小さなチームの科学は破壊的で美しい
Credit: Witthaya Prasongsin/Moment/Getty
現在、科学技術のあらゆる分野で大規模なコラボレーションが増加傾向にあり、「大きなチーム」による研究活動は科学を活性化できると考えられている。こうした考えの根拠は、被引用数と研究チームの規模との間に存在するロバストな相関性に負うところが大きく、この関係は「科学の科学」という新興分野で十分に立証されている1。しかし、研究チームの規模の違いが、科学技術の発展や知識の探求においてどのような意味を持つかは分かっていなかった。今回シカゴ大学(米国イリノイ州)のLingfei Wuら2は、引用に基づく新たな指標を用いて膨大な文献データを解析することで、「大きなチームの研究はインパクト(影響度)が高い」とする一般通念に新たな意味合いを加えている。それによると、小さなチームと大きなチームとでは、科学技術にもたらす「破壊」の程度に明瞭かつ系統的な違いがあるという。この成果は、Nature 2019年2月21日号378ページで報告された。
科学者と引用数指標との間には、古くから愛憎相半ばする関係がある。誰かを評価して推奨するとき(それが個人ではなくチームであっても)、研究者たちはなぜ、論文や特定の科学者によって示された科学的洞察を用いて議論せずに、被引用数という妥当性が不確かな代理指標に頼るのだろうか。それでいてこの被引用数は、研究者同士の評価をまさに符号化したものであるために、科学事業を円滑に機能させているさまざまな制度や規範の複雑な絡み合いにおいて、中心的な位置を占めている。
だが一体、引用とは何を意味するのだろうか。科学者が過去の研究成果を引用する理由は多岐にわたる。例えば、知的な恩義への謝意を表すためである場合もあれば、それよりは少ないものの、先行研究を批判するためである場合もある3。引用という行為はまた、査読者や編集者に取り入るための戦略的配慮や、関連分野の権威の名をその実質的な研究内容に触れずに引用するといった社会的地位に基づく配慮を反映したりする場合もある。加えて、被引用数には研究分野の規模や領域間引用の規範が明らかに影響しており、これが異なる分野間あるいは下位分野間の科学者の比較を難しくしている。
21世紀に入り、h指数4や相対引用率(RCR)5などの新しい引用数指標が提案されるようになったが、これらの代替指標にもそれぞれ欠点がある。例えば、h指数は個々の論文ではなく著者ごとに決まるため、その著者の最もよく引用された成果については、その影響度が過小評価されることになる。また、RCRは論文の被引用数を研究分野ごとの「被引用期待値」の計数によって正規化するが、その論文がどの分野に属するかの判断は主観的なものになる場合がある。
今回のWuらの論文は、こうした現状に新風を吹き込むものとなった。彼らは、ある発明がそれまでの技術開発の流れを乱すものなのか、それとも現状を強化するものなのかを評価するために最近開発された、特許引用に基づく指標6を科学技術の領域へと拡張し、「科学技術の破壊度」という指標を提案して、その検証を行っている。この指標の背後にある発想は至って単純だ。ある特定の論文を見たとき、それを参考文献として引用した後続論文がその特定の論文の参考文献も同様に多数引用している場合、その論文は関連する科学領域を強化していると見なすことができる。一方で、その逆、つまり特定の論文を参考文献として引用した後続論文が特定の論文の知的祖先(参考文献)まで言及していない場合、その論文は関連領域を破壊していると見なすことができる。
この破壊度の指標は、論文の根底にある内容の特徴を反映しており、被引用数の総計によって捉えられてきたこれまでの影響度とは明確に区別できる。例えば、この指標に基づくと、ノーベル賞に直接寄与した論文の破壊度は高い傾向があるのに対し、その対極となる総説論文の破壊度は低く、関連領域を強化する傾向があることが分かった。
この新たな指標を用いて、Wuらはあるロバストで顕著な経験的事実を明らかにしている。それは、大きなチームと小さなチームとでは行う研究のタイプが明らかに異なり、小さなチームは大きなチームよりも破壊的な論文を発表する可能性がはるかに高い、というものだ(図1)。この知見は、論文だけでなく、特許、そしてデータとコードをウェブ上で共有するソフトウエア開発サイト「GitHub」で公開されているコード断片にも当てはまり、また、被引用数分布の全ての分位でも同様だった。さらに論文の場合は、生物科学から物理科学、さらには社会科学まで、あらゆる科学分野で当てはまることが示された。
図1 小さなチームは科学に対して大きなチームよりも破壊度の高い貢献をする。
今回Wuら2は、科学論文の被引用数の中央値(赤色の線)はチームの規模が大きくなるにつれて上昇するのに対し、引用に基づく指標6によって決まる、論文の破壊度パーセンタイルの平均値(緑色の線)はチームが大きくなるにつれて低下することを明らかにした。この解析は、1954~2014年に発表されWeb of Scienceデータベースにインデックスされている研究論文2417万4022編に基づいている。同様の関係は、特許やソフトウエアのコード断片にも認められた(図中には示されていない)。 Credit: Ref.2より改変
