光で活性化されるタンパク質の新型を発見
–– ロドプシンとは、どのようなタンパク質なのですか?
神取: ヒトなどの動物の眼に存在し、光を捉えるタンパク質として働くことで知られています。それにより、視覚が生じるのです。
また、ロドプシンは細菌などの微生物にも含まれており、光を捉えて、さまざまな反応を引き起こします。例えば、エネルギーを発生させたり、光の方向を感知して走光性をもたらしたり。
–– 光を捉えると、どういうことが起こるのですか?
井上: ロドプシンは、細胞膜に存在するタンパク質で、7回膜貫通ヘリックス構造をとっています。2つの部分から構成されていて、1つは、多数のアミノ酸でできた大きなタンパク質部分、もう1つは、その大きな構造体の中央部に結合している、レチナールと呼ばれる小さな補因子色素です(図1)。
図1 ロドプシンの構造
ヘリオロドプシンは、タイプ1とタイプ2ロドプシンとアミノ酸鎖の方向性も異なる(N末端が細胞内部にある)。
このレチナールが、光を吸収するのです。レチナールは折れ曲がった形をしているのですが、光を吸収すると、その折れ曲がり方が変化します。すると、それを受けて、今度は周囲のタンパク質部分の構造体が変形し、さまざまな反応を行うようになるのです。
なお、アミノ酸の種類や並び方は生物によって違いがあるので、引き起こされる反応もさまざまです。
–– ロドプシンは含まれるアミノ酸によって多様なのですね。
井上: はい。ロドプシンには複数種ありますが、それは構成するアミノ酸の配列の違いを反映しているのです。ただし、さまざまなロドプシンの配列を比較すると、多様ではあっても、全体的には2つのタイプに大別できることが知られています。それが、微生物型と動物型です。タイプ1とタイプ2ともいわれています。
自然界のロドプシンは、この2つのタイプのどちらかに分かれるというのが、これまでの通説でした。しかし私たちは、このどちらとも異なる新型のロドプシンの存在を報告しました1。
ヘリオロドプシンの発見
–– どのように発見されたのですか?
井上: 新しい分子の研究というものは、発見、機能の解明、構造の解明の3段階からなると思いますが、今回の研究の発見段階は、私たちではなく、テクニオン・イスラエル工科大学のオデド・ベジャ(Oded Béjà)教授によりなされました。ベジャ教授は、ガリラヤ湖に生息する微生物を探索し、タイプ1ともタイプ2とも全く異なるアミノ酸配列を持つロドプシンを見つけたのです。
ベジャ教授はこれを「ヘリオロドプシン」と名付けました。そして彼は、ヘリオロドプシンに似たアミノ酸配列のタンパク質が他にないかとタンパク質のデータベースを検索しました。すると驚いたことに、何百もの生物種がこのヘリオロドプシン型のロドプシンを持つことが分かりました。それなのに、これまで全く気付かれずにいたのです。ベジャ教授は、ヘリオロドプシンの機能をさらに詳しく解析しようと、神取研究室に協力を依頼してきました。2017年夏頃のことです。当時私は、神取研究室の准教授で、この解析に携わりました。
–– それで、機能の解析を進められたのですね。
神取: はい。しかし、どんな機能を持つのか、まだ見つけられていないのです。
ベジャ教授からの依頼を受け、素早い解明を目指して研究室の総力を挙げて解析に当たりました。ロドプシンの研究分野は競争が非常に激しいのです。詳細な解析を2017年内に得ることができたので、ここまでの解析結果をまとめ、2018年1月にNature に投稿し、6月20日にオンライン掲載されました。機能解明に至っていないのに受理されたのは、タイプ1にもタイプ2にも属さない新型の発見という点が、大きなインパクトだったのでしょう。
井上: 付け加えるならば、ヘリオロドプシンは、細菌やアーキア(古細菌)だけでなく、真核微生物にも含まれており、その広範さから、進化学的観点からも興味深いと考えられます。
分光学と分子生物学技術を駆使した解析
–– ヘリオロドプシンの機能に関してデータがある程度得られたとのことですが、詳しく教えてください。
神取: ロドプシンは細胞膜に存在するので、光を受容後、細胞の外にイオンをくみ出す「ポンプ」の働きと、イオンが細胞の内外を自由に通れる「道(チャネル)」を作る働きが挙げられます。オプトジェネティクスにも利用される代表的な分子機能です。
私たちは、ヘリオロドプシンがどちらの機能を持つかを、さまざまな技術を使って解析しました。そして、ヘリオロドプシンは「ポンプ」でも「チャネル」でもないことを実証し、光による構造変化を利用したセンサー機能を持つと推測するに至りました。
井上: 構造の解明についても、今後の課題であると考えています。
–– 分光学による解析とはどのように行うのですか?
