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加齢の「分子時計」が示す健康とは?

Credit: Illustration: Agnes Jonas

2024年7月、リアリティー番組のスター、キム・カーダシアンの絶叫する姿が全世界に配信された。彼女にとってエピジェネティクスとの出合いは、それほど衝撃的な出来事だったのだ。ロサンゼルス(米国カリフォルニア州)のリアリティー番組「カーダシアン家のセレブな日常」第5シーズンの最終回で、キム・カーダシアンとその家族は、「生物学的年齢」が測定できるとされる市販の血液検査の結果を見て、狂喜の声を上げた。キム・カーダシアンの実年齢は43歳だが、検査では、DNA上の化学的マーカーの配置である「エピジェネティックプロファイル」が34歳と判定されたのだ。さらに、彼女の体の加齢速度は、同年代のほとんどの人よりも18%遅かった。この検査を提供しているトゥルダイアグノスティック社(TruDiagnostic、米国ケンタッキー州レキシントン)の最高経営責任者Matthew Dawsonは、結果を伝えながら、「自分を褒めてください」と言った。

一方、ロサンゼルスの反対側、東海岸でこの番組を「忸怩(じくじ)たる思い」で見ていたのは、神経心理学者のTerrie Moffittだ。デューク大学(米国ノースカロライナ州ダーラム)に勤務しているMoffittは、同僚たちと数十年かけて約1000人のデータを収集し、トゥルダイアグノスティック社が提供する検査の1つのための基礎を築いてきた。彼女は、自分の研究が、いつか医学的な意思決定のための情報を提供したり、また、アンチエイジング治療が健康に良い影響を及ぼしているかどうかを評価する方法になったりすることを望んでいた。「カーダシアン家のセレブな日常」で披露されたのは、Moffittの思う広報活動ではなかった。「リアリティー番組の類いは俗物的な見世物だと、私は思っています」と彼女は話す。

キム・カーダシアンは自身のリアリティー番組で、エピジェネティックプロファイルが実年齢よりも9歳も若いという報告を受けた。画像は、第4回アカデミー・ミュージアム・ガラにおいて(2024年10月19日)。 Credit: Amy Sussman/Staff/Getty Images Entertainment/Getty

加齢が体に及ぼす影響を測定する検査を開発する取り組みについて、これまでNatureに語ってくれた研究者らには、期待と不安が入り交じった感情がよく見られた。昨今、アンチエイジング研究の分野に資金がつぎ込まれ、世間からかつてないほど注目や期待が高まっているため、研究者は人体がどれだけ急速に衰えていくかを測定する方法についての論文を次々と発表している。そうした測定法の多くは、メチル化と呼ばれる、DNAの化学的な標識や、血液中に存在するタンパク質や代謝物を調べている。このような生物学的マーカー、つまりバイオマーカーは、加齢による悪影響を防ぎ、老年学者が言うところの「健康寿命」を延ばす治療法の開発という急成長している研究を進める上で、非常に有用なものとなるかもしれない。

しかし、こうしたバイオマーカーを用いた検査結果は、問題となる不確実性が十分に考慮されないまま、解釈されたり報告されたりすることが多い。不確実性は市販の検査だけでなく、メディアの記事や科学的な出版物でさえも問題になっている。カリフォルニア・パシフィック・メディカルセンター研究所(米国サンフランシスコ)の分子疫学者Brian Chenは、「混沌(こんとん)としています。学術界では、研究者が『生物学的年齢』や加齢研究全般を誇張して宣伝し、とにかく、より多くの関心や資金を集めようとしているのを見てきました」と言う。

Chenらは、研究者らがこうした検査を検証するための長く困難な作業に取り組む中で、過度な期待が寄せられるリスクを懸念している。ヘルスケアテック企業オプティスパン(Optispan、米国ワシントン州タックウィラ)の最高経営責任者Matt Kaeberleinは、「結局のところ、こうした期待が加齢研究分野にとってプラスになるかマイナスになるかは分かりません。ただ、一度評判を失えば、取り戻すのは非常に困難なのです」と言う。

足踏み状態

DNAメチルトランスフェラーゼ(青色)がDNA(黄色)をメチル化(赤色)している様子。 Credit: Selvanegra/iStock/Getty

現在、加齢研究分野は活況を呈している。2024年12月、米国の医療高等研究計画局(ARPA-H)は、加齢のバイオマーカーを開発および検証するプログラムを発表した。また、慈善団体ヘボリューション財団(サウジアラビア・リヤド)は、健康寿命の研究に4億ドル(約600億円)を投資している。さらに、非営利組織Xプライズ財団(米国カリフォルニア州カルバーシティー)は、健康寿命を延ばすことに特化した、加齢に伴う症状の革新的な治療法を募る国際的なコンテスト「XPRIZE Healthspan」を主催し、7年間で1億100万ドル(約150億円)を投じることを計画している。

