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ドイツの科学は絶好調

Nature ダイジェスト Vol. 10 No. 12 | doi : 10.1038/ndigest.2013.131216

原文:Nature (2013-09-19) | doi: 10.1038/501289a | Germany hits science high

Quirin Schiermeier

8年間のメルケル政権下で積極的な投資を受けてきたドイツの科学が絶好調だ。しかし、2013年9月のドイツ連邦議会選挙をきっかけに、予算上の圧力が科学への投資にブレーキをかけるのではないかという懸念も出てきた。

3期目を迎えるドイツのアンゲラ・メルケル首相。

Credit: THOMAS PETER/REUTERS/CORBIS

ドイツのアンゲラ・メルケル首相は、元は物理学の研究者だった。それもあってか、ドイツの科学研究は、彼女が最初に首相に就任した8年前から、政府からの豊富な資金提供を受けて繁栄を謳歌してきた。2013年9月22日にはドイツ連邦議会選挙が控えている(訳註を参照)。事前予想では、メルケル首相が率いるキリスト教民主同盟(CDU)と自由民主党(FDP)の連立与党が優勢だが、選挙後に政権が3期目に入ると、この満ち足りた日々が終わってしまうのではないかと科学関係者は懸念を募らせている。

SOURCE: BMBF

表面的には、あまり心配する必要はなさそうに見える。ドイツ連邦政府の科学関連の支出は、2005年には総額90億ユーロであったが、2013年には60%も増加して約144億ユーロになった(「ドイツ科学の興隆」参照)。ちなみに1995年から2005年までの期間、ドイツの科学予算は7.5%しか増えなかった。産業分野の研究も盛んになっている。ドイツは現在、国内総生産(GDP)の3%近い金額を科学技術のために支出している。この3%という数字は、EUの成長戦略「EU2020」の主要目標として掲げられたもので、今のところ、フィンランド、スウェーデン、デンマークしか達成できていない。

これらの投資は十分な成果を挙げた。2013年9月、世界経済フォーラム(スイス)は、ドイツの国際競争力ランキングの順位を2つ上げて、スイス、シンガポール、フィンランドに次ぐ第4位とし、研究開発への強力な投資がドイツの競争力を高めたと評した。

ドイツの82の研究所を運営するマックス・プランク学術振興協会の会長で、間もなく退任することが決まっているPeter Grussは、「科学を我が国の富と革新力の支えとしてしっかりと根付かせたことは、メルケル首相の大きな業績です」と言う。けれども選挙後に、債務削減、福祉、輸送などの予算上の圧力によって科学への投資が打ち切られるようなことになれば、バラ色の日々は終わってしまうと懸念している。

ドイツの政治状況は複雑だ。CDU・FDP連立与党の主なライバルは、Peer Steinbruckが率いる左派のドイツ社会民主党(SPD)である。けれどもSPDも、政権を奪取するためには、他の政党と連立を組む必要がある。連立パートナーの最有力候補は緑の党だが、このような小政党は、議席獲得に必要な得票率5%を達成できないことがしばしばあるため、CDUとSPDの大連立政権が誕生する可能性も否定できない。

科学をめぐる状況は、政治よりも単純だ。各党の選挙綱領を見ると、緑の党と左翼党を含め、現時点で議会に議席を持っている全ての政党が、科学を重視する姿勢を明確にしている。例えば、ドイツは現在、再生可能エネルギー源を柱とする脱原発、低炭素システムへの移行を計画しているが、全ての政党が、この「Energiewende(エネルギーシフト)」を支援するためのエネルギー研究を優先すべきだとしているNature 496,156-158; 2013参照)。また、ドイツで急激に進んでいる高齢化に対応するため、健康関連の研究を強化・再編するとの政党間合意もある。

気候変化も同じだ。また、2022年までにドイツ国内にある原子力発電所を全て停止するという決定など、主要な科学的問題に関してすでに合意されている方針を覆そうとする政党はない。

