シュプリンガー・ネイチャー イベントレポート

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学際的研究を超えたその先へ
― SDGs達成に向けて ―

2021年3月26日(金)オンライン開催

共催

2021年3月26日、東京大学未来ビジョン研究センターとシュプリンガー・ネイチャーの共同で、「SDGsシンポジウム2021:学際的科学から解決策を考える食料、水、気候、生態系の持続可能な開発目標」がオンラインで開催された。シンポジウムは、基調講演・研究発表・パネルディスカッションで構成され、SDGs(持続可能な開発目標)達成に向けて意義深い意見が交わされる貴重な機会となった。

まず、五神真東京大学総長(当時)より開会の辞があった。五神総長は、我々が生きる「Anthropocene:人新世」におけるSDGsなどの問題の解決には、学際的な協創が不可欠であると強調し、このシンポジウムがそのきっかけになることを期待している、と述べた。

基調講演は、シュプリンガー・ネイチャーのフィリップ・キャンベル編集長による、SDGs達成をはじめとする社会問題に対し、出版社はいかにして影響力を高められるか、という題目で始まった。キャンベル編集長は出版社として、学際的研究の推進や、研究者と政治家やステークホルダーとのギャップが埋まるよう、研究の社会的意義の強化を支援していると述べた。同社は、Food Systems Dashboard創設に関わったり、提携関係にあるデジタル・サイエンス社がDimensionsという革新的なツールを開発したりもしている。前者は、学術研究と食料システムを結び付けて政策の実行を追跡するトラッカーで、気候変動、食料の生産や流通、個人の栄養状態などから食料システムを包括的に検証できる。後者は、研究に関する出版物、引用、助成金、特許などを関連付けたデータベースだ。出版物はもちろん、こうしたツールを通して、学際的研究ができるよう研究者を支え、政策立案者の意思決定や産業界の取り組みを支援しようとしているのである。

また、研究と政策や産業界と結び付ける公的制度として、英国のResearch Excellence Framework(REF)を例に挙げた。REFは高等教育機関の研究成果を、関連研究・論文や資金調達の背景、社会的・経済的影響から検証評価する制度である。

さらに、キャンベル編集長から3つの提言があった。まず、社会的影響を与え得る研究プロジェクトでは、最初から社会的ステークホルダーと協働すべきである。それにより、研究者、ステークホルダーの双方にとって価値ある成果となる可能性が増大する。次に、産業、政策立案者、NGOなどのステークホルダーは、社会的意義のある研究やそうした研究で社会に貢献した研究者を公に認め、引用すべきである。最後に、大学や研究者個人、資金提供者は、その社会的影響を公に記録・書面化すべきである。これらの提言で、キャンベル編集長の講演は締めくくられた。

時代と共に変容する人間活動を考慮し、いかにしてSDGsを達成すべきかを考える必要がある 沖 大幹氏(東京大学大学院工学系研究科)

続いて、東京大学大学院工学系研究科の沖大幹教授が、自身の水文学研究の変遷からSDGsについて語った。水文学は水循環に関する学問で、今日では、地球規模課題の解決に当たって不可欠な研究分野となっている。だが、沖教授が研究を始めた頃は、洪水被害の軽減など個別地域での実学が主流だった。そんな中で沖教授は、地球規模の水循環研究は科学的にも社会的にも重要だと考え、河川のグローバルなネットワーク、地表面での水・エネルギー収支といった地球科学的側面に加え、貯水池操作、灌漑(かんがい)、地下水くみ上げなどの人間活動も考慮したシミュレーションシステムを開発して包括的な研究に取り組んだ。例として、沖教授は、自身の研究からいくつか取り上げて解説した。ある研究では、非持続的な地下水の使用が海水面の上昇に大きく影響していること、また別の研究では、MDGs※1の水目標が前倒しで達成できたのは中国やインドの経済発展によるところが大きいことが示された。沖教授によれば、人新世の自然は手付かずの存在ではないという。それ故、地球規模の環境変動を研究する場合、時代と共に変容する人間活動を考慮した真の自然を扱わなければならない。こうした状況を考慮しつつ、我々はいかにしてSDGsを達成すべきかを考える必要がある、と沖教授は語る。

若い聴衆にはエールが送られた。研究に当たっては、個人の情熱・社会からの要請・科学的な重要性の3つが重なる課題に取り組んでほしいと、沖教授は言う。そして、社会環境は変化しているが、研究はその変化に良い影響を与えられるし、また自然科学も人文・社会科学も、その摂理の探求はどちらも興味深く刺激的であり協創すべきだ、と続けた。最後に沖教授は、ムーンショットの語源となったケネディ大統領の言葉、「我々は月に向かうことを選んだ。簡単だからではない。困難だからこそ選んだのだ」を引用し、難しくてもやるべき研究に挑戦してほしいと語った。