既に、加齢を評価するための多種多様な検査が存在している。現在はアルトスラボ社(Altos Labs、英国ケンブリッジ)に勤務する遺伝学者Steve Horvathは、10年以上前に最初のエピジェネティック時計の1つを開発した1。Horvathは7800のヒト試料のデータを解析し、メチル基で標識されたゲノム部位のカタログを作成した。メチル化は、DNAへの化学修飾で、遺伝子発現の調節に役立つ。次に、これらのデータと、研究参加者の年齢を機械学習アルゴリズムに入力し、総合的に参加者の実年齢と相関する353のメチル化部位のデータを得た。これらの部位の中には、年齢に伴ってメチル化が増加する部位もあれば、メチル化が減少する部位もあった。

これらのメチル化マーカーは、個人の実年齢を驚くほど高い精度で予測できる検査の基礎になったと、Chenは言う。ChenはHorvathと共に研究していた。しかし、この検査は、ある人が健康に過ごせる期間や死亡する時期を予測するには優れているとはいえなかった。

そこで、Horvathをはじめとする研究者らは、年齢や健康状態と関係する他の指標(白血球数、血糖値、炎症のマーカーとなるタンパク質のレベルなど)と相関するメチル化部位を探す新しい検査の開発に着手した2。この目標は、人が単に生きた年数ではなく、死ぬまでの時間を反映する時計を作り出すことだった。

新たなメチル化検査に基づく「年齢」が若いほど、高収入や、果物や野菜を多く含む食事など、さまざまな生活習慣要因と関連する傾向があった。逆に年齢スコアが高いほど、喫煙や疾患、中でも心疾患のリスクなどの要因との関連があった。

Moffittらはさらに一歩進め、同じ研究参加者から数年ごとに一連の健康データを新たに収集した3。これにより、年齢スコアという1つの固定された数値ではなく、年齢に伴って体が衰える速度を評価するエピジェネティック検査を開発できた。「この検査は、ゆっくりと徐々に進む生物学的衰退を捉えています」とMoffittは言う。

しかし、こうした検査の根底にある生物学的性質は謎のままである。検査で測定されるメチル化パターンと、ある人の健康状態の変化が関連するという明確な機構はない。メチル化パターンは、大規模なデータセットから探索された単なる相関関係であり、明らかな原因ではない。「年を取るにつれ、なぜメチル化が増加したのでしょうか? また加齢に伴って、何がうまく機能しなくなったのでしょうか? メチル化は何を意味するのでしょうか?」とHorvathは問うている。

メチル化以外に基づく検査では、加齢のメカニズムとのより明確な関連を得ることができる。特定のタンパク質の量や代謝による化学的生成物の変化を測定する検査では、何が変化を引き起こしたかについて結論を導くことができる。「これこそ、私がメタボロミクスを選んだ理由です」と、ライデン大学医療センター(オランダ)の分子疫学者Eline Slagboomは言う。彼女は、個人あるいは組織において全代謝物を調べる検査に取り組んでいる。「マーカーがあれば、炎症マーカーであれ、脂質マーカーであれ、グルコース関連マーカーであれ、加齢に何が重要なのかも少しは解明されます」。

Slagboomらは、血液中の14の代謝物が疾患による死亡の可能性と相関することに基づいた検査、MetaboHealthを開発した4。一方、タンパク質に基づく検査に目を向ける研究者もいる。例えば、英国の研究者が率いるチームは、4万5000人以上のデータを用いて、血液中の約200のタンパク質のレベルを測定する加齢検査を開発した5

しかし、今のところ、一部の研究者は臨床試験で分子バイオマーカーを利用することは控えている。グランドジャンクション(米国コロラド州)を拠点とする老年学者で、Xプライズ財団健康部門の取締役副社長であるJamie Justiceは、人の健康寿命を延ばすことを目的とした治療や介入、あるいは生活習慣の変更には、測定可能な利点が伴わなければならないと語る。そうした利点を語るとき、私たちは、「人々が心身共に健全に生活し、人生を歩む方法」を語っているのであり、単なる「DNAの化学組成」について話しているのではないと、Justiceは言う。XPRIZE Healthspanでは、研究チームの実験的治療法をエピジェネティクスに基づいて評価するのではない。筋力や認知力に加え、免疫機能の検査などの要因に焦点を合わせている。

