揺れ動くイオン輸送酵素
陽イオン輸送性ATPアーゼと呼ばれる酵素は、ATP分子に蓄積されたエネルギーを使い、急峻な濃度勾配に逆らって、イオンを細胞膜の壁を越えてポンプする。この目的のために、陽イオン輸送性ATPアーゼはミリ秒単位のゆっくりとした時間スケールで連続的にコンホメーションを変化させ、酵素タンパク質の膜貫通部分を引き上げたり引き下げたりする。その結果、膜貫通部分間の相対的位置は変化する。だが、膜のリン脂質二重層に埋め込まれたタンパク質部分は疎水的であり、この部分を溶液中に押し出すことはエネルギー的に不利なはずだから、どのようにして膜貫通部分の上下運動が可能なのか、その仕組みは長い間謎であった。このほど、東京大学 分子細胞生物学研究所の豊島近と、豊島グループに所属する乗松良行、高エネルギー加速器研究機構・物質構造科学研究所の清水伸隆および高輝度光科学研究センターの長谷川和也は、カルシウムイオン(Ca2+)ATPアーゼとそれを取り巻くリン脂質の間の相互作用を一連の結晶構造解析によって明らかにし、Nature2017年5月11日号193ページで報告した1。彼らは、この酵素が膜の中でロッキングチェアーのように前後に揺れることによって、疎水性ドメインをリン脂質二重層の中に埋まった状態に保っていることを実証した。
Ca2+ATPアーゼは、細胞の細胞質ゾルから、細胞外あるいは細胞小器官内へCa2+を輸送する。この酵素は、細胞質ゾルに突き出た3つの球状ドメイン(A、N、P)と、10本の膜貫通αヘリックス(M1-M10)で形成される疎水性ドメインを含んでいる。Ca2+結合ポケットは、この疎水性ドメインに位置している。2000年以来、豊島グループをはじめとする研究者らにより、Ca2+ATPアーゼがCa2+輸送(ポンプ)サイクル中に採るコンホメーションの大多数が結晶構造として捉えられ2-6、このポンプが機能する仕組みが明らかにされた。
ポンプサイクルでは、3つの球状ドメインの中央付近の奥まった所に位置する、ATPが結合する活性部位の周りで大規模な構造変化が起こる。まず、細胞質ゾルからCa2+イオン2個が疎水性ポケットに結合すると、ATPがNドメインに結合し、NドメインはPドメインに向かって回転するが、Aドメインは回転して離れていく。次に、ATPの3番目のリン酸基がPドメインのアスパラギン酸残基に転移される(このとき、ATPはADPに変換され酵素から解離する)。このアスパラギン酸に結合したリン酸(アスパルチルリン酸)のエネルギーを使ってコンホメーション変化が起こり、Ca2+が膜の反対側に放出される。そして、Aドメインが回転して最初の位置に戻るとともに、アスパルチルリン酸は加水分解される。
球状ドメインのこのような大きな回転とねじれにより、膜貫通αヘリックス間の相対的な運動が引き起こされる。ATPの結合が起こると、M1とM2はピストンのように運動する。また、ATPからのリン酸転移によって派生したADPが酵素から離れ、結合していたCa2+が細胞質とは反対側に放出される際には、M4はヘリックス1巻き分押し下げられる。他の膜貫通ヘリックスにも、伸長、短縮、折れ曲がりが引き起こされる。他のへリックスとの関係や距離が変化するへリックス対もある。このようなへリックスの運動が、Ca2+の一方向への移動を確実なものにしているのである。
しかし、このモデルでは、疎水的な膜貫通部分がどのようにして脂質に埋め込まれたままでいる7のか説明できない。ATPアーゼが膜中で動かずにいるなら、膜貫通領域の上下運動により疎水的な側鎖が水中に露出するか、リン脂質が引っ張り上げられ脂質二重層が歪むかのどちらかが起こるはずである。脂質二重層は通常の結晶解析では可視化できないので、この一見矛盾して見える事象を調べることは困難であった。
豊島らの研究チームは、X線溶媒コントラスト変調法と呼ばれる技術を用いて、この問題に取り組んだ。この方法では、ヨウ素を含む造影剤をさまざまな濃度に調製した溶液に結晶化したタンパク質-脂質複合体を浸漬してX線を照射すると、造影剤の濃度によりX線回折強度に差が生じることを利用する。結晶格子中のタンパク質分子間にある疎水的な空間は脂質二重層と界面活性剤が埋めている。X線回折強度の解析から、脂質二重層の厚さは均一ではないこと、リン脂質の頭部は膜のどちらの面でも外側を向いていることが分かった。
