Author Interview

ダウン症でがんが少ないのは、血管新生の制御遺伝子がカギになっている!
― かつてのライバルとの協力が画期的な成果につながった

南 敬氏

2009年6月25日掲載

Nature 2009年6月25日号に初めて論文が掲載された南先生。しかし、それまでには、Nature 以外のジャーナルにはコンスタントに成果を発表されてきました。基礎研究を継続して続け、その成果を一貫してアピールし続けた結果が今回の掲載につながったとお話しになられました。 最後に、南先生は、若い研究者に海外へ出て、積極的な人脈作りをすることを勧めています。「今回の成果は、ハーバード大学留学時代の人脈の賜物ともいえるからです。」

―― 血管に関する基礎研究をされていますが、何がきっかけだったのでしょう?

南氏: 全身にはりめぐらされた血管は、生命維持に欠かせない存在です。逆にいえば、あらゆる病気が血管に関与しているといえます。特に日本においては、「がん、脳血管疾患、心疾患」のいわゆる三大死因に、血管の異常が深くかかわっています。このような状況の中、血管の基礎的な原理がわかれば役に立つのではないかと思ったのが、血管研究を始めたきっかけです。なかでも、異常な血管新生をいかに抑制するかという点に興味があり、1999年に血管内皮細胞の基礎研究を始めました。

当時、血管研究のトピックスとして「血管新生とがんの増悪との関係」が注目を集めていました。がんは、新たに血管を作り出し、そこから栄養を得ることで増殖や転移を繰り返します。こうした血管新生を活性化させる因子として VEGF(血管内皮細胞増殖因子)が知られていましたが、VEGF によって血管内皮細胞内で誘導される遺伝子が何なのかはわかっていませんでした。私を含め、世界中の血管研究者が躍起になって遺伝子を探索しだしたのですが、2004年に、私と、今回の成果を共同で発表したハーバード大チームの一員、Sandra Ryeom 博士が、ほぼ同時に、DSCR1 という遺伝子こそが探していた遺伝子であると突き止めました。

―― DSCR1はどのような遺伝子だったのでしょう?

南氏: DSCR1 遺伝子から作られるタンパク質には、大きい分子のもの(ロングタイプ)と小さい分子のもの(ショートタイプ)の2つのアイソフォームがあります。血管内皮細胞でみられるのはショートタイプなので、私たちはこちらの機能解析を行いました。これまで、DSCR1 ショートタイプの機能としては、カルシニューリンという酵素のシグナルを止めることぐらいしかわかっていませんでした。私たちは、VEGF によって、血管内皮細胞の活性化が始まると DSCR1 の発現が誘導されることを明らかにしました。さらに、十分な量の血管が作られると、今度は DSCR1 のフィードバック制御によって、血管新生が抑制されることも突き止めました。つまり、DSCR1 は、血管を安定化させるために必要に応じて機能する分子であることがわかったのです。

現在までに、DSCR1 ショートタイプが、肝臓以外のさまざまな臓器や組織内の血管で必要に応じて誘導されること、敗血症のような強い感染状態、血管の炎症状態、がんができたときなどに特に強く発現し、炎症を抑制するために機能すること、などがわかっています。

―― このような研究がどのようにしてダウン症に結びついたのでしょう?

南氏: 2002年当時は、ダウン症との関連については全くわかっていませんでした。ただ、ダウン症が21番染色体のトリソミーによって起こることが知られており、一方で、DSCR1DSCR1 によってさらに誘導される DYRK1A の両遺伝子が、ともに21番染色体にあることがわかっていました。

あるとき、アメリカから私を訪ねてやってきた複数の研究者が、「ダウン症は白血病にかかりやすいが、固形がんには極めてかかりにくい。動脈硬化も際立って少ない。血管と何らかの関係があるのではないか」と口々に話していました。調べてみると、健常人の固形がんを10とした場合、同年代のダウン症の固形がんは1にも満たないことが、疫学調査によって明らかになっていることがわかりました。ダウン症が21番染色体の増幅で起こることを考えると、その原因は21番上の遺伝子にあると考えるのが妥当です。21番染色体でトリソミーになる領域には231種の遺伝子がありますが、私が研究していた DSCR1DYRK1A は、21番染色体上の特に重要な遺伝子と考えられたので、これらの遺伝子の過剰発現とダウン症との間に何らかの関係があるのではないかと思ったのです。このことが、今回の研究の直接のきっかけとなりました。

―― DSCR1とダウン症はどのようにつながっていたのでしょうか。

南氏: 2005年に、私とほぼ同じ内容の研究を続けていたRyeom博士と協力することを決めました。彼女はヒトの21番染色体に相当する染色体をトリソミーにした「ダウン症モデルマウス」を作っていたので、まずはそれを分けてもらい、DSCR1 の発現量や固形がんの発症数について調べました。その結果、モデルマウスでは固形がんは全くみられず、DSCR1 の発現量は正常なマウスの約2倍に達することがわかりました。ちなみに、ヒトでも、ダウン症患者の DSCR1 の発現量は健常人の1.8倍程度であることがわかっています。

さらに、ダウン症のモデルマウスがもつ3つの DSCR1 遺伝子のうちの1つをノックアウトする実験を行いました。すると、ヒト21番染色体に相当する染色体は DSCR1 を除いて3本あるにもかかわらず、固形がんが約2倍多く発生するようになりました。

これらの結果から、ダウン症ではDSCR1の発現量の増加によって血管新生が抑制され、がんが増殖・転移できないために固形がんが少ないと結論づけました。

―― 今回の成果は、医療にどのように応用可能でしょうか?