懐疑的に考えれば、大きなチームと小さなチームの間には破壊的な潜在能力と相関するような検出されていない差異があるのではないか、という異論も出てくるだろう。これはつまり、チームの規模によってそれを構成するメンバーの性質が異なる可能性を意味し、例えば、小さなチームでの研究を好む科学者にはそもそも、自身の研究領域での方向性を破壊する傾向がある可能性もある。ところが興味深いことに、Wuらが今回明らかにしたチームの規模とその研究の破壊度との関係は、個々の科学者による異なる複数の研究でも見いだされた。名寄せ(同一人物を特定してデータを統合)した約3800万人の科学者とその研究論文という大規模なデータサンプルを解析した結果、同一の科学者でも、小さなチームで研究しているときと大きなチームで研究しているときでは研究の破壊度が異なり、大きなチームで研究を行った場合はそのプロジェクトがより関連分野を強化するものであることが明らかになったのだ。
これらの結果は3つの点で重要だ。1つ目は、今回の研究によって、新たな資金提供の機構など、科学の進歩の速度と方向性に影響を与え得る政策や介入の影響度を評価するための、実証済みの指標が得られた点である。
2つ目は、こうした結果が、研究室間そして特に異分野間のコラボレーションを「資金提供機関が受け入れて称賛すべき不可避の傾向」と見なしがちな時代精神を是正するものであることだ。Wuらの研究は、科学の持続的な進歩には急進的な貢献と漸進的な貢献の両方が必要であり、そうした貢献につながる研究は、恐らくさまざまなタイプのチームで行われるのが好ましいということを、我々に気付かせてくれた。
3つ目は、一連の結果が、研究者たちが引用数指標への隷従と被引用数データの完全な無視のいずれかを選ばなければならないわけではないことを示している点だ。科学者たちはむしろ、引用数指標を使うか使わないかという両極の選択に頭を悩ませるのではなく、より有益な指標の開発を後押しし、そうした指標がどのように解釈され、使われるかに注意を払うべきだろう。
全ての新指標に言えることだが、今回の破壊度指標もまた、批判なしに受け入れるべきではない。この指標は後続の文献による引用に依存しており、研究成果が発表されてからその文献の引用が蓄積されるまで、十分な時間が経過しなければ決定できない。そのため、引用の蓄積に時間がかかる分野では指標の適用性に限界があり、直近の政策の影響度を評価するツールとしての使用も限られてしまう。さらにWuらの論文では、「小さなチームの研究は、なぜ破壊的なものになる傾向が強いのか」という機構的な疑問も未解決のままである。小さなチームと大きなチームとでは、構成メンバーの技能、経歴、経験にどれだけ重なりがあるのか。小さなチームにおける共同研究者間の才能の差異は、大規模なコラボレーションで見られるものよりもいくらか顕著なのか。今後の研究では、こうした疑問にも答えることが必要だろう。
Studying the research outputs of different sized teams
Reporter Nick Howe speaks with social scientists James Evans and Pierre Azoulay to find out how team size can affect research outputs
翻訳:小林盛方
Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 5
DOI: 10.1038/ndigest.2019.190533
原文
Small research teams ‘disrupt’ science more radically than large ones- Nature (2019-02-21) | DOI: 10.1038/d41586-019-00350-3
- Pierre Azoulay
- Pierre Azoulayは、マサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)に所属。
参考文献
- Wuchty, S., Jones, B. F. & Uzzi, B. Science 316, 1036–1039 (2007).
- Wu, L., Wang, D. & Evans, J. A. Nature 566, 378–382 (2019).
- Catalini, C., Lacetera, N. & Oettl, A. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 112, 13823–13826 (2015).
- Hirsch, J. E. Proc. Natl. Acad. Sci. USA 102, 16569–16572 (2005).
- Hutchins, B. I., Yuan, X., Anderson, J. M. & Santangelo, G. M. PLoS Biol. 14, e1002541 (2016).
- Funk, R. J. & Owen-Smith, J. Mgmt Sci. 63, 791–817 (2017).
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