井上: ロドプシンに赤外線やレーザー光をごく短時間当て、そのときの吸収スペクトルを観察することで、ロドプシン分子の変化をリアルタイムで分析できます。レチナールが光を受容し、元に戻るまでの光反応サイクルがどのような時間単位で起きているか、分子の形はどう変化するか、水素イオンはいつ動いたか、などが分かります (図2)。
図2 ヘリオロドプシンの光反応サイクル
光を受けると、3つの中間体(K、M、O)を経て、元に戻る。Oのときに、分子の形が大きく変形しているので、それがチャネルを生じさせ、何らかのシグナル伝達反応が起こるのではないかと推測される。
私は、大学院時代から、レーザー光によるロドプシンの分析を専門に行ってきました。神取先生は、赤外線による分析で世界的に有名です。
–– お二人ともロドプシン一筋に研究されてきたのですね。
神取: ロドプシンは複雑な分子ですから、分子機械として非常に面白い。解析の切り口が1つでは足りません。分光学から始まって、分子生物学、電気生理など、さまざまな技術を利用して解析できるようにしてきました。ロドプシンの機能を総合的に解析できる点では、私のラボは世界一だと自負しています。
偶然にも今日(9月20日)、オプトジェネティクスの開発者であるカール・ダイセロス(Karl Deisseroth)博士によるロドプシン分子の構造機能解析の論文が2つNature に発表されました2, 3が、私たちはそれらにも、共同研究者として参加しました。オプトジェネティクスは、ロドプシン分子を道具として用い、それに光を当て、神経細胞などを活性化したり抑制したりする技術です。
–– 今後はどのように研究を発展させていきますか?
神取: ロドプシンの分析技術をさらに高め、今後も、機能を解明し、メカニズムを明らかにする役割を担っていきたいと思っています。
また、オプトジェネティクス技術の開発なども行っています。現在主流なのは、チャネルとして働くロドプシンを使う方法ですが、他の種類のロドプシンを使う方法も開発中です。
井上: 私は、新しい分子の発見にも興味があります。例えば、以前に神取研究室で、ナトリウムイオンをくみ出すロドプシン分子を発見できました4。それまでは、くみ出される陽イオンは水素イオンしか知られていませんでした。こうした探索も、続けていきたいです。
神取: ヘリオロドプシンは、第4、第5の新型の発見さえもあるかもしれないと、世界中の研究室を活気づけていますね。
–– ありがとうございました。
聞き手は藤川良子(サイエンスライター)。
Author Profile
神取 秀樹(かんどり・ひでき)
名古屋工業大学大学院 工学研究科 教授
1989年京都大学大学院理学研究科生物物理学専攻博士課程修了(理学博士)。分子科学研究所博士研究員、理化学研究所博士研究員、京都大学大学院理学研究科助手、講師を経て2001年名古屋工業大学助教授、2003年より現職。 「解析は地味な仕事ですが、徹底的にやり切るのが私のラボのやり方」とのこと。
井上 圭一(いのうえ・けいいち)
東京大学物性研究所機能物性研究グループ 准教授
2007年京都大学大学院理学研究科化学専攻博士後期課程修了(理学博士)。東京工業大学資源化学研究所ポストシリコン事業教員、名古屋工業大学大学院工学研究科助教、准教授を経て、2018年より現職。「ゲノム配列を眺め、未知のロドプシン機能を持つ微生物発見のヒントを探るのが趣味」と語る。
Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 11
DOI: 10.1038/ndigest.2018.181118
参考文献
- Pushkarev, A. et al. Nature 558, 595–599 (2018).
- Kim, Y. S. et al. Nature 561, 343–348 (2018).
- Kato, H. E. et al. Nature 561, 349–354 (2018).
- Inoue, K. et al. Nat. Commun. 4, 1678 (2013).
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