Author Interview

心筋細胞に分化させるための「マスター Triple 因子」を発見!

竹内 純氏

2009年6月4日掲載

Nature 号で表紙を飾り、計4回Nature に論文が掲載された竹内先生に、今回の研究成果について、また5年間の海外生活で得られた貴重な経験を語っていただきました。

―― なぜ、心筋分化のご研究を始められたのですか?

竹内氏: 直接のきっかけは、大学院時代に分子生物学やマウス工学について学び、興味をもったことですが、少年時代に不整脈が見つかり、精密検査の結果次第ではスポーツ禁止という事態に陥ったことも少なからず影響はあります。結果的に大事にはいたらなかったのですが、いつか自分で治してやろうと思いました。大学院を卒業後、カナダのトロント小児病院心循環器研究部門のBruneau先生のラボに留学し、マウスの発生過程におけるクロマチンのリモデリング(染色体の高次構造の制御機構)について研究を行い、クロマチン・リモデリング・ファクターが、心臓などで臓器特異的に発現していることに気づきました。

機能について詳しく調べたところ、クロマチン・リモデリング・ファクターは単にクロマチンを解きほぐすだけでなく、心筋の分化に重要な転写因子と相互作用をもつこと、特定のプロモーターの活性化にかかわっているらしいことなどがわかり、2004年、Nature に発表しました。こうした一連の成果を足がかりに、現職に就いた2006年末から、本格的に心筋分化の研究を開始しました。

―― 今回の研究によって、どのようなことが明らかになったのでしょう?

竹内氏: 今回の研究では、発生6.5〜7日目のマウス胚から、将来、中胚葉になる予定の細胞だけを取り出し、特定の3つの遺伝子(それぞれ、クロマチン・リモデリング因子Baf60c、転写因子Gata4とTbx5をコードする)を導入して培養しました。すると、培養1日後の 7.5日胚時点で拍動がみられ、同時に、約10個の心筋に特徴的なマーカーの発現を確認できました。つまり、これら3つの遺伝子が、心筋分化にかかわる一群の遺伝子発現の司令塔として機能する「マスター因子」であることを明らかにしたのです。

今回導入遺伝子として選んだこれら3つの遺伝子は、これまで私が研究してきたクロマチン・リモデリング・ファクターの研究成果(前述)やそれまでに発表されていた論文等をもとに、「心筋分化にかかわる遺伝子」のデータを洗い出して絞り込みました。ただし、一口に心筋細胞といっても、心室心筋、心房心筋、刺激伝導系細胞やペースメーカー細胞など、さらに細かく分化していきます。そのうちのどの細胞に分化させたいのかによって、今回の3遺伝子だけで必要十分かどうか、あるいは導入させるタイミングはどうか、といったことを検討する必要が出てくると思います。

―― 今回の成果の最大のインパクトは?

竹内氏: 明解な心筋分化誘導法で、心筋以外の細胞にはなり得ないこと、短時間で心筋細胞に誘導できること、成功率が高いことが挙げられます。これまで、遺伝子導入による心筋細胞の分化研究というと、ES細胞が使われることが多かったのですが、ES細胞では中胚葉になる細胞だけに遺伝子を導入するのが非常に難しいという問題がありました。また私たちは、「ES細胞を使うと、心筋分化に必須の、ある特定のプロモーターが機能しにくい」という知見も得ていました。これらの難題をクリアして遺伝子がうまく導入されたとしても、拍動を始めるまでに約10日も培養が必要で、時間的なロスが非常に大きいという問題もありました。今回の方法は、こうした問題をほぼすべて克服しているといえます。

―― 研究の成果は、医療や創薬において、どのような応用が考えられるでしょうか?

竹内氏: 既に、大阪大学医学部の小室一成先生、国立成育医療センターの梅澤明弘先生、慶應義塾大学医学部の福田恵一先生などが、マウスの ES細胞にさまざまなサイトカインを加えることで心筋細胞への分化を誘導する研究を行っています。また、大阪大学医学部の澤芳樹先生は、心筋細胞をシート上で培養する応用研究をしています。こうした技術が実用化されれば、拡張型心筋症などの重い心疾患の患者さんを救えるようになるでしょう。ただし、サイトカインを用いる方法では、加えるタイミングや微妙な濃度の違い、患者側の素因などによって、心筋細胞ではなく骨格筋や神経細胞などに分化してしまう可能性が否定できません。その点、今回のような遺伝子レベルの制御では、より厳密に心筋細胞に分化させることができると自負しています。

といっても、臨床応用にあたっては、倫理的問題に問題があるためヒトの胚を使うわけにはいきません。おそらくiPS細胞を使うことになるでしょう。ただし、私は基礎研究に徹したいと考えています。

―― 先生が所属されるグローバルエッジ研究院とは?

