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マクロライド系抗生物質候補の全合成に成功

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 7 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160705

原文:Nature (2016-05-18) | doi: 10.1038/nature.2016.19946 | Hundreds of antibiotics built from scratch

Heidi Ledford

単純な構造の化合物のパーツを組み立てていくという手法で、300種以上のエリスロマイシン類似体が合成された。その中には、多剤耐性菌に対して抗菌活性を有するものもあった。

エリスロマイシンは、皮膚、肺、喉、耳などのさまざまな感染症に用いられている。 | 拡大する

MARK SYKES/SPL/ GETTY

細菌のタンパク質合成を選択的に阻害するマクロライド系抗生物質エリスロマイシンは、感染症治療の要として60年以上もの間使われてきたが、抗生物質耐性菌の出現が問題となっていた。今回、化学者たちが抗生物質耐性に打ち勝つ方法を粘り強い努力によって編み出したことで、エリスロマイシンが再び脚光を浴びている。

ハーバード大学(米国マサチューセッツ州ケンブリッジ)の化学者Andrew Myersらは、エリスロマイシンに類似した化合物(エリスロマイシン類似体)を、一から組み立てていく手法(全合成法)によって300種以上合成することに成功し、Nature 2016年5月19日号に報告した1。通常、化学者が新しい抗生物質候補を探索する際は、既存の抗生物質を出発物質とし、これを化学的に修飾することで、構造が少しだけ異なる化合物を作製する(半合成法)。しかし、こうした従来の手法では、今回のように300種を超える類似体化合物の合成は実現しなかっただろう。

Myersが合成したエリスロマイシン類似体の中には、耐性菌に対して抗菌活性を示すものが数種類含まれていた。これらの化合物をヒトに使うまでには十分な試験が必要だが、ほとんどの化合物は有望だとスクリプス研究所(米国カリフォルニア州ラホヤ)の化学者Phil Baranは言う。彼は、今回の研究は抗生物質の未来に可能性をもたらすものだと付け加える。「大掛かりな修飾を施したような類似体を、実用的な化学合成法で全合成できるようになったのです。これまで夢にも思わなかった抗生物質類似体がどんどん合成される可能性が出てきました」。

新しいレシピ

エリスロマイシンは、1952年に、フィリピンで採取された土壌サンプル中の放線菌Saccharopolyspora erythreusから初めて単離された。しかし、天然のエリスロマイシンは優れた薬とは言い難い。抗菌活性を有するものの、酸性条件下では不安定で、胃の中で化学変化を起こして毒性化合物を形成する。この問題に対処するため、エリスロマイシンを化学修飾によって安定化して毒性を軽減する方法が求められ、化学者たちはその技術をすぐに習得した。

しばらくすると、研究者たちは、別の理由からエリスロマイシン類似体の開発を余儀なくされた。耐性菌が現れたのだ。エリスロマイシンを数十年にわたって改変してきた化学者たちにも、もはや打つ手はほとんどなかった。「化学者たちはこの60年間、信じられないほどの独創性を発揮してきました。エリスロマイシンのような複雑な化合物を修飾することは極めて困難なのですが、それでも、長年にわたって取り組んできました」とMyersは言う。

Myersの研究チームは、別の方法でこの耐性菌問題を回避することに決めた。エリスロマイシン類似体を一から合成することにしたのだ。そして、単純な化合物を出発物質とする収束的合成(単純な化合物から複数の中間体を作製し、これらの中間体を結合させることで目的の化合物を得る)という戦略で、マクロライド系抗生物質候補を構築する実用的な全合成法を見いだした(「マクロライド系化合物の収束的合成」参照)。この新しい分子構築法には、5年の歳月が費やされた。

マクロライド系化合物の収束的合成
Myersらは、8種の単純な化合物(ビルディングブロック;色付きの図形)を準備した。それぞれの構造は容易に改変できる。この合成法では、それぞれのビルディングブロックを7つのステップで結合させていく。それぞれのビルディングブロックの化学基もマクロライド環形成後に改変可能である。Myersらは、この方法によって300種を超えるエリスロマイシン類似体を合成した。その中には、現在臨床試験が進められているソリスロマイシンも含まれていた。 | 拡大する

Nature 533, 326–327

スクリーニングの成功

Myersのチームは、新しい方法で得た305種のマクロライド系化合物を数種の細菌株でスクリーニングしたところ、大半の化合物は何らかの抗菌活性を持っていた。特に、マクロライド系抗生物質への感受性が高い肺炎球菌に対しては、化合物の83%が抗菌活性を示した。中には、多剤耐性菌株(複数の抗生物質に耐性を持つ細菌株)に対して抗菌活性を示すものもあった。

今回得られた化合物は、動物での試験がまだ行われていない。効能や安全性を高めるためには、今後、化学的な微調整が必要になるかもしれない。そこでMyersは、マクロライド・ファーマシューティカルズ社(Macrolide Pharmaceuticals)を米国マサチューセッツ州ウォータータウンに設立し、開発を進めていくことにした。

Baranは、Myersらの今回の合成法を「大胆」で「果敢」と呼んで称える。さらに彼は、今回の成功は有機化学の力を証明するものだと述べる。「古い抗生物質をよみがえらせて、有機合成化学の力を見せつけたのですから」。

(翻訳:藤野正美)

参考文献

  1. Seiple, I. B. et al. Nature 533, 338–345 (2016).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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