると考えられている。これはNMDもPTCによって開始するからである7。Stainierらは、この仮説を裏付けるものとして、NMDに関与する主要な因子の1つでUpf1と呼ばれるタンパク質が、NITCにも必要であることを見いだした。またMaらは、NMDを開始させないPTCはNITCも開始させないことを見いだしている。両グループの発見により、この仮説がさらに裏付けられた。

この2つの論文は、NITCを開始させるのが、変異遺伝子から作り出されたPTCを含むmRNAであると解釈できるいくつかの証拠を示している(図1)。例えば両グループは、変異遺伝子の転写が低下すると、NITCが大きく抑制されることを見いだした。Stainierらは、PTCを含むmRNAがNITCを誘導するためにはNMDによって分解されなければならないという証拠として、本質的に不安定な「キャップされていない」mRNAをゼブラフィッシュ胚に注入するとNITCが誘導されたが、安定な「キャップされた」mRNAの注入ではNITCが誘導されないことを示した。

図1 変異によって誘導される生物学的補償機構の提案
Stainierら4とMaら5は、短縮型のタンパク質(機能しないタンパク質であることが多い)の産生につながる遺伝子変異により、間接的に関連遺伝子の発現が活性化され、機能的補償が提供されることを報告した。
a この過程を開始させることが観察された変異は、翻訳が途中で終了するメッセンジャーRNA分子の産生につながるDNA配列(赤い星印)を持つ。
b このような配列は、ナンセンス変異依存RNA分解(NMD)と呼ばれる過程によってmRNA分解も開始させる。NMDは補償応答に関与することが、両研究で示された。
c StainierらはNMDによって生じたmRNA断片が関連遺伝子の相補的ヌクレオチド配列に選択的に結合して、まだ解明されていない調節因子をそこへ運び込むことで転写を誘導すると提案している。これらの因子の1つは、Upf3aであるかもしれない。MaらによりNMD因子であるUpf3a が転写補償機構に重要であることが示されたからだ。またMaらは、Upf3aがCOMPASSタンパク質複合体と相互作用することも示した。COMPASS複合体は、核において遺伝子をパッケージングしているヒストンタンパク質の1つ(H3)を修飾することで、遺伝子の転写を活性化する。両グループは、COMPASS複合体が遺伝的補償応答に不可欠であることを見いだした。

両グループは、NITCが、変異遺伝子の祖先遺伝子と関連のある遺伝子の転写上昇によって仲介されていることを見いだした。このようなパラログ遺伝子の転写上昇は、H3K4me3(ヒストンH3と呼ばれるDNA結合タンパク質の転写誘導型)8による遺伝子のプロモーター領域の占有亢進を伴っていた。次に両グループは、NITCが、H3K4me3の形成を触媒するCOMPASSタンパク質複合体8に依存していることを見いだした。このH3修飾がパラログ遺伝子の転写上昇に役割を担っているというさらなる証拠が示されたわけだ。

分解されるmRNAが、無関係な遺伝子の転写を開始させることなく自身と類似した遺伝子の転写上昇を特異的に開始させる仕組みはどのようなものだろうか? Stainierらは、細胞質でのRNAの分解に必要ないくつかの因子が核で転写調節因子としても機能しているという知見9に基づいて、PTCを含むmRNAに結合するRNA分解因子が細胞質から核に移動し、ヒストン修飾因子を誘導して、関連遺伝子の転写を活性化するというモデルを提案した。特異性は、NMDによって作り出されたRNA断片からもたらされ、これがパラログ遺伝子の相補的ヌクレオチド配列に結合する(図1)。このモデルに照らすと、ある遺伝子の変異型コピーと野生型コピーの両方を有するヘテロ接合性ゼブラフィッシュでは、野生型遺伝子の発現が上昇することも予測される。そして実際に、両グループはこのモデルが事実であることを突き止めた。

この2つの論文の間には重要な相違もある。Stainierらはupf1遺伝子のノックアウトによってNITCが阻止されることを見いだしているが、Maらは、Upf1のノックダウンでも、NMD因子であるUpf2やUpf3bのノックダウンでも、NITCは低下しないことを観察している。この明らかな相違が、Upf1を攪乱するために異なる手法を用いたことや、異なる遺伝子にPTCを導入したことに起因するのか、あるいは他の要因によって生じたのかはまだ分かっていない。

