狙いどおりのナノチューブに成長する「種」
単層カーボンナノチューブ(SWCNT)の魅力は、合成可能な種類が100以上も存在することだ。しかし、この多様性は同時に、SWCNTの最も厄介な面でもある。ナノチューブは種類によって特性が異なるため、必然的にその応用も異なってくると予想されるが、ナノチューブ合成では通常、どの方法を用いても生成物はおよそ5~50種類からなる混合物として生成する1,2。またその種類の多さゆえ、生成したナノチューブを種類ごとに分離する操作は煩雑なものになっている。こうした手順を回避すべく、研究者たちは20年間にわたり、単一種のSWCNTのみを成長させる試みを続けてきた。そんな中、スイス連邦材料科学技術研究所(EMPA;デューベンドルフ)のJuan Ramon Sanchez-Valenciaらはこのたび、単一種SWCNTの制御合成についに成功し、Nature 2014年8月7日号61ページに報告した3。
それぞれのSWCNTは、「カイラル指数」と呼ばれる2つの整数の組(n,m)で定義される。グラフェンシート(グラファイトを構成する炭素原子層で、炭素原子が六角形格子状に並んだハニカム構造をしている)を筒状に巻いてチューブを作ったと仮定すると、巻き方によって筒の太さや筒の軸に対する炭素格子の向きが異なるSWCNTができる。この「巻き方」を表す幾何学的指標がカイラル指数であり4、この指数が分かれば、チューブの直径とカイラル角(グラフェンシートの巻き方向と基本格子ベクトルとの角度)という2つの固有な基本パラメーターを求めることができる。ちなみに、この「カイラル(chiral)」という用語はいささか語弊がある。なぜなら、カイラルとは非対称性に関係する特性で、SWCNTには非対称ではないものもあるからだ。
SWCNTには多くの種類がある(図1)が、それらは全て、大きく分けて「金属SWCNT」と「半導体SWCNT」の2種類に分類できる。金属SWCNTは、金やアルミニウムと同様に電気を通し、半導体SWCNTは、シリコンやガリウムヒ素半導体のように調節可能な電気伝導度を持つ。こうした電気伝導度はバンドギャップと呼ばれる特性(価電子帯と伝導帯の間の禁制帯幅)によって決まり、バンドギャップが小さいほど室温での電気伝導度は高くなる。金属SWCNTのバンドギャップが0電子ボルト(eV)であるのに対し、半導体SWCNTのバンドギャップは約1meV~1.5eVで変化し得る5。SWCNTの応用では、目的に応じて異なるバンドギャップが要求される。例えば、電線やケーブル用には0eVのバンドギャップが望ましいが、トランジスター用にはより大きなバンドギャップが好ましい。さらに、フォトニクスでの応用には、さまざまな色を発生させたり検出したりするために、それに応じた多様なバンドギャップが必要になる6。
今回の研究でSanchez-Valenciaらは、目的のSWCNTに合わせて設計した有機分子を多段階合成によって作製し、これを「シード(種)」分子として用いることにより、(6,6)のカイラル指数で表されるSWCNTのみを作製することに成功した。炭素源にはエタノールを用い、500℃の温度で白金表面上から各シードをSWCNTへと成長させている。
分子を使ってナノチューブのカイラリティーを制御する、というアイデアは決して新しいものではない7。だが、今回Sanchez-Valenciaらは、シード設計により特定のSWCNTだけを成長させる、という概念を桁外れなレベルまで引き上げている。つまり、シード中の原子配置を精密に制御することで、そこから成長するSWCNTの種類を事前に決定することができるのだ。今回の研究結果は、シードの設計・合成によって、どんなSWCNT種でも狙いどおりに作製可能なことを示唆している。
Sanchez-Valenciaらはまた、走査型トンネル顕微鏡法を用いて、白金表面上のシードの配向を画像化し、それらがSWCNTへと成長する過程の主要段階のスナップショットを撮影した。その結果、シード分子から椀状の「キャップ」が形成され、それが白金表面との接触部分から成長する「根元成長」という機構によりSWCNTへと成長することが明らかになったのである。根元成長は、触媒である白金原子が基板表面にのみ存在し、ナノチューブの先端(キャップの頂点)には存在しないために起きる。作製したSWCNTをラマン分光法で分析したところ、スペクトルに(6,6) SWCNTに特異的なピークが観察され、その特徴から生成したSWCNTが1種類のみであることが確認された。Sanchez-Valenciaらはさらに、SWCNT形成過程のさまざまな段階を把握するため、大規模なコンピューターモデリングも行った。
