高脂肪食が大腸がんの発生率を高める仕組み
過剰な食物摂取は、肥満を引き起こすだけでなく、心血管疾患やがんなどの生死に関わる疾患の多くとも関連している1。摂取された食物中の成分は、代謝を再調整して、エネルギー収支を回復させる生理応答を引き起こす。この過程はすでにかなり解明されており、栄養、ホルモン、全身性因子による制御を受けていることが分かっている2。一方、摂取された食物中の成分が幹細胞の生物学的性質に影響を与え、その結果、組織の機能や腫瘍の発生を変化させている可能性が示唆されているが、その仕組みはほとんど分かっていない3。このたびマサチューセッツ工科大学(米国ケンブリッジ)およびハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)のSemir Beyazらの研究チームは、食餌に脂肪が多く含まれると、腸幹細胞(ISC;intestinal stem cell)や腸前駆細胞の増殖が直接促進され、それにより、がんを発生させ得ると考えられる「種」がより多く生じることを示して、Nature 2016年3月3日号53ページに報告した4。
腸における組織恒常性を維持するためには、腸常在性ISCが、自己複製と、娘細胞である腸前駆細胞への分化の間の動的なバランスを維持する必要がある(自己複製により幹細胞プールは増大し、一方の腸前駆細胞からは、最終的には腸上皮の全ての成熟細胞系譜が生じる)。摂取した栄養分は、成体の幹細胞の生物学的性質に影響を及ぼすさまざまな循環因子に変化を引き起こし、自己複製と細胞分化のバランスに影響を与え、組織のリモデリングや再生を変化させる2。さらに、ISCは消化を受ける食物中の成分と密に接触するので、摂取された食物の分子的構成要素によって直接調節される。
今回Beyazらは、脂肪分を60%含む高脂肪食(HFD)を9~14カ月間摂取したマウスでは、ISCと腸前駆細胞の両方の数が増加し、増殖率も上昇することを報告した。この変化は、これらの細胞種が位置する陰窩と呼ばれる上皮の窪みの深化やその再生につながった。ISC活性を評価するのに広く用いられているin vitroでの培養アッセイでは、HFDを摂取させたマウス由来の腸陰窩がオルガノイドと呼ばれる小さな腸様の構造を形成する能力が増強していた。また、HFDを摂取させたマウスの腸前駆細胞もオルガノイドを形成できたことから、腸前駆細胞はHFD条件下ではより幹細胞に近い性質になると考えられた(図1)。ISCや腸前駆細胞におけるこれらの変化は、肥満自体の結果というよりも、HFDに含まれるパルミチン酸やオレイン酸などの脂肪酸によって引き起こされていた。
Beyazらは、HFD摂取マウスを対照マウスと比べた場合、ISCや腸前駆細胞の機能が変化しているにもかかわらず、腸全体としての長さが短縮し質量が減少していることを見出した。この理由についてBeyazらは、HFD摂取マウスでは、吸収上皮細胞やパネート細胞などの腸内の有害な細菌を防御するタイプの成熟細胞種の数が減少しているからだと説明している。これらの知見をまとめると、ISC数の増加や再生能の増強にもかかわらず、未分化ISCプールは維持されていると考えられた。
通常、幹細胞はニッチと呼ばれる特殊化した環境に存在しており、隣接する細胞との情報伝達により幹細胞の正確な調節が確保されている。パネート細胞はニッチの不可欠な構成要素であり5、ニッチ全体に散在している。2012年にこの研究チーム(Beyazは含まれていない)は、カロリー制限によりニッチのパネート細胞の数が増加することで、ISCの自己複製や、その後の腸再生が促進されることを報告している6。今回の研究は以前の研究とは対照的で、無制限のHFD摂取により、ISCがニッチから脱出することで、パネート細胞数の減少に適応できたことを示している。例えば、通常はパネート細胞が産生するいくつかのシグナル伝達タンパク質(Jag1やJag2など)について、HFD摂取マウスのISCでは発現上昇がみられ、ニッチ非依存的な増殖が維持されている。
ヒトの大腸がんの発生率は、食事誘発性肥満と相関している7。その上、成体の幹細胞は、数種のがんにおいて起源であると考えられている8。Beyazらは、HFDによって誘導されるISCやISC様前駆細胞のプールの拡大により、マウスは腸の腫瘍を発生しやすくなることを示した。対照的に、カロリー制限によりISC数は増加するが6、腫瘍発生の減少にも関連が見られた1。この矛盾の一部を説明するものとしては、これら各条件で、幹細胞機能の変化の基盤となっている機構が異なることが挙げられるかもしれない。つまり、カロリー制限は、ニッチとISCの相互作用の増加に関連するが、HFDは、幹細胞のニッチ非依存的増殖に関連しており、ISCを生理的な調節から切り離すことができる。これら2つの栄養状態により調節される各分子経路が、ISC内でどのように交わり情報交換を行うかを明らかにすることが今後の課題であり、そこから治療標的候補が見つかる可能性がある。
