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シングルセル解析の新たな計測技術を開発

二階堂 愛、林 哲太郎、尾崎 遼、梅田 茉奈

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 5 | doi : 10.1038/ndigest.2018.180522

生命科学の研究方法として、「シングルセル(単一細胞)解析」が大きな注目を浴びている。臓器に含まれる細胞を個別に解析していく研究方法であり、細胞集団を解析して平均値を捉えるこれまでの手法では見逃されてきた新しい細胞種、また、これまでにないレベルでの細胞機能を解明できるようになった。この分野で新技術の研究・開発を進める二階堂愛・理化学研究所ユニットリーダーと、今回の完全長RNAの解析技術「RamDA-seq」の開発を担った林 哲太郎研究員たちに話を伺った。

–– 「シングルセル(単一細胞)解析」は、なぜそんなに注目されているのでしょうか。

二階堂: 伝統的な生物学の研究方法では、臓器に含まれる複数の細胞種をまとめてすりつぶし、それを実験に用いました。ところが、ゲノム解析技術などの進歩により、微量の物質を精度よく、しかも高速で計測できるようになり、細胞1個1個を分離して別々に解析することが可能になってきたのです。すると、予想以上に細胞種が多様であること、さらには、同種の細胞であっても個性に大きな違いがあることが分かってきました。そして、細胞集団から平均化したデータでは、細胞個々の特徴や機能を正確に捉え切れないのではないかという疑問が湧いてきたのです。そこで、シングルセル解析が活発化してきました。

今、シングルセル解析によって未知の細胞が次々と見つかっています。ヒトの体を構成する細胞は約400種類といわれてきたのですが、2016年に、人体を構成する約37兆個の細胞全ての分類を目指す国際的な共同研究プロジェクト「ヒト細胞アトラス」が始まり、最終的には、数千種類以上の細胞が見つかると予想されています。

1個の細胞中のRNAを網羅的に解析する

–– 二階堂ユニットリーダーは、シングルセル解析の技術開発に取り組んでこられましたね。

二階堂: 1個の細胞に含まれるRNAを網羅的に調べる技術の開発に携わってきました。これは、現在のシングルセル解析の主流となっている計測技術の1つで、世界中の研究者によって技術開発が活発に行われています。

図1
ゲノムDNAから作られるRNAにはポリA型と非ポリA型がある。RamDA-seq法は両方を検出可能(低分子RNAは検出しない)。 | 拡大する

RNAの種類や量を調べるのは、細胞に含まれるゲノムからどんな遺伝子が発現するかで細胞の機能や性質が決まるからであり、遺伝子発現の第一段階とはDNAからRNAが作られる反応だからです。

–– RNAの網羅的な計測も、シーケンサーで行えるのですか。

二階堂: はい。シーケンサーは、DNA配列を解読する装置なので、RNAの配列をDNAの配列に変換します。逆転写酵素を用いると、RNAの配列と相補的なDNA(cDNA)が合成でき、シーケンサーで解読したcDNAの配列から、元のRNAの種類(配列)と量を知るのです。1細胞に含まれるRNAはごく微量なので、シーケンサーにかけるには、増幅して量を増やす工夫が必要です。シーケンサーを用いた1細胞レベルのRNAの計測をシングルセルRNA-seq(RNAシーケンス)と総称します。

–– この技術はどんなことに利用できるのでしょうか。

二階堂: 細胞1個からRNAの種類と量を大ざっぱに計測する技術に関しては、実用レベルに達しています。現在の主流は超高処理型シングルセルRNA-seq法で、私たちがこれまでに開発した方法(最近、Quartz-Seq2法として改良版を発表1)を含め、RNAの末端配列だけを解読したり、途中で1細胞ごとに標識して混ぜて実験したりすることによって、大量処理とコスト削減に成功しています。これらの方法は、ヒト細胞アトラスプロジェクトにおける細胞の分類には十分使用可能です。

図2 既存の1細胞RNA-seq法とRamDA-seq法の反応ステップを比較
RNAの逆転写と増幅反応が大きく異なる。RamDA-seq法では、PCRを使う必要がなく、逆転写と増幅が同じステップで行える。 また、RNAの全面にプライマー(反応開始に必要な断片配列)が結合するので、長いRNAの全長を計測できる。 | 拡大する

しかし、シングルセルRNA-seq技術の性能の指標は2つある、と私は考えています。1つは細胞の処理量ですが、もう1つは、どれくらい細かな精度でRNAを捉えるかです。このRNAを詳細に捉える技術の開発については、実はこれまで誰も挑戦してこなかったのです。私たちはその点を狙い、新たな技術で切り開いていこうと開発を進めてきました。今回、それに成功し、「RamDA-seq」法と名付けて発表したのです2。単に細胞を分類するだけでなく、RNA構造の変化や細胞の機能を詳細に解析していくためには、この方法が必要となることでしょう。

高性能のRamDA-seq法

–– RamDA-seq法について、詳しく教えてください。

二階堂: RNAの解析では一般的に、細胞中に含まれている大量のリボソームRNA(rRNA)を除外してからシーケンスする必要があります。RNAの構造は、末端の配列の違いにより、ポリA型(mRNAが含まれる)と非ポリA型(rRNAなどが含まれる)に分けられるのですが、既存のシングルセルRNA-seq法では、rRNAを非ポリA型のRNAとまとめて除外するという方法をとっています。

しかし最近、非ポリA型の中に、重要な機能を持つRNAが含まれていると分かってきました。そこで、私たちのRamDA-seq法は、ポリA型か非ポリA型かを問わず、ほとんどのRNAを検出できるようにしたのです。そのためには、rRNAだけを除外する新たな方法を編み出す必要がありました。具体的には、RNAのcDNA変換反応に用いるプライマー(反応開始に必要なDNA断片)を工夫しました。rRNA以外のRNAをランダムに捕まえてcDNAに変換できる「準ランダムプライマー(NSRs)」というものを利用したのです。

–– どのような非ポリA型RNAを解析したのですか?

