Editorial

ハリケーンの襲来とトカゲの足の特徴の変化

Credit: Colin Donihue

チャールズ・ダーウィンは、愛好家から送られてきたアングレカム・セスキペダレ(マダガスカル島固有のラン)を見るなり、この花の長い管の内側にある花蜜に届くほど長い口吻を持つ花粉媒介生物の存在を予測した。彼の死後20年ほどで、そのような長さの口吻を持つキサントパンスズメガが発見され、ダーウィンの予測の正しさが証明された。

これは、自然選択(自然淘汰ともいう)による進化の実証事例として重要なものの1つだが、動植物学者が切望しているのは、実際の自然選択の過程を観察して選択が働くところを目撃することだ。そのチャンスをつかんだのがハーバード大学の生物学者Colin Donihueだ。

2017年9月上旬、彼は同僚の研究者とタークス・カイコス諸島(英国領)で行っていたアノールトカゲの研究から帰還した。その直後の9月8日、同諸島をハリケーン「イルマ」が襲い、毎秒約73.6 mの猛烈な風が吹き続いて、島は打ちのめされた。その2週間後にはハリケーン「マリア」が同諸島に到達し、数十名の地元住民が死亡した。

強風が収まって3週間後、Donihueらは島に戻って被害を評価し、研究対象のアノールトカゲが生き延びたかどうか、またどのように生き延びたかを調べた。これは、自然選択による進化におけるハリケーンの影響を、ハリケーン襲来の直前と直後の比較により評価した初めての研究である(Nature 8月2日号88ページ参照)。Donihueらは、実際に自然選択の明確な傾向が生じていることを発見した。ハリケーン襲来後に発見されたアノールトカゲは、ハリケーン襲来前に採集されたトカゲより肢先の裏側のパッドが大きく、前肢が長く、後肢が短いという傾向が広く認められたのだ。

パッドの大きさ、前肢と後肢の長さといった形質にハリケーンがどのように関係しているのだろうか。アノールトカゲは、低木の茂みなど丈の低い植生の中で生息し、肢先の裏側のパッドを足掛かりに木の枝の上を移動する。そして、自分がいる枝を捕食動物や他のトカゲ(今回はハリケーン)に揺さぶられたときに振り落とされないよう耐える際に四肢の比率も役立っているという仮説を立てることには妥当性がある。

Donihueらは、この仮説を簡単な室内実験で検証した。アノールトカゲを止まり木の上に定着させた後に市販のリーフブロワーからの強風を当てて吹き飛ばそうとしたのだ。この実験でアノールトカゲは、強風が当たると、前肢で木の枝にしっかりとつかまって、後肢をだらりと垂らした。この姿勢だと、後肢が長くなれば、強風にさらされる面積が増える。ハリケーン襲来後に見つかったアノールトカゲの後肢が短くなり、前肢が長くなったという傾向は、これで説明がついた。

タークス・カイコス諸島のアノールトカゲの集団において肢先の裏側のパッドが大きく、後肢が短く、前肢が長くなったのは、嵐に対して直接的に応答した結果ではない。この集団全体の形質が、自然選択によって変化したのだ。具体的に言えば、大嵐の時に木の枝につかまっていられなかった個体(肢先の裏側のパッドが小さく、後肢が長く、前肢が短い個体)は吹き飛ばされて命を落とし、木の枝をしっかりとつかんでいた個体は生き残った(と推定される)。これを専門的に言えば、嵐を生き延びるカギとなる形質の測定値の集団全体の平均が、ハリケーン襲来後に変化したということになる。

ただし、これらは表現型(観察可能な特徴)の変化にすぎず、これらの変化の遺伝的同化については何も分かっていない。生き延びたアノールトカゲが繁殖して、その形質がその集団中で次世代に遺伝したときに遺伝的同化が起こると推測される。今後も極端な気象が予想されているため、これらの変化が今回限りとなる可能性は低い。

翻訳:菊川要

Nature ダイジェスト Vol. 15 No. 11

DOI: 10.1038/ndigest.2018.181139

原文

How lizards got their big feet
  • Nature (2018-07-25) | DOI: 10.1038/d41586-018-05821-7