最新研究からの提言

休憩を挟んで、3人の研究者による発表が行われた。

最初は、東京大学大気海洋研究所の羽角博康教授による、海洋学からSDGsを考察する発表だ。海洋学は、SDGsの14番だけでなく、2、7、13、15番など、幅広いターゲットを持っている。そのため国連は、2030年までを「持続可能な開発のための国連海洋科学の10年」と定め、適応力と回復力のある健全な海洋を目指している。

人間活動は海洋環境を変化させている。例えば、CO2排出による海洋の温暖化・海面上昇・酸性化、ゴミ汚染、肥料由来の窒素やリンによる富栄養化などである。問題解決のカギとなるのが、信頼性のある高解像のシミュレーションだ。これにより、沿岸部の海洋も詳細に再現・予測でき、例えば、沿岸部由来の物質の追跡もできる。またその精度も、日本近海のシミュレーションが衛星による海面の観測結果と一致し、実証された。確かな高解像度シミュレーションは、海洋全体の動態を明らかし、海洋学に進歩をもたらす。羽角教授は、SDGs達成を含む気候変動対策のために、この技術を駆使して、人間活動による海洋全体への影響をより正確に分析し、現象の原因を解析しようとしている。

最後に、羽角教授はこう語った。科学研究だけでもSDGsに貢献はできる。が、科学の目標=SDGsではない。地球環境にどんな社会的・経済的影響があるか、政策を科学的な根拠でどうやって支援するかといった課題がある。SDGsには、学際的な取り組みが必要である。

地球環境にどんな社会的・経済的影響があるか、政策を科学的な根拠でどうやって支援するかといった課題がある 羽角 博康氏(東京大学大気海洋研究所)

続いて、東京大学未来ビジョン研究センターのアレクサンドロス・ガスパラトス准教授が、自身のプロジェクトから、サハラ以南のアフリカでの商業的農業のトレードオフとSDGsへの影響について発表した。サハラ以南のアフリカでは、綿花、カカオ、サトウキビをはじめとする商品作物が、さまざまな経営規模や形態で栽培されている。雇用創出、税収や外国資本の投資の増加、エネルギーの国外依存度低減など、経済成長、農村開発、エネルギー安全保障に貢献するからだ。しかし、良い影響ばかりではない。注目すべきは、地域の実情によって影響が異なることだ。同じ作物を同じ規模で栽培しても、作物や生産背景などの複数の要因によって、経済的(収入や雇用など)、環境的(気候変動や生態系など)、社会的(食料安全保障や女性の地位向上など)影響に地域特性があるのだ。

このような研究は、超学際的なアプローチが前提となる。これにより、社会的問題に目を向け、学術領域外の知識や考え方を知り、問題解決を目指した科学的かつ社会的実践の糧となる知見へとつながっていく。実際プロジェクトには、生態学者や経済学者、学術界以外のステークホルダーも参加している。

またこのプロジェクトは、SDGsの2、13、15番に直接関係し、1、5、7、8番とも高い関連性がある。しかし、これらの間にはトレードオフがあり得るので、ウィンウィンの解決策が常に可能とは限らない。より重要なのは地域の実情を鑑みた政策と解決策であり、地域に合わせて多角的な視野を持った多様なステークホルダーを取り込む必要がある。それこそ、そこに住む人々の目線での持続可能な社会の実現になる、とガスパラトス准教授は語る。

重要なのは地域の実情を鑑みた政策と解決策であり、それこそ、そこに住む人々の目線での持続可能な社会の実現になる アレクサンドロス・ガスパラトス氏(東京大学未来ビジョン研究センター)

最後に、立命館大学理工学部の長谷川知子准教授が、気候変動対策と持続可能に向けた政策について、飢餓ゼロ(SDGsの2番)と生物多様性の回復(同14、15)を取り上げて発表した。飢餓ゼロのために食料を増産すると、土地開発、水や肥料の使用が増加し、環境に影響を与える。そこで2030年までに、1:全ての人が同様に食料の消費を増加、2:飢餓状態の人だけを支援、3:2に加え食料の過剰消費と廃棄を削減、というシナリオで総合的にシミュレーションを行った。すると、1と2では1人1日当たりに必要な食料が増加した一方、3では減少した。また、食料生産、農地面積、温室効果ガス排出も、1では増加したが3では減少した。つまり、飢餓状態の人を支援して食料の廃棄や過剰消費をなくすという、需要に応じた適切な食料配分が、環境負荷を抑えた解決策となり得るということだ。

生物多様性の回復では、気候変動を解析する統合評価モデル研究者と生物多様性モデル研究者が協働し、「生物多様性保護への取り組み(保全地域の拡大など)」「持続可能な食料消費(廃棄削減など)」「持続可能な食料生産(収量向上など)」という政策でシミュレーションを行った。その結果、1つの政策だけでは不十分であり、統合的な取り組みが必要なことが示された。

