鳥インフルエンザA型ウイルスを抑え込む
鳥A型インフルエンザウイルス(鳥IAV)の自然宿主は水禽(すいきん)類であるが、時としてヒトや他の動物に伝播(でんぱ)することもある。鳥IAVは新たな宿主内で、進化したり、他のウイルス株から遺伝子を獲得したりして、亜種を生み出し、パンデミックを引き起こす可能性がある。だが幸いなことに、いくつかのメカニズムにより、鳥IAVが種の壁を越えて鳥類からヒトへと異種間伝播することは困難である。MRC-グラスゴー大学ウイルス研究センター(英国)のRute Maria Pintoら1は、ヒトのタンパク質BTN3A3がウイルスの複製に必要な重要なステップを阻害するという、もう1つ別の新たなメカニズムを明らかにし、Nature 2023年7月13日号の338ページに発表した。
ウイルスが種の壁を越えて伝播するためには、新たな宿主内での適応力を高める適応性変異を獲得する必要がある。適応性変異によってウイルス粒子は、ヒト細胞の表面により効率的に結合したり、ウイルス成分の細胞内輸送を可能にするプロウイルス宿主因子を利用したり、ヒト細胞内でウイルスのRNAゲノムを複製するウイルスポリメラーゼ酵素の活性を高めたりすることが可能になるのかもしれない2。宿主はこれに対抗して、強固で多面的な障壁を維持する必要がある。
2021年には、ヒトの自然免疫系の構成要素の1つであるタンパク質MX1が、免疫シグナルタンパク質であるインターフェロンによって誘導され、H7N9型IAVの鳥類からヒトへの伝播を防ぐことが報告されている3。今回Pintoらは、自然免疫系は鳥類からヒトへの鳥IAV伝播リスクを低下させる種の障壁の一部と見なすべきであるという考え方を裏付ける、さらなる証拠を提示した。
Pintoらは、培養ヒト細胞において、インターフェロン誘導タンパク質のライブラリーをスクリーニングし、抗ウイルス活性について調べた。その結果、BTN3A3というタンパク質が鳥類由来のIAV株の複製を選択的に阻害する一方で、ヒト由来のIAV株の複製は阻害しない因子であることが明らかになった。また、ヒトBTN3A3をマウスの肺で発現させたところ、鳥IAV感染に対する抵抗性が付与されたことから、Pintoらの細胞培養実験がin vivoの状況を忠実に反映していることが示唆された。
次にPintoらは、BTN3A3がウイルスのRNAゲノムを包むウイルスタンパク質(核タンパク質)を標的としてウイルスゲノムの複製を阻害することを示した(図1)。さまざまなウイルス由来の核タンパク質のアミノ酸配列を比較したところ、鳥からヒトへのIAV感染が起こるまれなケースでは、通常、313位または52位、あるいはその両方に変異が生じていることが分かった。313位と52位はウイルスの核タンパク質表面の互いに近接した場所に位置している。過去の研究4,5からは、313位と52位が変異したウイルス由来核タンパク質は、MX1の抗ウイルス活性を回避することが分かっている。従ってPintoらの結果は、BTN3A3がMX1と同じ表面露出領域を標的としていることを意味している。
図1 防護壁を破壊する鳥A型インフルエンザウイルス(IAV)
a 鳥IAVのRNAゲノムは核タンパク質によってウイルス内にパッケージされている。ヒトの肺内面を覆う上皮細胞では、細胞質タンパク質MX1が鳥IAVの核タンパク質を標的として、ウイルスのリボ核タンパク質(RNP)複合体が核内へ輸送されるのを防いでいる。Pintoら1は、BTN3A3タンパク質が、MX1が標的としているウイルス核タンパク質の表面露出領域と同じ部位を標的とすることで、鳥IAVのゲノム増幅を選択的に阻害すると報告している。
b 首尾よくヒトへ異種間伝播できる鳥IAVのほとんどは、ウイルス核タンパク質の313位または52位、あるいはその両方に変異を獲得しており、これによりウイルスはBTN3A3による阻害から(そしてMX1による阻害からもある程度)逃れることができる。このような変異により、ウイルスはヒト上皮細胞で増殖しやすくなる。
しかし、BTN3A3の抗ウイルス活性はMX1の存在に依存しない。それにもかかわらず、どちらのタンパク質も、感染細胞におけるウイルスゲノムの増幅に不可欠なウイルス複製サイクルの初期段階を阻害する。MX1は細胞質に存在し、ウイルスのリボ核タンパク質複合体(RNP)の細胞内での輸送を阻害すると考えられている6。BTN3A3は主に核内に存在するが、どこでどのようにウイルスゲノムの複製を阻害しているのかは正確には分かっていない。
