制御性T細胞研究とともに歩む
2015年にガードナー国際賞受賞。同賞は、生命医学分野で重要な発見や貢献をした研究者に贈られる。 Credit: 大阪大学
–– 免疫の研究に進まれたきっかけを教えてください。
坂口: 体の中の異物を排除して体を守る仕組みが免疫です。しかし、その自分を守るべき免疫が、自分を攻撃してしまうことがあるのです。自己免疫疾患ですね。それは、なぜなのか。その理由や仕組みを解き明かしたいと興味を持ったのが、きっかけです。医学部を卒業した翌年の1977年のことでした。
免疫を抑える制御性T細胞の発見
–– 自己免疫疾患の研究を、どのように進められたのですか。
坂口: 京都大学の大学院へ進学していたのですが、これをやめて、愛知県がんセンター研究所の西塚泰章先生の研究生になりました。西塚先生たちは、マウスの新生仔から胸腺を摘出してしまうと自己免疫疾患のような症状が出ることを発見したところで、その論文に惹かれました。ちなみに、胸腺というのはT細胞などの免疫系細胞が作られる場所で、免疫系の働きに重要な器官です。ですから、その現象を詳しく調べてみれば、自己免疫疾患に関するヒントが何か得られるかもしれないと思いました。
実験では胸腺を摘出したマウスに、正常なマウスから得たT細胞を補ってみることにしました。すると、生じていた自己免疫疾患の症状が、全く起きなくなったのです。この実験結果から、胸腺で作られるT細胞の中に、免疫反応を抑える細胞が含まれているのではないかと考えるようになりました。そしてその細胞が、免疫が体の中で暴走するのを防いでいるのではないかと考えたのです。
–– それが制御性T細胞の発見につながるのですね。
坂口: そうです。免疫反応を抑える働きをする細胞は、一体どれだろうか。それを解明することにしました。免疫系の細胞の同定は、細胞の表面に発現する分子(例えば受容体分子、接着分子)をマーカーにして行います。いろいろな分子をマーカーにして調べていったのですが、マウスの生体を用いてin vivoで実験していたこともあり、ずいぶん年数がかかりました。しかし、ついにはCD25というマーカーで同定できる細胞が免疫反応を抑えている、と突き止めることができました。
T細胞の中に、CD25をマーカーにして同定できる細胞が10%ほど含まれています。この10%の細胞をマウスから取り除くと自己免疫の反応が起こり、その細胞を戻すと反応が収まって元気になるのです。この制御性T細胞について、1995年に論文として発表しました1。研究開始からは20年近くがたっていましたが、ようやく突き止めることができて、うれしかったですね。自然に笑いがこみあげてきたのを、今でも覚えています。
–– 1995年の論文に対して周囲の反応は?
坂口: それまでは、制御性T細胞の存在を信じてくれなかった研究者たちも、この論文を契機に徐々にですが、認めてくれるようになりました。CD25マーカーを使えば、誰が実験しても追試ができて、私の主張が再現できたからです。
–– それで、制御性T細胞の存在を誰もが認めるようになって?
坂口: それにはもう少し時間がかかりました。
Foxp3という転写因子が存在するのですが、このFoxp3が、IPEX症候群(重篤な自己免疫病、アレルギー、炎症性腸炎を発症する遺伝性免疫疾患)というヒトの稀な病気の原因であることが、他の研究者により2000年頃に発見されました。この病気の病態は、マウスで胸腺を摘出したときに起こる自己免疫反応と同じものでした。
私たちは、Foxp3について研究を開始しました。そして、これに変異が起きた場合、制御性T細胞が作られないことを発見したのです。詳細に検証した結果、Foxp3は、制御性T細胞の発生や機能を制御する「マスター転写因子」(遺伝子発現を制御して、その細胞が何の細胞になるかを決める最も重要な因子)であることが分かりました。これについては2003年に論文発表2しましたが、これこそみんなが注目してくれるようになったきっかけだったと思います。その後は、多くの研究者が、どういうメカニズムで免疫が抑えられるかなどの細かいメカニズムを研究するようになりましたね。
制御性T細胞(TReg)発見の軌跡
青はマウスでの実験、赤はヒトでの実験。FOXP3:フォークヘッドボックス転写因子P3、ICOS:誘導性T細胞共刺激因子、IPEX:X染色体連鎖免疫制御異常多発性内分泌障害消化器病。 Credit: Sakaguchi, S. et al. Nature Reviews Immunology 10, 490-500 (2010).