今回の方法は、SWCNTのカイラリティーを予測可能な形で制御できる、現時点で唯一の方法である。2014年6月には、固体合金触媒を用いて、(12,6) SWCNTを92%含むナノチューブ混合物の合成に成功したことが報告されている8。しかしながら、この方法では成長するSWCNTの種類を事前に決定することはできない。Sanchez-Valenciaらの方法では、500℃という比較的低い温度が採用されており、おそらくこの低温度がナノチューブ種の特異性維持に役立っていると考えられる。これより高い温度で成長させた場合、温度のわずかな変動がカイラル指数を変化させてしまう可能性があるからだ9。
今回のシード分子は、10段階のプロセスを経て合成された。こうした多段階有機合成の必要性から、今回の方法を負担が大きく制限的だと見なす人がいるかもしれない。だが、それは違う。このシード分子は、1mol(6×1023分子)当たりの重量が1.2kgと、化学メーカーで容易に合成可能な量である。もしも、Sanchez-Valenciaらが示したとおり、これらのシードの50%が白金表面上で成長に適した配置をとるとすれば、1molのシードから長さ10µmのSWCNTが5t以上も得られることになるのだ。
今回の手法では、SWCNTはちょうど絨毯の毛のように表面に対して垂直に立った状態で生成するため、SWCNT同士の絡み合いは最小限に抑えられる。それでも、課題はまだある。成長してある程度の長さに達すると、複数のSWCNTが集まって束を形成するようになってしまうと考えられるからだ。多くの場合、必要とされるのは束になっていないSWCNTであるため、それらが束になって生成するとすれば、溶媒で処理したりポリマーで被覆したりしてほどかなければならなくなるだろう。また、代表的なSWCNTの成長方法において、それらが占める表面積の割合は1%程度である10。これをシードの半分が成長すると仮定されるSanchez-Valenciaらの方法に当てはめると、SWCNTへと成長するシードをこの表面密度にするには、出発物質となるシード分子1kg当たり約30km2の白金表面が必要になる。
一方、生成したSWCNTのデバイスへの応用では、これらのナノチューブを狙いどおりの場所に正確に並べる必要性があり、それが開発の障害となっている。また、シード分子を利用するこの方法で、実際に他のカイラル指数を持つSWCNTを選択的に成長させることが可能かどうかは、まだ分かっていない。
Sanchez-Valenciaらの今回の成果は、SWCNT合成における飛躍的な進歩といえる。この分野で20年にわたり研究を続けてきた者にとって、こんな小さなSWCNTの選択的成長の実現にこれほどまでに時間を要したことを思うと、ある意味非力さを感じる。だが同時に、ここまで明確な躍進は励みでもある。
翻訳:藤野正美
Nature ダイジェスト Vol. 11 No. 11
DOI: 10.1038/ndigest.2014.141128
原文
Seeds of selective nanotube growth- Nature (2014-08-07) | DOI: 10.1038/512030a
- James M. Tour
- James M. Tourはライス大学(米国ヒューストン)に所属。
参考文献
- Kitiyanan, B., Alvarez, W. E., Harwell, J. H. & Resasco, D. E. Chem. Phys. Lett. 317, 497– 503 (2000).
- Bachillo, S. M. et al. Science 298, 2361–2366 (2002).
- Sanchez-Valencia, J. R. et al. Nature 512, 61–64 (2014).
- Dresselhaus, M. S., Dresselhaus, G. & Eklund, P. C. in Science of Fullerenes and Carbon Nanotubes (Academic, 1996).
- Matsuda, Y., Tahir-Kheli, J. & Goddard, W. A. III J. Phys. Chem. Lett. 1, 2946–2950 (2010).
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