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「微生物ダークマター」から見いだされた希望の光

Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 3 | doi : 10.1038/ndigest.2015.150302

原文:Nature (2015-01-07) | doi: 10.1038/nature.2015.16675 | Promising antibiotic discovered in microbial ‘dark matter’

Heidi Ledford

培養不能な細菌を培養する画期的な装置が確立され、MRSAなどの薬剤耐性菌を死滅させる新規抗生物質が見つかった。

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2014年4月、世界保健機関(WHO)は「ポスト抗生物質時代」、つまり、ありふれた感染症や軽度のけがで人々が死ぬ時代が、今世紀中にも到来するかもしれないと発表した。多剤耐性菌のメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)はすでに医療機関から地域社会へと広がっており、多剤耐性結核の2013年の新規発生症例数は48万例に上っている。

こうした警告が発せられる中、米国メーン州のとある草原の土壌に棲む細菌から、MRSAなどの薬剤耐性菌を死滅させる新しいタイプの抗生物質が発見された。しかもこの抗生物質の作用機構は、病原菌が耐性を進化させにくいものらしい。

発見者であるノースイースタン大学(米国マサチューセッツ州ボストン)のKim Lewisを中心とする研究チームは、この有望な新規抗生物質を「テイクソバクチン(teixobactin)」と名付けた。Lewisらは、マウスでの実験で、テイクソバクチンがMRSAに対し優れた活性を示すこと、また培養細胞を用いた実験により、他の広範な病原菌に対しても有効性が認められることを明らかにし、Nature 2015年1月22日号455ページで報告した1。ヒトでも同様の効果が実証されれば、抗生物質耐性との戦いにおける「救世主」となる可能性がある。

宝探し

ペニシリンを筆頭とする抗生物質は、感染症治療に大いに貢献してきたが、その開発は20世紀半ば以降あまり進展していない。それは、抗生物質の資源となる微生物のうち、培養可能なものは全体のわずか1%にすぎず、残る99%の培養不能な微生物は手付かずのままだからである。今回のテイクソバクチンを産生する細菌(グラム陰性細菌で、暫定的にEleftheria terraeと名付けられた)もまた、ペトリ皿の環境に適応できない「微生物ダークマター」であることから、これまで見落とされていた。

Lewisらは今回、彼らが以前開発した「iChip」という装置2を用いて、さまざまな土壌に含まれる微生物ダークマターの単離と培養を試みた。iChipは多数の微小チャンバー(小部屋)を備えたプラスチックプレートで、このプレートを希釈した土壌試料に浸すと、細菌をほぼ1細胞ずつ別々のチャンバーに振り分けることができる。細菌を保持したプレートの両面をそれぞれ半透膜で覆って土壌に埋め戻すと、土壌中の栄養素や成長因子が半透膜を通って装置内に拡散し、装置内の細菌はより自然に近い状態で増殖できる。通常、土壌からの細菌回収率は実験室培養では1%程度だが、このiChipを用いれば50%近くまで改善するという。

Lewisらは、こうして得た1万株の細菌コロニーについて黄色ブドウ球菌(S. aureus)に対する抗菌活性スクリーニングを行った。

有望な特性

テイクソバクチンの注目すべき点は、病原菌が耐性を発達させにくいと考えられることだ。既存の抗生物質の多くはタンパク質を標的としており、細菌は標的タンパク質の形を変化させる変異を蓄積することで比較的容易に耐性を獲得してきた。これに対し、テイクソバクチンは細菌の細胞壁を構成する2種類の脂質に結合することで細胞壁合成を阻害するとみられる。細菌にとって、脂質などの基本的な細胞構成要素を変化させることは容易ではないため、耐性獲得は難しいと予想される。

テイクソバクチンが活性を示した細菌は、MRSAの他にも、結核菌(Mycobacterium tuberculosis)など広範な種に及ぶ。しかし、対象とした病原菌が少数の実験室株であったことから、今後は、より新しい臨床分離株を用いた数十株規模での試験を繰り返し行うことが重要になるだろう。

今回の研究では、テイクソバクチンがマウスで毒性を示さないことが確認されているが、医薬品開発においてはヒトでの安全性を実証することが不可欠だ。開発の過程で抗生物質が頓挫する最大の理由は、その毒性にあるからである。

有望な特性を複数併せ持つテイクソバクチンは確かに魅力的な存在だが、この新規抗生物質は大半のグラム陰性細菌に対して活性を示さない。既知のあらゆる抗生物質に対して耐性を発達させた肺炎桿菌(Klebsiella pneumoniae)に代表されるグラム陰性細菌が、公衆衛生の大きな脅威となっている現状を踏まえれば、これは残念な結果といえよう。

それでも、iChip法によって未培養の新細菌からグラム陰性細菌を死滅させる新規な抗生物質を産生する細菌が見つかる可能性は大いにある。微生物ダークマターの探索は、まだ始まったばかりなのだ。

(翻訳:小林盛方)

参考文献

  1. Ling, L. L. et al. Nature http://dx.doi.org/10.1038/nature14098 (2015).
  2. Nichols, D. et al. Appl. Environ. Microbiol. 76, 2445–2450 (2010).

キーワード

Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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