免疫が自己を攻撃しない仕組み
–– 制御性T細胞は、自己と他者を区別して免疫を抑えるのでしょうか?
坂口: 普通のT細胞も制御性T細胞も、自己と他者を含めたさまざまな抗原を認識できる抗原受容体のレパートリーを持っています。ただし、おそらく、制御性T細胞の方が普通のT細胞よりも、自己抗原を少しだけ強く認識できるようにもともと作られているのです。ですから、自己抗原に対しては、制御性T細胞の方が(普通のT細胞よりも)素早く反応することができて、免疫反応を抑制してしまえるのです。
–– 自己を認識して攻撃するT細胞は、体の中から排除されてしまっているわけではないのですね。
坂口: 以前は、自己抗原を認識するT細胞は、早い段階で体から排除されると考えられていました。胸腺に含まれている未熟なT細胞が自己抗原に結合すると、そのT細胞は死ぬようになっているのです。でも、インスリンにしろ、甲状腺ホルモンにしろ、胸腺から離れた部位にあるさまざまな自己抗原については、これは当てはまりません。
私たちの体の中には、自己を認識・攻撃できるT細胞が本当にいないのだろうかと、私たちも含めて多くの研究者が検証を行ってきました。そして、測定技術が進歩した、最近5年間くらいの研究で明らかになりつつあることなのですが、健康な人の血液を調べてみると、一定の割合(約106個に1個)で自己抗原に反応するT細胞が存在すると分かってきたのです。それなのになぜ病気にならないかというと、制御性T細胞がそれらの増殖、活性化を抑えているので、そのような害のある免疫反応が起こらないということです。
–– 先ほどの説明で、制御性T細胞は自己抗原を認識しやすいように作られているとありましたが、どのような仕組みでそれが可能になるのでしょうか。
抗原は、T細胞の表面にある受容体に抗原が結合することにより認識されるのですが、「認識しやすい」ということは、受容体と抗原の親和性が強い(つまり、強く結合できる)ということです。
胸腺で制御性T細胞が作られるとき、制御性T細胞とT細胞は、共通の前駆細胞から分化して生じてきます。その際、自己抗原に対する親和性のより高い細胞が、制御性T細胞に分化することが観察されています。ただし、このような分化がどのような仕組みで起こるかは、よく分かっていないのです。
制御性T細胞の分化
–– 制御性T細胞の分化を調べることが、重要になってくるのですね。
坂口: まさしくそうです。私たちは今、そこを解明しようと研究しています。
胸腺において、前駆細胞が制御性T細胞に分化することを決定する重要な因子はFoxp3というタンパク質なのですが、では、そのFoxp3自体の発現はどのように決まるのでしょうか。発生生物学分野の研究から、細胞の運命を決定するような重要な転写因子の発現においては、ゲノム中のスーパーエンハンサーと呼ばれる部分が活性化するといわれています。さらに、このスーパーエンハンサーの活性化は、エピゲノムを調べると推定できます。エピゲノムとは、この場合、遺伝子のDNAやヒストンがどのように修飾されて遺伝子の発現を制御しているかを示すものです。
図1 制御性T細胞は前駆細胞から分化する
Satb1によりエピゲノムが成立し、その後、転写因子Foxp3により転写が調節される。
坂口: そこで、制御性T細胞を前駆細胞の段階から追跡して、エピゲノムを調べてみました。すると、制御性T細胞になる前駆細胞では、Foxp3が発現するずっと以前から、すでに制御性T細胞に特異的なエピゲノムの変化が起きていることを見つけたのです。また、このエピゲノムの変化には、ゲノムオーガナイザーと呼ばれるSatb1タンパク質が重要であることも発見しました。私たちの研究は、このようにゲノムやエピゲノムの変化が起こる最初の段階にさかのぼり、それを突き止めようとしているのです。なお、今回の研究成果は2017年にNature Immunologyに発表しました3(図1)。
–– ゲノムやエピゲノムの変化にまでさかのぼって仕組みを解明できれば、体の中の制御性T細胞を増加させたり、減少させたりできるようになるのでしょうか。
私たちが突き止めたいと思っているのは、そういうことです。制御性T細胞がどのように分化するのか、そのメカニズムを突き止めれば、普通のT細胞を制御性T細胞に安定的に変化させることができるようになると思うのです。一時的に制御性T細胞を増やすのならば、Foxp3を無理やり発現させることで可能かもしれません。でも、それでは発現が不安定で、すぐに体内から消失してしまうでしょう。私たちは、体内で制御性T細胞が分化していくのになるべく近い自然な方法で、制御性T細胞を作り出したいと思っています。そうすれば、安定した永続的な変化を引き起こすことができるでしょうから、治療に応用しようとしたときに、用いやすいのではないでしょうか。
–– 病気の治療としては、具体的にどのような応用が考えられますか?
