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コウモリインフルエンザウイルスの宿主細胞受容体の特定

Credit: Johner Images/Gatty

コウモリは、ウイルスにとって素晴らしい宿主である。数が多く(地球上の全哺乳類の20%を占める)、多産である(コロニーには最大で2000万個体が存在する)ためだ。コウモリは、家畜やヒトに蔓延し得る危険な病原体を保有している。エボラウイルス、SARSウイルス、ニパウイルスは全て、直接あるいは中間宿主を介して、コウモリからヒトに持ち込まれたものである1。コウモリがA型インフルエンザウイルスを保有しているという2012年の発見2は驚くべきものであった。インフルエンザウイルスは動物からヒトに感染しやすく、パンデミックを引き起こして深刻な結果をもたらすことがよく知られている3からだ。このほどチューリヒ大学(スイス)のUmut Karakusらは、コウモリインフルエンザウイルスが宿主に感染する際に利用する細胞受容体が、広範な生物種における類似性が極めて高いタンパク質であることを見いだし、Nature 2019年3月7日号109ページで報告した4。この知見は、コウモリが保有しているインフルエンザウイルスによってもたらされるヒトや動物の健康リスクを定量化するための重要な一歩となる。

野鳥は、ほとんどのA型インフルエンザウイルスの天然宿主である。鳥インフルエンザウイルスは、鳥への感染の際、細胞への侵入受容体として宿主細胞表面のタンパク質糖鎖末端のシアル酸を用いる(図1)。ヒトの気道を覆う細胞表面のタンパク質糖鎖の末端もシアル酸だが、鳥ではシアル酸のタンパク質糖鎖への結合様式がわずかに異なる。鳥インフルエンザウイルスは、ウイルス粒子表面でスパイク(突起)を形成しているヘマグルチニンという糖タンパク質を使って、宿主細胞受容体であるシアル酸と相互作用するが、ヘマグルチニンに変異が生じると、ヒト間で空気感染する能力を獲得することがある。ただし異種間の感染には、ウイルスが感染するのに最適な受容体との結合が必要であるため、これが重要な障壁となり、鳥由来のインフルエンザのパンデミックはヒトで頻繁には起こらない3

図1 インフルエンザウイルスによる感染
Karakusら4は、コウモリインフルエンザウイルスが、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)クラスIIというタンパク質複合体を受容体として用いて細胞に侵入し、宿主に感染できる、また、複数の異なる種に由来するMHCクラスIIであっても感染できることを報告した。対照的に、鳥インフルエンザウイルスやヒトインフルエンザウイルスは、細胞表面のシアル酸を受容体として用いる。鳥インフルエンザウイルスは、ヒトのシアル酸を受容体として効率的に用いることができず、そのためヒトの細胞には容易に感染しない。

コウモリインフルエンザウイルスが発見されるまで、既知のA型インフルエンザウイルスは全て、シアル酸を用いて宿主に感染すると考えられていた。しかし、コウモリインフルエンザウイルスは細胞への侵入の際にシアル酸を用いないという衝撃的な事実が明らかになり、その受容体を特定しようと探索が行われた。

この未特定の受容体はタンパク質であると考えられていた5ことから、今回Karakusらは2つの遺伝的手法を開発して受容体を探索した。1つは、人工ウイルス(ウイルス様粒子の表面にコウモリインフルエンザのヘマグルチニンを発現する)に対して感染抵抗性を示す細胞と感受性を示す細胞の間で、全遺伝子発現の比較を行うというものだ。この手法で抵抗性細胞と感受性細胞で発現に差のあるメッセンジャーRNAが複数特定され、これらは細胞表面タンパク質をコードしていることが分かった。もう1つは、感受性細胞のさまざまな遺伝子の発現をCRISPR遺伝子編集技術を用いて変異させることで阻害し、どの遺伝子の発現を喪失すると人工ウイルスの細胞への侵入を阻止できるかを特定する、というものだ。後者の手法からも同じ結論が導かれた。コウモリインフルエンザウイルスの宿主細胞への侵入は、ウイルスのヘマグルチニンと、主要組織適合遺伝子複合体(MHC)クラスIIというタンパク質複合体との結合を介していたのである。

MHCクラスIIタンパク質は、免疫系の重要な構成要素である。各複合体は1つのα鎖と1つのβ鎖から構成される。この複合体は、特殊化した免疫細胞の表面で、侵入した細菌やウイルス由来の分子などの「外来」分子を提示する。この過程は抗原提示と呼ばれる。こうした外来分子が他の細胞に認識されると、感染病原体に対する免疫応答が引き起こされる。

