記憶T細胞の起源
長期生存する記憶T細胞は、以前に遭遇した特定の微生物を「覚えて」いて、その病原体に再び曝露されると迅速な応答を開始する。ワクチン接種は記憶T細胞のこの能力を利用したもので、感染症による病状や死亡を大きく低減させてきた。免疫学的記憶が確立・維持される仕組みを理解することができれば、ワクチン設計を改良するための手掛かりが得られる可能性がある。このほど、記憶T細胞が生じる細胞集団と、その記憶T細胞集団が生じる過程が明らかにされ、2編の論文として報告された。エモリー大学医学系大学院(米国ジョージア州アトランタ)のRama S. AkondyらはNature 2017年12月21号362ページ1に、同大学院および聖ジュード小児研究病院(米国テネシー州メンフィス)のBen YoungbloodらはNature 2017年12月21号404ページ2に、それぞれ研究成果を報告した。
ナイーブT細胞とは、これまでに病原体に応答したことのない細胞である。ナイーブT細胞が病原体を認識すると、迅速に分裂し、感染と戦うのに役立つサイトカインタンパク質などの分子を発現する。このような応答を行っている状態の細胞は「エフェクターT細胞」(具体的に言うと、エフェクターT細胞の1種の細胞傷害性T細胞)と呼ばれ、炎症を起こしている組織に移動して、感染細胞を殺傷する能力を持つ3。病原体が除去されると、ほとんどのエフェクターT細胞は細胞死を起こすが、長期生存する記憶T細胞の小集団が存続し、再び感染が起これば迅速に応答できるように備えている3。
記憶T細胞がどの細胞から生じるかについてはこれまでも大規模に調べられていて、一般的には2つの可能性(図1a、b)が提案されている。1つは、細胞死を起こさなかったエフェクターT細胞のサブセットから生じるとするもの(図1b)で、他方は、ナイーブT細胞が抗原に初めて遭遇して最初の細胞分裂をする際に、エフェクターT細胞の能力を持つ細胞と記憶T細胞の能力を持つ細胞の両者を生じるとするもの(図1a)である3。
今回の2つの研究では、記憶T細胞の起源についての議論に決着をつける目的で、1回の感染の過程でCD8+ T細胞(細胞表面にCD8タンパク質を発現しているT細胞)を追跡した。Akondyら1は、黄熱ウイルスに対するワクチンを接種した複数の人を対象に研究を行い、一方のYoungbloodら2は、リンパ球性脈絡髄膜炎ウイルス感染のマウスモデルを用いて研究を行った。両研究ともに、ナイーブT細胞、エフェクターT細胞、記憶T細胞の集団において、エピジェネティックな修飾(細胞のDNAに加えられる化学修飾や構造変化で、遺伝性であるが、DNAの塩基配列を変化させない)について調べた。このような変化は遺伝子発現の調節に関連することが多く、特定の細胞とその子孫細胞は、エピジェネティックな修飾を用いて特定の遺伝子発現パターンを「ブックマーク」することが可能である。その修飾様式の1つであるDNAメチル化は、遺伝子を「オフ」の状態に固定できるので、メチル化された遺伝子の発現は抑制される4。
Akondyらは、T細胞においてDNA配置を調べることで、遺伝子発現装置が接近できない「閉じた」状態で密にパッケージングされているゲノム領域と、遺伝子発現が可能な「開いた」状態のゲノム領域5を突き止めた。RNAプロファイリングは細胞がその時に転写している遺伝子を反映するが、Akondyらが採用した手法は、エピジェネティックな変化を解析するものであり、特定の転写状態に至ったゲノム領域についての手掛かりを得ることができる。
一方、Youngbloodらは、ゲノム全域にわたるDNAメチル化プロファイリングを用いることで、ナイーブT細胞がエフェクターT細胞に分化すると、DNAメチル化プロファイルが変化することを見いだした。つまり、エフェクターT細胞に分化すると、ナイーブ状態に関連する多くの遺伝子にはメチル基が付加され、対照的に、エフェクター応答の主要な構成要素をコードする遺伝子ではDNAの脱メチル化が観察された。
さらにYoungbloodらは、免疫応答の際のde novoメチル化を引き起こす重要な酵素がDNAメチルトランスフェラーゼDnmt3aであることを突き止めた。また、記憶T細胞に分化途中のエフェクターT細胞では、ナイーブ状態で発現する遺伝子が細胞分裂非依存的な過程で脱メチル化されることも明らかにした。メチル基が除去されれば、ナイーブ関連遺伝子が再発現する可能性がある。このような再発現が可能ならば、それにより、長期生存する記憶T細胞集団の確立あるいは維持も可能になると考えられる。
特筆すべきは、記憶T細胞は、もはやエフェクター分子を発現していないが、エフェクター分子をコードする遺伝子のメチル化は低い状態で維持されると両研究ともに同じ結論に至ったことである(図1c)。Akondyらは、ワクチン接種の10年後に存在する記憶T細胞が、病原体に遭遇して再活性化されるまでは分裂もしないし、エフェクター分子の発現も行わないにもかかわらず、エフェクターT細胞に見られるのと同等な「開いた」ゲノムパッケージングパターンであることを明らかにしている。従って、記憶T細胞では、エフェクター関連遺伝子は、ナイーブT細胞集団よりもエフェクターT細胞集団に類似した配置で維持されているということであり、この結果は、記憶T細胞が再感染と戦う際に迅速にエフェクター分子を再発現できることと一致している3。
