Author Interview

女王バチを作るロイヤルゼリーの成分を発見!

鎌倉 昌樹氏

2011年5月26日掲載

「基礎研究がしたい。自分にはそれがいちばん合っている」。その思いを胸に、鎌倉昌樹氏は、7年ぶりに大学の研究室に戻ってきた。「ミツバチが女王バチに分化する仕組みを解明したい」。情熱を研究にぶつけた。だが、行く手には、さまざまな難題が次々と持ち上がった。その1つ1つを地道に乗り越え、とうとう、謎を解き明かした。気がつけば、民間企業での数々の体験がすべて彼の力になっていた。

―― 女王バチを作り出す物質とは、とても興味深いですね。

鎌倉氏: 女王バチになることを決定する因子がロイヤルゼリーに含まれているだろうということは、100年ぐらい前からわかっていました。ロイヤルゼリーは、働きバチの分泌物で、たくさんの栄養素を含んでいます。メスの幼虫のうち、ロイヤルゼリーを摂取した個体だけが女王バチに分化し、残りのメスは働きバチになります。女王バチは、働きバチに比べて体のサイズが1.5倍、寿命は20倍、卵を1日に2000個も生むという驚異的な存在で、ミツバチ集団における階級社会のトップに立つ個体です。

図1
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働きバチにロイヤルゼリーを与えられた幼虫は、女王バチとなる。

Credit: ISTOCK

―― ロイヤルゼリーは有名な物質ですが、これまで解析されてこなかったのですか?

鎌倉氏: ええ、その因子や分化メカニズムは全くわかっていませんでした。今回、やっと、女王バチへの分化を誘導するタンパク質が、ロイヤルゼリー中にあることが証明できました。ロイヤラクチンと名付けたこのタンパク質を摂取したミツバチの幼虫が、女王バチになるのです。また、これをショウジョウバエに与えたところ、驚くほど大きく成長し、まるで「女王バエ」のようになりました。

―― 鎌倉先生は、どのように解析を進められたのですか?

鎌倉氏: 研究に際しては、実験室でミツバチを発生させて、幼虫を飼育する必要がありました。そこでまず、幼虫飼育用の培地の成分を検討することにしました。女王バチを飼育する培地組成は知られていたのですが、働きバチの培地はわかっておらず、それが研究の進展を阻む要因の1つとなっていたのです。働きバチを飼育する培地が見つかれば、その培地にロイヤルゼリー成分を添加するか否かによって、女王バチになるかどうかの変化をはっきりと見分けることができるだろうと考えました。

私は以前勤めていた民間企業で、機能性食品の研究としてロイヤルゼリーを扱っていました。そのときの研究結果から、ロイヤルゼリーを40℃で7日間保存すると抗疲労効果が失われることがわかっていました。そこで、ロイヤルゼリーを高温で保存すれば、女王バチを分化させる因子の活性が消失するのではないかと考えついたのです。そして試行錯誤の結果、ロイヤルゼリーを40℃で30日間保存したものを培地とすることで、ミツバチの幼虫すべてを働きバチへと成育させることに成功したのです。

―― それから、培地の成分を分析されたのですね?

鎌倉氏: はい。新鮮なロイヤルゼリーと40℃で30日間保存したものとで、成分を比較してみました。すると、高温保存によっていくつかのタンパク質が減少しており、その中でロイヤラクチンと命名した分子量57ダルトンのタンパク質が女王バチの分化を誘導することがわかったのです。ロイヤラクチンは、私が以前、ロイヤルゼリーの品質の指標物質として見いだしたタンパク質で、細胞を増殖させる活性を持った生理活性物質であることが明らかになっていたものです。

図2
図2
働きバチの培地にロイヤラクチンを添加すると、女王バチ(右)が誕生した。左は働きバチ。

提供:富山県立大学工学部生物工学研究センター 鎌倉昌樹

―― 女王バチになるかどうかは、ロイヤラクチンの摂取だけで決まるのですか?

