Nature 150周年記念シンポジウム Event Report

日本科学未来
― 持続可能な開発目標の達成に向けたビジョン ―

日時:2019年4月4日(木) / 会場:東京大学 本郷キャンパス 安田講堂

主催

Nature Portfolio

共催

東京大学

1869年創刊のNature は今年150周年を迎える。これを記念するシンポジウムが東京大学安田講堂で開催され、日本の科学のトップランナーである大隅良典氏、柳沢正史氏や、Nature 編集長のMagdalena Skipperらが集った。日本の科学の未来を各氏はどう見ているか。自らの研究や体験をもとに語り、意見が交換された。

新たな分野の研究が実を結ぶまでには

Nature 創刊150周年記念シンポジウムは、五神真(ごのかみ・まこと)東京大学総長の開会挨拶で幕を開けた。シンポジウムを共催する東京大学では、多様な人々がその能力を発揮できる研究・教育環境のさらなる充実と、シンポジウムを共催する東京大学では、持続可能な開発目標を目指す取り組みを活発化させているそうだ。3つの基調講演が、引き続き行われた。

最初に登壇したのは、オートファジーの研究で2016年にノーベル生理学・医学賞を受賞した大隅良典(おおすみ・よしのり)氏(東京工業大学 科学技術創成研究院 栄誉教授)だ。「私の望みは、日本において、科学が文化の1つになることです」と大隅氏は訴えた。なぜか。今の日本では、研究の効率ばかりが求められる。だが、全く新しい分野を開拓するような科学研究が実を結ぶようになるには、長い年月がかかるものである。従って、性急に成果を求めるのではなく、社会における文化の1つとして科学研究の存在を認め、研究者がじっくりと研究に取り組める余裕があってほしいからだという。

大隅良典氏

私の望みは、科学研究が日本で文化の1つとなること 大隅 良典氏(東京工業大学)

大隅氏は、オートファジーに関連する論文数の推移をグラフで示し、ノーベル賞を受賞した研究でも、それが注目を浴びて関連論文数が飛躍的に増大するまでに、オートファジー発見から20年以上要したと説明した。またオートファジーのメカニズムが明らかになるにつれて、がんの治療などに応用できることが分かり、多くの人の関心を引くようになったものの、もともとは自身の純粋な科学的好奇心から探究を続けてきており、応用研究の出発点となる基礎研究の重要性を、大隅氏は改めて力説した。現在日本では公的研究費を得るために、今注目の研究テーマを選択しがちだ。だが、長い将来を見据えて、研究テーマの多様性を確保し、日本の基礎研究の裾野を広いものとすることができるよう、大隅氏は2017年に大隅基礎科学創成財団を設立し、自ら研究費の助成を行っている。

オープンでヒエラルキーのない研究環境で

基調講演の2人目は、睡眠に関する研究の第一人者である柳沢正史(やなぎさわ・まさし)氏(筑波大学 国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)機構長・教授)であった。柳沢氏は、血管収縮を制御する因子であるエンドセリンや、睡眠覚醒を制御する神経ペプチドであるオレキシンの発見者でもある。睡眠の機能や制御のメカニズムは現代においても大きな謎に包まれており、柳沢氏は、その解明に取り組んでいる。また、IIISは、文部科学省の「世界トップレベル研究拠点プログラム(WPI)」に採択された機関の1つである。2012年以来そのトップを務める柳沢氏は、研究環境の国際化、融合分野の創出などを実現できる日本の研究機関のモデルとなるべく、その研究環境づくりを主導してきた。

柳沢正史氏

大切なのは、研究者自身が面白いと思うことを自由に追求できること 柳沢 正史氏(筑波大学)