XPRIZE Healthspanでは、最終審査までに段階的な選考があり、選ばれた研究チームは、臨床試験を行って、統一化された方法でデータや試料を収集できるようになっている。Justiceは、こうしたデータを用いて、他のバイオマーカーを開発および検証するコンテストのために資金を調達したいとも考えている。「私はバイオマーカーが大のお気に入りです。でも、実際にバイオマーカーを開発するのがどれほど難しいか分かっているので、大嫌いでもあります」とJusticeは言う。

加齢バイオマーカーを臨床試験で使用できるように検証するのに、どれほどの研究が必要であるかを知るだけで、ひるんでしまう研究者もいます

検証を求めて

「加齢バイオマーカーを臨床試験で使用できるように検証するのに、どれほどの研究が必要であるかを知るだけで、ひるんでしまう研究者もいます」。こう語るのは、ハーバード大学医学系大学院(米国マサチューセッツ州ボストン)の計算生物学者Mahdi Moqriだ。このような研究では、臨床で使用される特定の条件下で、さまざまな集団において繰り返し検証される必要がある。例えば、40代と50代の参加者のデータに基づいた加齢のバイオマーカーは、さまざまな健康問題を抱えた、心身に衰えの見られる80歳の高齢者にはほとんど使えないかもしれないと、Slagboomは言う。「研究者は、自身が開発したマーカーにどれほどの価値があるのかを売り込もうとする傾向があります。しかし、どのような目的に価値があるのでしょうか?」。

加齢研究を巡る過大な宣伝は、マーカーがさまざまな集団や異なる条件で十分に調べられているかのような誤った印象を生み出してもいると、Moqriは言う。そして、エピジェネティック時計マーカーは幅広くさまざまな研究で使用されているが、臨床試験の主要評価項目として用いるには、一般的に、十分な検証が行われていないと付け加える。「臨床試験を実施している人でさえ、これらのバイオマーカーの意義を、実際よりも優れたものだと考えがちです」。

また、加齢研究の分野では、エピジェネティック時計が実際に何を測定しているのかについても意見の相違がある。メディアでも科学論文でも「生物学的年齢」について言及されることが多いが、2024年の調査では、生物学的年齢の意味について加齢研究分野でコンセンサスがほとんど得られていないことが分かった6。実際、加齢研究に関する科学会議の参加者100人以上を対象に調査を行ったところ、約30%が生物学的年齢を「時間とともに起こる機能喪失」と定義したが、「時間とともに損傷が蓄積すること」「発達段階」「障害や死亡の増加」といったものも見られた。ライデン大学医療センターの生物統計学者Marije Sluiskesは、「生物学的年齢の定義、それ自体が全く厄介な問題です」と言う。

生物学的年齢のコンセンサスがないため、エピジェネティック時計に関する研究の解釈も複雑になっている。例えば、妊婦で生物学的年齢のマーカーを追跡した最近の解析から、妊娠によって母体は2歳「加齢した」ことが分かった(2024年6月号「妊娠により「生物学的年齢」が上がるが、出産すると回復する」参照)7。そして出産後、加速したように見えた加齢は反転したようで、中には、DNAメチル化から判断すると、出産後の方が妊娠中よりも「若返った」被験者もいた。しかし、妊娠によるこうした変化については、加齢速度が加速した後に減速する現象という人もいる一方で、妊娠による生理的ストレスへの一過性の応答、あるいは妊娠中に起こる免疫系の変化と解釈する人もいると、Kaeberleinは言う。

2024年に発表された別の研究8では、25~75歳の108人において、代謝物、タンパク質、微生物を含む、全個体レベルの測定値の変化が解析された。その結果、加齢の分子マーカーは非線形に変化すること、40代半ばと60歳に達した時に急激に変化することが見いだされた。ニュース記事では、これらを、加齢が加速する期間と名付けているものもあった。しかしこの研究論文の著者らは、こうした変化は、年齢に関連する行動の変化など、他の要因による可能性があると語っている。Chenは、この研究の対象者の数が比較的少なかったことも結果に影響を及ぼした可能性があると言う。「研究に参加した60歳の人が、40歳の人と比べて、年齢以外に特に異なる点があった可能性を排除するのは難しいのです」と彼は言う。

検査の信頼性も懸念されている。2022年の研究では、研究者がよく使用する6つのエピジェネティック時計で結果が異なり得ることがあり、同一試料を使用した場合でも最大で9年も結果が異なるものがあったことが示された9

