解明が進むがん免疫療法
「免疫系ががんを制御している」とする考えは最近提唱されたものではない。19世紀末、肉腫患者の腫瘍が細菌感染後に退縮したのを目撃した米国の外科医William Coleyは、細菌の感染により患者自身が腫瘍を拒絶できるようになるという仮説を立て、加熱死菌の混合物(「コーリーの毒」)を腫瘍内に注入するというがん治療法を開発した。この治療により腫瘍の退縮が持続し、時に消失することもあるとColeyは報告しており1、これががん免疫療法(抗腫瘍免疫応答の利用)の先駆けとされている。また最近では、免疫調節の基礎となる分子機構が解明され、がん細胞が持つ「免疫監視を逃れる能力」を無効にする戦略、もしくは患者のがん進行を防ぐ戦略を考案するのに役立っている2-4。
このような抗腫瘍免疫応答を活性化するアプローチの1つに「チェックポイント遮断」と呼ばれるものがある。この方法では、がん細胞が免疫系から逃れるために利用する「免疫抑制」経路を抗体を使って遮断する。今回、5つの研究チームからこの手法に関する臨床試験を含む研究結果が報告され、それぞれNature 2014年11月27日号に掲載された5-9。これらの知見により、チェックポイント遮断に反応するがん種が新たに明らかになり、また、この治療法に反応する患者の特徴についても解明が進んだ。
この治療法が標的とする「免疫チェックポイント」は、生体内では通常、免疫系のT細胞の過剰な活性を抑制する分子的なブレーキとして機能しており、自己免疫を防ぐという報告10もある。免疫細胞上の細胞傷害性Tリンパ球抗原4(cytotoxic T-lymphocyte associated antigen-4;CTLA-4)とプログラム細胞死受容体1(programmed death-1;PD-1)という2つの細胞表面受容体は、免疫を抑制する免疫チェックポイント分子として重要で、T細胞上のこの分子がリガンドと結合すると、T細胞の活性を抑制する経路のスイッチが入り、免疫寛容が誘導される。PD-1経路の場合は、腫瘍細胞が発現するリガンド(PD-L1など)によって、PD-1を発現するT細胞に直接アポトーシスが誘導されることもある。その上、炎症が起こっている腫瘍微小環境(腫瘍を取り囲む細胞や血管など)では、T細胞以外にもCTLA-4やPD-1を発現する免疫細胞が存在しており、これらにもリガンドが結合すると、抗腫瘍応答は持続することなく終息へと向かう。
CTLA-4やPD-1を遮断する抗体には、患者の治療薬としてすでに承認済みのものがある。CTLA-4を標的とするイピリムマブ、そして、PD-1を標的とするペンブロリズマブおよびニボルマブである。その臨床反応は持続することが多く、治療を受けた患者の一部では疾患の進行が何年も抑えられている11-13。しかし、これらの治療薬の有効性は、黒色腫と腎細胞がん以外では確認できなかった。その上、抗体の結合によって引き起こされる細胞的事象の詳細や、抗体が結合する抗原の正確な分子構造は不明であった。
今回、バーツがん研究所(英国ロンドン)のThomas Powlesら5とエール大学医学系大学院(米国ニューヘイブン)のRoy S. Herbstら6は、PD-1のリガンドであるPD-L1を遮断するモノクローナル抗体「MPDL3280A」の第I相臨床試験の結果を報告した。Herbstらは、MPDL3280Aが非小細胞肺がん、黒色腫、腎細胞がん、および他の固形腫瘍の患者に対して治療反応を誘導することを報告した。PD-1経路を遮断する他の抗体でもこれらの疾患の一部で有効性が確認されており11,14-16、Herbstらの結果はそれを裏付けるものである。一方、Powlesらは、尿路上皮膀胱がんの大規模な患者群におけるMPDL3280Aの治療効果を解析した。どちらの臨床試験報告書にも、患者の一部で反応が持続したこと、また、この治療薬による毒性は低く、重症度の高い有害事象は非常にまれであったという結果が記録されている。これらの結果により、PD-1経路の遮断が有意義な治療効果を示す悪性腫瘍の範囲が大幅に拡大したといえる。
a:腫瘍細胞は、がんを駆動する変異と新抗原の発現を引き起こす「パッセンジャー」変異の両方を発現している。パッセンジャー変異により生み出された「新しい」分子構造は、細胞表面のMHCタンパク質に提示されると、免疫系のT細胞に「外来抗原」と認識され、腫瘍に対する免疫応答が誘導される。しかし、PD-1受容体とそのリガンドPD-L1(これらの両分子は腫瘍細胞、T細胞およびマクロファージなどの他の免疫細胞に発現している)の相互作用は、T細胞の活性を抑制するシグナル伝達経路を活性化し、結果として抗腫瘍免疫応答を抑制する。
b:PD-1あるいはPD-L1に結合することでPD-1経路を遮断する抗体は、T細胞の活性と増殖を再び活性化できるので、増強された抗腫瘍免疫応答を引き起こす。