鎌倉氏: そうなのです。ミツバチの巣房(巣穴)には、幼虫が1匹ずつ入っています。そのうちの1つだけが「王台」と呼ばれる大きな巣房で、そこに集中的にロイヤルゼリーが運ばれます。このロイヤルゼリーに含まれるロイヤラクチンという因子が、発生中の幼虫に働きかけて、女王バチになる分化のスイッチを入れると考えられるのです。なお、これまでの解析から、孵化後2〜4日という限られた期間にロイヤラクチンを摂取しないと女王バチ分化は誘導されないことがわかっています。

図3
図3
ショウジョウバエの体内で人為的にロイヤラクチンタンパク質を発現させると、ハエが大きく成長した。

提供:富山県立大学工学部生物工学研究センター 鎌倉昌樹

―― ハチの次に、ハエで実験されましたね。これはなぜですか?

鎌倉氏: ミツバチには保存された変異体が存在しません。そのため、個体レベルでのメカニズムの研究ができず、解析しやすいモデル生物を用いて詳細に調べる必要がありました。そこで、発生生物学の解析でよく用いられるショウジョウバエを用いることにしたのです。この実験でも、ロイヤラクチンが、メスのハエの体のサイズ、寿命、産卵数の増加をもたらすことが確認できました。2倍近くの大きさに成長したハエを見て、研究は「これで行ける」って、自信が持てましたね。それで、さらに分子レベルも含めて、解析を進めていったのです。

結局、ロイヤラクチンは、同じ遺伝子型の個体に対して、全く異なる表現型をもたらすことができる因子であること、生体内ではEGFRという増殖因子の受容体を介して作用することがわかり、その詳しい反応経路も明らかにすることができました。さらに、ハエで解析したロイヤラクチンの作用メカニズムは、ミツバチにおいても同様であることが判明しました。これらの結果をまとめて、Nature に投稿したのです。

―― リバイスの要求などありましたか?

鎌倉氏: 細かい追加実験の要求がありました。全く経験したことのないような実験手法も要求されました。けれど、そのすべてに応え、やり遂げました。是非を議論するよりも、まずは自らも確かめて、要求に応えることが重要だと思ったのです。

難題が降ってくると、燃えちゃうタイプなんです。「絶対にやってやるぞ」ってね。

―― 今回の論文は、鎌倉先生お1人が著者ですね?

鎌倉氏: ハチは養蜂家の人にご提供いただき、また実験技術の習得についてはいろいろな人に教えていただきましたが、考えて実験し、論文を書くといった作業は、すべて1人で行いました。研究内容については、ジャーナルが発行されるまで公表しませんでした。アンダーグランドの実験でもありましたから、あまりほかの人に相談できなかったということもありますが、少しでも発表したら、大勢の人がこのテーマに飛びつくのではないかと思い、公表できなかったのです。

研究開始から論文掲載まで、約6年かかっていますが、すべて1人でやらせていただけたことは、苦労の反面、たいへんありがたかったと思っています。実験は自分で行うことを前提にしました。せっかちで、いろいろ考えたりする前にまずやってみようと思うほうで、また他人に依頼して迷惑をかけてもいけないとも気にする性格なものですから。今回、自分のペースで研究を進めることができたのは、周りの方々のおかげと本当に感謝しています。

―― Natureへ掲載されることが決まったときは、どうでしたか?

鎌倉氏: ホッとしたというのが、正直な感想ですね。先ほども言いましたように、今回の成果は、お世話になった多くの方々や、支えてくれた家族のおかげですから。実は、Natureにアクセプトされた数日後に父が他界したのですが、その報告が間にあって、本当によかったと思っています。

―― これまで歩まれてきた研究生活は、どのようなものだったのでしょう?