柳沢氏はもともと、長きにわたって米国のテキサス大学で研究室を主宰していたため、日米の研究事情に詳しい。研究において最も大切なことの1つは「研究者自身が面白いと思うことを、自由に追究できること」だとし、米国の多くの大学がそうであるように、オープンでヒエラルキーのない環境づくりを第一に考えているとのこと。例えば、IIISの全てのラボの人たちが一堂に会してのセミナーや抄読会などを頻繁に開く。訪問研究者には、半日〜1日滞在してもらい、全てのラボ主宰者と会話する機会を持てるようにする、などの取り組みを紹介した。また、1人の学生に対し、異分野に所属する2人のメンター(指導者)を設定し、共同研究を行う中で多様な考え方を学ぶという新たな博士課程プログラムも設立されている。多様性という点では、IIISの研究者の約30%が海外からの研究者であることも有効に機能しているといえよう。

Nature が見た日本の研究

基調講演を締めくくったのは、Nature 編集長のMagdalena Skipperだ。Skipperは、日本の科学研究の歴史をNature の論文と関連させながら振り返り、続いて、今回のシンポジウムの副題でもある「持続可能な開発目標(SDGs)」について話を向けた。SDGsは、2015年に国連が採択した、未来に対して世界で共有されるべき17のゴールから成り立っている。民主的で平和な社会を築くために設定された到達目標である。

Skipperは、多様性(ダイバーシティ)の問題をとりあげて取り上げ、論文の著者たちの多様性が高いほどその論文のインパクト(引用数)が高い、という研究データを紹介した。性別、民族や年齢などの多様性に関して、そのような結果が出ているという。多様性は研究の競争力を高めるというわけだ。それにもかかわらず、日本では、女性の研究者や女性の大型研究予算獲得者が非常に少なく、残念と指摘した。一方、日本の国際的共同研究数については近年増加しており、多様性が高まり、論文の競争力向上につながるだろうとのこと。明るい話題である。

Magdalena Skipper

研究者の性別、年齢、民族性などの多様性は、研究の競争力を高める Magdalena Skipper(Nature 編集長)

またSkipperは、SDGsとも関連するが、近年は研究プロジェクトの方向性の判断に、一般市民の意見を反映させることがあると指摘した。薬理学においては患者、気象学においては農家の人たち、環境学においては広く市民全般といった具合である。科学研究と社会とのつながりがより密接になっていることの表れだろう。

研究を評価するということ

プログラムの最後に、パネルディスカッションが行われた。モデレーターに白波瀬佐和子(しらはせ・さわこ)氏(東京大学 理事・副学長)を迎え、パネリストは、基調講演者の柳沢氏とSkipper、加えて、相田卓三(あいだ・たくぞう)氏(理化学研究所 創発物性科学研究センター 副センター長、東京大学 大学院工学系研究科 教授)、沖大幹(おき・たいかん)氏(東京大学 総長特別参与・未来ビジョン研究センター 教授)であった。

パネルディスカッション

相田氏は、自己修復機能を備えた樹脂ガラスという素材の開発者だ。環境に対する影響の優しい新素材なのだが、これを生んだのは、地道な基礎科学研究とのこと。SDGsを目指す上でも、大隅氏が基調講演で主張したような、土台としての基礎科学を支援することの重要性については、柳沢氏をはじめ、全員が賛同した。

しかし、成果が表れるまでに時間がかかるそのような研究を、研究の初期段階ではどのように評価したらよいのかと、白波瀬氏が問いかけた。それに対する1つのヒントとして、沖氏は「研究には、2タイプがあると考えるのがよいのではないか。1つはスポーツのようなタイプ。もう1つは芸術のようなタイプ」と提案した。スポーツにはルールがあり、それに沿って得点が決まる。つまり、評価方法を皆知っている。一方、芸術には評価する共通の尺度がない。従って、芸術タイプの科学研究の場合には、その良し悪しがそのときに判断できず、評価が後になって出来上がると。

