News & Views

地球は「大凍結」を辛うじて逃れている

Nature ダイジェスト Vol. 13 No. 4 | doi : 10.1038/ndigest.2016.160432

原文:Nature (2016-01-14) | doi: 10.1038/529162a | Earth’s narrow escape from a big freeze

Michel Crucifix

日射量と二酸化炭素濃度の関係から氷期の開始時期を予測する計算式が導かれ、完新世の地球が新たな氷期への突入を辛うじて逃れていることが裏付けられた。このままいくと、今後 5万年間は氷期に入りそうもないという。

図1:18世紀の燻製小屋
産業革命の少し前の大気中二酸化炭素(CO2)濃度は280ppmで、この値はすでに人間活動に伴う排出の影響を受けていた可能性がある。Ganopolskiら2は今回、複数のモデルを用いた研究で、280ppmという18世紀の大気中CO2濃度は氷期開始を5万年遅らせるのに十分なほど高かったことを示している。 | 拡大する

FLORILEGIUS/ALAMY

古気候学で盛んに議論されていることの1つに、「大気中の二酸化炭素(CO2)濃度は果たして、18世紀の産業革命以前に、すでに人間活動に伴って大きく変化していたのだろうか?」というものがある。南極の氷床コアの分析から、産業革命前の大気中CO2濃度は約280ppmであったことが分かっているが、もし農業が行われていなければ、その濃度は240ppm程度であったとする推定結果もある1。今回、気候変動ポツダム研究所(ドイツ)のAndrey Ganopolskiら2は、氷期の開始時期における日射量とCO2濃度の関係性を見いだし、これを用いたモデリング研究から、「CO2濃度が240ppmのままだったとすれば、地球は今頃氷期に入りつつあるはず」であり、「280ppmという産業革命前のCO2濃度でも、氷期は始まり得なかった」との結論を導き出して、Nature 2016年1月14日号200ページに報告した。

第四紀は通常、259万~1万2000年前の「更新世」と、更新世が終わってから現在まで続く「完新世」という2つの時代区分に分けられる。更新世は、非常に寒冷で中緯度域にまで氷河や氷床が発達する「氷期」と、比較的温暖で極域と高緯度域にのみ氷河や氷床が発達する「間氷期」が繰り返された時代だった。完新世は最新の間氷期に当たり、この間、人類は農業などさまざまな技術を発明し、そうした活動による環境への影響は指数関数的に増大している。人間活動の環境への影響を示すものの1つに、大気中CO2濃度の増加が挙げられる。だが、こうした影響は一体どの程度大きくなれば、気候や氷期開始時期に変化をもたらし始めるのだろうか?

2000年に行われたモデリング研究3では、産業革命前のCO2濃度はすでに、間氷期条件の期間を少なくとも5万年間保証するのに十分なほど高かったことが示されている(図1)。この研究ではまた、もしも今、氷期が開始していれば約6万年後には氷期最盛期に達することになるが、次なる氷期開始は人為的なCO2排出による温暖化効果のために今のところ起こり得ない、とも予測しており、Ganopolskiらの今回の研究結果とも一致する。他にも、次の氷期開始の時期について、過去のCO2濃度と氷量に関するデータを用いて較正した単純な動的気候予測システムによる確率論的評価が複数行われている4,5。これらの研究で使われたモデルと仮定は全て異なるが、氷期開始時期の予測は地球の公転軌道の変化に起因する予測可能な北半球日射量の低下に基づいて行われるため、結果はおおむね一致していた。

Ganopolskiらの今回の研究は、氷期開始の時期を予測する簡単な関係式を提示しており、これまでの研究を前進させるものといえる。彼らは、地球システムモデル「CLIMBER-2」を用いて、北半球での夏至の日射量が大気中CO2濃度に対数的に依存するある値を下回ると氷が形成され始めることを見いだし、そこから氷期開始の時期を予測する式を導き出した。

地球は、あと少なくとも5万年間は「凍らない」という。 | 拡大する

shulz/E+/Getty

Ganopolskiらは次に、この式を較正するため、モデル内の雲の高さを制御するパラメーター値を変えてシミュレーションを行った。このサンプリングプロセスによって、わずかに特徴の異なる20のモデルが効果的に得られ、そのうち過去の氷期開始を最もよく再現できるモデルはどれかが検討された。過去の氷期と間氷期は、海底堆積物の酸素同位体データに基づいて特定されており、その変動は「海洋酸素同位体ステージ(MIS)」と呼ばれる時代区分に従い、最近のものから順に、奇数番号は間氷期に、偶数番号は氷期にほぼ一致するように番号が振られている。Ganopolskiらはこの絞り込み過程において、MIS 19とMIS 11およびその後の氷期開始と、MIS 1(完新世)に特別な注意を払った。というのも、これらの時期はいずれも日射量が同じように変化したにもかかわらず、異なる結果につながったからだ(MIS 1は氷期開始に至っていない)。各時期のCO2濃度は、MIS 19で240ppm、MIS 11で280ppmだったことが分かっている。最終的に、モデルは4つに絞り込まれ、予測式は、過去の全ての氷期開始について正しいシミュレーション結果をもたらしたパラメーター値を用いて構築された。