遺伝子発現プロファイルは細胞の状態の手掛かりになることが多い。PPAR(ペルオキシソーム増殖活性化受容体)やLXR(肝臓X受容体)タンパク質などの核内受容体は、栄養分を感知して遺伝子発現を調節することで、食餌誘発性の代謝変化と遺伝子発現プロファイルを結びつけている9。Beyazらは、遺伝子発現の解析によりHFD摂取マウスと対照マウスのISCを比較し、HFD摂取マウスではPPARのサブタイプの1つ、PPAR-δの標的遺伝子の発現が上昇していることを見出した。PPAR-δは、βカテニンを介する遺伝子の転写活性化機構(古典的Wntシグナル伝達経路またはβカテニン経路と呼ばれる)に関係があり10、この経路は腸の腫瘍発生に関与している。今回のBeyazらの研究では、遺伝学的実験および薬理学的実験から、食餌中の脂肪分によりISCおよび腸前駆細胞の機能が変化し、腸での腫瘍形成が引き起こされる過程の少なくとも一部が、PPAR-δとβカテニン経路によるWntシグナル伝達の活性化によることが明らかになった。
この研究で、食餌中の過剰な脂肪分が腸のリモデリングを誘導する仕組みについての細胞レベルおよび分子レベルでの説得力のある説明がなされた。しかし、全身的なエネルギー代謝や、がんとは別の消化器疾患に食餌中の脂肪分が作用する基本的機構については疑問が残っている。例えば、食餌により腸微生物相(腸に生息する微生物集団)の多様性や機能を直接調節でき、それを介して免疫や代謝活性に影響を与えられることが知られている。だが、このような微生物相の変化がPPAR-δ経路に統合されるのか、統合されるとすればどのような仕組みによるのかは、まだ分かっていない。微生物相には個体差があることから、HFD条件下での微生物相とISCの相互作用は、個体の腫瘍リスクの調節に関わっているかもしれない。
HFDによりクローン病などの腸の炎症性疾患のプログレッションが促進されることが分かっており、その過程はがんと同じく肥満とは無関係だ11。これらの炎症性疾患にISCがどのように関わっているかを調べることは非常に興味深い。また、HFDが腸の神経内分泌系(ニューロンからの入力を受け取るホルモン放出細胞)に影響を及ぼすかどうかは分かっていないが、ISCや腸前駆細胞の機能変化を介して、肥満に関連する代謝変化や2型糖尿病、心血管疾患の発症に関わっている可能性がある。
今回のBeyazらの研究では、HFDによる腸の構造の変化が可逆的なものであるかどうかについては言及されていない。その上、栄養状態の変化がISCの機能に影響を及ぼす仕組みも分かっていない。また、ISCを標的とする食餌介入あるいは薬理学的介入により、健康な腸機能を維持し、腫瘍や他のHFD関連ヒト疾患の発生率を低下させられるかどうかを明らかにするには、さらなる調査が必要だろう。今回の研究で得られた知見を基盤としてこれらを明らかにすることは、今後、ヒトにおいて個別化された栄養・健康管理を行うのに重要である。
翻訳:三谷祐貴子
Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 6
DOI: 10.1038/ndigest.2016.160636
原文
Dietary fat promotes intestinal dysregulation- Nature (2016-03-03) | DOI: 10.1038/531042a
- Chi Luo & Pere Puigserver
- Chi Luo & Pere Puigserverはハーバード大学医学系大学院およびダナ・ファーバーがん研究所(ともに米国マサチューセッツ州)に所属。
参考文献
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- Shyh-Chang, N., Daley, G. Q. & Cantley, L. C. Development 140, 2535–2547 (2013).
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