メルケル首相自身は、GDPの3%を研究開発に支出するという目標達成にドイツが「後れをとることはない」と断言している。しかし、ドイツ政府は、債務危機に陥っているギリシャをはじめとするユーロ圏の国々に対する債務減免と資金支援という重荷を背負い、自らに厳しい財政的制約を課している。「Schuldenbremse(債務ブレーキ)」と呼ばれる2009年の憲法改正により、連邦政府は2016年から、州政府は2020年から、赤字を出すことが許されなくなる。

ドイツの科学ブームは当面は続くだろう。マックス・プランク学術振興協会、ドイツ研究センターヘルムホルツ協会、および、大学に対する主要な研究資金提供機関であるドイツ研究振興協会(DFG)などは、第一次および第二次メルケル政権と共同で協議した結果、研究機関の財務計画を保障する「研究・イノベーション協定」をかちとり、過去8年間、その恩恵を受けてきた。各研究機関の予算は、2005年から2008年までは年3%、それ以降は年5%増額されてきた。また、ドイツ連邦教育研究省は、大学院や共同研究を支援する46億ユーロ規模の政府プロジェクト「エクセレンス・イニシアチブ」のために34億ユーロを提供しているNature 487, 519-521; 2012参照)

DFGにとって、科学ブームはプラスとマイナスの影響をもたらした。財源は大きくなったが、DFGへの助成金申請の成功率は、2009年の47%から2012年の32%へと低下したのだ。その原因としては、助成金を申請する科学者の人数が増えたことや、助成金の規模が大きくなったことが考えられる。DFGのPeter Strohschneider会長は、「これは、優れた研究申請であっても助成金を獲得できない場合があることを意味しています」と言い、研究者のやる気が下がることを心配する。

とはいえ基本的にはムードは良い。この10年で、ドイツ科学はその欠点をかなり克服することができた。マックス・プランク研究所が過去10年間に採用したポスドクの90%近く、大学院生の50%、科学ディレクターの40%以上が外国人である。同研究所は、新興分野で最先端の研究所も設立している。ミュールハイムでは、科学者たちが化学エネルギー変換とエネルギー貯蔵の改良法を研究している。海洋科学者たちは、建造費4億5000万ユーロをかけた新しい砕氷船の完成を楽しみにしている。

しかし、今後の見通しは文句なくバラ色というわけではない。連立与党とドイツ社会民主党(SPD)は、2015年に終了する予定の研究・イノベーション協定を延長することに賛成しているが、延長が保証されているわけではない。また、2017年にはエクセレンス・イニシアチブが終了するため、期間雇用されている数千人の科学者が失業する恐れが生じている。

リスクにさらされているのは若手研究者である。ボン大学の幹細胞研究者Oliver Brustleは、科学研究におけるドイツの存在感が増していることは認めながらも、「ドイツは若手科学者のキャリア開発に積極的に取り組む必要があります。ここには十分なテニュアトラックがないのです」と言う。ドイツの連邦制では、大学は16の州の管轄下にある。学生数の増加とともに、多くの研究機関、特に、北部と東部の財政的に苦しい州の研究機関が、資金不足気味になっている。そこで、憲法を改正して、中央政府が大学に資金を直接提供することを可能にし、講師と研究者の給料を増額することが提案されたが、州の支持を得ることができずに2012年に廃案となった。しかし、全ての政党が選挙後に再びこの問題に取り組むことを表明している。

ドイツ大学学長会議のHorst Hippler会長は、「多額の資金が注入されても、資金の流れが続くという保証がなければ、大学は終身のポストを提供できません」と言う。「次の政府は、この問題に緊急に対処しなければなりません。さもないと、単なる科学バブルに終わってしまいます」。

(翻訳:三枝小夜子)

(追加報告はAlison Abbottによる)

訳註:9月22日の選挙の結果、メルケル首相が率いるキリスト教民主同盟(CDU)は大勝したが、単独過半数を獲得することはできなかった。連立パートナーであった自由民主党(FDP)は、得票率が5%を下回ったために議席を獲得できなかった。そのため、CDUは緑の党との連立かドイツ社会民主党(SPD)との大連立の可能性を探っていたが、緑の党が連立不参加を表明したため、現在はSPDとの大連立交渉を進めている。

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Nature ダイジェスト Online edition: ISSN 2424-0702 Print edition: ISSN 2189-7778

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