尾崎: 長鎖ノンコーディングRNA、新生RNA(pre-mRNA)、環状RNAなどがRamDA-seq法で計測できます。例えば、私たちは、長鎖ノンコーディングRNAの1つ、「エンハンサーRNA」を計測し、エンハンサーRNAの発現(細胞状態依存的な発現変動)を、1細胞レベルで詳細に解析することに成功しました。また、新生RNA(pre-mRNA)に関しても、多段階スプライシングという稀な反応を1細胞レベルで捉えることに成功しています。

–– RamDA-seq法のその他の特徴は?

二階堂: これまでの技術には、RNAの配列の全長を正確に計測できず、途中で欠損するという欠点もありました。そこで私たちは、この欠点を乗り越えるために、RNAの増幅法を工夫したのです。林研究員が発見した画期的な現象を応用した増幅法で、「RT-RamDA法」と名付け、すでに特許申請も行いました。

その結果、どんな長いRNAでも、全長の配列をほぼ正確に計測できるようになり、またこれにより、RNA配列の変化がスプライシングやタンパク質構造に及ぼす影響も調べられるようになるのです。さらに、RNAの計測性能も既存の方法の2倍以上になり、これまで検出できていなかった低発現のRNAも捉えることができるようになりました。

–– 林研究員の発見した現象とは?

林: RNAをcDNAに変換する際、酵素や反応条件を工夫すると、cDNAがどんどん増幅していくという現象です。

発見したのは数年前で、別の研究でRNAを増幅させる方法を改良していたときです。RNAをcDNAに変換する過程で、dsDNaseという二本鎖特異的DNA切断酵素に活性を持たせたまま反応させたところ、cDNAが増幅されていることに気が付いたのです。dsDNaseがcDNAの鎖のところどころに傷をつけ、その傷の箇所からcDNAの合成が次々に始まるという原理を突き止めました。原理を説明する論文はこれから投稿するところです。

情報系と実験系でチームを構成

–– 二階堂研究室のメンバー構成は?

二階堂: 私は生物情報学ですが、情報学系と実験系がちょうど半々ですね。情報学系と実験系が1つのチームを組み、両者は日常的に情報交換しています。そして、課題に対して、情報学で解決すべきか、実験科学で解決すべきか、より早く正しい答えに到達できる方法を選択します。今回のRamDA-seq法の研究では、林研究員が実験系、尾崎研究員が情報学系で、論文は2人が筆頭著者です。

–– 研究室の管理運営もユニークと聞きます。

二階堂: 各部屋の温度、湿度、空気中の微粒子量などを常に記録していることでしょうか? うまくいっていた実験が急にうまくいかなくなるといったことがあります。そのときに、影響した可能性のある事象を検証できるように、常に記録をとっておきたいのです。私たちは技術開発を行っているので、実験条件を厳密に制御することが不可欠です。これらの情報はクラウド上に自動的に記録され、メンバー全員にリアルタイムで共有されています。

梅田: 実際に、湿度が悪影響を及ぼしていたことがありました。シーケンスライブラリー作製がうまくいかなかったあるとき、記録を調べてみると、湿度が異常に高かったことが判明。そこから、反応液の乾燥が不十分だったことが失敗の原因と分かりました。

林: 感覚として感じられることを数値として明確に捉えることで、失敗を繰り返さない指標を作ることができます。

–– 今後は研究をどのように発展させますか

二階堂: RamDA-seq法を用いた解析をさまざまな分野に応用していきたいと考えています。すでに多数の共同研究が始まっており、細胞分化や発生メカニズムの解明、再生医療における移植細胞の評価、診断マーカーの開発など、1細胞レベルの解析で初めて答えが見つかるような問題を解決していきたいと考えています。

また、RamDA-seq法の研究開発と並行して、細胞の臓器内での位置と機能、発生運命を1細胞レベルで同時にトレースする研究も行っています。シングルセル解析とイメージング技術を融合することで、ゲノム解析が苦手としてきた細胞の時間的変化の計測が可能になるでしょう。

開発した技術の社会実装、例えば、実験手法の知財化、産業界と連携した試薬キット開発、ソフトウエアのオープンソース化にも挑みます。私たちの技術によって重要な発見が導かれ、成果が社会還元されることを願っています。

–– ありがとうございました。

聞き手は、藤川良子(サイエンスライター)。

Author Profile

二階堂 愛(にかいどう・いとし)

理化学研究所生命機能科学研究センター
バイオインフォマティクス研究開発ユニット ユニットリーダー

二階堂 愛氏

RamDA-seq 開発を担当した研究室のメンバー

林 哲太郎(はやし・てつたろう)

研究員

林 哲太郎氏

尾崎 遼(おざき・はるか)

基礎科学特別研究員

尾崎 遼氏

梅田 茉奈(うめだ・まな)

技術員

梅田 茉奈氏

参考文献

  1. Sasagawa, Y. et al. Genome Biology 19, 29 (2018).
  2. Hayashi, T. et al. Nature communications 9, 619 (2018).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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