大規模研究を行っている研究者は、こうしたばらつきは実験設計と統計解析で説明できるという。しかし、市販の検査を購入する個人でこれを行うのは難しい。Kaeberleinは、最近、自分自身でいくつかの市販の加齢検査を受けてみたが、結果はまちまちだったと言う。

また、個人に直接販売される検査は、Moffittの検査のように、特徴が十分に明らかな時計に基づくものもあるが、米国では加齢検査の多くが食品医薬品局(FDA)の監督下にない。それにもかかわらず、一部の医師は患者に加齢検査を受けるよう勧めているとKaeberleinは言う。Kaeberleinは、オプティスパン社の臨床プログラムに加齢検査を組み込まないことを決めている。

研究者らはまた、エピジェネティック時計の結果により、生物学的年齢が実年齢よりも若いと示された場合、自分の健康を過信してしまうリスクを懸念している。逆に、こうした検査で本来よりも急速に加齢していることが示唆された場合、落胆して、より健康的な生活習慣を送る努力をやめてしまうかもしれないと、Kaeberleinは言う。

トゥルダイアグノスティック社によると、加齢検査はユーザーに偽りの安心や不安を生み出すのではなく、ユーザーを元気付けることを目的としているという。同社の創業者Ryan Smithは「知ることは力だと信じています」と話す。「加齢検査は疾患を診断するものではなく、検査結果から健康介入を推奨するものでもありません」。

Chenは、望まない検査結果を受け取った人がどう反応するかを直接知っている。Chenはカリフォルニア大学サンフランシスコ校で研究室を立ち上げる前は、生命保険業界向けの商用のエピジェネティック加齢時計を開発している新興企業で働いていた。生命保険業界では、加齢検査の結果が実年齢よりも若ければ、保険料が安くなる可能性がある。パイロット試験では、加齢検査を受けることを選んだ人は、健康にかなりの時間と資金をつぎ込んでいる健康愛好家の傾向があったと、Chenは言う。こうした人が期待外れの結果を受け取ったときの反応はいつも同じだった。「悲しんだり、混乱したりはしません。怒るのです。検査が間違っていると言うのです」とChenは話す。

生命保険会社からも加齢検査は売り込みにくいことが証明された。「年齢、性別、BMI(ボディーマス指数)、喫煙状況が分かれば、まずまずの死亡率予測が得られます。生物学的年齢には、支出に見合う価値はそれほどありません」とChenは言う。

学術研究に戻ることを決めたChenは、加齢の生物学的機構を解明することに関心を向け、そこから新たなマーカーを構築することを目標にしている。「まず加齢機構の解明に重点を置きましょう。そうすればなぜ加齢が起こるのかが分かります。私は、ただ手掛かりをたどっているのです」。

一方Moffittは、脳スキャンに基づく加齢検査の開発に取り組んでいる。今回、カーダシアン家が脚光を浴びたことで、自分の研究が困難な状況にあるときでも前向きに考えられるようになった。テレビ番組は、一般の人々に、加齢検査の背景にある科学について知ってもらうまたとない機会だった。「今や、『カーダシアン家のセレブな日常』の数百万人のフォロワーが、DNAメチル化が何であるかを知っています」とMoffittは言う。

翻訳:三谷祐貴子

Nature ダイジェスト Vol. 22 No. 5

DOI: 10.1038/ndigest.2025.250520

原文

How quickly are you ageing? What molecular ‘clocks’ can tell you about your health
  • Nature (2025-02-27) | DOI: 10.1038/d41586-025-00566-6
  • Heidi Ledford
  • 米国ワシントン州シアトルからNatureに寄稿

参考文献

  1. Horvath, S. Genome Biol. 14, 3156 (2013).
  2. Levine, M. E. et al. Aging 10, 573–591 (2018).
  3. Belsky, D. W. et al. eLife 11, e73420 (2022).
  4. Zonneveld, M. H. et al. GeroScience https://doi.org/10.1007/s11357-024-01391-x (2024).

  5. Argentieri, M. A. et al. Nature Med. 30, 2450–2460 (2024).
  6. Gladyshev, V. N. et al. PNAS Nexus 3, 499 (2024).
  7. Pham, H. et al. Cell Metab. 36, 877–878 (2024).
  8. Shen, X. et al. Nature Aging 4, 1619–1634 (2024).
  9. Higgins-Chen, A. T. et al. Nature Aging 2, 644–661 (2022).