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反射を伴わない負の屈折

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 11 | doi : 10.1038/ndigest.2018.181134

原文:Nature (2018-08-01) | doi: 10.1038/d41586-018-05806-6 | Reflection forbidden and refraction reversed in an artificial crystal

Baile Zhang

トポロジカルな音波の人工結晶「ワイル・フォノニック結晶」の2つのファセットの境界において、反射を伴わない音波の負の屈折が実現された。

波(波動)は、2つの異なる媒質間の境界を通過する際に進行方向を変える。「屈折」と呼ばれるこの現象は、多くの光学レンズや光学機器の基礎をなす他、音波が光波のように振る舞う場合にも広く見られる。波動の屈折は一般に反射を伴うが、今回、武漢大学(中国湖北省)のHailong Heらは、ある特殊な人工物質では音波が反射を伴わずに通常とは逆の方向に屈折するという、これまで観察されたことのない屈折現象を見事に実証し、Nature 2018年8月2日号61ページに報告した1。今回の知見によって、エレクトロニクスやフォトニクスのシステムにおける波動制御の精度を改善できる可能性がある。

ある媒質中を進んでいた音波や光波が別の媒質に当たると、波動のエネルギーの一部は媒質の境界を通過して屈折波となり、残りのエネルギーは境界で反射されて反射波となる(図1a)。このとき、自然界に存在する全ての物質では、屈折波は常に入射波から見て法線(境界に垂直な仮想線)を挟んだ向こう側に現れる。だが、理論上は必ずしもそうである必要はない。

図1 屈折現象の比較
a 従来の屈折では、ある媒質中を進んでいた音波や光波などの波動(赤色)が別の媒質に当たると、境界面で反射波(濃青色)と屈折波(薄青色)を生じる。このとき、屈折波は入射波から見て法線(境界面に垂直な仮想線)を挟んで向こう側に現れる。
b 負の屈折では、屈折波は入射波から見て法線の手前側に現れる。
c Heら1は今回、屈折波が法線の手前側に現れるだけでなく、反射波が出現しないという、これまで観察されたことのない音波屈折現象を報告した。(図は参考文献1より改変) | 拡大する

1968年、ロシアの物理学者Victor Veselagoは、負の屈折率を持つ仮想的な物質について考察した2。屈折率とは、波動が媒質中をどのように伝搬するかを表す物理量で、物質に固有な屈折率(絶対屈折率)は、真空中の光の速度と媒質中の光の速度の比で定義される。屈折率は従来の物質では全て正の値をとる。Veselagoは、屈折率が負の値をとる物質であれば、通常の屈折様式とは逆のことが起こる可能性があると提唱した。つまり、負の屈折率を持つ媒質では、屈折波は入射波から見て法線の手前側に現れると考えたのだ(図1b)。

この考えは、興味深いものではあったがあまり注目されず、30年以上にわたり実現不可能だと見なされてきた。ところが、2000年に英国の物理学者John Pendryが「負の屈折を用いれば通常よりも強く光を集束するレンズを作製できる」という衝撃的な予測をしたことで、状況は一変する3。Pendryはその後、人工構造体を用いて実験室規模で負屈折率物質を作製する実用的な方法も開発した。こうした自然界の材料には見られない電磁特性を示す人工材料は現在、「メタマテリアル」と総称され、SF世界でしか存在し得なかった「透明マント(クローキング)技術4」などの概念を実現できる手段として活発に研究されている。

Pendryの報告以降、こうした負の屈折の探究によって、光学、音響学、プラズモニクス(光と金属中の電子との相互作用を扱う研究分野)はもとより、グラフェンを基盤としたエレクトロニクス5にも大いなる発展がもたらされた。負の屈折はこれら全ての分野においてさまざまな形で実現されてきたが、そうした屈折には概して、望ましくない反射を生じるという問題があった。ある種の境界での電子の屈折に関する実験5などのように、負の屈折より反射の方が支配的になる場合も少なくない。