Karakusらがヒト細胞にヒト、マウス、ブタ、ニワトリのMHCクラスIIを発現させたところ、それらが全てコウモリインフルエンザウイルスのヘマグルチニンの受容体として機能することが観察された。この発見は重要である。受容体の種ごとの差異がコウモリインフルエンザウイルスの異種間感染の障壁とはならない可能性を示しているからだ(図1)。また、コウモリとヒトとの接触は一般的には少ないが、新たに特定されたコウモリインフルエンザウイルスでは、ヒト集団への侵入経路の1つとして家畜を介した感染が浮かび上がった。これは、鳥インフルエンザウイルスがヒトでのパンデミックを引き起こした時の経路を想起させる。

コウモリインフルエンザウイルスが、これほど広範な種のMHCクラスIIタンパク質を利用できるという結果は、まず驚きだろう。しかし、ニワトリMHCクラスIIの複数のα鎖は、哺乳類α鎖の1つのタイプと類似している6。このような類似性から、MHCクラスIIのどの分子ドメインがウイルスヘマグルチニンとの相互作用に直接関わるかに関する手掛かりが得られるかもしれない。

MHCクラスIIタンパク質がウイルス受容体となると分かったことで、さらなる疑問が浮かび上がる。受容体の選択は、進化的な利点となるのだろうか? ウイルスは、受容体としてMHCクラスIIを乗っ取ることで、感染個体の免疫監視を回避できる可能性がある。実際、エプスタイン・バーウイルスが特定のヒト免疫細胞に感染する際には、MHCクラスIIタンパク質を用いており、このウイルスと受容体との結合は免疫系の応答能力を減弱させる7。多くのウイルスは細胞に感染するとすぐに、他のウイルス粒子が侵入に用いる受容体の発現を妨げたり、受容体そのものを破壊したりすることで、他のウイルス粒子が細胞に接着するのを阻止し、自身のさらなる伝播を可能にしている。ノイラミニダーゼと呼ばれる別のスパイクタンパク質を用いて、感染細胞から他のウイルスの受容体となるシアル酸を除去するインフルエンザウイルスも存在する。ノイラミニダーゼはコウモリインフルエンザウイルスにも存在するが、その機能は分かっていない。

ウイルスが感染できる細胞や組織は、どの受容体を用いるかによって決まることが多い。MHCクラスIIタンパク質は通常、免疫細胞に発現していると考えられているが、Karakusらはマウスにおいて、コウモリインフルエンザウイルスが上気道を覆う上皮細胞に発現するMHCクラスIIを介して感染することを示した。上皮細胞が感染の標的であるかどうかを天然宿主において確かめることは難しいが、取り組む意義はある。コウモリの特定の組織へのウイルス感染が、動物からヒトへの伝播の可能性に影響するかもしれないからだ。

興味深いことに、コウモリの種間で容易に伝播するウイルスは、ヒトへと伝播する可能性も高い8。唾液、尿あるいは糞便中に排出されたウイルスは、空気感染経路よりも容易にヒトへ伝播するかもしれない。注目すべきは、気道上皮のMHCクラスIIタンパク質の発現レベルである。この発現は通常は低いが、ウイルス感染時など特定の状況下で上昇する9。従って、ヒトや動物が他のウイルスに感染していることが、インフルエンザに感染したコウモリに曝露されたときの感染感受性に影響する可能性がある。

ウイルスが利用できる受容体が宿主で制限されないと考えられること4、コウモリインフルエンザウイルスの複製を担う酵素はヒト細胞でうまく機能すること2を考えると、コウモリインフルエンザウイルスによるヒトへの感染がこれまで起こっていないのは、単に機会がなかっただけかもしれない。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 6

DOI: 10.1038/ndigest.2019.190634

原文

Receptor for bat influenza virus uncovers potential risk to humans
  • Nature (2019-03-07) | DOI: 10.1038/d41586-019-00580-5
  • Wendy S. Barclay
  • Wendy S. Barclayは、ロンドン大学インペリアルカレッジ(英国)に所属。

参考文献

  1. Plowright, R. K. et al. Proc. R. Soc. B 282, 20142124 (2015).
  2. Tong, S. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 109, 4269–4274 (2012).
  3. Long, J. S., Mistry, B., Haslam, S. M. & Barclay, W. S. Nature Rev. Microbiol. 17, 67–81 (2019).
  4. Karakus, U. et al. Nature 567, 109–112 (2019).
  5. Wu, Y., Wu, Y., Tefsen, B., Shi, Y. & Gao, G. F. Trends Microbiol. 22, 183–191 (2014).
  6. Salomonsen, J. et al. Immunogenetics 55, 605–614 (2003).
  7. Ressing, M. E. et al. Proc. Natl Acad. Sci. USA 100, 11583–11588 (2003).
  8. Luis, A. D. et al. Ecol. Lett. 18, 1153–1162 (2015).
  9. Wosen, J. E., Mukhopadhyay, D., Macaubas, C. & Mellins, E. D. Front. Immunol. 9, 2144 (2018).