PD-1遮断の効果に関する最も初期の報告14,15,17,18以降、腫瘍細胞に発現するPD-L1は、治療反応を予測するための「バイオマーカー」候補として期待を集め、バイオマーカー探索研究の中心となってきた。腫瘍細胞にPD-L1の発現が見られる患者がPD-1経路遮断薬に対し反応すると考えるのが道理に思われるからだ。だが、PD-L1の発現は二元的ではないし、変動することもあるため、治療反応の予測因子となり得るかどうか分かっていなかった。今回、Herbstらおよびカリフォルニア大学ロサンゼルス校(米国)のPaul C. Tumehら7は、臨床反応の予測には、PD-1経路遮断への反応を増強できる「腫瘍細胞でのPD-L1の発現」単独では不十分で、腫瘍に浸潤した「免疫細胞でのPD-L1の発現」も重要な因子であることを明らかにした(図1)。さらにTumehらは、ペンブロリズマブ治療を受けた黒色腫患者の試料を用いて、PD-1遮断が腫瘍退縮効果をもたらすには、腫瘍との境界部にCD8+ T細胞(標的細胞を直接殺傷するT細胞サブセット)、PD-1発現免疫細胞およびPD-L1発現免疫細胞が存在し、かつ、抗原特異性が高いT細胞受容体を持つT細胞集団が存在する必要があることを明らかにした。総合すると、腫瘍が免疫系に認識されており、そのためPD-1やPD-L1を発現する免疫細胞が腫瘍に浸潤している場合に、この治療法が特に感受性で有効な臨床反応を示すと考えられる。
ジェネンテック社(米国カリフォルニア州サウスサンフランシスコ)のMahesh Yadavら8とワシントン大学医学系大学院(米国セントルイス)のMatthew M. Gubinら9は、別の次元から検討を行い、「パッセンジャー」変異(がん細胞に見られるがんの発生や進行に直接寄与しない変異)が腫瘍免疫で重要な役割を担っている可能性を示した。パッセンジャー変異によって生じる新抗原は抗腫瘍T細胞の標的になり得るという証拠が増えているが、大量の新抗原の中から機能的に重要なものを見つけ出すことのできる良い方法がこれまでなく、研究が進んでいなかった。Yadavらは、2つのマウス腫瘍細胞株のエキソーム(タンパク質をコードしているゲノム領域)の塩基配列を解読し、マウスの参照エキソームと比較することで、腫瘍細胞の新抗原の候補を予測した。Yadavらは並行して、T細胞に抗原を提示する主要組織適合複合体(MHC)タンパク質に結合する新抗原をMHC抗体を用いた免疫沈降法により単離し、得られたペプチドを質量分析で解析することでペプチド新抗原を予測し、このような予測され得る新抗原の中から免疫原性(免疫応答を惹起できる性質)が期待できるものを、変異が生じた構造的位置やMHCとの結合親和性などから見つけ出した。
意外なことに、この過程ではわずかな新抗原候補を見出すことしかできなかった。だが、見つけ出された新抗原はin vivoで高い免疫原性を示し、また、その新抗原はがんの発生には直接寄与しないと考えられる遺伝子にコードされていることが分かった。このことから、免疫原性の変化はパッセンジャー変異によって引き起こされることが確認された(図1)。Yadavが編み出したアプローチは、免疫原性抗原を発見するための方法として重要な進歩であるだけでなく、多くの実験系にも適用可能と考えられる。しかし、発見された新抗原の数が少ないことは、このアプローチの本質的な感受性の限界を反映しているのか、あるいはMHCに提示される抗原種の少なさを表しているのか、現時点では明らかではない。
一方、Gubinらの研究チームは以前、進行性に増殖するメチルコラントレン誘発肉腫をマウスに移植する腫瘍モデルにおいて、変異型スペクトリンβ2タンパク質が、腫瘍の強力な免疫原性の原因になること、また、免疫が仲介する腫瘍拒絶に抵抗性を示す腫瘍はこのような新抗原を欠損していることを報告している19。今回、Gubinらはさらに研究を進め、腫瘍拒絶に抵抗性を示す腫瘍を移植されたマウスが、抗PD-1抗体および/あるいは抗CTLA-4抗体の投与により、再び腫瘍を拒絶できるようになることを示した。Gubinらは、Yadavらと同様のアプローチを用いて、抗PD-1が仲介する腫瘍拒絶効果を生みだす新抗原を特定し、それが、Alg8およびLama4という2つの遺伝子の変異により生じることを明らかにした。さらに、これらの新抗原をマウスにワクチン接種すると、チェックポイント遮断治療に匹敵するレベルの腫瘍拒絶が引き起こされた。この結果は、腫瘍の新抗原がチェックポイント遮断治療の強力な機能的標的であることを示す説得力のある証拠であり、別の研究チームの最近の結果を裏付けてもいる20。
今回の5報の論文を含めた最近の研究結果、抗腫瘍自然免疫においても、チェックポイント遮断治療により生じる抗腫瘍活性においても、腫瘍特異的な変異に対する免疫応答が中心的な役割を果たしていることを裏付けている。さらに、ごく最近では、イピリムマブ治療を受けた黒色腫患者において、腫瘍が発現する特定の新抗原が患者の有効な臨床反応に関連していることが報告されている21。興味深いことに、これらの抗原と細菌やウイルス由来の免疫原性抗原には顕著な類似性が認められることから、Coleyの仮説は妥当性があると考えられる。
翻訳:三谷祐貴子
Nature ダイジェスト Vol. 12 No. 2
DOI: 10.1038/ndigest.2015.150230
原文
Antitumour immunity gets a boost- Nature (2014-11-27) | DOI: 10.1038/515496a
- Jedd D. Wolchok & Timothy A. Chan
- Jedd D. WolchokおよびTimothy A. Chanはともにスローン・ケタリング記念がんセンター(米国ニューヨーク州)に所属。
参考文献
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