芸術タイプの研究にはすぐに成果が出ないので、リスクが伴うかもしれない。日本の若手研究者が、リスクを恐れることなく研究に打ち込めるような文化をつくることは簡単ではないかもしれないが、大隅氏の言うように、望まれていることなのだろう。ところで、こうした問題には、研究資金やポジションの確保の問題も関係してくる。大隅氏も柳沢氏も、研究費が一極集中的に配分されるのではなく、若手を含めた広い裾野の層を安定して支援する体制が日本に必要だと異口同音に指摘した。さらに、税金からだけでなく、企業からも研究費としての資金的支援が得られるような文化が日本に育つことが望ましいとも発言している。

共通のゴールとしてのSDGsが果たす役割

Skipperは、学際的な出会いにより異分野の融合が起こると、新しい発想や新しい解決法を生み出すチャンスになると言う。そして、SDGsの研究は、自然科学から社会科学を含めて、いろいろな分野の人が出会い、協力する場を提供するチャンスにつながりやすいと付け加えた。学際的研究が新しい分野をつくり出した例として、SDGsの研究ではないが、人類学と遺伝学が結びついた古代ゲノム解析という分野の近年の発展を例に挙げた。柳沢氏も、自らが発見したエンドセリンが、時間を経て、分子生物学や培養学、薬理学を融合した、エンドセリン学ともいうべき新分野をつくり出したことを例に挙げた。沖氏は工学系の出身であり、20年ほど前に、水の循環についての研究を始めた。それから現在までを振り返り、研究分野の融合や出現、その評価などが、社会の変化とともに変遷してきたことを紹介した。

一方、相田氏は、学際的な取り組みの有用性に同意しつつも、日本では、大学内のラボ間の協力関係すら起こりにくい現状があると指摘し、そこから改革の必要があると訴えた。柳沢氏の研究機構は、そうした改革を行う上での1つのモデルになるに違いない。また柳沢氏は、自分の研究室からだけでなく、日本から世界に飛び出す若手研究者が増えてほしいと希望を述べた。

国際的な研究協力を活発化させることは、日本の科学の将来に必要だ
SDGsの共有は異分野融合や学際的研究を推進する

今回のシンポジウムでは、日本の科学の将来を見据えて、さまざまな意見が発信された。今回のシンポジウムの共催である東京大学の総長 五神氏はシンポジウムの冒頭挨拶で、大学全体が多様な人々と共に行動するためには、共感性の高い目標が必要であり、そのためにSDGsを活用していると述べていた。大学全体で目標を明確化して共有することにより、自然科学から社会科学、人文学まで、分野の垣根を越えた協力や連携が生じやすくなり、大学の科学研究力の向上につながるのだろう。

SDGsというゴールを共有することは、大学に限らず、他の研究機関においても、異分野融合や学際的研究を推進し、複数ラボ間の協力を生みやすくして、多様性を増して競争力を高めるきっかけになるはずだ。日本国内にとどまらず、国際的にも協力関係を進めていくことは、日本の科学の将来に必要なことだろう。

文:藤川良子(サイエンスライター)
写真:Taro IREI(フォトグラファー)


ポスターセッション

今回のシンポジウムでは、“Your Vision”「社会へ貢献するあなたの研究ビジョン」というテーマで、若手研究者を対象とするポスターセッションが開催された。持続可能な開発目標(SDGs)を目指し、人類と地球の未来に関する課題について研究を進めることは、世界の科学研究における重要な役割を担うことになる。自身の研究が持続可能な社会の形成にどのように貢献できるか、それについての仮説と展望がポスター上に表現された。

ポスターはシンポジウムに先立って募集され、海外からの留学生を含めた多数の応募があった。その中で、発想のオリジナリティ、論理の明確さ、社会へのインパクト、実現性などの評価に基づき、優秀者20名が選抜され、当日のポスターセッションに参加。自身の研究やそのSDGsとの関係を熱心に説明した。なおその中から、Nature 編集部と東京大学教員によるさらなる選考を経て、優秀2作品に、Nature 賞とSDGs賞が送られた。