竹内氏: ここ東京工業大学において、若手研究者にも国際的かつ独立的な研究室をもたせようと、2006年に開設された研究機関で、文部科学省の若手研究者支援プロジェクトの一貫に位置づけられています。学部の先生方によるバックアップ体制があり、私自身も生命理工研究科とタイアップしています。外国人研究リーダーが多いのが特徴で、横のつながりを強化するために、月に一度、リーダーが集まってセミナーを開き、それぞれの分野の基礎的なテーマについて英語で説明しています。私の研究室は、私のほかに、学生2人、研究員3人の計6人で構成されており、Nature をはじめとする科学ジャーナルの抄読会を開き、学生たちが英語を常に意識できるようにしています。

―― 海外において、研究を成功させる秘訣はなんでしょうか?

竹内氏: まずは、積極的に研究集団の輪に加わることだと思います。私は留学当初、英語が苦手でした。しかし、同じように英語を苦手とする中国の研究者たちが一生懸命にコミュニケーションしようと努め、数か月で英語力だけでなく、人間関係や学問も格段にレベルアップしていく姿を目の当たりにし、奮起したのがよかったのかもしれません。

ボスのBruneau先生には、「まずは、優秀な人材と知り合うチャンスをつかみなさい。次に、プライベートでも深く付き合う努力をしなさい。そのためには、相手に信用されることが重要です。難しいことではあるけれど、そうした努力によって、真の研究開発や共同研究が生まれるのですよ」と、よくいわれました。そんなこともあり、いろいろなものを吸収しようと努めました。一般に、日本人は淡白だといわれますが、私は、帰国後も海外での会議や学会にはなるべく出かけていき、日本人どうしで固まらないように努めています。

―― 今回、なぜNature に投稿されたのでしょうか? また、論文掲載後の反応はどうでしたか?

竹内氏: 私が日常的にNature を愛読していることと、Nature を知らない科学者はいないので掲載されれば大きなインパクトがある、という点が挙げられます。幸せなことに、私はNature とよい縁があるようで、この10年に4本の論文を掲載することができました。それらのすべてでファースト・オーサーを努めたのですが、それぞれの研究でかかわった人々は、私の大きな財産になっています。今回の論文はBruneau先生(現在はカルフォルニア大学サンフランシスコ校、グラッドストーン研究所に所属)との共著という形で出しましたが、掲載後の反応は、日本と米国で大きく異なりました。掲載時期がちょうど新型インフルエンザ発生と重なってしまったのですが、米国では私たちの成果も大きく報道され、マスコミの取材などもさかんだったたようです。一方、日本では、新型インフルエンザ報道一色で、反響もほとんどありませんでした。元ボスとの共著だったので、日本では「米国発の研究」と受け止められてしまったのかもしれません。

―― 最後にNature をはじめとする国際的な科学ジャーナルに論文を発表したいと思う若手研究者に向けて、メッセージをお願いします。

竹内氏: Nature に注目していいますと、最新論文だけでなく読み物としてもおもしろいのがいいところだと思っています。専門外の記事も含め、日常的に目を通して、文章表現などを学んでおくとよいのではないでしょうか。また、毎週読むことで、Nature 編集部が興味をもっていることを知るということも重要だと感じています。もちろん、Nature だけが、すべてではありませんので、そのために自分の研究を変えることはあり得ません。ただ、論文投稿の際には、自分の研究がそのジャーナルから求められているものかどうかを把握しておくことは必要ではないでしょうか。

聞き手 西村尚子(サイエンスライター)。

Nature 掲載論文

Letter特定の因子がマウス中胚葉を心臓組織へと分化転換させる

Directed transdifferentiation of mouse mesoderm to heart tissue by defined factors

Nature 459, 708-711 (4 June 2009) | doi:10.1038/nature08039

Letter爬虫類の心臓発生と心室の進化の分子基盤

Reptilian heart development and the molecular basis of cardiac chamber evolution

Nature 461, 95-98 (3 September 2009) | doi:10.1038/nature08324

Letter心臓の発生におけるBAFクロマチンリモデリング複合体の機能にはBaf60cが不可欠である

Baf60c is essential for function of BAF chromatin remodelling complexes in heart development

Nature 432, 107-112 (4 November 2004) | doi:10.1038/nature03071

LetterTbx5遺伝子とTbx4遺伝子は肢芽が翼になる

Tbx5 and Tbx4 genes determine the wing/leg identity of limb buds

Nature 398, 810-814 (29 April 1999) | doi:10.1038/19762

Author Profile

竹内 純

東京工業大学
グローバルエッジ研究院
心循環器研究部門 特任助教

1996年3月 東北大学理学部生物学科 卒業
1999年1月 日本学術振興会特別研究員(DC2)
2000年3月 奈良先端科学技術大学院大学博士課程 終了
2000年4月 日本学術振興会特別研究員(PD)
2002年9月 トロント小児病院心循環器研究部門招任研究員
2003年9月 国際HFSP長期フェロー研究員(〜2006年)
2006年9月 UCSF付属グラッドストーン研究所 博士研究員
2007年3月 東工大グローバルエッジ研究院テニュアトラック助教(独立研究ポジション)
  現在に至る
竹内 純

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