鎌倉氏: 京大の修士課程を修了後、民間企業に就職したのですが、基礎研究を志し、20代後半に一度転職をしました。そのときのことです。「基礎研究をしたいという思いはあっても、いざ研究ができる環境に置かれたときに、本当に自分に研究ができるのだろうか」という疑問が、ふと心をよぎったのです。そして、自分が本当に望んでいることは何かと、真剣に考えたのが、私の人生の転機となりました。

「あれがしたい、これはいやだと、研究や仕事を選んでいるような人間に、いったい何ができるだろう」と悩み、「やるべきことがほかにあるのではないか。もっと社会や他人の役に立つ人間になりたい」と考えるようになったのです。そして、「自分ができることすべてに挑戦し、『はい、喜んで』と、どんな仕事でも引き受けよう」、そう心に誓いました。転職後の企業では、販売促進や教育、普及活動など、直接研究に関連しない仕事も、快く引き受けました。自分が望む基礎研究は、それらの業務を終えてから行いました。場合によっては、休日や夜間にも。そうして、多くの仕事に挑戦していく中で、仕事に取り組む姿勢のあり方や仕事の楽しさを学ぶことができました。

私は、世の中にはいろいろな仕事があり、職業に軽重や尊卑はなく、また研究だけが仕事ではないと考えています。しかしその上で、自分にとっては、基礎研究、つまり土台を築く研究が、やはりいちばん興味を持てるものだと再確認しました。

―― 成功の要因は何でしょう?

鎌倉氏: 基礎研究への思いが、県立富山大学へ移ったきっかけではあります。かつての職場でロイヤルゼリーの研究を行った際に、ミツバチの女王バチ分化の仕組みについて知り、その生態に興味がわきました。そして、大学に移ってからミツバチの研究を開始したのです。

ありがたいことに、愛知県の養蜂家からミツバチの幼虫のサンプル提供していただけることになりました。富山県から愛知県まで、毎回、高速道路を往復10時間走ってサンプルをもらいに行き、その後、幼虫の移注作業を深夜まででやったものです。昆虫の飼育や解析は全く初めてで、最初は手探りの状態でした。しかし、動物たちをずっと観察していると、エサの量や培地から幼虫を引き上げるタイミングまで、幼虫の顔でわかるようになってくるなど、飼育の「コツ」をつかめるようになりました。目の前の課題に挑戦していけば道が開けていくと、改めて痛感しましたね。

また、解析を進めていく中で、企業時代に経験したさまざまな実験技術や方法が大いに役に立ちました。一見無関係のように思われることでも、それを地道にやり遂げていけば、将来何かの形で役に立つんだ、そう実感しました。

―― 最後に、今後についてお聞かせください。

鎌倉氏: ロイヤラクチンに関しては今後も研究を続けていきます。発生や再生などとの関連で、あるいは他の動物における作用など、さまざまな応用分野に広がる可能性を持つ重要な基礎研究といえるでしょう。私は今、研究という仕事を通して、人のため、社会のために役立てることを、とても幸せだと思っています。

聞き手 藤川良子(サイエンスライター)。

Nature ダイジェスト 2011年8月号に、News & Views「ロイヤルゼリーの神秘の成分」として掲載されています。

Nature 2011年5月26日号

Article:ミツバチの女王バチ分化を誘導するロイヤラクチン

Royalactin induces queen differentiation in honeybees

Nature 473, 478–483 (26 May 2011) doi:10.1038/nature10093

Author Profile

鎌倉 昌樹

鎌倉 昌樹氏

富山県立大学工学部
生物工学研究所センター
講師

1994年4月 京都大学大学院農学研究科食品工学専攻修士課程 入学
1996年3月 京都大学大学院農学研究科食品工学専攻修士課程 修了
1996年4月 天野製薬株式会社開発二部
1998年7月 ポーラ化成工業株式会社健康科学研究所
2002年1月 博士号取得 (農学、京都大学大学院農学研究科)
2002年10月 同副主任研究員
2003年4月 富山県立大学工学部助手
2008年4月 同大学講師

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