SDGs達成には学際的研究が不可欠であり、今や議論の先へ進まなければならない。さらに学際的な研究は、他にも山積する問題の解決にもますます重要であり、確かなビジョンと深い造詣のあるリーダーが求められている、と長谷川准教授は語り、発表を終えた。

学際的研究は、SDGsをはじめ、山積する問題の解決に重要であり、確かなビジョンと深い造詣のあるリーダーが求められている 長谷川 知子氏(立命館大学理工学部)

学際的研究の先に

パネルディスカッションでは、モデレーターにジャーナリストの国谷裕子さんを迎え、闊達(かったつ)な意見が交わされた。

まず、学際的プロジェクトの進め方について、ガスパラトス准教授が、組織によって仕事の進め方や考え方が違い、協業の中で激しい口論になることもあるが、最善を目指す同じ情熱を皆が持っており、議論を重ねて整理していけば理解し合えると発言した。特に資金提供を得るには、ステークホルダーを最初から取り込み、ニーズや社会的影響を十分説明して、双方向的にプロジェクトを進行する必要がある。そして、プロジェクトの方向性と成果への期待を確固たるものにし、最終的には誰もが成果を等しく享受できることが重要だと、ガスパラトス准教授は言う。一方、キャンベル編集長は、学術誌の出版社として、影響力のある研究に光を当て多様な読者に届けることで、新たな学際的研究に相乗効果を生み出せると語った。そのためには、きちんとした査読過程に加え、広い視野と包括的な判断力のある編集者が必要だと言う。

続いての議題は、学際的研究における大学の役割についてだ。東京大学は、2年次までは専門領域を決めずにいろいろな講義を聴講できる。羽角教授は、この時に幅広い分野の講義を受けて多くの研究室に携わり、広い知識を得たことが、今の研究につながっていると言う。沖教授は、学生には、まず専門領域を深めること、その上で、広い視点から研究の社会的影響を見極めてほしいと話す。さらに教員も、自らの研究が異分野につながる可能性を考えるよう変わる必要があると言う。また、学際的研究を支援する大学の取り組みとして、東京大学の未来社会協創推進本部を例に挙げた。ガスパラトス准教授は、フェローシップ制度や資金援助などの環境整備、学際的研究を推進するプログラム、専門性と社会のニーズを考慮したバランスある研究の推奨を求めた。キャンベル編集長は、特に若手研究者が受ける時間的・金銭的な重圧を、大学や資金提供者が取り除くことが大切だと語った。

では、どのように研究を政策につなげるのか? 沖教授によれば、政策決定に大きな影響を与えてきている成功例はIPCC※2だという。そして、今後、IPCCが気候変動以外の関連課題でも政策立案者に何を提案できるのかが重要だと話す。羽角教授も、IPCCのような組織の新設は大変だが、IPCCは既にさまざまな分野を含んでいるので、対象を変えていくことで対応できるのではないかと話す。また、IPCCに関わった長谷川准教授は、研究者同士が課題や政策について議論を重ね、得られた提案を国際レベルで示せれば、政策につながるだろうと考えている。キャンベル編集長は、政策立案者が変革を考え、大量の研究データが必要になった場合、それらを収集・検証する最初の段階が重要だと言う。また、国こそが、研究者や大学、資金提供者を引き入れてリード・支援し、提言を政策として実行に移して、さらにその状況を追跡しなければならないと強調した。

シンポジウムには幅広い分野から550人以上が参加し、ここでは紹介できなかったが質問も寄せられた。そして、シュプリンガー・ネイチャー日本法人のアントワーン・ブーケ代表取締役社長の辞で閉会した。

文:田中明美(サイエンスライター)
写真:東京大学提供

※1 ミレニアム開発目標。2000年に国連で採択され、2015年までに8つの目標の達成を掲げた。

※2 国連気候変動に関する政府間パネル。気候変動に与える人為的影響について、全世界の専門家が科学的・技術的・社会的に検証し、評価する。


フィリップ・キャンベル

フィリップ・キャンベル

シュプリンガー・ネイチャー 編集長

航空工学の学士および宇宙物理学の修士号を取得。高気圧物理学の分野において博士号を取得後、博士研究者(ポスドク)を経験。Nature の物理科学編集者、Physics Worldの創設編集者としてキャリアを積む。1995–2018年にNature およびNature Publishing Groupの編集長を経て、2018年からシュプリンガー・ネイチャーの編集長に就任。科学および科学の社会に対する影響について、英国政府、EU、米国国立衛生研究所と協力。2015年にナイトの爵位を授与。

The Sourceブログ「研究者が社会的なインパクトを高める方法」(日本語英語

沖 大幹

沖 大幹(おき・たいかん)

