Author Interview

初の高い実用性を秘めた霊長類「トランスジェニックマーモセット」の作出に成功!

佐々木 えりか氏

2009年5月28日掲載

今回の実験の成功のカギや、Nature 掲載までの期間、編集部とのやりとり、経緯など、大変興味深い内容について、語っていただきました。

―― マーモセットでのトランスジェニック作出に成功されましたが、経緯についてお話しください。

佐々木氏: 人工的に遺伝子を改変したマウス(トランスジェニックマウス)は、生命科学研究に広く使われており、特に医療や保健への応用を目的とした医学分野での期待が大きくなっています。ところが一方で、同じ脊椎動物とはいえ、マウスとヒトとでは遺伝子やその機能に大きな違いがみられる場合もあり、最近になって、そういった点が重大視されるようになりました。例えば、医薬品の有効性や安全性について、マウスでの実験結果をそのままヒトに適用すると、重い副作用を引き起こしかねないといった例があるのです。

もちろんトランスジェニックマウスによる実験は必須ですが、ヒトへの応用を考えた場合には、よりヒトに近い霊長類での「もう一歩踏み込んだ研究」が必要だと考えました。同じように考える研究者はほかにもおり、これまでにアカゲザルやカニクイザルなどのマカクのトランスジェニックが作られる例はありました。しかし、その成功率は低く、実用化に結びつく研究とはいえませんでした。

このような状況の下、10年ほど前に、マカクとは異なるマーモセットというサルを使ってトランスジェニックを作ったらよいのではないかと考え、苦労の末に今回の成功にこぎ着けたというわけです。

―― 成功のカギはどこにあったのでしょう?

佐々木氏: 最大のカギは、実験動物として確立されたマーモセットの集団が存在したこと、マーモセットから多くの良質な受精卵を採取できたことだと思います。マカクは性的に成熟するまでに3年もかかり、1回の出産で1匹しか生まれません。また、授乳中は妊娠しないため、次の出産まで、最短でも550日必要です。一方、マーモセットはわずか1歳半で性的に成熟し、1回に2〜3匹の子どもを産みます。しかも、授乳中も妊娠可能なので、年に2回の出産が可能です。つまり、霊長類でありながらマウスのように繁殖させることができるのです。そのような霊長類は、ほかには見当たりません。

―― 具体的には、どのようにしてトランスジェニックマーモセットを作ったのでしょう?

佐々木氏: トランスジェニック動物を作るには、大きく3つの手法があります。「遺伝子を直接、核に注入する方法」、「ウイルスベクターで入れる方法」、「ES 細胞を作って遺伝子を組み込む方法」です。それぞれを比較検討した結果、私たちは2番目の「ウイルスベクターで入れる方法」を採用しました。この手法だと、自然交配で得られた受精卵を、麻酔をかけて経膣的に子宮から取り出せばよいからです。そのうえ、自然交配による受精卵は、人工授精卵よりも良質で発生率がよいのです。ベクターとして用いたウイルスは、(財)理化学研究所バイオリソースセンター細胞運命情報解析技術開発サブチームの三好浩之先生が開発された、HIV 由来のものを使いました。また今回の研究では、導入遺伝子として、クラゲの蛍光色素を作り出す GFP 遺伝子を用いました。GFP 遺伝子がうまく導入され発現すると組織が黄緑色の蛍光を発するので、蛍光顕微鏡によって確かめることができるからです。

―― みごとに「光るマーモセット」ができたわけですね。

佐々木氏: はい。論文に掲載した個体は、黄緑色に光るようすから「ひすい」と名付けました。思いがけないことに、ひすいの写真は、掲載号の表紙を飾ることにもなりました。ひすいは現在妊娠中で、もうすぐお母さんになる予定です。まだまだ、第一線で活躍してくれるでしょう。

―― 今回の手法は他の研究者でも容易にできるものなのでしょうか?

佐々木氏: 可能です。その点も非常に大きなポイントだと思っています。私たちの研究室のスタッフは必ずしも受精卵を扱いなれているというわけではなかったのですが、それでも十分に対応できました。生命科学系の研究者であれば、誰にでも効率よく作ることができると思います。

ただし、創薬研究などでの実用化に向けたシステム作りはこれからです。私は橋渡しの労力はいとわないので、ぜひ国と民間企業に先導してほしいと思っています。

―― 数あるジャーナルの中から、なぜNature への投稿を考えたのでしょう?

佐々木氏:
常々、研究者である以上は、一度でいいから憧れのNature に論文を載せたいと思っていました。私の父も研究者だったのですが、Nature に論文が載ったことを誇りに思っており、少しばかり「悔しいなあ」と思っていたというものあります。といっても、当初は本当に掲載されるとは思っていませんでした。Nature の編集部に投稿して実際に掲載されるのは、わずか10%で90%は戻されると聞いていましたので。

実は、一度は私も掲載不可という返事をいただいているのです。一度目の投稿では、審査員による査読にまわり、書き直しの指示を受けたので、修正して送ったのですが、その後「掲載できない」との連絡を受けました。今ひとつ納得できなかったところに、「アカゲザルのハンチントン病のトランスジェニックができた」という論文がNature に発表されました。読んでみたところ、「私たちの成果はこの論文に負けていない」との思いが沸きました。そこで今度は、性成熟を迎えはじめていたトランスジェニックマーモセットの生殖細胞(精子)にもGFP遺伝子が確かに入っていることを確かめ、そのデータを加え、修正論文として再投稿したのです。

―― その後は順調だったのでしょうか?