坂口: 自己免疫疾患やアレルギー、臓器移植の際には、制御性T細胞を増やすことで病気を治療したり、拒絶反応を弱めたりすることができる可能性があります。また、がんの場合は、制御性T細胞を逆に減らすことにより、がんを攻撃する免疫を活性化させられるかもしれません。
こうしたことが、世界中で非常に活発に研究されています。飲み薬で制御性T細胞を増やしたり減らしたりしようとする研究もあれば、体の細胞を取り出して、それを増殖させて体に戻すという方法もあります。例えば、自己免疫疾患であるI型糖尿病の患者さんからリンパ球を取り出して、インスリンを認識する制御性T細胞だけを増やしてから元に戻すといった治療法などです。
–– 坂口先生は、制御性T細胞の研究と並行してSKGマウスの研究も続けていらっしゃいますね。
坂口: SKGマウスは関節リウマチを自然発症するマウスです。原因遺伝子を特定し、Natureに2003年4に発表することができました。関節リウマチを研究するよい動物モデルとなるので、こちらの研究は分かりやすく、すぐに評価してもらえました。
SKGマウスは、自己を攻撃する免疫反応が強くなっている一方で、制御性T細胞の機能もおかしくなっていて、免疫を抑制する反応が弱くなっているという特徴を持っています。ですから、制御性T細胞を治療に応用する研究にも使えて好都合です。
制御性T細胞の研究は最初の頃なかなか評価してもらえずに苦労したでしょうとか、嫌になりませんでしたかと、心配してくれる方がよくいらっしゃいます。しかし、こっちの研究は伸び伸びやらせてもらえましたし、一方でSKGマウスの研究もあったので、楽しく研究生活を続けてきました。その研究に成果が生まれ、大変うれしく思っています。
–– ありがとうございました。
聞き手は、藤川良子(サイエンスライター)。
Author Profile
坂口 志文(さかぐち・しもん)
大阪大学 免疫学フロンティア研究センター(iFReC)特任教授 1976年京都大学医学部卒業、同大学大学院に進学も中退し、1977年愛知県がんセンター研究所研究生となる。1983年京都大学医学部に戻り博士号(医学)取得。同年ジョンズ・ホプキンス大学客員研究員に。スタンフォード大学客員研究員、スクリプス研究所助教授を経て、1999年京都大学再生医科学研究所教授、2007年同研究所所長。2011年大阪大学iFReC教授、2016年より現職。2015年ガードナー国際賞受賞。2016年3月に定年記念講演をしたが「研究は、ばりばり続ける」と話す。
Nature ダイジェスト Vol. 14 No. 10
DOI: 10.1038/ndigest.2017.171020
参考文献
- Sakaguchi, S. et al. J Immunol. 155, 1151–1164 (1995).
- Hori, S., Nomura, T., Sakaguchi, S. Science 299, 1057–1061 (2003).
- Kitagawa, Y. et al. Nature Immunology 18, 173–183 (2017).
- Sakaguchi, N. et al. Nature 426, 454–460 (2003).
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