絞り込まれた4つのモデルそれぞれで、MIS 1のCO2濃度を280ppmに設定してシミュレーションを行ったところ、いずれにおいても今後数千年にわたり著しい氷床の発達は認められなかったことから、280ppmという産業革命前の大気中CO2濃度は、地球が氷期に入るのを防ぐのに十分なほど高かったといえる。一方、CO2濃度を240ppmに設定すると、今から数千年前に氷が急速に形成され始め、現時点ではすでに氷期が開始している、というシミュレーション結果が得られた。Ganopolskiらはこれらの結果から、「完新世の地球は氷期開始から辛うじて逃れている」と結論付けている。一連のシミュレーションからはまた、CO2濃度が18世紀以降も280ppmのまま維持されていれば、間氷期の気候が少なくとも2万年間、おそらくは5万年間続いていたことが示されている。ところが、実際には産業革命以降、およそ500ギガトンの炭素(GTC;1GTCは3.6ギガトンのCO2に相当)が大気中に放出された。そのため、「おそらく次の氷期自体、訪れることはないだろう」とGanopolskiらは述べている。1000GTCの排出という十分起こり得るシナリオでは、今後10万年間は氷期が開始されないことがほぼ保証されるからだ。

CO2のこうした大量排出が続くのは長くても数世紀間程度と考えられること、また、人為的CO2は最終的に海洋に吸収されることを考えると、10万年という長期的影響は意外に思えるかもしれない。しかし、海洋はCO2の吸収で酸性化するため、それが海洋中の炭酸塩鉱物の溶解によって中和された後でなければ、それ以上のCO2を吸収することはできない。つまり、吸収可能なCO2量は限られており、吸収には時間がかかるのだ。実際、大気中CO2の平均半減期は、3万5000年のオーダーとかなり長い6。従って、氷期の開始を防ぐのに十分な量の人為起源CO2は、5万年後も10万年後も大気中に存在し続けることになるのである。

Ganopolskiらが今回用いた方法は、「摂動物理」サンプリングとして知られている。モデルが記述する物理的影響はそれぞれ固有のパラメーターによって制御されるが、そうしたパラメーターを変えていくことによって、異なる将来気候シナリオがサンプリングされたことになる。だが、どのモデルも完璧ではなく、モデルに付随して生じ得る誤差の全てがパラメーターを調節することで完全に補償されるわけではない。より良い予測を行うためには、現在まだ十分定量化されていない気候プロセスに特別な注意を払う必要がある。

中でも、過去の間氷期や氷期初期におけるCO2変化の原因は、依然として議論の的になっている。例えば、泥炭地に隔離される炭素の変化幅と動態については明らかになっておらず1,7、もっと基本的なところでは、自然のCO2動態が氷期の開始に積極的な役割を担っているのか、あるいは、北半球高緯度域における氷蓄積によってCO2動態がその影響を増幅するように働くのかについても、まだ分かっていない。こうした不確定要素はあるものの、Ganopolskiらが今回導き出した主な結論は、おそらく今後も覆されることはないだろう。そしてそれは、「地球上に人類が残している人為起源CO2という足跡はすでに、人類社会を待ち受ける想像可能な未来をも超えて広がっている」とする過去の評価結果を強く裏付けるものである。

(翻訳:藤野正美)

Michel Crucifixはルーヴァン・カトリック大学(ベルギー)に所属。

参考文献

  1. Ruddiman, W. F. Annu. Rev. Earth Planet. Sci. 41, 45–68 (2013).
  2. Ganopolski, A., Winkelmann, R. & Schellnhuber, H. J. Nature 529, 200–203 (2016).
  3. Loutre, M. F. & Berger, A. Clim. Change 46, 61–90 (2000).
  4. Hargreaves, J. C. & Annan, J. D. Clim. Dynam. 19, 371–381 (2002).
  5. Crucifix, M. & Rougier, J. Eur. Phys. J. Spec. Top. 174, 11–31 (2009).
  6. Archer, D. J. Geophys. Res. Oceans 110, CO9S05 (2005).
  7. Menviel, L. & Joos, F. Paleoceanography 27, PA1207 (2012).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

プライバシーマーク制度