熱帯低気圧の動きが全球的に鈍化
動きの鈍い熱帯低気圧がこの70年で増加していたことが、熱帯低気圧の速度を全球的に解析した初の研究により報告された。2017年8月に米国テキサス州東部に1週間近くとどまったハリケーン「ハービー」のように、熱帯低気圧が特定の地域に長く停滞するとその地域での降水量が増え、被害がより深刻になる可能性が高まる。
米国海洋大気庁(NOAA)気象衛星共同研究所(ウィスコンシン州マディソン)の気候科学者James KossinがNature 2018年6月7日号で発表した論文1によると、熱帯低気圧の移動速度の平均値は、1949年の時速19km以上から2016年の時速約17kmへと、全球で約10%低下していた。陸域では、北太平洋西部の地域に影響を及ぼす熱帯低気圧に30%の減速が見られ、北大西洋とその沿岸部、オーストラリアでは約20%減速している。「この変化は顕著といえます」とKossinは言う。過去の研究から、地球温暖化の影響で熱帯の大気循環が減速する可能性が示唆されていたため、彼は気流によって移動する熱帯低気圧の速度も低下しているかを調べることにした。
Kossin によれば、熱帯低気圧の移動速度が10%遅くなれば、通過する地域の降水量は10%増えるという。最近の全球シミュレーションでは、気温の上昇1℃ごとに降水量は最高10%増加すると推定されているため、温暖化の影響でこの傾向が強まる恐れもある。
NOAA地球物理流体力学研究所(米国ニュージャージー州プリンストン)の気象学者Tom Knutsonは、今回の研究について、興味深い結果ではあるものの、熱帯低気圧の減速が人為的な気候変動によるものか、自然変動によるものかは不明だと述べる。熱帯の大気循環の減速が全球の熱帯低気圧の移動速度に影響を及ぼすかも現時点では不明だ。Knutsonの研究チームが構築した気候モデルは将来大西洋で生じるハリケーンをシミュレートできるが、モデルの微調整で大気循環を減速させても、熱帯低気圧の減速は予測されないという2。
米国立大気研究センター(コロラド州ボールダー) の気候科学者Kevin Trenberthは、信頼性の低いデータが使用された可能性を指摘する。全球の熱帯低気圧の衛星による追跡が開始された1960 年代後半より以前に取得したデータは信頼性が低い可能性があるため、考慮に入れない方がいいという。
しかしKossinは、熱帯低気圧の移動速度に関するデータは、頻度や強度に関するデータよりも、観測技術の精度に依存する度合いが低いと反論する。さらに、2018 年5月に発表された別の研究で、過去に観測された熱帯低気圧のうちいくつかについて、より温暖な時期に発生していた場合には移動速度がもっと遅かった可能性が示され3、Kossinは自分の研究結果にさらに確信が持てたという。
翻訳:藤野正美
Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 9
DOI: 10.1038/ndigest.2018.180913
原文
Hurricanes slow their roll around the world- Nature (2018-06-06) | DOI: 10.1038/d41586-018-05324-5
- Giorgia Guglielmi
参考文献
- Kossin, J. Nature 558, 104–107 (2018).
- Knutson, T. R. et al. J. Clim. 26, 6591–6617 (2013).
- Gutmann, E. D. et al. J. Clim. 31, 3643–3657 (2018).
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