佐々木氏: 残念ながら、そうでもありませんでした。再投稿後に「査読にまわした」という連絡は受けたものの、結果についての連絡がなかなか来なかったのです。再びこちらからアプローチすると、追加実験を要求されました。そこで、次世代のマーモセットにも GFP 遺伝子が受け継がれていることなどを確かめ、新たなデータとして加えました。最初の投稿から1年以上が経ち、再投稿から5か月が過ぎた今年4月26日に、ようやく論文が受理されたとの連絡を受けました。受理される直前には、審査員と何度もやりとりをし、イギリス出張の折りには、ロンドンの編集部で編集者の Magdalena Skipper 氏と直接話をしたりもしました。Skipper 氏には私の話を真摯に受け止めてもらい、とても感謝しています。

―― まさに粘り勝ちですね。

佐々木氏: そういえますね。日本人は「あっさりあきらめがちだ」とよくいわれますが、私はポスドク時代にカナダに留学し、そのときにボスが納得いくまで食らいついていく姿を目の当たりにしていたので、粘るということを学習していたのかもしれません。

―― 論文が掲載された後の反響は?

佐々木氏: 世界中の友人から、メールなどでお祝いの言葉をいただきました。中には10年以上も音信不通だった方もおり、やはりNature は世界中で読まれているんだなと感心しました。論文掲載号では「トランスジェニック非ヒト霊長類」の特集が組まれたのですが、私はNature が社会に対してトランスジェニックザルについて是非を問いたかったのだろうと強く感じました。

私たちの論文に対するメディアの反響は大きく、ワシントンポストやBBCなどが、動物愛護と生命倫理の観点から大きく取り上げました。例えば「優秀な遺伝子をもつデザイナーズ・ベイビーなど、ヒトに応用される懸念がある」、「病気になるとわかっている非ヒト霊長類を人工的に作るのは、いかがなものか」といった議論が行われたようです。

ヒトに近い非ヒト霊長類を実験動物にするのはかわいそうだという一般市民の気もちはわかりますが、「だから使わない」と言い切れるのでしょうか。これは非常に難しい問題です。実際、パーキンソン病や ALS(筋萎縮性側索硬化症)などの難病に苦しんでいる患者さんがおり、「マウスの実験では不十分だが、非ヒト霊長類を使えば新たな治療が見つかるかもしれない」という場合には、代償を払う価値はあると思います。もちろん、いろいろな立場の人々によって議論がなされたうえで研究が行われるべきですが。

また、アメリカの高校生から「学校のレポート課題であなたの研究について書きたいので、論文を送ってほしい」というメッセージをもらい、大変驚きました。同時に、日本にはこのような生徒はいるだろうかという疑問をもち、日本の理科教育について少し不安を感じました。

―― 将来Nature をはじめとする国際的なジャーナルに論文が掲載されるような成果を上げようと、日々努力している研究者にメッセージをお願いします。

佐々木氏: 大学などの研究室では教授のテーマに沿って一部を担当することが多いので、Nature のようなジャーナルに掲載されるような仕事ができるかどうかは、運に左右される部分が大きいと思います。でも、そのような中でも、可能なかぎり自分がやりたいテーマを追究してほしいと思います。時には異端視されることもあると思いますが、ひるむことなく突き進んでほしいですね。私も、この仕事を始めるときに「突拍子がないなあ」などと、よくいわれました。

―― 今後の研究の予定は?

佐々木氏: まずは、既存の遺伝子の機能を抑制するノックアウトマーモセットの作成手法を確立するのが目標です。そして、最終的には、現在のマウスのような感覚でマーモセットが使えるようになり、医療への応用だけではなく、発生や分化といった基礎研究にも役立てばよいと思っています。

ありがとうございました。今後のご活躍を期待しています。

聞き手 西村尚子(サイエンスライター)。

Nature 2009年5月28日号

Article:生殖細胞への伝達が可能なトランスジェニック非ヒト霊長類の作製

Generation of transgenic non-human primates with germline transmission

Nature 459, 523-527 (28 May 2009) | doi:10.1038/nature08090

Author Profile

佐々木 えりか

佐々木氏

財団法人 実験動物中央研究所
マーモセット研究部 応用発生生物学研究室 室長
慶應義塾大学医学部 医化学教室 特別研究準教授

1994年 日本学術振興会特別研究員
1995年 筑波大学大学院博士課程農学研究科農林学専攻学位取得卒業
1995年 新技術事業団特別研究員 (農林水産省 家畜衛生試験場)
1996年 カナダ ゲルフ大学 博士研究員
2001年 東京大学医科学研究所・リサーチアソシエイト
2003年 (財)実験動物中央研究所 入所
2004年 慶應義塾大学医学部助手(兼任)
2007年 慶應義塾大学ヒト代謝システム生物学研究センター准教授(兼任)
  現在に至る

「著者インタビュー」記事一覧へ戻る

プライバシーマーク制度