両研究は、記憶T細胞の起源は、以前にエフェクターT細胞機能に関連する遺伝子を発現したことのある細胞集団であり、エフェクター遺伝子の発現をオフにしているが、その遺伝子を発現した「記憶」を保持している、とするモデルを支持する強力な証拠を示した。両研究結果から、記憶T細胞はDNA修飾を利用することで、病原体に再感染した際に、迅速にエフェクターT細胞になることができると考えられる。つまり、記憶T細胞は、その生涯において感染と戦った際に、エピジェネティックな修飾によりゲノムにブックマークを付けておくことで、再感染の際には迅速にエフェクターとしての能力を「思い出す」ことができるわけである。
両チームは、混合細胞集団を分離して遺伝性のエピジェネティックな状態を比較することで、T細胞系譜を推定した。この方法は名案であるが、これだけでは、ナイーブT細胞の小集団から直接、エフェクターT細胞段階を経ることなく独立に記憶T細胞が生じる可能性を取り除くことはできていない。Akondyらはこの可能性に対処するために、重水素と呼ばれる放射性同位体を用いて、ヒトの分裂中のエフェクターT細胞の代謝回転と寿命を直接標識した。
その結果、ワクチン接種後1~2年の間に存在したウイルス特異的記憶T細胞では、重水素がほとんど希釈されていなかった。このことから、これらの細胞では最低限の細胞分裂しか起こっていないことが示された。また、細胞表面タンパク質を比較した場合、これらの記憶T細胞はナイーブT細胞に類似していたが、重水素標識によって、これらの記憶T細胞は分裂中のエフェクターT細胞集団から形成されたことが明らかになった。これらの結果から、ウイルス特異的CD8+ T細胞は病原体を認識すると大規模に増殖し、エフェクター分子の発現を支えるようにDNAを修飾する、とするモデルが裏付けられた。その後に、これらのエフェクターT細胞の一部は分裂を停止し、エフェクター遺伝子の発現を喪失して、T細胞の生存や移動に役立つ遺伝子など、ナイーブ状態に関連する多くの遺伝子を再発現するようになる。
全ての記憶T細胞が同じ挙動を示すわけではない。記憶T細胞の一部は、ナイーブT細胞のように、全身を循環して、再びエフェクター機能を発揮する場合に備えている。また、肺、皮膚、腸などの、病原体が体内に侵入する際の入り口となることが多いと考えられる組織に常在する組織常在型記憶T細胞は、再感染に対する防御の第一線で働く6。このような異なる種類の記憶T細胞が同一の経路から生じるかどうかは、まだ明らかになっていない。
今回の2つの研究から、ワクチン設計の目標は、記憶T細胞集団の起源となるエフェクターT細胞を刺激し、大規模でロバストな応答を発揮させることであると考えられる。しかし、エフェクターT細胞から記憶T細胞への変換を促進する最良の条件を完全に明らかにする必要がある。Dnmt3aなどのDNA修飾装置を治療標的とすることは、ワクチンの有効性を上昇させる有益な戦略であるかもしれない。
翻訳:三谷祐貴子
Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 3
DOI: 10.1038/ndigest.2018.180337
原文
The origins of memory T cells- Nature (2017-12-21) | DOI: 10.1038/d41586-017-08280-8
- Kyla D. Omilusik & Ananda W. Goldrath
- Kyla D. Omilusik & Ananda W. Goldrathは、カリフォルニア大学サンディエゴ校(米国カリフォルニア州)に所属。
参考文献
- Akondy, R. S. et al. Nature 552, 362–367 (2017).
- Youngblood, B. et al. Nature 552, 404–409 (2017).
- Kaech, S. M. & Cui, W. Nature Rev. Immunol. 12, 749–761 (2012).
- Winter, D. R., Jung, S. & Amit, I. Nature Rev. Immunol. 15, 585–594 (2015).
- Gray, S. M., Kaech, S. M. & Staron, M. M. Immunol. Rev. 261, 157–168 (2014).
- Chang, J. T., Wherry, E. J. & Goldrath, A. W. Nature Immunol. 15, 1104–1115 (2014).
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