研究チームは、Ca2+ATPアーゼであるSERCA1aの結晶を用い、ポンプサイクルの4つの段階をそれぞれ解析し、リン脂質頭部の位置をマッピングすることで、タンパク質-脂質間の特異的相互作用を明らかにした。その結果、タンパク質のアルギニンおよびリシン(生理的条件下で正電荷を持つ塩基性アミノ酸)残基は、脂質二重層のどちらの層にあっても、負の電荷を持つリン脂質頭部に繋ぎとめられていることが分かった。ATPアーゼが膜中で動かずにいるなら、この観察結果は、一部の脂質はM1やM3とともに膜面から持ち上がり、M1とは反対側の端にあるM10付近では膜の中に沈み込むことを確認したことになる。これはありそうもない。
そこで、研究チームはタンパク質をとりまくリン脂質の頭部はポンプサイクル中、常にほぼ水平な面にとどまるように、各ステップの構造を傾斜させた。この新しい概念に基づく枠組みでは、ATPアーゼは膜中でじっと動かずにいるのではなく、前後に傾きを変える(図1)。トリプトファン残基の帯も膜面に対し常に平行であり、水と脂質の境界を感知する「浮き」として機能している8。このタンパク質のM10側には2個のトリプトファンおよびリン脂質と相互作用しているリシンがあり、タンパク質全体の傾斜の軸となっているらしい。
研究チームは、このタンパク質が、アミノ酸残基の安定した帯に取り囲まれ、連続したコンホメーション変化によりロッキングチェアーのように揺れ動く様子をモデル化した(Supplementary Videos S1、S3を参照)。分子全体の傾きを変えることで、疎水性残基を脂質二重層の外に出さずに、膜貫通ヘリックスの大きな相対運動が垂直方向に可能になるというわけである。
また、この研究から、塩基性残基にはリン脂質との関係で2つの役割があることも明らかになった。すなわち、脂質二重層内から「側鎖を伸ばして(シュノーケリングして)」特定のリン脂質頭部と塩橋を形成し、タンパク質の向きを決めるものがある。一方、膜の外から側鎖を伸ばし、ポンプサイクルの異なる段階で異なるリン脂質の頭部と塩橋を形成し、過渡的なコンホメーションを安定化する「錨」として働くものもある。このような相互作用は、コンホメーション変化の速度に影響を与え得る。
塩基性残基のこれら2つの役割の発見は、膜タンパク質とそれを取り囲む脂質との相互作用の理解に役立つ。通常の結晶解析では少数のリン脂質分子が解像されるだけであるが、SERCA1aの場合には4分子のリン脂質が機能的に重要な領域に同定されている9。関連酵素であるナトリウム-カリウムATPアーゼについては、別の実験的手法により、リシン残基と強く結合した膜脂質との間の2つの相互作用が同定されている10。すなわち、これらのリシン残基の変異から、リシン残基と脂質との相互作用には、安定化機能と活性に関連した機能の2つがあることが明らかになった。このように、脂質とタンパク質との相互作用は、タンパク質の機能発現に重要なものとして認識され始めている。
リン脂質に結合するアミノ酸残基の変異が、タンパク質の機能を損なうことによって疾患を引き起こし得るかどうかは分かっていない。これについて研究チームは、Ca2+ATPアーゼ中の1つの塩基性残基の変異によって、重要なコンホメーションの移行が起こらなくなる例11を引用している。このような変異は、現在ヒトの遺伝的バリアントの影響の解釈に使われているコンピューターアルゴリズムでは「有害な変異」とは考えられていないかもしれず、また、患者の診断では見過ごされている可能性がある12。
SERCA1aの優雅な揺れ動きから、他のイオン輸送性ATPアーゼも同様な挙動を示すことが示唆されるが、この仮説についてはさらなる研究を待たねばならない。他の例から、脂質とタンパク質の相互作用がもっと解明されれば、輸送が起こる仕組みについて理解が深まると考えられる。豊島らが開発した新しいコントラスト変調法を多くの膜タンパク質に拡大すれば、この過程の理解が加速することだろう。
翻訳:三谷祐貴子
Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 9
DOI: 10.1038/ndigest.2017.170932
原文
An ion-transport enzyme that rocks- Nature (2017-05-11) | DOI: 10.1038/nature22492
- Kathleen J. Sweadner
- Kathleen J. Sweadnerは、ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)に所属。
参考文献
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