Pintoらはさらに、真正のヒトIAV株(ヒト集団に循環しているウイルス)は全て、アミノ酸313位または52位に、あるいはそれらの両方に変異を持つ核タンパク質を持っていることを示した。これらの位置は、MX1による阻害からの逃避に関与しているのだが、鳥IAVがMX1から完全に逃れるためには、抵抗性をもたらす変化の適応度コストを補う変異など、さらなる適応性変異を獲得する必要がある4,5,7。対照的に、Pintoらのデータからは、核タンパク質に変異を1つ持つだけでBTN3A3からの回避が可能になっているウイルスは、適応度が大きく低下しないことが示されており、興味深い。
また不思議なことに、BTN3A3への抵抗性を付与するウイルス核タンパク質のアミノ酸変化は、ウイルスがヒトに異種間伝播する前から、いくつかの鳥IAV系統に存在していたことが明らかになった。しかし、抗IAV活性を持つBTN3A3ファミリーは、旧世界ザルと類人猿にしか見つかっておらず、鳥類には存在しないことから、BTN3A3に対するウイルスの抵抗性が鳥類で最初に進化したとき、選択圧を受けていないことが示唆された。さらにデータベース検索により、BTN3A3抵抗性IAVの頻度は経時的に変動があり、鳥類からヒトへの「人獣共通感染症」異種間伝播の記録と相関していることも明らかになった。
現在のところ、なぜ鳥IAVにBTN3A3抵抗性が出現するのか、それを解明する確固たる手掛かりはない。しかし、ヒトの人獣共通感染症と同時に起こることから、鳥IAVの人獣共通感染能にとってBTN3A3抵抗性が重要だと考えられる。とはいえ、高病原性H5N1型鳥IAVと呼ばれるいくつかの疾患関連バリアントは、Pintoらによって示された「逃避」変異がないにもかかわらず、ヒトへの感染を引き起こすようである。つまり、H5N1型ウイルスにとって、BTN3A3抵抗性がヒトへの感染の絶対的な条件ではないのだろう。おそらく、複数の遺伝的バリアントが共同で作用して、H5N1型ウイルスがBTN3A3を介した制限を乗り越え、ヒト組織中でウイルスが効率的に複製できるようにしているのだろう。
H1N1型のA型インフルエンザウイルス
H1N1型のA型インフルエンザウイルスは、1918年のパンデミックの原因ウイルスである。A型インフルエンザウイルスは人畜共通感染症ウイルスであるが、本来の宿主は水禽類であり、異種間感染の障壁の回避が鳥類からヒトへの感染に必要である。今回、障壁の構成要素としてBTN3A3が特定され、免疫関連の抗ウイルスタンパク質が感染防御に役割を果たしていることが明確になった。 Credit: Source: CDC
1918年のパンデミック時にH1N1型IAVに感染した患者の肺の保存試料からこのウイルスの塩基配列が解析されており、MX1からの逃避をもたらす変異がヒトで連続的に生じたことが示唆されている8。さらに、パンデミック初期に分離された株は、既に、BTN3A3抵抗性を付与する313位の変化を持つ核タンパク質変異体を持っていた8。このことから、こうした初期の適応が、その後のMX1からの逃避を促したと推測したくなる。しかし、人獣共通ウイルス感染におけるBTN3A3とMX1への抵抗性が相乗的に相互作用している可能性については、さらなる研究が必要である。
以上をまとめると、異種間感染の障壁の構成要素としてBTN3A3が特定されたことで、鳥IAVのヒトへの異種間伝播を防ぐ上で、免疫関連の抗ウイルス因子が役割を果たしていることがはっきりと示された。この発見は、IAVの人獣共通感染の可能性を評価する際に重要な意味を持つ。ヒト集団へ首尾よく感染するためにウイルスが獲得しなければならない適応性変異の多様性を理解しなければ、パンデミックを引き起こし得る人獣共通感染IAVをタイムリーに特定することはできないだろう。
翻訳:古川奈々子
Nature ダイジェスト Vol. 20 No. 10
DOI: 10.1038/ndigest.2023.231045
参考文献
- Pinto, R. M. et al. Nature 619, 338–347 (2023).
- Ciminski, K., Chase, G. P., Beer, M. & Schwemmle, M. Trends Mol. Med. 27, 104–112 (2021).
- Chen, Y. et al. Science 373, 918–922 (2021).
- Mänz, B. et al. PLoS Pathog. 9, e1003279 (2013).
- Riegger, D. et al. J. Virol. 89, 2241–2252 (2015).
- Haller, O., Staeheli, P., Schwemmle, M. & Kochs, G. Trends Microbiol. 23, 154–163 (2015).
- Götz, V. et al. Sci. Rep. 6, 23138 (2016).
- Patrono, L. V. et al. Nature Commun. 13, 2314 (2022).
関連記事
Advertisement