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日本の科学者、政府の科学技術予算削減への抗議に結集

原文:Nature オンライン掲載)|doi:10.1038/news.2009.1108|Japanese scientists rally against government cuts

David Cyranoski

緊急討論会に参加した科学者たちの嘆きに、ホールを埋め尽くした聴衆は耳を傾けていた。

日本の科学者(江崎玲於奈、利根川進、森重文、野依良治、小林誠の各氏)は、科学技術予算を削減するという日本政府の計画を異口同音に批判した。

Kyodo

11月25日、急遽、東京大学に4人のノーベル賞受賞者と1人のフィールズ賞が集まり、「ノーベル賞・フィールズ賞受賞者による事業仕分けに対する緊急声明と科学技術予算をめぐる緊急討論会」が開催され、「新政権の科学技術予算削減方針に反対する意思」が示された。

いわゆる事業仕分けは、政府に任命された行政刷新会議ワーキンググループが多くの大型研究事業を含む約220件の政府支出事業に対する予算の削減を提言する作業である。各グループは約20人のメンバーで執り行われているが、その中に科学者はほとんど含まれていない。この討論会が開催されたとき、仕分け作業は最終週を迎えていた。ワーキンググループの提言は、来年度予算を3兆円削減するための政府の取組みの一環としてなされている。

予算削減が提言された事業には、大型放射光施設SPring-8(兵庫県佐用町)や世界最速のスーパーコンピューター開発事業が含まれている。しかし提言は、研究プロジェクトにとどまらず、多くの研究者の命綱である研究補助金の減額にまで及んでいる(Nature 2009年11月19日号258ページ「Japanese science faces deep cuts(大きく切り込まれた日本の科学技術予算)」参照)。

緊急討論会の終わりでは、集まった聴衆に、「大学予算と研究補助金の配分を決める際に学術と科学技術の専門家の意見を取り入れること」を政府に求めるという著名な科学者たちが作成した声明に賛同するかどうかが問われた。客席からは大きな拍手が沸き起こった。

津波のような抗議

日本の科学政策の世界は、ふだんはもの静かで落ち着いたところなのだが、この1週間にこうした声明が、突然相次いで発表されている。11月24日には日本のトップクラスの国立、私立の9大学の学長が集まって、政府の方針は「世界の潮流とまさに逆行する」とし、若手研究者に対する研究補助金と大学運営費関連予算の維持を求める声明を発表した。

11月25日には、コンピューターや情報技術を専門とする9大学の関連研究機関の長が、存続の危機に瀕したスーパーコンピューター開発事業への支援を求める声明を発表した。また同じ日には、東京大学に17あるグローバルCOE拠点のリーダーが署名した、予算確保に関する要望書が、東京大学総長名で発表された。日本で誉れの高い「世界トップレベル国際研究拠点形成促進プログラム」の5拠点の拠点長も同様の声明を準備しており、海外の同僚研究者からの支援の手紙を添えて勢いをつけたいと考えている。

東京大学での緊急討論会を組織した同大学の石井紫郎名誉教授(法学)は、この突然の抗議の高まりが、日本史上で最も騒然とした時期の1つだった1960年安保闘争を思い起こさせると話す。当時は、日米安全保障条約の改定に反対する教員と学生が激しい抗議運動を展開した。

事業仕分けのようすはライブ映像がインターネット配信されて全国民が政府の機構を見られるようになり、より多くの人々に政策に関する議論に参加してもらうことで、議論の透明性と国民の政治への参加意識が高まった。実際、11月26日午前の段階で文部科学省には、科学技術関連の事業仕分け結果に関するだけで、一般国民からの意見が約1万4000件も寄せられている。

満員の会場

東京大学の討論会では、事業仕分け結果に対する抗議が、これまでよりはるかに激しく噴出した。開催の準備が24日夜になって行われ、25日朝に告知されたにもかかわらず、学生、ジャーナリスト、教員合わせて約1000人が参加した。「これほど多くの学生が集まるとは思っていませんでした」と石井名誉教授は話す。ノーベル物理学賞受賞者の江崎玲於奈博士は、数分遅れで会場に到着し、会場の場所を学生に尋ねたところ、「2階ですが、もう満員で入れませんよ」といわれた。これに江崎博士は、こう答えた。「私が行かないと始まらないんだけどね」。

当日は、日本国民が基礎科学の価値を正しく理解していない点を嘆く議論が大部分を占めた。「人々は、GPS(全地球測位システム)、ワクチン、携帯電話といった具合に、身のまわりに基礎科学の成果がたくさんあることに気づいていない」とノーベル賞受賞者で免疫学を専門とする利根川進博士は語った。

ノーベル賞化学賞受賞者の野依良治博士は、理系大学院生に対する補助金が非常に限られており生活のためにパートタイムの仕事をせざるをえないケースが多いことや、日本の大学教育に対する投資額の対GDP比がOECD加盟国中で最下位に近いことを指摘した。「必要なのは金額を増やすことであって、減らすことではない」と野依博士は話す。

遅れて壇上の席についた江崎博士は、明るい面に目を向けようと試み、「これは、科学の意義をみんなに説明するチャンスだ」と語った。

また利根川博士は、Nature のインタビューに、ワーキンググループは「単なるショー」であり、科学者が抗議すれば事業仕分け結果に打ち勝つことができる、と語った。現在、博士は、鳩山由紀夫首相と予算削減について議論したいと考えており、「我々なら影響を与えられると思います」と話している。

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