ポスターセッション

Interview with the winners

ポスター優秀賞 Nature

風間 しのぶ

SDG6達成を目指して、教育・研究・実装における国際協力の道をひらく

東京大学大学院工学系研究科都市工学専攻 特任講師

世界には、衛生状態や安全性に問題のある水しか手に入らない地域が、数多く存在します。SDG6は「安全な水とトイレを世界中に」ですが、そこには往々にして目標達成を阻む3つの課題があります。経済的課題、ガバナンス上の課題、人的資源です。ですから、水供給技術を日本から提供するだけでは目標達成には至らず、課題解決の基礎となる水道事業に関わる現地人材の育成が大切です。

私自身は、所属大学の研究室で水供給システムについて研究しており、研究室でも、アジアの開発途上国を対象に、水供給システム改善を支援するプロジェクトを進めています。そのプロジェクトに関連して実際に現地を見たときに、先進国の技術がそのままで機能するわけではないということを、強く実感しました。つまり、その地域の人々自身が、衛生的な水の必要性や管理の仕方などの根本的な問題を理解し、その上で、先進国の技術を自分たちの社会にどのように取り入れるかを考えないかぎり、事態は解決しないということです。

研究室では、アジアの開発途上国の水道事業体から留学生を受け入れています。彼らはここで、水と衛生に関する工学的な知識や技術を学び、自国の問題をテーマに実例研究に取り組んでいますが、いずれ母国に戻り、社会を変えていくリーダーとなることが期待されます。私は、彼らと共に各国の実例研究を共有し、産学官の協働に展開させ、安全な水供給システムを拡張していきたいと考えています。そのような国際協力のあり方を、私はこのポスターで提案しました。

ポスター優秀賞 SDGs賞

山根 大輔

環境発電
─IoT社会のための自立的ワイヤレスセンサー

東京工業大学 未来産業技術研究所 助教

環境発電とは、身の回りにあるエネルギーを利用して発電を行うことであり、エネルギーハーベスティングともいいます。太陽光や風による発電はよく知られていますが、私は、「振動」によって発電する技術を研究しています。人が歩くことにより起こる振動、車が走ったときの振動など、環境には、ほとんど常に微小な振動が生じていますから、これを利用しようというのです。ただし、こうした微小な振動から得られるエネルギーは小さく、小さな発電機による小さな発電となります。では、その最適な応用先はどこか。私は、環境を監視するワイヤレスセンサーの電源を考えました。

将来のIoT社会では、無数の小型ワイヤレスセンサーによりさまざまなものがモニタリングされるようになるだろうと予測されています。例えば、橋や道路、ビルなどの建造物の健全性を監視するセンサー。これらのセンサーは、大量に必要になりますが、振動による発電機をワイヤレスセンサーに用いれば、小型で安価、電源供給やバッテリー交換などが不要、夜間・暗所でも発電可能、しかも半永久的に使用できることでしょう。現在、MEMSと呼ばれる微細な電子機械システム技術を用いて、実用化に向けた研究を進めているところです。

私はこれまで、自分の研究の詳細を詰めていくときに、常にSDGsに照らし合わせ、チェックしてきました。今回の受賞で、自分の研究がSDG7「エネルギーをみんなに、そしてクリーンに」に貢献できることを、多くの人に理解していただいたのだとうれしく思っています。


パネリスト
五神 真

東京大学総長

大隅良典

東京工業大学科学技術創成研究院 栄誉教授
公益財団法人 大隅基礎科学創成財団 理事長

柳沢 正史

筑波大学国際統合睡眠医科学研究機構(WPI-IIIS)機構長・教授

相田 卓三

東京大学大学院工学系研究科 教授
理化学研究所創発物性科学研究センター 副センター長

沖 大幹

東京大学総長特別参与・未来ビジョン研究センター 教授

マグダレーナ・スキッパー

Nature 編集長

白波瀬 佐和子

東京大学大学院人文社会系研究科 教授

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