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大きく切り込まれた日本の科学技術予算

原文:Nature 462, 258-259(号)|doi:10.1038/462258a|Japanese science faces deep cuts

David Cyranoski

日本の新政権は、選挙公約で科学に対する支援強化を明言していたが、これまでのところでは、科学技術予算が縮減される見込みである。

SPring-8/RIKEN/JASRI
大型放射光施設SPring-8は、3分の1から2分の1の予算縮減という評決を受けた。

SPring-8/RIKEN/JASRI

内閣府に新設された政府の諮問機関が科学事業に対する予算の大幅カットを提言したことで、日本の科学界は騒然となっている。

この9月に新設された「行政刷新会議」は鳩山由紀夫首相が議長となり、11月11日からは、同会議のワーキンググループが約220件の政府事業の再評価を始めた(事業仕分け)。この中には、数十件の卓越した科学事業も含まれている。

大幅な刷新の対象となるのは、大型放射光施設SPring-8(兵庫県佐用町)、世界最速のスーパーコンピューター開発事業、深海地球ドリリング計画、基礎研究助成プログラムをはじめとする数多くの科学事業である。

行政刷新会議の提言は、来年度予算を3兆円削減する作業の一環としてなされており、国内での研究の優先順位を長期にわたって総合的に変革しようという日本の新政権の意思が、これまでで最も具体的に示されている。

科学者は今回の提言に失望しており、日本の終わりを予言する科学者すらいる。ある著名な結晶学者は、匿名を条件に次のようにNature に語った。「こうしたことが続けば、日本の科学者は、若手を含めて海外へ流出し、日本の科学は死に絶えてしまうでしょう」。

鳩山政権は、無駄な事業への財政支出をやめ、高速道路の無料化のような一般国民のためになる施策に予算を投入することを選挙公約に掲げ、8月に政権交代を果たした。当時、鳩山首相はNature に対し、こうした流れの中でも科学に対する支援は強化すると語っていた1

しかしその後、鳩山政権は科学技術予算を削減してきている。10月には、文部科学省が、最先端研究開発支援プログラム(FIRST)の30件の事業に配分することになっていた、総額2700億円の研究費を1000億円に減額した2

10月8日には、日本の科学技術政策の最高決定機関である総合科学技術会議の本会議が開かれ、議長を務めた鳩山首相は、自分を含め数人の閣僚が理系出身者である現内閣は「大変珍しい」と指摘した。そしてさらに「私も研究をしていたから分かるが、研究者や学者というのは自分の研究に酔ってしまう」「新たな社会システムに合うように研究を発展させることがふさわしいのではないか」と話したことが日経産業新聞(2009年10月12日)で報道された。

今月に入り、東京では連日、行政刷新会議のワーキンググループによる事業仕分け作業が行われている。各対象事業の評価にかけるのは、1時間である。この作業のライブ映像はインターネット配信されており3、また、それぞれの事業に関する提言内容は毎日更新されるウェブサイト上で公開され、評価の要点は赤字で表示されている。これは日本としては驚くべきレベルの透明性といえる。通常の場合、予算は、密室での官僚どうしの取引が成立した後に決定されるのである。「こうなってしまうと交渉するのは難しくなります」と政策研究大学院大学(東京都)科学技術・学術政策プログラムディレクターの角南篤准教授は話す。

科学事業を評価する第3ワーキンググループは19人のメンバーからなり、エコノミスト、金融ストラテジスト、地方自治体の官僚、その他の国民代表と数人の科学者によって構成されている。これに対して、評価対象事業を弁護するのは、通常、各省庁の官僚であり、科学者ではない。

第3ワーキンググループは、SPring-8について、そのメリットが「十分に説明されていない」として、年間予算108億円を3分の1から2分の1程度縮減し、研究資金の一部をSPring-8のユーザーから利用料を徴収して賄うことを既に提言している。

「SPring-8予算の縮減は大打撃です。それ自体で大きな収益をあげられるような大型放射光施設は、世界中のどこを探したってありません」。こう話すのは、高エネルギー加速器研究機構 物質構造科学研究所(茨城県つくば市)に所属し、SPring-8事業にも協力している構造生物学者の若槻壮市教授である。若槻教授は、この事業仕分け作業が「一方的」だと嘆き、科学者には、自らのプロジェクトを弁護する「真の機会」が与えられていないと話す。また、結晶学が専門の月原冨武特任教授(兵庫県立大学)も、SPring-8で行われているタンパク質結晶構造解析やその他の基礎研究が打撃を受けると考えており、行政刷新会議の提言に抗議する運動を組織している。

日本国内に研究所のネットワークを擁する理化学研究所が計画するスーパーコンピューターは、今年の前半にエレクトロニクス大手のNECと日立が、突然、事業から撤退し、既に混乱状態に陥っている4。この事業は、「今や『ほとんど白紙の状態』にあるはず」という見方をワーキンググループは示し、日本主導で世界最速のスーパーコンピューターを開発する必要性はないとしている。

このほかにも第3ワーキンググループは、理研のバイオリソースセンターと植物科学研究センターに対する予算を3分の1、深海地球ドリリング計画の予算を10~20%縮減し、海洋研究開発機構の地球内部ダイナミクス領域(神奈川県横須賀市)の予算を少なくとも半減させることを提言した。さらに、多くの研究者の「生活の糧」である科学研究費補助金を含む競争的資金プログラムについて、「シンプル化、縮減」すべきだとした。本号(Nature 2009年11月19日号)の原稿締め切り後には、核融合が動力源になることを実証するための国際プロジェクトITERの一環として計画されている、日欧協力による熱核融合実験炉に対する事業仕分けが実施される予定である。

こうした予算縮減の提言が、科学技術予算の増額という当初の公約に矛盾するのか、また、提言された予算縮減分は他の研究分野に対する予算を増額することで相殺されるのか、といった点について、鳩山首相のスポークスマンは、「現在検討中だ」と語っている。

ワーキンググループの提言は、行政刷新会議での検討を経て、財務省に提出される。同省による来年度予算の発表は12月後半の予定だ。

参考文献

  1. Cyranoski, D. Nature 460, 938 (2009). | Article | PubMed
  2. Cyranoski, D. Nature 461, 854-855 (2009). | Article | PubMed
  3. http://www.cao.go.jp/gyouseisasshin/index.html
  4. Cyranoski, D. Nature doi:10.1038/news.2009.495 (2009).

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