光波については、反射を生じない天然の光学材料は存在しないが、量子力学的な電子波については、「トポロジカル量子物質」として知られる物質のエキゾチック相において、反射を生じない波動の挙動が見られる。そのよく研究された例に、「トポロジカル絶縁体」がある。トポロジカル絶縁体とは、内部は絶縁体だが表面は電子波の特殊な性質により金属状態となっている物質のことで、こうした表面の電子状態は「トポロジカル表面状態」と呼ばれる。この表面状態は一方向に伝搬可能であり、障害や欠陥に遭遇すると反射されることなくそれらを迂回する。

今回のHeらの研究は、「ワイル半金属6」というまた別の新たなトポロジカル量子物質から直接ヒントを得たものだ。この物質の表面状態は伝搬が特定範囲の方向のみに制限されており、これがつながって「フェルミアーク」という電子状態を形成する6。この伝搬範囲には、通常反射が生じる方向が含まれていないため、この表面状態の伝搬では反射が禁制されることになる。

Heらの実験では、こうしたワイル半金属の音波版である「ワイル・フォノニック結晶」という人工結晶が使われた。彼らは、この結晶の隣接した2つのファセットの境界において、表面音波が反射を伴わずに負の屈折を起こすことを見いだしたのである(図1c)。これは、トポロジカル表面状態の負の屈折の初めての実現例である。

一方で、今回の研究にはいくつかの限界がある。例えば、この負の屈折は一般的な印象に反して平面では起こらない。さらに、境界に当たった音波の一部はそこで散乱して結晶内部へと入り、エネルギー損失につながる。とはいえ、今回の成果が今後多くのエキサイティングな研究機会をもたらすことは確かだ。

目下の疑問は、Heらの実証した「反射を伴わない負の屈折現象」が、光波を扱う光学系や電子波を扱う凝縮物質系でも起こり得るかどうかだ。また、どうすれば伝搬方向の範囲、ひいてはフェルミアークを操作して負の屈折の制御を向上できるか、という疑問も両分野にとって非常に興味深いだろう。フェルミアークは現在、凝縮物質系7,8や「フォトニック結晶」と呼ばれる光学構造体9において特に熱心に研究されており、この観点からもHeらの研究は、フェルミアークの初めての実用例として大いに評価できる。

今回の屈折現象は、音響学でも広く用いられる可能性がある。例えば、負の屈折とゼロ反射の組み合わせは、超音波による画像化や試験の分解能の向上につながる可能性がある。さらに、音波は生物医学的なマイクロ流体デバイスで細胞や薬剤粒子を捕捉・分類・送達する際にも使われているが、こうしたデバイスではマイクロ流体チャネルの境界部や鋭角部における反射によってデバイス効率が大きく制限されるため、反射を伴わない音波は極めて望ましい。このように、トポロジカル音響学は、他の物理系では実現困難な現象を発現できるばかりでなく、変革技術をもたらし得る有望な研究分野といえる。

(翻訳:藤野正美)

Baile Zhangは、南洋理工大学(シンガポール)に所属。

参考文献

  1. He, H. et al. Nature 560, 61–64 (2018).
  2. Veselago, V. G. Sov. Phys. Usp. 10, 509–514 (1968).
  3. Pendry, J. B. Phys. Rev. Lett. 85, 3966–3969 (2000).
  4. Pendry, J. B., Schurig, D. & Smith, D. R. Science 312, 1780–1782 (2006).
  5. Chen, S. et al. Science 353, 1522–1525 (2016).
  6. Wan, X., Turner, A. M., Vishwanath, A. & Savrasov, S. Y. Phys. Rev. B 83, 205101 (2011).
  7. Xu, S.-Y. et al. Science 349, 613–617 (2015).
  8. Lv, B. Q. et al. Phys. Rev. X 5, 031013 (2015).
  9. Lu, L. et al. Science 349, 622–624 (2015).

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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