南氏: DSCR1 のフィードバック作用を強めることで、「がん化のアクセル」が踏まれるのを防ぐことなどが考えられるかもしれません。さらに、がんなどの特定の疾患の治療に結びつけるのみならず、血管内皮細胞の動態解明の糸口になることが期待できると思います。というのも、血管内皮細胞で発現する遺伝子は「体のどの部位の血管」かによって大きく異なり、その理由がわかっていないからです。こうした発現の違いは、病気と密接に関連すると思われます。たとえば糖尿病で目の血管が侵される理由がわかれば、ピンポイントで目の血管のみに効く薬の開発などが可能になるかもしれません。

―― 成果をNature に投稿したのはなぜでしょう?

南氏:
実験データ量としては多くはないものの、がんとダウン症を結びつけるという、これまでにないインパクトの大きな成果だったからです。先見性とインパクトを兼ね備えた成果は、まさにNature 向きだと考えました。

―― 論文掲載に至る道は順調でしたか?

南氏: Nature への掲載としては、比較的順調で早かったと思います。編集部からは、ダウン症患者由来の iPS 細胞を使って「ヒトのダウン症患者の細胞ががんになりにくい」ということを示すよういわれ、新たな実験によるデータを加えました。この部分は Ryeom 博士が担当したのですが、ハーバード大ではヒト iPS 細胞を使うための倫理審査等が極めて迅速に行われ、たいへん驚きました。結局、最初の投稿から掲載までに10か月くらいかかりましたが、実質的な推敲は2回くらいですみました。

―― かつてのライバルだったRyeom博士と協力することにした理由とは?

南氏: 私は大学院卒業後、MIT、およびハーバード大の Rosenberg 先生のところに4年間留学していました。そこでさまざまな人脈を得たのですが、帰国後に、そのうちのよき協力者である Bill Aird 教授が、Ryeom 博士が私とほぼ同じ内容の研究をしていること、私とコンタクトを取りたがっていること、などを教えてくれました。さっそく彼女と相談した結果、不必要にライバル関係でいることもないだろうと判断し、「では、お互い協力して研究しましょう」ということになりました。それ以来、情報はシェアし、私が学会などで渡米した際には訪問したりしています。こうした協力関係は珍しいかもしれませんが、むやみに熾烈な競争を繰り広げないための1つの方法ではないかと思っています。

―― 今後も協力関係を続けられるのでしょうか?

南氏: ずっと長く続けるかはわかりませんが、近々、がんの転移に関する研究を始めたいと考えており、その部分での協力は約束しています。ただし、互いの研究資金は出所が異なりますので、特許などの権利関係ははっきりさせており、実験等も全く独立して進めています。例えば、ノックアウトマウスは Ryeom 博士のものですが、私がノックアウトマウスを使って抗体を作ったならば、その抗体の権利は東大のものになります。

―― 最後に、若手研究者への助言をお願いします。

南氏: 実は、私はこれまで何度もNature に論文を投稿していますが、共著者としてですが掲載に至ったのは初めてです。ただし、Nature 以外のジャーナルにはコンスタントに成果を発表してきました。今回、ジャンプアップに成功できたわけですが、基礎研究を継続して続け、その成果を一貫してアピールし続けた結果だと感じています。Nature の編集者は、他誌の論文を実によく読んでいます。そういう意味で、日本の若い研究者には、コンスタントに研究を続け、うまくいかないことがあっても打たれ強くなってほしいと思います。

また、若いうちに海外へ出ることをお勧めします。国外に出ると、日本について客観的にみることができます。私は、アメリカの情報キャッチの早さに驚き、日本はまだまだだと感じました。そして留学の機会を得たら、積極的な人脈作りをしてください。今回の私の成果は、ハーバード大時代の人脈の賜物ともいえますので。さらに、インパクトのある論文にするための英語表現を会得することも大切だと思います。英語が母国語ではない日本人は、短い文章でアピールする力がどうしても足りません。今回、私は、Ryeom 博士と Aird 教授による執筆部分を読んで、そのことを改めて痛感しました。

聞き手 西村尚子(サイエンスライター)。

Nature 2009年6月25日号

Letter:ダウン症候群の腫瘍増殖抑制とカルシニューリン阻害因子DSCR1の役割

Down's syndrome suppression of tumour growth and the role of the calcineurin inhibitor DSCR1

Nature 459, 1126-1130 (25 June 2009) | doi:10.1038/nature08062

Author Profile

南 敬

南敬氏

東京大学先端科学技術研究センター
特任准教授システム生物医学・血管転写制御分野
薬学博士

1998年3月 大阪大学大学院薬学研究科博士後期課程を修了
1998年7月 マサチューセッツ工科大学 (MIT) 研究員(ポストドクトラルアソシエート)
2000年3月 ハーバード大学/ベスイスラエル病院、分子医学講座研究員(ポストドクトラルフェロー)(MIT 研究員と兼任)
2002年5月 東京大学先端科学技術研究センター・スーパーCOE 特任助教授・血管転写制御分野
2005年4月 東京大学先端科学技術研究センター産官学連携特任助教授
2007年10月 American Heart Association 総会、ATVB Young Scientist Merit Award
2007年12月 日本血管生物医学会評議員
  現在に至る

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