出版社は引用情報を公開せよ
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評価指標(例えば、被引用数)に基づいて科学者がランク付けされ、報酬を得ている状況では、できれば少しでも評価点を上乗せしたいと考える科学者が出てくる。Nature 2019年9月12日号174ページでは、論文の査読者が、自分の論文を引用することを論文著者に繰り返し要求した複数の事例について、エルゼビア社が調査していることが報じられている。
これは、決して特殊な事例ではない。Nature 2019年8月29日号の記事(578~579ページ)では、被引用数の多い科学者上位10万人のうち少なくとも250人は、その被引用数の50%以上を自身の論文もしくは共著者の論文で稼いでいたという分析結果について取り上げている。50%以上というのは、これらの科学者の研究分野やキャリア段階における通常の割合よりもかなり大きかった。
こうした事例は、驚くべきことでもない。計測システムがゲーム化することはよく知られているおり、経済学でグッドハートの法則と呼ばれる。この名称は、この概念を記述した経済学者チャールズ・グッドハート(Charles Goodhart)に由来する。この法則は、人類学者マリリン・ストラザーン(Marilyn Strathern)によって精緻化され、1つの指標が目標になってしまうと、もはや良い指標でなくなると記述された。
こうした状況に対する分かりきった解決策の1つは、研究機関と研究資金配分機関が、研究者を評価する際に、被引用数指標を「重要性」や「質」の代理指標として使わないことだ。2019年8月に実施されたNature のオンライン意見調査で、過剰な自己引用を抑制するためにできることがあるとすれば、それは何かという問いに対して、1人の読者が「つまらない数字いじりはやめろ」と語気を強めて回答した。評価指標に基づく分析は、確かに研究に関する有益な知見をもたらす。しかし、被引用数による評価指標に従って科学者に報酬を与えるという評価手順は、それをゲームと考える者を生み出すようになっているのだ。
総合的に考えると、過剰な自己引用はささいな問題であり、特に対応する必要はないともいえる。Nature のオンライン意見調査に回答した5000人を超える読者の10%は、何もする必要はないと答えた。ある回答者は、「自己引用する研究者については、現役の研究者自身の手で結論を導き出せるようにし、評判が自然に形成されるようになればよい」と記している。
これに対して回答者の大部分は、被引用数による指標について、有用だがその展開において微妙な差異がもっと明らかになるようにし、また、自由に利用できるようにもすべきだと感じている。最も多かった回答は、自己引用が除外されるように被引用数による指標を調整すべきだというものと、自己引用率を他の指標とともに発表すべきだというものだった(「数のゲーム」参照)。全体として回答者は、自己引用を含めることが適切な場合とそうでない場合を自身で判断できるようにしてほしい、また、さまざまな分野間で自己引用を比較できるようにしてほしいと考えていた。
数のゲーム
Nature の意見調査では、「過剰な自己引用を抑制するためにできることがあるとすれば、それは何か」という質問をした。回答者は、被引用数による指標は有用だが、その展開において、微妙な差異がもっと明らかになるようにし、自由に利用できるようにもすべきだと答えた。
5575人の回答者のうち、2183人がh指数のような被引用数指標から自己引用を除外すべきだと回答し、1541人が研究者の自己引用率を発表すべきだと回答し、968人が学術誌は適切なレベルの自己引用に関する規定を定めるべきだと回答した。何もしないでよいと回答したのは565人で、その他は318人。
しかし、ここに深刻な問題がある。多くの論文被引用数データは、各出版社独自のデータベースの中に封じ込められているのだ。2000年以降、研究論文の参考文献情報をクロスレフ(Crossref)に登録する出版社が増えてきている。クロスレフは、ウェブ上の論文を識別する文字列であるデジタルオブジェクト識別子(DOI)を登録する非営利機関だ。ただし、全ての出版社が自社保有の参考文献リストを公開して、誰でもダウンロードして分析できるようにすることを許可しているわけではない。現在のところ、クロスレフに登録された約4800万の論文のうち、参考文献リストが公開されているものは全体の59%にすぎない。
それでも解決策はある。学術引用データの公開を促進することを目的としたInitiative for Open Citations(I4OC)が2017年に設立されたのだ。2019年9月1日現在、会員企業はセイジ出版やテイラー&フランシス、ワイリーをはじめとして1000社を超え、シュプリンガー・ネイチャーも2018年に加盟した。一方、米国化学会とエルセビア社、そして最も大きな米国電気電子学会(IEEE)は、I4OCに加盟していない。
I4OCの共同設立者であるDavid Shotton(英国のオックスフォード大学オックスフォードeリサーチセンター)は2018年1月に、全ての学術出版社がI4OCに加盟することを強く求めた(Nature 2018年1月11日号129ページ参照)。この業界の全社が加盟すべきだと我々も考える。過剰な自己引用を排除することはできないが、研究者であろうとなかろうと、誰もが自由に引用データにアクセスできるようになれば、これまで判然としなかった部分を明らかにするのに役立つだろう。I4OCに学術誌の参照文献情報が今よりもっと増えねば、自己引用データを分析するために必要なこのような取り組みは中途半端に終わってしまう。
翻訳:菊川要
Nature ダイジェスト Vol. 16 No. 12
DOI: 10.1038/ndigest.2019.191241
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