一方Maらは、NITCにはUpf3aタンパク質が必要であるという興味深い発見を報告している。Upf3aは、これまでにNMD因子であることが報告されていて10、分解の標的であるmRNA依存的に、NMDを抑制あるいは中程度に促進するとされているが、よく分かっていない。Maらは、Upf3aがCOMPASS複合体のいくつかの構成要素と相互作用して、発現上昇したパラログ遺伝子のプロモーター領域においてH3K4me3の占有を亢進させることを見いだした。これらの知見からMaらは、Upf3aがCOMPASS複合体をパラログ遺伝子のプロモーターに誘導することで、遺伝子の転写活性化に関与するH3K4me3標識が生成されると提案している。

NITCの発見は、将来、遺伝学的研究の解釈法や実施法を恐らく変化させるだろう。例えば、健康なヒトには一般的にいくつかの機能喪失変異があるという予想外の発見11は、NITCによる補償で説明できる可能性がある。また、遺伝的改変を伴うモデル生物を構築する際には、生物学的異常が表れないという状況を避けるために、NITCを開始させない変異体を作製することが重要になると考えられる。実際に、多くのノックアウトマウスに生物学的変化がほとんど表れない理由がNITCで説明される可能性がある。というのは、化学物質を用いて同一の標的を遮断あるいは活性化すると大きな影響が表れるからだ12,13

Stainierらは、NITCがゼブラフィッシュ胚だけでなくマウス細胞株でも保護的な補償を行うことを実証した。さまざまな生物における遺伝子ノックアウトでは、対応する遺伝子ノックダウンよりも生じる異常の重症度が低いこと1を考えると、NITCの範囲はさらに大きく拡大されるかもしれない。特定の生物でNITCが機能する範囲はどのぐらいだろうか? StainierらとMaらは、変異するとNITC機構を開始させる遺伝子を両グループ合計で、ゼブラフィッシュで8つ、マウスで4つ突き止めているが、この事象が大部分の遺伝子の特性であるかどうかは分かっていない。また、NITCの強度や特異性を左右する要因も分かっていない。両グループは、NITCを弱くしか開始させない、いくつかの特異的な変異遺伝子や変異も特定している。このことから、NITCを調節する、まだ明らかになっていない要因があると考えられる。

NITCは生物に、変異に応答できるロバスト性を付与する有利な機構をもたらす。実際に、遺伝子が変異によって完全に不活化されたときでさえ、NITCは希望となる。作家であるヘンリー・デイヴィッド・ソロー(Henry David Thoreau)の言葉を借りれば「心穏やかに、十分準備ができているなら、打ちのめされても必ず埋め合わせられる道が見つかるのだ」。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 7

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190732

原文

Genetic paradox explained by nonsense
  • Nature (2019-04-11) | DOI: 10.1038/d41586-019-00823-5
  • Miles F. Wilkinson
  • Miles F. Wilkinsonは、カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国ラホヤ)に所属。

参考文献

  1. El-Brolosy, M. A. & Stainier, D. Y. R. PLoS Genet. 13, e1006780 (2017).
  2. Kok, F. O. et al. Dev. Cell 32, 97–108 (2015).
  3. Rossi, A. et al. Nature 524, 230–233 (2015).
  4. El-Brolosy, M. A. et al. Nature 568, 193–197 (2019).
  5. Ma, Z. et al. Nature 568, 259–263 (2019).
  6. Zhu, P. et al. J. Genet. Genom. 44, 553–556 (2017).
  7. Popp, M. W.-L. & Maquat, L. E. Annu. Rev. Genet. 47, 139–165 (2013).
  8. Howe, F. S., Fischl, H., Murray, S. C. & Mellor, J. BioEssays 39, 1600095 (2016).
  9. Haimovich. G. et al. Cell 153, 1000–1011 (2013).
  10. 10. Shum, E. Y. et al. Cell 165, 382–395 (2016).
  11. MacArthur, D. G. et al. Science 335, 823–828 (2012).
  12. Brooks, P. C. et al. Cell 79, 1157–1164 (1994).
  13. Bader, B. L., Rayburn, H., Crowley, D. & Hynes, R. O. Cell 95, 507–519 (1998).