東京大学総長特別参与・大学院工学系研究科教授
国際連合大学上級副学長、国際連合事務次長補

地球規模の水文学および世界の水資源の持続可能性を研究。気候変動に関わる政府間パネル(IPCC)第5次報告書統括執筆責任者、国土審議会委員ほかを務めた。東京大学工学部卒業、工学博士、気象予報士。2006年東京大学教授。2016年10月より国際連合大学上級副学長、国際連合事務次長補も務める。2020年10月より日本学術会議会員、ローマクラブ正会員。

生態学琵琶湖賞、日経地球環境技術賞、日本学士院学術奨励賞など表彰多数。水文学部門で日本人初のアメリカ地球物理学連合(AGU)フェロー(2014年)。書籍に『SDGsの基礎』(共著)、『水の未来 ─ グローバルリスクと日本』(岩波新書)、『水危機 ほんとうの話』(新潮選書)、『水の世界地図第2版』(監訳)、『東大教授』(新潮新書)など。

The Sourceブログ「社会と協創する学際研究でSDGs達成に貢献」(日本語英語

羽角 博康

羽角 博康(はすみ・ひろやす)

東京大学大気海洋研究所 教授

海洋の数値モデルを開発しながら、気候の成り立ちや変動に関して海洋物理学を中心視点として数値シミュレーション研究を行っている。グローバルな海洋深層循環とそれに係る極域海洋プロセスを専門とする一方で、IPCC第4次評価報告書以降の地球温暖化予測シミュレーションに携わり、太平洋地域における海洋と気候の変化に関する研究にも取り組んできた。近年は、北極域に関する大型研究プロジェクトにおいて気候変化研究をリードするとともに、日本周辺における海況の詳細な数値シミュレーションにも取り組んでいる。また、陸上の人間活動の結果が河川流出物質を通して海洋環境に及ぼす影響に関する研究も展開しつつある。

The Sourceブログ「地球環境および漁業資源を持続するための海洋科学」(日本語英語

アレクサンドロス・ガスパラトス

アレクサンドロス・ガスパラトス

東京大学未来ビジョン研究センター 准教授

生態経済学者で、持続可能性評価と生態系サービス評価ツールの開発、改良、応用に関心があり、このようなツールを、アフリカやアジアの発展途上国における食料保障、エネルギー政策、グリーン経済(環境に優しい経済)、都市の持続可能性などの様々なトピックスに適用している。未来ビジョン研究センター勤務以前は、オックスフォード大学と国連大学で博士研究を行っていた。国際学術誌『Sustainability Science』、『People and Nature』、『Frontiers in Sustainable Food Systems』の編集者であり、アジア太平洋評価報告書の生物多様性および生態系サービスに関する政府間科学・政策プラットフォーム(IPBES)のアジア太平洋評価報告書の統括執筆責任者(CLA)を務めている。

The Sourceブログ「アフリカのサハラ以南地域における商品作物と食料安全保障の関係」(日本語英語

長谷川 知子

長谷川 知子(はせがわ・ともこ)

立命館大学理工学部 准教授

2019年に立命館大学理工学部准教授に着任。2011年京都大学工学研究科博士課程を修了。環境システム工学を専門とし、コンピューターシミュレーションモデルを用いて気候変動問題に関する研究に従事。特に農業・土地利用分野における将来の温室効果ガスの排出量見通し、気候変動と排出削減対策の影響に関する研究を進める。2011年より国立環境研究所で、現在も開発・運用を続けるシミュレーションモデルを開発し、気候変動問題や持続可能な発展に関する研究に適用。それを通じて、気候変動問題と食料問題のかかわりに着目し、気候変動政策による飢餓リスクや食料安全保障への影響を明らかにした。2019年には高被引用論文著者に選出され、現在はIPCC第6次評価報告書の代表執筆者を務める。

The Sourceブログ「環境システム工学を通じたSDGs達成への道筋」(日本語英語

国谷 裕子

国谷 裕子(くにや・ひろこ)

ジャーナリスト

米ブラウン大学卒業。1989年からNHK衛星放送「ワールドニュース」キャスター、1993年から2016年3月まで23年間、NHK総合テレビ「クローズアップ現代」キャスターをつとめる。このほか、NHKスペシャル等の番組キャスターも担当。2016年から、SDGs(持続可能な開発目標)の取材・啓発活動を中心に活動を行なっている。現在、東京芸術大学理事、慶應義塾大学大学院特任教授、国連・食糧農業機関(FAO)親善大使、自然エネルギー財団理事。

1998年放送ウーマン賞、02年菊池寛賞、11年日本記者クラブ賞、16年ギャラクシー賞特別賞受賞、著作「キャスターという仕事」(岩波新書)。

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